第十四話:小田甕線仙石原経由ふたりの幸せ行き
今日はオタちゃんの家でお泊り会。メンバーはオタちゃん、浸地、俺の三人だ。
トランプに飽きて、面白いテレビ番組もなく、あまりにも暇なため、オタちゃんの提案で駅名しりとりなるものをやることに。
圧倒的にオタちゃんが有利なので、浸地、俺、オタちゃんの順番でやることにした。浸地の父は電車の運転士、オタちゃんは鉄道マニア。俺は圧倒的に不利だ。そこで、オタちゃんには地元以外の駅名を一回につき二つ挙げてもらうことにした。このゲームで負けると丑三つ時に一人で飲み物やおやつを買いに行かされることになるのだ。
「では、ここに大甕さんが居ることだし、常磐線の大甕駅から始めよう」
「は~い。じゃあ次は私ね! か…鴨宮! 快速アクティー止まんないよっ!」
「止まんないのかよっ! う~んと、や… 山手」
「常磐線の天王台、磐越西線の猪苗代」
「「猪苗代は知ってるけど天王台って何処!?」」
俺と浸地は知らない駅名で、見事にハモった。
「だから常磐線の駅だよ!」
ちなみに鴨宮は新幹線発祥の地で、浸地が住む小田原市内の駅。山手は横浜市内の山間に位置している高級住宅街だ。
「う~んと、じゃあ、芦花公園」
「何処だそれ? ってか語尾が『ん』だから終わりだな」
「てへっ、負けちった。でも何処だっけ? 芦花公園」
「う~んと、確信ないけど京王線かな。僕もまだまだだね。プロになるためには今のうちに色んな駅とか路線を覚えておかなきゃ」
結局負けたのは浸地。コンビニまでは徒歩二分程度。しかし丑三つ時にはたったそれだけの距離でもドキドキものだ。
「ねぇ、こんな時間に私一人で行かせるの? 私、カワイイから何されるかわかんないよ」
確かにカワイイ、というよりは美人で、俺の初恋の相手。長く艶やかな黒髪、二重まぶたに凛としながらも華奢な体格。おもいっきり大和撫子だ。
「ん~じゃあ僕も行ってあげるよ」
「ありがとオタちゃ~ん! オタちゃんが居れば心強いね!」
「人の安全を守るのも鉄道員として重要な事だから」
「え、じゃあ俺も、一人だけ行かないのもなんだかなぁ」
「いいの! オタちゃんと二人でデートするの!」
「はぁ。まぁ行くの面倒だしそこまで言うなら…」
そんなこんなで二人の小さなデートが始まった。
◇◇◇
私とオタちゃんはコンビニに向かって歩きだした。実はこのしりとり、最初から私が負けるつもりで、オタちゃんが付き添いになる予定だったんです。私とオタちゃんが出掛けている間に未砂記からすぅ君に電話をかけさせて愛のトークを楽しんでもらうって作戦。未砂記が使っている部屋には電波の影響を受ける医療機器がないのでケータイ使っても問題ナッシング!
「うまくいったね!」
「うん」
「ところで、オタちゃんは好きな人居るの~?」
「ううん。というよりまだ恋したことない」
「え、うそっ!?」
「ホントだよ。でもムッツリ扱いされることはあるんだ。ホントに興味ないのに」
◇◇◇
幼い頃に初恋を経験した浸地にとって、オタちゃん、もとい博文の恋愛感情未経験は不思議だった。
「ん~、何でだろ。もしかしてオタちゃんって、人間不信?」
鉄道関係のネタで博文とは少し親しいと浸地は、深層心理にズバッと突っ込んだ。
「あぁ、それはあるかも」
「そっか。でも、私とか、すぅ君、未砂記も、信じていいんだよ。人を信じられるようになれば、きっといつか、素敵な恋、出来るよ」
「そうかなぁ…」
「うん、メイビー!」
「メイビーかぁ」
実は男子から人気の浸地と、恋愛に興味ないチェリーボーイの青春トーク。あまり澄み渡っていない茅ヶ崎の星空の下にて。
「あっ、未砂記に電話しなきゃ!」
言って浸地は未砂記に電話をかけて、優成とラブリートークをするよう伝えたのだった。
◇◇◇
「もしもし優成?」
「未砂記? どうしたの? こんな時間に」
「いまオタちゃんの部屋で一人だよね?」
「えっ、何で知ってんの?」
「私は何でもお見通しだよ!」
「あぁ、そうですか」
俺は直感した。あの二人は最初からこうするつもりで、浸地はわざとしりとりに負けてオタちゃんがそれに付き添う事になっていたのだと。
「恋人からの電話なのになんかテンション低いよ?」
「俺はいつもこんな感じです。そういえば傷どう?」
「まだ痛いけど外見は何でもないよ。現代医療は凄いね。手術の跡も残さないんだから」
「えっマジで!?」
「マジで。エッチする時見せたげる」
「そうやって破廉恥な事を平気で言う。でも未砂記らしいか」
少し安心した。未砂記のいつものペースが戻ってきたようだ。それとエッチするの前提なのだろうか。不覚にも少し妄想してしまったではないか。俺も男だなと思った。
「酷い! 私の事そんな風に思ってたの!?」
「えっ、いや…」
どうやら彼女を怒らせてしまったようだ。ってかまだ傷が痛むとか言っといてよくそんなに大きな声を発するものだ。俺だったら極力傷に響かないようにするが…。
「バ~カ!! テメェとなんか一生エッチするかボケ!! 子供作る時だって人工受精だから!! 一生童貞だね!!」
「いや俺童貞じゃ…」
「えっ、うそ、違うの!?」
「うわっ!! しまったっ!!」
衝動でうっかり余計な事を言ってしまった。しかもよりによって恋人に。気まずい。それにしても酷い言われ様だ。女子にボケなんて言われたのは初めてだ。しかも恋人になんて以っての外。あと俺と結婚する気なのね。あんな事になってしまった手前、俺も覚悟はある。それになにより、俺は無垢な笑顔を振り撒く未砂記が好きだ。
「初めての相手は訊かないでおくよ」
「はい、ありがとうございます」
「よし! いい子だ! あと、さっきの冗談だから気にしないでねっ!!」
「さっきの?」
「バ~カ。でも大好きだよ。いっぱい幸せにしたげるからね? 幸薄さん?」
「サンキュ」
こうやって電話で話すだけでも、例えボケと言われても幸せを感じられる。未砂記の暴言が心の底からの言葉でない事くらい今までの経験から分かる。当然だが発せられる言葉の全てが真実とは限らない。もしかしたら彼女は幸せを運ぶ天使なのだろうか。天使は大袈裟かもしれないが、オタちゃんも未砂記と話して少し気が楽になったと聞いた。
「じゃあね。おやすみんみんぜみ~」
ミンミンゼミ?
「おやすみんみんぜみ~」
浸地とオタちゃんのお陰で少し幸せな時間を過ごせた。二人にも感謝だ。