第二十六話:姉妹愛
扉一枚向こうには…。
姉貴がそっと囁く。
「未砂記、部屋に戻ろう」
「…うん」
部屋に入ると、姉貴はベッドに飛び込み放心状態になっていた。
私達二人が見たもの、それは母親と姉貴の彼氏の禁断の一面。小学生の私にも映画などで見た事があるので分かった。
「姉貴、なんで止めなかったの?」
「怖いよ、怖くて止めらんないよ…」
私も怖い。怖くて震えが止まらない。今あの二人の前に行ったら何されるだろう? もしかしたら殺されちゃうかも。って言うかこれは現実? 頬を抓ると痛い。やっぱり現実だった。
「大人って汚いよ、私、彼もお母さんも信じてたのに…」
姉貴にとっては最悪の状況。もちろん私にとってもだけれど。大好きだった彼と自分の母親がこんな事を…。
「ねぇ、姉貴、私、誰を信じればいいの? 親も信じちゃいけないなんて思いもしなかったよ…」
「そうだよね、でも私の事は信じていいよ。一緒にサザンのコンサート行こうね」
「分かった。約束だよ?」
「うん、約束」
私達は恐怖に怯えながら寄り添い合い、悪夢のような夜を明かした。姉貴は身体に力が入らない様子。
「姉貴、立てる?」
「大丈夫、あっ…」
あまりのショックに立つ事すらままならない。当たり前だ。私だって口が痺れてる。
あの男が帰ったであろう昼、私は母親を問い詰めるべくリビングへ。
「ねぇ、夜中のあれ、どういう事?」
「ん? 何が?」
やっぱりとぼけるか。
「どういう事じゃないよ。夜中の事だよ。アンタここで姉貴の彼氏といけない事してたでしょ」
「何それ? 夢でも見てたんじゃないの? どうせ彼氏が欲しいからって妄想でもしてたんでしょ?」
何言ってるのこの人。なんで私の妄想なの?
「最初に姉貴が見付けたんだよ。それを私も一緒に見たの」
「あら、仲良いのね。二人揃って同じ夢見るなんて」
なんで? なんで子供に嘘つくの? 私が一年生の時、学校の当番サボったけど、ちゃんとやったって言って嘘ついた時は何時間も怒って何回もひっぱたいたくせに。
「もういい」
「あっそ。気が済んだのね」
母親に失望して階段を駆け登り姉貴の部屋に戻る。
「アイツ、シラ切ったよ。ウチ等の妄想だとか言ってきた。なんで親のそんなシーン妄想するんだよ」
「そっか。なんか私の人生って馬鹿らしいなぁ。小学校の時から必死に勉強して友達とも遊べなくて、遊べないからどんどん友達減っていって、お母さんには勉強頑張れば将来幸せになれるって言われて、だからそれでも我慢して勉強頑張って、今の高校入って、でも入ったら成績ビリで、そんな私にも好きな人が出来て、告白したら付き合ってくれるようになって、初めての経験もして、でもその彼がまさか…」
姉貴の人生って、こんなに辛かったんだ、勉強頑張ってたのは知ってたけど、母親に幸せ掴むためって言われて必死で勉強して。やっと彼氏が出来て幸せになったと思ったらその幸せを母親に奪われて…。
可哀相過ぎるよ…。
私は衝動的に姉貴の胸に飛び込んで少し涙を流した。
「姉貴ぃ、ごめんね、私ばっかり楽して…」
「ハハッ、いいんだよそんなの。未砂記の生き方のほうが正しいんだよ。でも未砂記だって辛いよね? まだ小学生なのにね? 酷いよね、ごめんね末砂記ぃ、私と横浜行ってなければ寝てる時間で、あんなの知らずに済んだのにね」
午後6時、それから二人は夜中までずっと泣き続けた。
◇◇◇
月曜日、学校の屋上に彼を呼び出し問い詰めた。
「ねぇ、どういうことなの? うちの親と」
「はぁ? 何それ? そんなの知らねぇよ」
彼の口調が今までと違う。それに嘘のつき方が下手だ。
「何よそれ!? ふざけないでよ!!」
「るっせーよ! ってか俺、もう新しい彼女出来たからお前とはサヨナラ。お前エッチする時痛がって叫ぶからこっちも気持ち良く出来ないんだよね!」
えっ、それって…。
「それって、カラダ目当てって事?」
「はぁ? 当たりめぇだろ。男なんてみんなそうだから。もういいからお前さっさと死ねよ」
「分かった。サヨナラ」
彼に別れを告げ屋上を去る。
その日、私は頭痛に見舞われ学校を早退した。家に帰ると未砂記が自分の部屋で日記を書いていた。
「珍しいね。日記なんて」
「うん。私が母親になった時に同じ過ちを繰り返さないように、カタチにして残しとくんだ」
「未砂記だったら大丈夫。きっと良いお母さんになれるよ。ちょっと頼りなさそうだけど」
「最後の一言余計!」
「はいはい。私、頭痛いから寝るね。おやすみ」
「そうなんだぁ。お大事に。おやすみんみんぜみ~」
◇◇◇
姉貴の背中がみるみる頼りなくなっていくのが分かった。そういえばこの事実を父親が知ったらどうなるだろう。これもこれで可哀相で言えない。
こんな感じの日々がしばらく続いたある日、姉貴は頭痛で学校を休んだ。あれ以来ずっと頭痛に悩まされているみたい。
もうすぐ夏休み。そしてサザンの地元ライヴ。それが傷ついた私たちの大きな楽しみだった。
◇◇◇
数日後、姉貴は相変わらず頭痛に悩まされているけれど学校へは通っている。私はいつも通り小学校へ登校した。
「未砂記、最近元気ないね。」
「ううん、そんな事ないよ。ありがとね浸地、心配してくれて」
憂いているのを友達に気付かれてしまった。表情に出ちゃってるのかな?
「浸地はサザン、海老名君と行くんだよね?」
「うん!」
「そっかぁ…」
放課後、私は寄り道する事なく家に帰る。
私の部屋の机には姉貴の手作りクッキーがお皿に山盛りで置いてあった。クッキーを包むラップの上には置き手紙が。
『おかえり!
あとでいっしょにたべよ! えり』
午後6時頃、姉貴がどこかから帰ってきた。クッキーを見付けてから二時間待たされた。
「遅い! クッキー早く食べようよぉ」
「ごめんね! 食べようね!」
姉貴の作るクッキーは少し砂糖が多いけど、とてもやさしい味がする。この味が小さい頃から私のお気に入り。だけど一気に全部食べちゃうのは勿体ないので、明日食べる為に少し残した。その夜、姉貴は久しぶりに私と遊んでくれた。トランプしたりテレビゲームしたり、お互いの身体をくすぐり合ったりしてじゃれたり。
「久しぶりだね! 姉貴と遊ぶのって! 私はこれだけで幸せ!」
「そうだね! こういうのが幸せって言うんだよね! 私って勉強なんかしなくても幸せだったんじゃん!」
姉貴も少し元気を取り戻したかな?
「ありがとね未砂記!」
「何がぁ?」
「私、未砂記が居なかったらこんなに楽しい思い出来なかったよ! 本当にありがとう!」
「いや~、それほどでもある?」
私達二人なら、きっと何があっても大丈夫。そう、きっと。