第一話:ワケも分からず
俺は湘南に住む高校三年生。今日から高校生活最後の一年が始まる。
◇◇◇
「ギャーッ!! キノコ君!! 久しぶりー!! 未砂記だよー!! 同じクラスになるの中学以来だねー!! またよろしくねー!!」
名乗らなくても知ってるっての。それに、部活同じだし、たまに会うだろ。ま、俺は半ば幽霊部員、彼女は部長でほぼ毎回出席だから久しぶりってのもわかるけどな。
「あら、どうも、仙石原さん、お久しぶりです。ってか、俺の名前は宮下優成ですけど?」
中学時代からこのムダに騒がしいお方で、当時から部活も同じだが、どうにも苦手だ。
「まぁまぁ本名とか細かい事は気にしないでっ!! そういえば今はキノコ頭じゃないんだね!?」
「当たり前だろ、中学みたいに髪型でからかわれたくないからね」
「ふぅん。さて、本題です!! ここにビーズ手芸のセットがあります。これを使って私が用意したこのテグスがビーズでいっぱいになるまで一日一粒ずつ好きな色、形のビーズを通して何か作って下さい!! か・な・ら・ず、一日一粒ね!」
「はぁ? なんで」
訳がわからん。俺、不器用で面倒くさがりだし、強引にそんなの渡されても困るんだよな。
「ん? まぁ将来の思い出のためと思ってやってみてよ! ねっ! あと完成したら見せてね!」
「はぁ、まぁいいけど」
仙石原のテンションに押されて断ることも出来ず、とりあえずそれを受け取ってしまった。
「じゃあよろしくねー! あっ、そうそう、君は今、幸せかい?」
「どうだろね? どうした急に」
「幸せ、すなわち幸福には大きく分けて二種類あって、一つは衣食住とか、物に恵まれた幸福、もう一つは人とかペットとか、一緒に居て幸せになる、心に恵まれた幸福。どっちも欠けるのは辛いけど、一番避けなきゃいけないのは、幸福に恵まれ過ぎて慢心すること。君はその辺、理解してるよね?」
「あぁ、まぁ」
ホント、どうしたんだコイツ。そんな事言うキャラだったかな? しかしなるほど、幸福には大きく分けて二つの形があって…。
一つは、物質的に恵まれている幸福。もう一つは内面的に恵まれた幸福。どちらの欠如も辛辣ではあるが、最も避けるべきは、恵まれ過ぎて慢心すること。何変わらぬ日々を当たり前と思い込んでしまうこと。という事か。
俺には幸福が一つ欠如してるから、こんなにも日々が重たいわけか。まさかこんな奴に気付かされるとは…。
話すだけ話して、仙石原は俺の机にビーズのセットを残し、じゃあね! と元気良く手を振って去っていった。こうして俺はワケも分からずビーズ細工を半ば強引に作らされることになった。
◇◇◇
放課後、俺はクラスメイトで鉄道ファン、通称オタちゃんと一緒に帰った。こちらも中学時代からの友人だ。
オタちゃんは俺が聞いたこともなかった路線や電車について楽しそうに語る。中学生の時の職場体験でオタちゃんと二人で駅の仕事を見学させてもらったこともあり、俺も鉄道に少し詳しくなった。最近覚えたのは『アメリカ、ボストン、チャイナ、デンマーク、イングランド』という用語の意味だ。
オタちゃんは鉄道についてしばらく語った後、珍しくそれ以外の話を持ち出した。
「あ、あのさぁ、僕、今日、名前忘れたけど、女子からビーズ手芸のセット貰った」
「はっ!? オタちゃんも!?」
「えっ、宮下君も?」
「うん。ちなみにその女子の名前は仙石原未砂記ね。軽音部の部長。同中なんだけどなぁ」
「え? そうだったんだ」
俺とオタちゃん、他に誰が手芸セットを貰ったのだろう。クラス全員に配っている様子はなかった。それともこの二人だけだろうか。
夜、家庭という地獄に戻った俺は、仙石原から言われた通りテグスにビーズを一粒だけ通したのだった。