第十七話:ラムネ
翌日、教室に入ると海老名君と末砂記以外のクラスメイトの目線が私に集まった。
何だろう…?
「ねぇ、大甕さんって、海老名くんのこと好きなの?」
「好きなんだろ!? 自分で暴露してるんだから。」
暴露!? 何それ? そんな事するわけない。でもなんで?
「大甕が恋なんてキモッ!」
「しかもネットで公表なんてありえない。」
ネットで公表!? そんなの知らない! 誰がそんな事したの? やりそうな人が多過ぎて、というよりクラスのほぼ全員がやりそうで特定出来ない。
当時インターネットは現在ほど普及していませんでしたが、私立の学校で経済的に豊かな家庭に暮らす生徒が多いため、インターネットを使っている生徒も多いのです。
「あなたに誰か好きになる資格あんの?」
「えっ…?」
「だから、あなたが人を好きになる資格なんかないの!」
「だよね。気持ち悪い。人間の格好したゴミの塊のくせに」
そうだ。私は人を好きになっちゃいけないんだ。だって、ゴミ同然だから。早く処分されなきゃ…。ゴミなんだから…。
「おい! 大甕がネットで好きな人なんか暴露する筈ないだろ! 第一、大甕が好きってことになってる相手は俺なんだからお前らには関係ないだろ!」
彼はそう言うと手で未砂記にサインを送った。
「わかった!」
未砂記は教室を走り去ってどこかへ向かった。
彼はきっと一番の被害者です。存在理由が見当たらない私のイジメに巻き込まれてしまったのですから。
「あれ? もしかして海老名くんって、大甕さんが好きなの?」
「ああ、好きだよ。可愛いしお前らなんかと違って中も外も綺麗だからな。外見とか世間体とか学力ばっかり気にしてる本当のゴミと違って」
「やっぱり好きなんだ!! ゴミが好きなんだから海老名はゴミ箱か!! 今日からゴミ箱だね!! よろしく、ゴミ箱君」
◇◇◇
「先生! 大変です! 早く教室に来て!!」
「なんだ、なんかあったのか」
「いいから早く!」
私は浸地に一刻でも早くこの状況から解放されて欲しかった。その一心で担任を教室まで走って引っ張っていった。
しかし教室に戻ると、クラスメイトたちは何事もなかったかのように自習をしていた。
「なんだ。何もないじゃないか」
「浸地がみんなに虐められてたの!」
「そうだ!! 大甕がネットで俺の事が好きだとかいう情報流したってデマ言われて!!」
「大甕!! お前、可愛い顔してそんな事してるのか!!」
「えっ、そんな…」
「だから違ぇつってんだろ!」
やっぱり担任も私がやったことにしようとした。過去にもそういう事は沢山あった。しかし事実は闇の中。明るみに出た事はない。
「それに海老名と仙石原!! 先生に向かって何だその言葉遣いは!! 減点だ!! それにな、例え大甕がなんかの被害を受けてるとしても、学校内の事だから刑事事件にならない限り問題ない。イジメなんか警察も取り合ってくれないしな! でも自殺はすんなよ? 厄介だから」
担任教師の言葉はあまりに残酷でした。私はやっぱりゴミなんだ。早く死んじゃいたいよ。自然に大粒の涙がこぼれてきた。
「何だとクソ教師!! 今から俺が殺してやる!!」
「待って海老名くん。今日はもう帰ろう。浸地も」
「仙石原!! 逃げるつもりかよ!! ほっといていいのかよ!!」
「ダメだけど、これ以上ここに居たら浸地が可哀相だよ。」
「あ、あぁ、わかったよ。復讐は今度だ」
「無断早退。また減点だな」
「勝手にしなよ。でも帰る指示したの私だから減点は私だけにしな。」
◇◇◇
そもそも浸地が虐められるようになった理由は社会科見学で出掛けるため電車に乗ろうとした時、浸地と同じドアから乗ろうとしたクラスメイトが横入りをして、乗客のおじさんに怒鳴られたから。浸地は横入りしなかったので怒鳴られなかった。それが気に入らなかったみたい。横入りしたのが悪いのに。イジメが日常で、一人の虐めるのに飽きたらまた一人。次々と標的を探す。だからその程度で理由は十分。
学校を抜け出した私たちは海老名くんの家で今後どうしていくか話し合った。例の浸地の恋について語られているサイトも見つからない。結論が出ないまま時間は過ぎていった。気が付くと北々東にあった太陽が北々西の空へ沈み始めようとしていた。その陽の優しい光が逆に気持ちを落ち着かなくさせた。
「この世界って太陽の優しい温もりと光はあるけど、そこに暮らす人って氷より冷たい心とブラックホールみたいな闇を持ってるんだよね」
「未砂記…」
「でも、俺は太陽だろ? 光だろ?」
「そうだね。でもそんな人、私たちの周りには少な過ぎるよ。攻撃するのが生き甲斐で、人の価値基準は財力、学力、学歴、権力。そんな人達ばっかりじゃん」
「私、海老名くんが好きなのは本当。でもネットでなんか公表してないよ」
「分かってるよ」
「俺も朝、反動で言っちゃったけど大甕が好き。だから大甕に何があっても俺が守ってやる。ついでに仙石原も友達だから…」
「本当に? こんな私がいいの?」
「うん。本当。嘘じゃない」
「ありがとう。海老名君」
「おめでとう!! でさぁ、ついでって何!? 私はオマケ!?」
「あぁ、アレだよ。ピーピーラムネと一緒に小さい玩具入ってるだろ? アレ」
「酷い海老名くん!! 最っ低ぇ!!」
「えっ、いや、でも、ラムネより玩具の方が長持ちするだろ? 長く付き合える友達ってことで…」
「えっ? じゃあ私たちの縁はラムネみたいにすぐ溶けてなくなっちゃうの?」
「いや違う大甕、誤解だ!! ラムネみたいに刺激的で甘い恋が出来るって事で!!」
「苦しい言い訳はよしなよ」
「仙石原!! せっかく良い事言えたと思ったのに余計な事言うな!! それともお前も俺が好きで大甕との恋をさっさと終わらせてほしいのか?」
「えっ、そうなの?」
「そんな訳無いでしょ!? 私はクールでカッコ良くて優しい人が好きなの。海老名君みたいなガサツな人は願い下げ!!」
「そこまで言われると…」
「あっ、ごめんね!! でも友達としては最高だから!!」
「苦しい言い訳だ…」
「落ち込むなよ!! 冗談だよ冗談!!」
「だって…」
「今度ラーメンおごってあげるから!!」
「えっ!? マジで!? やっぱお前最高!! 仙石原未砂記さま万歳!!」
「海老名くんって単純なんだね」
「こら浸地! 余計な事言わないの!」
この二人が一緒なら何とかなるのかな? あんな奴らなんて蹴散らせるのかな? でも事は思い通りに運ばない。まさかあんな事になるなんて、誰も想像していなかったでしょう。