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いちにちひとつぶ  作者: おじぃ
浸地の過去編
18/52

第十八話:ばぁちゃん、みんな、ありがとう。

 翌日の水曜日、浸地は忌引で学校を休んだ。母方の祖母が亡くなったためだ。クラスでは登校拒否になったとか引きこもりになったなどと勝手な噂が流れていた。


 海老名くんは普段の元気を無くし、教室の机に突っ伏していた。週末遊ぶ約束は当然果たせないし、何よりもこんな時にお祖母さんが亡くなったのだから、浸地は更なるショックを受ける事になり心配でたまらなかったのだろう。


 翌週の火曜日、浸地は再び登校。私と浸地は最寄駅が違うので、電車内で合流した。


 浸地は車内で未砂記に亡くなったお祖母さんの話をしてくれた。


 ◇◇◇


 私のばぁちゃんは東北地方、福島県の内陸部に住んでいて、そこは家の中から大きな湖が見渡せるビュースポットでもある。ばぁちゃんには、近所の偉人の記念館に連れて行ってもらったり、畑で一緒に野菜に水をあげたりして、よく可愛がってもらった。


 ばぁちゃんは農作業が趣味で、夏、家の敷地には東西に長く野菜畑が広がっている。そこで収穫された野菜はどれも店で売っているものとは風味が違い、特にトマトはおもいっきりトマトの匂いがして格別。私もばぁちゃんの家に行った時は収穫を手伝っていた。


 手伝いの合間、私は辺りに居るトンボを追い掛けていた。公園がない田舎では、昆虫採集や魚釣り、が日常出来る数少ない遊びだった。畑には黒い毛虫が沢山いて、おばあちゃんはそれを躊躇うことなく踏み潰していたのはグロくて印象的。ばぁちゃんはトンボを追いかける私に、チョウを捕まえるよう言った。


「ほらほら浸地ちゃん、チョウチョさ捕まえて! そこ揚羽蝶いるべ」


「え〜、リンプン付くからやだ〜」


「浸地ちゃん、トンボさ捕めぇたら畑の虫増えちゃうべぇ」


 トンボは肉食で、畑の害虫を食べてくれるらしい。


「分かったぁ。ねぇばぁちゃん、この黒くておっきいイトトンボ何?」


「これはハグロトンボだべ。よくテーブルの上でおかずと一緒に寝てるべさぁ」


「テーブルで寝てるの!? オニヤンマはよく家の中飛んでハエ捕ってくけど…」


 黒く鮮やかな羽と、光輝くメタリックグリーンの身体が綺麗なトンボでした。ハグロトンボがイトトンボの仲間じゃないのは後で知った。


 翌朝、朝食の前にウズラの卵みたいな模様をした豆を摘みました。これに砂糖を混ぜて煮ると美味しくなる。昼はまた畑に行ってトウモロコシを大量に収穫。これがここでのおやつだ。


「おいしい! 甘いねこれ!」


「オラがこさえたんだから当たりめぇだべぇ。都会じゃこんなん食えねぇだろうから送ってやる」


「ホント!? ありがとうばぁちゃん!!」


「浸地は素直でいい子だべぇ。夕方たんぼに行ってイナゴ取るべさ」


「イナゴ!? やったー!!」


 ばぁちゃんが作ったイナゴの佃煮は私の大好物。バッタも混じっていたりするけどその時は気にならなかった。それよりも食べる事に夢中だった。


「おいしい!! ばぁちゃんのイナゴ最高!!」


「ホントに浸地は良い子だべさぁ。もし浸地が誰かに虐められたりしたらばぁちゃん神奈川まで飛んでっていじめっ子退治するべよ?」


 ばぁちゃんはそう言いながら私の頭を撫でてくれた。まさか本当に虐められる日が来るなんて、当時四年生の私には想像もしなかった。


 ◇◇◇


 そして、あっという間に神奈川に戻る日がやってきた。駅に行くためタクシーを呼んで、来るまでの時間、玄関で待つ。


「浸地ちゃん、また来るだべぇ? ばぁちゃんビンの三ツ矢サイダーとご馳走用意して待ってるから」


「うん! ありがと!」


 別れを惜しみつつ話をしていると、あっという間にタクシーが来てしまった。


「じゃあね、またおいでよ?」


「うん! ばいばい。ばぁちゃん」


 タクシーが走り出すとばぁちゃんは曲がった腰を押さえながら走って追いかけて来ました。私は車内から扉のハンドルを回し、窓を開けて精一杯叫んだ。


「ばいばいばぁちゃーん!! またねー!! ありがとーっ!!」


 それが、ばぁちゃんとの最後の別れとなった。


 ◇◇◇


 それから約一年。私は日々イジメと闘いながら生活していた。


 そんな中、私は海老名くんに気持ちを告白した。


 その後、未砂記と一緒に家に帰った。


 その夜、電話が鳴った。


「はい、大甕です」


 お母さんが受話器を取った。誰かが亡くなったという雰囲気は理解できた。


 最初、お母さんは無表情のまま、私に告げる。


「浸地、ばぁちゃん、死んじゃったって。明日、ばぁちゃん家、行くからね…」


 言うと、お母さんは涙ぐみ、黙った。きっと、受け入れられないんだ、母親の死を。


 まさか亡くなったのがばぁちゃんだなんて、思いもしなかった。死因は急性心筋梗塞。私も、それを受け入れられず、表情を変えられなかった。


 翌日は学校を休んで、小田原(おだわら)を4時半に出る東海道線(とうかいどうせん)と新幹線、更に磐越西線(ばんえつさいせん)に乗り換え約3時間半。

 その間、トンネルを抜けて横浜の小高い丘の上を走る東海道線のグリーン車の二階席から、ずっと遠い所にある朝日をぼ~っと眺めたり、新幹線の窓から、高い高い所にある雲を追い抜くさまを臨みながら、本当は生きているんじゃないか、死んだなんて嘘じゃないか、などと都合の良い妄想ばかりして、胸の中は信じたくない気持ちでいっぱいだった。


 しかし私の本当に小さな期待はやはり裏切られた。


 ばぁちゃんの家の私に数知れない思い出や勇気、優しさをくれたばぁちゃんは仏壇の前で静かに眠っていた。沢山の野菜とお母さんたちを育ててきたその手は少しゴツゴツしてるけと優しいあの感触を残し、太陽から授かった温もりは、きっと高い高い雲の上、還るべき場所へ。


 その時、私は全てを受け入れた。


「ばぁちゃん、ありがとね。向こうに行ってもいっぱい野菜作って、じぃちゃんたちを喜ばせてあげてね」


 隣では、お母さんが静かに涙を流していた。


 77歳、決して長生きではなかったけれど、ばぁちゃんはその生涯を強く太く生きた。私はそう思う。


 翌日に葬儀が営まれ、翌々日、とうとう最後の別れの時が訪れた。


 ばぁちゃんの死は受け入れた。しかし、とうとう身に秘めていた思いが我慢出来なくて、他の遺族が居る中、私は大声で叫んだ。


「やっぱりやだ!! やだよ!! ばぁちゃん居ないなんてやだ!! 私もばぁちゃんと一緒に連れてってよー!!」


「浸地、そんな事言うんじゃありません!」


 瞬間、大声で私を否定したお母さんに、強い反感を覚えた。


「お母さん私の事知らないくせに!! 黙ってよ!!」


「えっ…?」


 私は虐められている。もう心が壊れそう。毎日が憂鬱で、自殺も考えた。その事をお母さんは知らない。


「浸地ちゃん、オラはいつも浸地ちゃんを見守ってるから、淋しがる事ねぇべさ」


「ばぁちゃん!?」


 思わず私は後ろを振り向いて、声を出してしまった。しかし、周りの人は私のそれに無反応だったように見えた。


 今、確かにばぁちゃんの声が聞こえた。でも他の人には聞こえていないみたい。いや、聞こえたというより、心の中、胸の内側から響いてきたような気がした。


 ばぁちゃんは私の心の中に居る。そう思うだけで心強くなれた。だけどそれじゃ天国行けない。ばぁちゃんに心配かけない自分にならなきゃ。


「浸地、あなたの名前はばぁちゃんが付けたみたいなものなのよ」


「え? お父さんが特急電車の名前から付けたんじゃないの?」


「そう。最初は平仮名で『ひたち』にするつもりだったんだけど、ばぁちゃんが乾いた地面でも水で潤せるような、つまり、困っていたり悩んでる人の心にたっぷり潤いを与えられるような子になれるようにって漢字を当て嵌めたの」


 そうか。だから『浸地』だったんだ。名前の由来は鉄道員のお父さんが特急の名前から取ったって聞いてたけど、名前の漢字の由来は知らなかった。


「ばぁちゃん、私、困ってる人たちの力になれるような人になれるように頑張るよ」


 そう、心に誓った。


 ◇◇◇


 翌週、再び私にもうひとつの現実が戻ってくる。学校に行けばまたイジメの標的として扱われる。気が付けば私は未砂記と一緒に学校の最寄駅に居た。


「優しいおばあちゃんなんだね」


「うん。私もばぁちゃんみたいに強くなりたい」


「浸地なら大丈夫。もっと強くなれる」


「もっと?」


「もっと。今だって強いじゃん。だから私たちと一緒に頑張ってこうね!」


「うん!」


「おはよー!! 大甕とオマケの仙石原さん!!」


「おはよう海老名くん!」


「私はやっぱりオマケなんだ!!」


 いよいよ教室に到着。今日は何が…。


「大甕…」


 教室に入るとイジメの主犯となっている男子が話し掛けてきた。


「なに?」


 何されるんだろう?


「ごめん、今まで」


「…」


 謝る理由は何? ひょっとして、油断させるつもり?


「よく考えれば、大甕を虐める理由なんかなかった。あの時、横入りした僕が悪かったのに。大甕は怒られなかったからって、だから次に虐めるのは大甕にしようって、みんなに言い聞かせて…」


「そっか、分かった」


「酷い事しといてこんな事言うのも難だけど、許してもらえる…かな?」


「じゃあ、これから誰も虐めないって、約束してくれる?」


「うん、もうクラスの人のこと虐めたりしない。約束する」


「分かった。なら、いいよ」


「ありがとう。今まで本当にごめん」


 私への不自然なくらいあっさり終わりました。


 しかし、彼は翌週から次なるイジメを始めた。相手は担任です。担任は私たち生徒をぞんざいに扱い、次々と起こるイジメを見逃したり、テストの点数で人間を判断するなど、良くない所を挙げたらキリのない人だった。中でも最低なのは、女子生徒に対するセクハラ。生徒は小学生なのに。私は未砂記に守られ、その被害は避けられた。


 担任は彼から校長に全てを報告され、調査を行った後、解雇となった。これは教師イジメというよりは内部告発。自業自得。その後、その教師を復帰させる運動が一部職員の間で行われた。しかし、それが実ることはなかった。


 イジメから解放された放課後、いつものメンバーで桜木町駅前にあるランドマークタワーの展望台に行った。


「ごめん! デートなのに私も来ちゃって!」


「いいよ!」


「そうそう! 今日は祝いだからな!」


 それにしても不可解だ。なんで急にイジメをやめたんだろう。理由もなく虐めるなんていつもの事なのに。


「きっと、浸地のおばあちゃんがやめさせたんだね!」


「あっ…!」


 未砂記の言葉で思い出しました。去年の夏、ばぁちゃん言ってた! もし私が虐められたらいじめっ子をやっつけてくれるって。


「大甕? どうした?」


「ばぁちゃん、ホントにイジメから解放してくれたんだ…。ありがとう、本当に、ありがとう」


「約束したべぇ? オラ嘘つかねぇ」


「そっか! そうだよね! ばぁちゃん!」


「大甕? ばぁちゃん、居るのか?」


「居るよ。浸地のすぐ後ろ。浸地、あんなに嬉しそうに泣いてる…」


「えっ、仙石原も見えるのか!? 見えないの俺だけかよ!!」


 ランドマークの幻想的な夜景をバックに、浸地は亡くなったおばあさんとの再会を果たした。


 未砂記は朝、浸地と会った時からばぁちゃんに気付いてたけれど、浸地ちゃんには内緒、って口止めされていたそうです。


 二人の無言の、ううん、心と心の会話は数十分続いたのでした。


「浸地ちゃんもうオラが居なくても大丈夫だべぇ。浸地ちゃんにはこんないい友達さ居る。もう心配いらねぇ」


 とうとう別れの時です。本当はずっと私の傍に居てほしい。でもそれじゃばぁちゃんは天国に行けない。


「うん…」


「じゃあ浸地ちゃん、元気でなぁ。ばぁちゃん、向こうで見守ってるべよぉ」


 私は必死に涙をこらえました。ばぁちゃんに心配させちゃいけない。心配かけない事がばぁちゃんにとって一番良い事だと思うから…。


「ありがとう。いっぱい優しくしてくれて。本当にありがとう。私、ばぁちゃんの事ずっと忘れないからね。だから、ばぁちゃんも私の事忘れないでね?」


「分かった。約束だべ」


「うん、約束」


「未砂記ちゃんと守くん? 浸地ちゃんの事、よろしく頼みます」


 未砂記たちの事は、私からよくばぁちゃんに話していました。


「私たちの事、知ってたんですね。ほら海老名くん、浸地のおばあちゃんが浸地の事よろしくって言ってるよ?」


「あっ、はい!」


「じゃあな、みんなも元気でな?」


「さようなら。浸地は私に任せて下さい!」


「いや、俺が守る! 名前の通り!」


「よかったなぁ、浸地ちゃん」


「うん! じゃあね! ばぁちゃん! 天国でも元気でね!」


「あぁ、じゃあ、オラ、行くな」


「うん。ありがとう! ばいばい!」


 私がそう言うと、ばぁちゃんは微笑みながらその姿を消した。


「良かった、ちゃんとお別れ出来て」


「そっか」


「俺はよくわかんなかったけど、良かった良かった!」


 周囲の人は、私たちを不思議そうな目で見ていました。


「じゃあ帰ろっか!」


「でもその前になんか食ってこうぜ?」


「そうだね」


 食事をして海老名くんとは横浜駅でお別れ。私たちはばぁちゃんとお別れしたランドマークの幻想的な世界から、満員電車という現実に引き戻された。でも、これでいい。これも私たちのしあわせな日常の一部なのだから。


 二年後、私と未砂記は経済事情で公立の中学へ。海老名くんはエスカレーター式でそのまま同じ学園の中学へ進学した。海老名くんとの恋愛関係は終わっちゃったけど、小学生の恋愛はこれくらいがちょうど良いのかな。


 ◇◇◇


 高校三年生となった現在、海老名くんとは連絡が取れていません。


「そういえば海老名くん、小田原の高校に行ったらしいよ? ひたっちの家って小田原だから、どっかで会ってるかもよ?」


「えっ!? そうなの!? 何処からの情報!?」


「ミサキこねっと! そして私がイメージキャラクターのミサキコネコ」


「はい!? 意味わかんないよっ!」


「ミサキこねっと! は、未砂記によるコネクションとネットワークの略だよ!」


「もう、訳わかんない事言ってないで教えてよぉ。ってか『はたら〇ねっと』のパクリ!?」


「ひ・み・つ」


 また会えたらいいな。自然とそんな感情が芽生えた。私は今も未砂記やその彼氏で二代目元カレのすぅ君(優成)、オタちゃん、石神井さんといった友達に恵まれている。


 小学生時代を振り返って未だに気掛かりなのは、どうして人は誰かを攻撃するのか、それによって快楽を得ようとするのか。


 戦後、日本は独自の技術開発に励みつつ、海外との取引も盛んになり、急激な経済成長を果たした。しかし、それと引き換えに、ばぁちゃんからもらったような、愛情、温情、恩情を失い、目まぐるしい日々の中、やがて自分が人間である事すら忘れてしまったのでしょうか。


 もしかしたら、誰かを攻撃しなければ気持ちがやり切れなくなってしまう世の中が創造されてしまっているのではないでしょうか。現代を生きる人々の責任は重大です。


 人は、時に誰かを傷つけ、逆に自分が押し潰されそうになることもある。だからこそ、一人ひとりの意識や思いやりが大切です。例えば、自分の友達が何か悩んでいたら、相談に乗ってみたり、一緒になって考えてみる。そして一緒に立ち向かう。そんな小さな事の積み重ねが、この世の中を優しくて、愉しくするのだと思います。


 これまでの日本が経済成長で幸せを得たのなら、私は、掛け替えのない仲間や愛する人と共に歩み、か細い紅い糸で繋がる、未来に語れるような幸せを紡いでゆきたい。


 以上、大甕浸地の記録でした。

なが〜い話になりました。更新もやや遅めです。構想に少し時間をかけましたが、なかなか上手く表現出来ません。精進精進…(´Д`;)

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