第十六話:初恋
主人公、優成の初恋の相手、大甕浸地が小学生の頃の話です。
私は小学生の頃、地元の小田原から一時間ほど電車に揺られ、横浜にある私立学校に通っていました。当時私は五年生で、イジメの標的だったのです。
やっぱり避けられなかったか…。
イジメが始まると同時に友達が減ってきて、味方といえば末砂記と、クラスで一番騒がしかった男の子、海老名守くん。彼は学校の席が私の隣で、授業中も落ち着きがないので、授業に集中出来ません。でも弱った私に元気を分け与え続けてくれた掛け替えのない存在でした。
「おい大甕ぁ!! 今日うちに来て勉強教えて!」
「やだ。遠いもん」
「いいじゃんケチ! 相模線使えば帰れるだろ!」
「授業聞いてない海老名くんが悪いんでしょ。それに、相模線本数少ないし遅いからやだ」
「じゃあ帰り俺が送ってくから」
「しょうがないなぁ…」
当時私は海老名くんが好きで、初恋の相手でもありました。勉強を教えに行くのも、本当は最初から断るつもりなんかなかったのです。
海老名くんの両親は不規則な勤務体系の仕事をしていて、その日は家に帰ってこない日でした。
「ねぇ、勉強するんじゃないの?」
「まぁまぁ、少しゲームでもしようぜ」
そのゲームは少しでは終わるはずありませんでした。ゲームが終わると近所の大型スーパーにあるゲームセンターで遊んで、買い物して帰りました。勉強なんかする気がないのは分かっていました。でも、心配だからつい、ありきたりな事を言ってしまう私。
「ねぇ、勉強しなくていいの? 成績いつもビリじゃん」
「いいのいいの! 成績良くて学歴高くてもいい人生送れるとは限んないだろ? いつ死ぬか分かんないんだから今を生きるの! それに、俺にだってもしかしたら…」
彼のその言葉は、本当に私立学校に通う子供の台詞なのかと疑いたくなる。確かに誰がいつ死ぬかなんて分からない。だからといって将来をないがしろにしていいのか。複雑でした。
「海老名くんはそんな簡単に死んだりしないよ! だって、強いもん!」
「まぁね! それしか取り柄ないし! あっ、あとイケメンか!」
「調子のるな!」
海老名くんと居ると楽しくて、笑いが絶えない。でも海老名くんと長い時間会える学校は辛い。だから他の場所で会いたい。もっとずっと一緒にいたい。小学生の私にもそんな感情はありました。
「なぁ大甕?」
「なに?」
「大甕と遊んでるとこんなに楽しいのに、なんで今回のターゲットに選ばれたんだ?」
彼の表情は無邪気な笑顔から一変、深刻な目で私を見る。
私たちの学校では、一人虐めるのに飽きると次のターゲットを選ぶ。次も飽きるとまた次。しかも教職員たちに知られないように巧妙に仕組まれた計画的なイジメだった。今回私は、それに選ばれてしまったのです。
「ホントに楽しい? 私と一緒にいると海老名くんもイジメられちゃうかもよ? だから早く離れた方がいいよ」
私なんかと一緒にいたら次は海老名くんがイジメられちゃう。だから私は彼に想いを伝えることが出来ません。
「バーカ。一緒だと楽しいっつってんだろ? そうだ。週末お前ん家のホームシアターでDVD観ようぜ?」
「ホームシアターなら海老名くんの家にだってあるじゃん」
「だってそっちは屋上プールあるし」
「プールもここにあるでしょ?」
「だって、大甕の家、行ってみたいんだもん」
海老名くんと週末会える! しかも家に来る! 今週一週間はそれだけで乗り切れそうな気がした。
翌日の火曜日、クラスは騒然としていた。私、未砂記、海老名くんが一緒に教室に入ると、大勢の冷たい視線が自分に集まりました。