第十一話:お願い これだけ
俺の心は怒りと大切な人を失うかもという焦り、そして実は孤独だと思っていた俺を自分の命より大切だと思ってくれる彼女の愛で混乱していた。しかし一度叫んで深呼吸をすると、周囲のエネルギーが俺の体内に集まってきている気がしてきた。
「お? 怖じけづいたか? そりゃそうだよなぁ? でも良かったなぁ、偉大なるお父様に葬ってもらえるんだからなぁ? あ?」
「は? 怖じけづく? なぁ、お前、女人質にとって身体密着してるからもしかして興奮してる?」
「ふっ、お前のカノジョなのに俺が抱く事になるとはな。まぁお前らもあっちの世界で抱き合うんだな」
その時の俺は一番大切な人を人質にとられているにも拘わらず、驚くほど冷静だった。
「未砂記、悪い」
「うん、いいよ。今まで…ありがと…」
「いや、そうじゃない。それもあるけど」
「へっ…?」
その瞬間俺は腹部が真っ赤に染まった末砂記を乱暴に正人から引き離した。
「ボコッ!!」
「ぅおっ!!」
未砂記を引き離す時間を含め僅か数秒の出来事だ。俺は正人の下半身の急所を一発殴った。
「うぉっ、ぐぉっ、ぐぁー!!」
「そうだよな? 欲求不満の中年がいくら高校生とはいえ女と密着したらアソコが大きくなっちゃうよな? 今にみてろ。腫れ上がってくるから」
「くそっ!! ぐぁっ…うぅぅ…」
俺がもし正人だとして、自分がこの状態で何処をやられたら再起不能になるか考えると、下品ながらその答えにたどり着いた。
正人を倒した俺は、ポケットからケータイを取り出して119番通報をした。
「もしもし!! 救急車を!! 早く!! お願いします!! 早く!!」
v俺は正人が動けなくなったのを確認して未砂記をおぶりアリを蹴散らしながら家の門まで出た。彼女の腹部には刺さっているのは糸鋸のようだが、抜いてしまうと余計に出血が酷くなるので痛々しいが抜かなかった。
「ごめん、服、血で、汚れちゃったね…」
彼女は自分の命が危険だというのにそんな事まで気にしていた。どこまで良い奴なんだよ…本来なら俺の家庭の問題なのに、偶然そのに居合わせたためにこんな事に巻き込まれて腹を刺されても文句どころか俺の身代わりになれて良かっただなんて…。
「そんなこと気にしなくていいから!! なんでだよ!! なんで未砂記が俺なんかのために!!」
「愛…してる…からっ…それだけ…ごめん…もう…目を…開けてるの…つらぃ…」
「やめろ!! もう喋るな…頼むから…くそっ!! なんで!! なんでぇぇ…ぅあああああ!! ああああああああ!!」
「泣くな…クールなキミが…台なしだょ…」
「だって!! だって!!」
「ねぇ…キス…して…そうじゃないと…未練…残っちゃぅ…」
「するもんか!! したらお前…未砂記…」
「うん…だから…後悔…したく…ないの…早く…お願い…」
囁くような声で呼吸すらままならなかった。俺はそっと彼女の唇に自分の唇を接触させた。すると未砂記は小さな舌を精一杯俺の舌に絡めてきた。俺もその言葉なきメッセージに必死に答えた。
「ちゃんと…ビーズ…やるん…だよ…?」
「バカか!! 未砂記がいなくなったら新しいビーズ貰えなくなるだろが!! それにまだビーズの意味だって聞いてねぇよ!!」
「そのうち…わか…」
「お待たせしました!!」
「あっ、早くお願いします!!」
救急車に乗りようやく病院にたどり着いた。
「未砂記は助かるんですか!?」
「いや、幸い内臓にまで鋸は届いてないんだけど、出血が酷くて…」
「そんな!! 彼女は関係ないんです!! 本来なら俺が!!」
「事情は警察から聞いています。しかし…」
その後、俺は不安を抱えたまま警察の取り調べを受けることになった。