第十九話:流星とポッピングキャンディー
今回は主人公である優成中心の夏物語です。
俺は事件のあった家の修理が済むまで埼玉にある親戚の家でお世話になることにした。未砂記からは自分の家で寝食するよう勧められたが、兄弟や親戚でもない高校生の男女が一つ屋根の下で暮らすのは如何なものかと思うので遠慮した。
家庭の事情で大学に行けず就活する事になった俺だが、SPI(就職試験)の勉強はあまりしていない。
あぁ、現実逃避してぇ…。
気が付けば八月。今日は地元の海岸、サザンビーチで花火大会。俺はそれを観賞するため埼玉から一時帰省していた。花火大会は退院した未砂記と一緒に行くことになっており、未砂記も俺も他の人も一緒にどうかと誘ったが、気を遣われて二人きりで行って来るようにと断られた。
夕方、俺と未砂記は大甕の家で待ち合わせ。未砂記が大甕の家に来ているからだそうだ。
俺は待ち合わせ時間ほぼぴったりに大甕の家を訪ねた。どういう訳か、時間より前には来ないように言われたからだ。とりあえずインターフォンを押して待つ。
「あっ、すぅ君だ。そろそろ未砂記追い出すから待っててね」
大甕の家のインターフォンはカメラ付きなので俺が無言でも向こうからは誰が来たかわかる。ちなみに『すぅ君』というのは大甕が俺を呼ぶ時のあだ名。
待つこと数分。普通は玄関先でそんなに待たせないと思うが…。
「お待たせっ!!」
ようやく扉が開いた。
ぬほあっ!! な、なんと眩しい!!
俺の目の前には浴衣を纏った未砂記と大甕の姿が。あぁ、にやけて頬が落ちそうだ。
未砂記の浴衣は黄色、大甕はピンクがベース。未砂記に黄色は、外見、性格、イメージにピッタリだが、大甕は少し大人びているので、ピンクの浴衣はギャップがあって意外と可愛い。
「優成久しぶりーっ!! 元気ぃ? どう? 浴衣似合う?」
「あぁ、はい、似合ってます」
浴衣だといつもの制服と少し雰囲気違うなぁ。そそられる、帯引っ張りてぇ!! いやいや、そんな事考えちゃいけない! 理性を保て! それにそんな事したら殺される! それに帯引っ張るなんて古典的すぎる! ん~、俺、暑さでアタマ狂ったか? それにしても可愛いなぁ、二人とも。
「何そのテキトーな返事~」
「いや、その…」
口ベタという奴で、感情を素直に出せないんだよなぁ…。
「二人とも、楽しんできなよ? せっかくデートなんだから」
「いぇす! おふこーす!!」
「はい、どうもです」
「よし! じゃあ私はオタちゃんと石神井さんと一緒に行くから。宮下、未砂記の事しっかり頼むよ?」
「うん」
夜、俺と未砂記は観光客があまり来ない、地元の人が集まるスポットで花火を見ることにした。しかし、開始時間になっても花火が打ち上がらない。
「あっ、ひたっちから電話だ。ちょっとごめんね」
「うん」
◇◇◇
「もしも~し」
「もしもし未砂記? ごめんねデートの邪魔して。なんか花火、波が荒いから安全確認で打ち上げ遅れてるらしいよ」
「えっ、そうなん? 分かった! ありがと!」
ここの花火は海上の船から打ち上げるのです。なので波が荒いと危険なので花火を打ち上げられません。でも、打ち上げ時刻が遅れるって事は終了時刻も遅れるって事なので、優成と二人っきりの時間もその分延びます。私的にはちょっとラッキーなのです!
◇◇◇
待つこと約二十分、ようやく花火の打ち上げが始まった。夏の幻とも言えそうな色とりどりの花火たちが、ドンッ、パラパラと普段は何も見えないくらい真っ暗な海岸と霞んだ夜空を音と共に華麗に彩る。俺はただ、未砂記の左手を握りながら花火に見入っていた。
無数のポッピングキャンディーのような火の粒たちが、ジメジメした夏をノックして、透き通った季節にしてくれる。まるで魔法のようだ。
「「うおおおおっ!!」」
「ヒュー!!」
花火大会の目玉でフィナーレとなる大スターマインが打ち上がると辺りは騒然とし大きな歓声と拍手があちこちで沸き起こった。
「凄いね優成ぃ! マジ感動!!」
「ハハ、素直だなぁ」
「えぇ~、感動しないのぉ?」
「いや、感動してはいるんだけど、言葉に出せなくて」
花火の光が目をキラキラさせた未砂記に反射する。なんかいいな、素直に自分の気持ちを表せるのって、羨ましい。俺の口ベタは、気持ちを素直に言葉で表すのが照れ臭いからなのかもしれない。
それにしても花火とは不思議なものだ。空を駆け登る時はたったひとつの小さな流星。ところがそれが宇宙に届きそうな高さに到達すると、その小さな流星は自分の体を大きな音をたて空いっぱいに散らし、更に小さくて、なぜか江戸時代を連想させる無数の大流星群となる。あんなに小さくても、力いっぱい頑張ればあんなに大きくて素晴らしい事が出来る。もしかしたら俺みたいなちっぽけな人間でも、何か凄い事が出来てしまったりするのかもしれない。
「そっかぁ。言葉に出せなくたって感動出来ればいいじゃん!」
「だよね」
◇◇◇
優成、本当は今の気持ちを言葉にするのが照れ臭いんだろうなぁ。そういう所、なんか可愛い。
初めて優成と見た海に降り注ぐポッピングキャンディー。そのはじける音はロマンチックと一緒に私の気分をいつも以上に高揚させたのでした。
◇◇◇
夏独特のほんわかした夢幻のような雰囲気と感覚。そして今年はついこの前まで苦手だった末砂記とふたり。
僅か3500発の花火大会は荒波で打ち上げが遅れたにも関わらず、いつもより更に短く感じた。これも末砂記と一緒だからかもしれない。
「優成、そろそろ帰ろっか!」
「あぁ、これから二時間かけて埼玉か~、めんどくせ」
「今日はウチに泊まりなよ。優成の着替えウチで預ってるんだからさ」
「そうだね。そうさせてもらうかぁ…」
「なんかあんまり嬉しそうじゃないね。やっぱり私のこと苦手?」
「ううん、なんか不思議で。まさか未砂記と付き合って家に泊まるなんて。それに付き合ってみて未砂記がうるさいだけじゃないって知れて良かった」
「だね! 私は付き合うまで優成にあんな一面があるなんて知らなかった」
「その話はくれぐれも内密に…」
いま俺は最高に楽しい。そんな楽しい気分をプレゼントしてくれた末砂記やみんなに感謝する。
未砂記の部屋にお邪魔して、今夜も俺はテグスにビーズを一粒通す。
「優成ぃ、お風呂先に入っていい?」
「そりゃ勿論。未砂記の家なんだし」
「ありがとう。なるべく早く出るからね!」
そんなに気遣わなくて良いのに…。俺って未砂記と知り合ってから六年間、彼女の何をみてきたんだろう。こんなに優しくて可愛い女の子、俺には勿体ないなぁ…。