#4 等級検査 Grade_test
7
北條壱騎とセリアが修練場内に入ってからおよそ一時間が経過していた。
二人はノーラムリングをそれぞれ三つ外し、全力で戦った。
とは言っても、北條壱騎はその他に七つもノーラムリングを嵌めていて、全力とは言い難い三割の力で戦っていた訳だが、それでもセリアは彼に適わなかった。
霊術結界の効力が切れた修練場内には、全力を出し切って魔力が尽きたセリアが大の字に寝転がって肩で息をしている。
北條壱騎も初体験の所為か、満身創痍な表情でソレを見下ろしていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……全く、文字通り化け物じみた力だな、イツキ君」
「化物、ですか。まあ、そう言われても仕方ないってことは理解しているつもりですよ」
言いながら北條壱騎は懐から取り出したノーラムリングを二つ指に嵌める。
外した三つの内一つはセリアの流れに従って破壊してしまい、イヴに怒られた。
本当にそうしなきゃいけない時が来るまでもうやめよう、そう誓った北條壱騎はヘタリと床に腰を下ろす。
「世界は広いものだな。君程の術師がいたとは」
「……いえ、案外世界ってのは、狭いものかもしれませんよ」
異世界からこちらに転移してきた少年は言う。
その深い意味を理解したのかしていないのか、フッと笑ったセリアが大きく息を吸い込み、時間をかけてそれを吹き出した。
「……まぁいい。約束は約束だ。君とイヴの入学を認めよう。色々手続きしなければいけない事があるからな、イツキ君はどうにか身元を証明してもらいたいんだが……」
そう言うセリアの声音は暗い。
彼女は彼が森に倒れていた事を知っている。
もしかすれば、そう言った情報を持っていないのかもしれない。
――まあ北條壱騎に関してはそう言うのではなく、ただ単にこの世界の人間じゃないだけなのだが。
その声音の意図を感じ取ったのか、北條は少しの期待を持って、
「あ、あの、そう言うのあまり覚えていないんですけど……何とかなりませんかね?」
「記憶喪失……? 何か自分を証明できるものは無いのか?」
「……ありません」
「……、」
北條壱騎の言葉に黙り込んだセリアはそっと目を閉じる。
「――仕方がない。約束だしな。どうせイヴの事も何とかしなければいけない所だったし、いいだろう。君の情報はこちらで操作する。イヴ!」
「なんでしょう?」
セリアの言葉に反応したイヴが、背を預けていた壁から前に乗り出して二人の元へ歩み寄る。
「お前らはこの学園に入学したとして、どうやってここに通うつもりだ? まさかあの森から毎朝跳んでくるとは言わないだろう?」
「そうですね……資金は有り余るほどあるので、こちらに家でも買おうかと思っていますが」
「家!?」
イヴの軽い調子の言葉に驚いた北條壱騎が声を上げる。
セリアは洋館での事を思い出しながら、
「お前なあ……ミスリル製のノーラムリングにしろ、そんな資金にしろ、どうやって集めたんだ?」
「うふふ、秘密です」
微笑むイヴを見て、話について行けない北條壱騎は口を開いて呆けている。
と、そこに別の少女の声が入ってきた。
「学園長。頼まれてたノーラムリングなの」
メリアンだ。
彼女は片手にノーラムリングを三つ持って、倒れているセリアの元へと歩み寄った。
そして、チラリと北條壱騎に視線を向ける。
「……、」
「???」
何も言わないメリアンだったが、その頬は僅かながら上気して赤くなっている様に見えた。
そんな彼女の様子にひたすら首を傾げる北條壱騎だったが、思い出したかの様にイヴの方を向くと頭を下げた。
「ごめんイヴ! 何の気なしに壊しちゃって……ッ!」
「いいですわ、イツキ様。洋館にはまだいくつか予備はありますし、その分イツキ様には私を愛でてもらいますから」
語尾にハートが付きそうなくらいに嬉しそうな声音で、頬を赤くして微笑むイヴに北條壱騎は慌てて確認する。
「ちょ、ちょっと待てよイヴ? 愛でるって、何をさせる気なんだ? 何だ、尻尾撫でたり耳撫でたり程度だよな?」
「そうですねぇ、それも良いですけど……夜伽とか?」
キャーとか言って頬に手を当て尻尾をビンビンに立たせるイヴ。
そんな彼女を見て呆れた様子のセリアが呟いた。
「やっぱりイヴ、お前はイツキ君の身体目当てだったのか?」
「ハッ!?」
溜息混じりのセリアに続き、何故かメリアンもハッと驚いた様子でイヴに視線を向けた後、それを北條壱騎に移す。
そのままジトーっとした目で見つめるが、彼はそれに気付かずにセリアに突っかかった。
「ちょっ、待って、セリアさんもそう言う事言わないの!」
「ふっ、まあいい。入学手続きに関してはこちら側で何とかしておこう。それまでにお前たちは魔術の一つや二つでも覚えておくんだぞ。本屋にでも行けば教本くらい売ってるはずだからな」
「分かりましたよ。それではよろしくお願いしますわね」
セリアの言葉に頷きながら頭を下げたイヴ。その横でメリアンは首を傾げて、やがて思い切った様子で口を開いた。
「あ、あの、学園長。魔術を覚えとく、ってどういう意味……ですか? 彼が、イツキ、さんが使っていた術は一体なんだったのですか? 魔力は感じ取れなかったの」
メリアンの言葉に「あ、名前覚えてもらってる」と何やら嬉しそうな様子で呟く北條壱騎。しかし直ぐに切り替えてイヴへ念話を送る。
《どうするのイヴ。彼女、僕とセリアさんの戦闘を見ちゃってたんでしょ?》
《はい……魔力を感じ取れないって事から、彼女は既にイツキ様が使っていた術が"魔術以外の何か"だと言う事は分かっていると思いますし……。一応先程は魔術師と称しましたが》
間を空けたイヴは、
《まあ、部屋に入れてしまった私の所為でもあります……。彼女はセリアの部下らしいですし、無闇に情報をばらまく様な真似はしないでしょう。変に嘘を付いて言い訳して、辺りを嗅ぎ回られたら面倒ですし》
気がつけばセリアも「どうする?」と二人に目で問いかけていた。
それにイヴは小さく頷くと、やがて口を開いた。
「……メリアンさん」
イヴの言葉にメリアンは体ごと向き直る。
それを見たイヴは小さく息を吐いて言った。
「今から話す事は他言無用でお願いします」
真剣な表情で言うイヴの言葉を聞いたメリアンは、チラリとセリアの方に目を向ける。
セリアは大の字になったまま小さく頷いた。
「分かったの」
「……それではあの術の正体から話しましょう――」
それからイヴは話した。
自分が神霊と呼ばれる霊獣であり、北條壱騎との契約により従者となった者である事。そしてその契約者は保持していた魔力が霊力に変換され、霊術と言う術を操る事が出来る様になる事
それを聞いたメリアンはずっと驚いた表情を張り付けていた。
驚くのも無理はない。
神霊は人間や魔物よりも高位の存在であり、その中でもトップクラスと言われる"精霊の上位種"だ。
しかし、それを聞いて合点がいった。魔力をあまり感じられない二人が、しかし何やら異様な雰囲気を持っていた事に対する、だ。
(でも……神霊の主になったって?)
メリアンはイヴの言葉を心の中で反復していた。
人間が神霊と『支配の関係』を結ぶ。
まるで聞いた事がない話だ。
『対等の契約』を結んだ人間がいるという話は聞いた事があるが、それだけでも凄いと言うのに目の前の少年は神霊であるイヴを服従させている。
(それは……学園長が勝てる訳ないの)
彼女は思い出していた。セリアから聞いた神霊の話を。
その神霊が本気の力を出した時、私は手も足も出せなかった――とセリアは言っていた。
おそらくその神霊と言うのがこのイヴを名乗る女性なのだろう。
そして、その主が黒髪黒瞳の珍しい容姿を持った少年――北條壱騎。
メリアンはただその事実を噛み締めながら、イヴの話を聞いて立ち尽くしていた。
復活したセリアとメリアンに見送られてレイヴス学園を出た北條とイヴの二人は、街の中をぶらぶらと歩いていた。
日没まで時間はあるし、街を見て回ろう。とは北條の提案だ。
もっとも、彼はこの学園都市に来た事が無いため、イヴにエスコートして貰う形になっている訳だが。
中世ヨーロッパ風の街中を歩くイヴの表情は緩く、頬は薄ら赤く上気している。
どうやらデート気分でいるようだ。
勝手に腕を組んで鼻歌を歌うイヴは超ご機嫌だった。
「イツキ様、イツキ様! 次はどこにいきますか? 近くにいい喫茶店を知ってるんですけど!」
「あーはいはい。どこでもいいよ。お金があるなら好きに振り回せ、もう」
イヴの様子を見て当の前に森の洋館に戻ると言う選択肢を諦めたのか、北條はイヴのされるがままになっていた。
しかし彼としても、イヴが喜んでくれているならいいらしく、小さく笑みを浮かべている。
右腕に押し付けられる胸の感触に顔を赤くしながら。
「それじゃあその喫茶店に行きましょう! はい!」
どうやらこの一日はまだ長引きそうだ。
と言う事でイヴお勧めの喫茶店に来た二人は、向かい合って紅茶を啜っていた。
二人は例によってミルクティーを頼んでいた。
イヴは何でも良かったようで、「イツキ様が頼んだのと同じものを」と店員にお願いしていた。
頼まれた店員は「様……? え……?」とか言いながらカウンターに引いていったが。
「やっぱり……イヴが作ったミルクティーの方が美味しいね」
「ッ!? それは本当ですかイツキ様!? わ、わ、私が作ったミルクティーの方が美味しいと!?」
「え、いや、うん。ど、どうした?」
北條の言葉に吃りながらも喜々した表情を浮かべるイヴに、ティーカップを口に宛てたまま怪訝そうな顔を浮かべる。
確かにここのも美味しいのだが、何となくイヴの作ったミルクティーの味が忘れられないというか……。
ただ単に飲み慣れているだけかもしれない。
「いえ、なんでもありません」
落ち着きを取り戻したイヴがティーカップを口元に寄せる。
「そうですか、私の、私の作ったミルクティーが美味しいと……うふふふふ」
ごにょごにょと何か言っているが、北條は何を言っているのか聞き取れなかったようだ。
怪しい者を見るかのようなジト目でイヴを見つめていた。
そこで急に何かを思い出したかの様に北條は口を開く。
「そう言えば、セリアさんに言ってたあれ。家を買うって本当なの?」
「ええ。毎朝森からこちらに跳ぶって言うのも面倒ですしね。資金は有り余るほどあるので、こちらに拠点を用意してもいいかと」
「……セリアさんじゃないけど、イヴ、お前そんなお金何処で手に入れたんだよ。あの森の中に洋館があるって事自体もうおかしいんだけど」
「それ程の事じゃありませんよ。お金に関してはこれでも私、神霊ですから。ちょちょいとドラゴン狩ってその素材を売り払えばまとまったお金は手に入りますし。あの洋館は知り合いの神霊に建てて貰いました」
こう、能力でドカーン! と。と身振り手振りで表現するイヴ。
「……神霊ってのも色々あるんだな。あれか? 建設の神霊みたいな?」
「いえ、簡単に説明すれば石とか鉄とか、そういう物を司る神霊ですね。流石に建設の神霊なんてのはいませんよ。神霊ではないですが、武器職人的な何かはいますけど」
「へぇ。イヴの他に神霊はどれくらいいるんだ?」
「私を除けば九人ですね。まあ序列で言えば、私は第四位と言ったところですか」
「凄いんだな、イヴは。本当に見つけてくれたのがイヴで良かったよ」
「そ、そんな! もったいないお言葉!」
慌てて両手を振るイヴ。しかし表情を見るからして満更でもない様子だ。
北條は頬杖を付きながら窓の外の景色に視線を向けて、
「家かぁ。でも買うなら早くした方がいいんじゃない? セリアさんに報告とかもしなきゃいけないでしょ。僕は荷物とか全然無いけど」
「確かにそうですね。まあ家具類はこちらで調達しますよ。わざわざ森の館から運ぶのも面倒ですしね」
「おうふ、リッチだなあ」
ミルクティーを飲もうとしてティーカップを手にとったが、中がもう空になっているのを見て、黙ってソレを戻した。
背凭れに背を預けながら、
「それにしても、あの時セリアさんが言っていたのはどういう意味なんだろうな……」
「『入学したら苦労することになるだろうな』って言うアレですか?」
「うん、ソレ」
セリアが動けるようになった後、メリアンを含めた四人は玄関を目指して歩いていた。
そこでセリアがおもむろに口を開く。
『イツキ君、そしてイヴ。きっと君たちはこの学園に入学したら苦労することになるだろうね』
『???』
『まぁ、いずれは分かるだろうさ』
その言葉に北條やイヴだけでなくメリアンまで首を傾げていたのだ。二人が分かるはずもなく、考えている内に玄関まで来た二人は、レイヴス学園を後にした。
一体あの言葉の意味はなんだったのだろう。
確かにまだ魔術を何一つ扱えない二人にとっては、魔術学園の生活は苦労するだろうが……ソレは入学までの期間の間に少しは改善するつもりである。
現にセリアも、魔術教本でも用意して勉強しておけと言っていた。
そこまでの問題になるとも思えない。
――なら一体なんなんだ?
「私が神霊だという事を隠す事――とかでしょうか?」
「んー、確かにその耳とか尻尾とかは――目立たないか」
窓の外に視線を向けながら呟く。
喫茶店の外は多くの人達が行き交っている。その中には犬や猫等と言った動物的特徴を持った、いわゆる亜人種と呼ばれる人達が多く歩いていた。
中にはイヴのソレに似た狐の特徴を持つ人もいる。
「おそらくこの学園にも亜人種はいるでしょう。扱いは貴族のソレとは異なるでしょうが……それは人族も同じですし」
「なら、やっぱり力を隠す事、とか?」
「ノーラムリングはしっかり付けておきます。まあ、セリアが付けていたようなノーラムリングとはデザインや素材が違っていますので、気が付くことはないでしょう。コレがノーラムリングだと気付かれて奪われるようなことがあっては面倒ですし」
指に嵌められたノーラムリングをなぞりながらイヴは言う。
その言葉に北條は苦笑しながら、
「ま、強奪じみた真似はされないでしょ。てか、僕たちなら余裕で追い返せるだろうし」
「それもそうですね」
うふふ、と口元に手を当てながら笑うイヴ。
そこでふと北條は気が付いた。
美しい金髪。それと同様に美しい金色の瞳。完璧と言えるほどの美貌。出るところは出ていて、引っ込むところは引っ込んでいるモデルの様なプロポーション。
まさに目の前の女性――イヴは美人だった。
北條は顎に手を当てながら、
「分かったぞ、何に苦労するのか……」
「本当ですか? 一体何に苦労するのでしょう……?」
「それはズバリ……」
相当な間を開け、北條は目を光らせ――たつもりで――言った。
「イヴが美人過ぎて学園の男子にモテモテで、女子の嫉妬やら近づいてくる男子やらを追い払うことだろう!」
8
それから、一ヶ月の時が経過した。
セリアとの戦闘後、北條壱騎とイヴの二人はロックスフィードに拠点を移動するための準備に取り掛かった。
まずは住居探し。こちらはすぐに決まった。
どうやらイヴは相当なお金持ちらしく、買った家は森にある洋館には及ばずとも二人が暮らすのには十分過ぎるものだった。
家具類はロックスフィードにて購入。その他洋館から持っていかなければいけない道具類は、魔術的な加護が施された鞄に詰め込んだ。
何でも鞄の中には四次元空間が広がっているらしく、その大きさに見合わない量の質量を詰め込むことができるようだ。
全く、魔術とは何でもありなんだなと北條は呟いていた。
次に魔術教本の入手。
二人は一通り全属性――火・水・雷・氷・風・地・闇・光の八属性の下位魔術を扱えるようになった。たった一週間で、だ。
霊術を使えるものは世界にひと握り程しかいないため比べたことはないが、霊術と魔術を比べるとやはり霊術の方が難易度は高い。ソレを操れるものならば魔術を操るのは容易いものだった。
故に、二人はたったの七日間で全属性の下位魔術を使えるようになった。
得意不得意があるのは否めないが。
そんな感じで時は過ぎていき、一週間ほど前に住居を手に入れたとセリアに報告しにいったのだ。
案の定道を覚えていない二人は、使いの者としてセリアに手配されたメリアンに案内されて学園長室に向かった。
その頃にはもう二人の入学は決定していたらしい。
そして今日。
新しい二人の住居に何故かメリアンが来ていた。
「……ど、どうしたの? メリアンさん」
チャイムを押されて出てみれば、そこには学園で見たメリアンの姿があって、驚いた北條が吃りながら尋ねた。
メリアンはいつもの口調で、
「家を買ったって言ってたから来てみたの」
「え、あ、うん……それだけ?」
「本当は明日の等級検査について教えに来たの」
「あぁ、そう言えばセリアさんがそんな事言ってたなぁ。すっかり忘れてたよ」
「……、」
その言葉にジト目で北條を見据えるメリアン。「馬鹿なの? 馬鹿なのね」と目で訴えかけてくるような、そんな目だった。
北條はそれに気がついて頬をポリポリ掻きながら言う。
「ま、まあ折角来たんだし、入りなよ。イヴに紅茶を用意させるからさ。凄いんだよ、イヴの入れる紅茶はそこらの喫茶店のソレとは比べ物にならないんだ」
北條が笑顔でそう言うと、メリアンがピクリと何かに反応したかのように身体を震わせた。
「……私が入れてあげるの。紅茶」
「ん、ん? 今なんて?」
「私が紅茶を入れてあげるの。絶対にイヴさんより美味しく入れられるの」
北條が聞き返したため、少し声を大きめに張り上げてメリアンは言った。
彼は困ったような表情を浮かべて、
「いやいや、大丈夫だよ。お客さんのお手を煩わせるわけには……」
「私がいれるの」
断固として紅茶を入れる気なメリアンの気迫を真正面から受け止めた北條は、苦笑しながら頷いた。
「分かった分かった。まあ立ち話もなんだし早く入りなよ」
「お邪魔しますなの」
小さく礼をしたメリアンは北條に招かれて家の中に入っていった。
玄関のすぐ側には二階へとつながる階段があり、その迎えにはトイレ。玄関から入って真っ直ぐ進んだ所にリビングの扉がある。
やはりかなり大きい家だ。
イヴはメリアンの来客に気が付いていない様で、二階の自室で何やら作業をしている。
「じゃ、じゃあこのティーセット使っていいから、お、お願いします」
「分かったの。出来たら持って行くからリビングで待ってて欲しいの」
「お、おう」
「あ、待って!」
踵を返した北條の手を握って引き止めたメリアンは、「あっ」と言いながら顔を赤くして呟いた。
「な、何が好きなの?」
「あぁ、僕はミルクティーが好きかな」
「そっか、分かった。……頑張るの」
そう言いながらメリアンは薄らと微笑んだ。
どうしてメリアンがこんなにも張り切っているのか分からない北條は、苦笑しながら頷くとリビングに戻っていった。
それを確認した彼女は、小さく拳を握って「よし」と気合を入れると、作業にとりかかった。
大体五分後。
ティーセットとティーカップ二つをお盆に乗せてリビングにやって来た。
「はい、出来たの。飲んでみてほしいの」
「いい香り。それじゃあ頂きます」
メリアンに注いでもらったミルクティーを口元に持っていき、ゆっくりと啜った。
やがて目を見開いた北條は、ゆっくりとした動作でティーカップをソーサーの上に乗せて、喜々した表情で笑った。
「凄いよメリアンさん。イヴと同等……もしかしたらイヴのより美味しいかも!」
お世辞ではなかった。
メリアンが入れたミルクティーはこの半年の間飲み続けてきたイヴと同等の味を誇っていた。これを聞いたらイヴは怒るかもしれないが、彼女の腕を凌いでいる。
北條の言葉を聞いたメリアンは見た事がないほど可愛らしく、そして美しい笑顔で、
「よかった、喜んでもらえて。それと、メリアンでいいの。さんはいらないの。一個違いだけど」
「ん、てことはメリアン……は十六歳? 確か今年入学って聞いてたけど……」
年上だと知ったために、無意識にさん付けをしようとした北條は、メリアンの細い眼に睨まれて何とかさん付けの回避に成功した。
「確かに十六歳だけど、別に入学に年齢は関係ないの。十五歳以上から入学許可が出るだけで、それ以上なら幾つでも問題ないの」
「そうなんだ。てっきり同い年だと思ってたよ」
「……私が小さいから?」
「……へ?」
「なんでもないの」
何か呟いた様に聞こえたが、何て言ったかまでは聞き取れなかったようだ。
それにしても美味しい。
なんだこのミルクティーは。香りも味も、イヴは悔しがるだろうが彼女が作ったソレ以上。
と、そこで階段の方からドッドッ! と誰かが降りてくる様な音が聞こえてきた。
――まずい。
北條が内心で呻いた時だった。
「ミルクティーに香りがしたんですが、イツキ様が入れたのでしたら是非飲んでみたく……思い、まして……」
パァッと輝かしい笑顔で扉を開けたイヴは、リビング内を見回して北條、テーブルの上にティーセット、そしてメリアンに視線を向けると、固まった。
素早く瞬きを繰り返すと、状況確認を開始する。
「あの、イツキ様。どうしてメリアンさんがこちらに?」
「いや、それが、明日の等級検査について教えに来てくれたんだけど……」
「それで、そのミルクティーは誰が入れたのですか?」
「そ、それは……」
「私がいれたの」
北條が吃る中、彼の向かえのソファに座っていたメリアンが北條の隣に移動すると、わざとらしい笑みを浮かべて言う。
「イツキは貴方が入れるミルクティーより、私が入れるミルクティーの方が美味しいて言ってくれたの」
その言葉を聞いて、北條は盛大な溜息を付いた。
「それは本当なんですか、イツキ様! 私のミルクティーより、メリアンさんのミルクティーの方が美味しいと!?」
ぐいぐいと詰め寄ってくるイヴの表情は真剣だ。ここで適当な事を答えれば、北條はおそらく一日中イヴの作ったミルクティーを飲ませられ続けるだろう。
そんな事になったら明日の等級検査に支障が出るかもしれない。
絶対に阻止せねば。
「ち、違うよ? イヴと同等の美味しさっていうか、僅差って言うか……」
盛大に誤魔化しながら北條は両手を前でブンブン振った。
しかしイヴは今の北條の言葉じゃ納得いかなかった様子で、メリアンとは反対側……二人で北條を挟むような形で座ると、用意されていた二つのティーカップの内北條が使ってない方――ではなく、先程北條が飲んでいたティーカップの残りのミルクティーを啜った。
「あっ!」
「ッ!?」
北條とメリアンが驚いた様子をしている中、イヴは目を閉じ表情を消して、残ったミルクティーを全て飲み干した。
そして数秒目を閉じたまま固まりやがて、
「チッ」
盛大な舌打ちをした。
「ふふ、やっぱり私の入れた方が美味しかったの」
「悔しいですが今は貴方が入れたほうが美味しいようです……」
この世の終わりかと思うほどに悔しそうな表情を浮かべるイヴを見て、北條も心の中で盛大な溜息を付いた。
このままこの話を続けるとまずいと思った北條は、さっさと本題に入ることにした。
「そ、それでメリアン。明日の等級検査について教えてくれる?」
北條は右隣に座るメリアンにあたふたした様子でお願いした。
どうやら二人は北條の隣から動く気はないらしい。そのままのポジションで話を聞くこととなった。
「明日の等級検査は、簡単に言ってしまえばクラスを分けるためのモノなの。一から五まである等級に分けて、その等級別にクラスを作るの。この等級は全土共通だから、自分の魔術師としての階級――力の証明としてもなるけど」
メリアンは一度間を空けて、
「検査内容は簡単なの。魔法石と呼ばれる、術師の力量を測ってくれるおかしな石。それがどういう仕組みかは分からないけど、"そう言うモノ"」
「まぁ、ファンタジーだしね」
「ふぁんたじー?」
「あ、いや、何でもないよ。続けて」
北條の発言に怪訝そうな表情を浮かべたメリアンは、自分用に用意したティーカップにミルクティーを注ぎながら、
「さっき等級が魔術師としての階級になるって言ったけど、それはあくまで学園内での話なの。国に仕える魔術師や、冒険者になる際にはその時点での等級を再び検査する。明日のはまあ、現状確認みたいなもの」
「つまり、等級ってのは変動するわけか。まあ、成長すれば上がるだろうしね」
「そう言う事。進級する時にはまた検査をして、その等級でまたクラスを分けるの」
「……まあ、等級が高い人達が優遇されるんだろうね」
「仕方がないの。魔術師の世界は実力が全てなの。貴族の中にはお金を使って上の等級のクラスで学ばせてくれと頼む人とかもいるけど、結局等級は結果を出さなければ変わらないものなの」
例えば三等級の貴族がいたとして、そいつがお金の力で一等級にはいったとしても、等級は三等級のまま。その上のクラスに入ったからといって、それによって等級が変化することはないらしい。
上のクラスで勉強し、実力で等級が上がった際は話が別だが。
「何となくシステムは分かったよ。カリキュラムの方はどんな感じになってるの?」
「一学年の間は等級関係無しに基礎を学ぶの。二学年から授業は本格的になって、術式ごとに選択科目があったりするの」
「本番は二学年からってことか」
レイヴス学園を含むこの歳の魔術学園は全て四年制だ。一年土台につぎ込んでもまだ三年ある。
「……今度の学園生活は、充実するんだろうなあ」
生前の記憶を蘇らせて呟く北條。
身体虚弱者だった彼の学校生活は荒んでいた。というよりも、彼の心が荒んでいた。
でも、今回は違う。
「明日が楽しみだ」
9
翌日。
等級検査の日だ。
昨日はメリアンに今日の事や学園の事を軽く教えてもらい、彼女が帰った後は魔術教本の復習をした。何て言ったって魔術学園だ。霊術しか使ったことがなかった二人は、本番で何をやらかすか分からない。
と言っても本日、魔術を使う場面は殆ど無いだろうが、念の為だ。
新居から十分程度歩いてレイヴス学園までやってきた北條とイヴの二人。身に纏うはレイヴス学園の制服だ。
黒が基調のロングコートを思わせる制服。肩から袖口に掛けて赤いラインが入っているが、それは一学年、つまり今年入ってくる新入生のみらしい。
二学年は青色、三学年は黄色、四学年は銀色となっている。
三年、四年になると実力的な問題で自主退学をする者が増えるらしいため、逆に残っている生徒と言うのはそれなりの実力者だ。
聞いた話によるとセリアもココの卒業生らしく、優秀な生徒だったらしい。
あの刹那の術式は三学年の時に身に付けたものだとか。
そんな事を考えつつ、北條は視線を左右に送った。
「……やっぱり僕の推理は合ってたんじゃないか?」
推理というのは一ヶ月前、近くの喫茶店で話した内容の事だ。
セリアに「苦労する」と脅された二人は考えた末、イヴが綺麗すぎて生徒が鬱陶しい――かなり簡潔にまとめた――事に対して苦労するのではと推理したのだ。
それ以外にも考える点はあったが、これが一番有力な候補だった。
そして現に、二人と同じ新入生の視線は二人――正確にはイヴに釘付けである。
「視線が……イヴに集中してる」
無理もない話だということは分かっているのだが、それでもそんな大っぴらに、直視するほどなのだろうか?
女子達は細い眼で男子を見据えている。
どうやらようやくその視線に気がついたのか、男子のイヴを見る目がどんどん減っていく。それを確認した北條は小さく溜息を付いた。
「イヴといると僕までついでに注目されそうだなあ……」
「私がいなくても注目されますよ。イツキ様程の術師なら」
「そう、かなあ……でも何か引っかかるような気がするんだよ」
「???」
「いや、気のせいだとは思うけど」
そう言う北條の表情は優れない。
何かを考えているような様子だった。
「それにしても、結構凄い人達いるね」
北條は人集の方へと視線を向けてそう呟いた。
メリアンと同等、いやそれ以上の術師が何人もいるようだ。魔力のオーラが嫌でも見えてしまうくらいの魔術師が。
メリアンは一等級。魔術師として最高階級を示す等級だ。
それが集まった三○○人の中で大体四○人程度いる。
「イツキ様と比べるまでもありませんが、まあそれなりの者は多数いるようです」
「ちょっと待てよイヴ。自分で言うのも何だけど、僕と比べるのをまずやめよう。規格外って奴なんだよきっと僕は。そもそも異世界人ってだけでイレギュラーなんだし」
「まあ、確かにそうですわね」
等級検査の開始まであと十分程ある。
会場の端で適当に時間を潰そうを決めた北條の前を、一人の少女が通った。
桃色のロングヘアーをポニーテールにしたメリアンと同じくらいの身長の少女。整った顔立ち、瞳は透き通った水色をしている。
彼女もまた、この学園の新入生だ。
「あ……」
北條は少女が通り過ぎたあとにポツリと呟いた。
目の前には赤茶色の財布が落ちている。
桃色の少女が落とした物だ。
「あの、財布落としましたよ」
「えっ?」
その声の宛先が自分だと気が付いた少女は、立ち止まった後に振り返った。
透き通った瞳が北條を見据える。それは徐々に見開かれていき、やがて後付けしたかのように笑った。
「あ、本当だ、それあたしの。ありがとう、拾ってくれて」
そう言いながら微笑む少女。
北條は「いえいえ」と言いながら財布を彼女の手に渡そうとして、指先がちょこっと触れ合った。
その直後。
「――ッ!?」
「!」
謎の感覚。
北條と少女は目を大きく開いて、触れ合った指先を見つめていた。
イヴは目を細めて何かを考えているような表情をしている。
そんな中、先に口を開いたのは少女の方だった。
「え、えーと……本当にありがとう。"これも何かの縁"かな? あたしはシーナ=レイラン、新入生同士頑張ろうね?」
「あ、あぁ。僕はイツキ=ホウジョウ。よろしく」
確かに感じた。
彼女は――シーナ=レイランは、北條と"同じ何か"を持っていると。
北條は指先を見つめながらイヴに念話を送った。
《イヴ》
《はい》
《今の感覚……手に触れるまで気が付かなかったけど、あれは絶対に霊力のソレだった》
拾った財布をシーナに渡す時に指が触れ合った瞬間に、彼は感じ取っていた。手に取る様に分かる、何せこの一年の間ソレを使って術の修練をしていたのだから。
彼女には霊力が宿っている。
そして今指が触れ合った時、自分と北條が同類――霊力保持者だという事をシーナは気が付いたはずだ。
《契約者か? ……それとも、彼女は霊獣?》
《どうでしょう、契約者の線が大きいとは思いますが……判断しかねますね》
《まあ、契約者だったからといって悪いことは別にないんだし。もしそうだったなら仲良くなれるかもだからいいんだけどね》
二人で念話のやり取りをしている所にシーナが加わってきた。
「ねえ、イツキ君?」
「ん、どうしたの?」
「イツキ君もあたしと同じ、持ってるんだね」
笑いながらシーナはそう言った。その言葉の意味を一瞬で理解した北條は、一瞬たじろぎながらも慎重に聞き返した。
「……霊力のことかい?」
「うん。隣の美人さんがきっとあなたの契約霊獣……だと思うんだけど、違うかな?」
そう言うシーナは笑っている。しかしその笑顔は、本当に心の底から笑っているようで裏があるようには見えない。
発言の一つ一つに敵対心や探る感じは無い事から、北條も微笑みながら返した。
「うん、そうだよ。彼女は僕の契約霊獣でイヴって言うんだ。それにしてもまさか僕以外にも契約者がいるとはね」
隣で「美人だなんて、うふふ」とか言いながら頬に手を当ててクネクネしているイヴを手で指しながら言った。
「あたしは契約者じゃないよ? この力は生まれつき持ってるものなんだ」
「え? ……じゃあ、君自身が霊獣なの?」
「それも少し違うかな。……君は信用してもいいかもね、同じ霊獣絡みなら」
シーナは両手を後ろに回して一歩前に出ると、顔を北條の耳元に寄せた。
北條は顔を赤くして隣のシーナを目だけで見て、そんな彼の反応をイヴがジト眼で見る中、彼女は小さく呟いた。
「あたし、霊獣と人の間で生まれたハーフなんだ。だから、霊力も魔力もそれぞれ別のエネルギーとして持ってるの。驚いた?」
「え……?」
小さく声を漏らした北條を見てクスッと笑ったシーナは、顔を耳元から話してクルクル回りながら後ろに下がった。
二人の様子を見ながら後頭部に両手を回して、
「これは二人だけのヒミツにしてね? バレたら面倒なことになるかもしれないし。脅しじゃないけど、もしバレたら君の事もバラしちゃうかも」
「……まあ、秘密にしておいて欲しい事をバラしたりとかはするつもりはないから安心してよ。それにしても、人と霊獣のハーフなんて……そんな事もあるんだね」
活発なイメージを持つシーナは小さく微笑んで北條を見た。
「あたしの両親はもう死んじゃったんだけどね、二人一緒に」
「……」
「そんな悲しそうな顔しないで? 村が魔物に襲われてね。爆発の中に二人共巻き込まれたんだ。きっとお母さんは大丈夫だったと思うんだけど、お父さんが死んじゃったから一緒に死んじゃったんだよ」
彼女の言葉から察するに、母が霊獣で父が人間なのだろう。契約した霊獣は、その契約相手が死ぬのと同時に命を落とす。
つまり、そういう事だ。
契約した二人が子供を作ったとすれば、どちらが死んだ時にその子供は親を一度に亡くす。
そこまで考えが至ってより一層辛そうな表情で唇を噛む北條を見て、シーナは一瞬驚いた様子を見せると小さく笑って言った。
「なんでイツキ君がそんな顔するのさ?」
「……その、さ。僕達、友達になろう。お互い霊獣絡みで共通点だってあるし、両親がいないのはお互い様だからさ」
北條の言葉を聞いたシーナは耳を疑った。
「え……? 君も両親がいないの?」
「まあね」
もっとも、彼の場合"この世界にはいない"だが。
異世界から転移してきた彼の両親がこの世界に存在するわけなく。もしかしたら今頃は前の世界で北條を探し回っているかもしれない。
そう思うと突然胸が苦しくなった。
結局自分は虚弱体質を言い訳にして家族に何もして上げることができなかった。
自分は身体虚弱者でやりたい事も何もできないと言って、自分の今年か考えず、荒んだ生活をしていた。きっと家族に心配させていただろう。
従兄妹の雪奈にも酷い事を言ってしまったこともあった。
(本当に、何やってるんだよ僕は)
失ってからじゃ遅いんだ。
自分に言い聞かせて拳を握り締めた。
今度はもう失わない。
「だからさ。僕と友達にならないか、シーナさん」
遥か遠く――まるで別の世界を見ているかのような北條の眼を見たシーナは、一度目を見開いてさっきまでの北條を思い出していた。
自分の事でもないのに、両親がいないという事を聞いて心から悲しそうな表情をした。
優しいんだね、と北條に届かないくらいの声量で呟いたシーナは小さく笑った。
「うん。よろしく、イツキ君」
十分後、レイヴス学園の職員のアナウンスと共に等級検査が始まった。
何やら番号が書かれたカードを渡され、アナウンスでその番号が呼ばれ次第会場に来るように指示された。
緊張の為か辺りの魔術師――レイヴス学園新入生達はそわそわとしている。
そんな中、シーナの持つカードに書かれた番号が呼ばれた。
「あ、あたしだ。それじゃあ行ってくるね!」
「うん。頑張れよ」
「あはは、頑張るって言っても魔法石に手を添えるだけだけどね」
笑いながら手を振るシーナに手を振り返しながら、北條は隣に立つイヴに言った。
「イヴ。僕は何があっても君を守る。だから、この先何があっても無理をしないでくれ。僕を守って死のうとするなんて言語道断、君が死ぬ時は僕が死ぬ時だ。絶対だよ」
「い、イツキ様……?」
「もう失うのは嫌なんだ。だからイヴ、凄い我侭なのは分かってるけど、僕が生きている間は絶対に死なないで」
「……」
北條のいつになく真剣な声音に驚いた様子を見せたイヴだったが、彼女も同様に真剣な顔をして北條の手を取ると、地に片膝を付けて頭を垂れた。
「この神霊イヴ、イツキ様の従士として、イツキ様のためにこの生を全うするつもりです。無理をするなとは難しい話、ですが誓いましょう。貴方様と共に、貴方様と同じ場所にこの身を沈めましょう」
「ちょっ、こんな所でそんな格好するなよ!」
真面目な様子から一転して慌てだした北條を見てクスリと笑ったイヴは、
「イツキ様、ご安心ください。私は神霊。そう簡単に死にません。契約した時から貴方様の最後を見届けると決めているのですから」
「……そうか」
苦笑しながらイヴの頭に手を乗せて優しく撫でる。
「僕もイヴを守れるように精進するよ」
周りの眼を気にせずに頭を垂れるイヴとそれを撫でる北條。そんな二人の元にシーナが戻ってきた。
「終わったよー……って何をしてるの?」
「あ、いや、これは!」
イヴの手を引っ張って立ち上がらせた北條は、あたふたしながらも話を変えようと言う。
「そ、それよりもシーナ。どうだったの等級の方は? ノーラムリング付けてるってことは結構な霊力持ってるんでしょ? ……ってああ、シーナは両方共持ってるんだっけ」
「うふふ、どーだ!」
シーナはニヤッと笑って一枚のラミネートされたカード――正確にはソレが挟められた学生手帳を突き出して言った。
そこには彼女の顔と名前、年齢、学年等と言った情報と等級が書かれている。
『一等級』。
魔術師の中で最高ランクを示す等級がそこに記されていた。
「一等級だったよ、イツキ君!」
「おぉ! 凄いじゃないか!」
素直にすごいと思った北條は両手を叩きながら、腰に手を当てて十五歳にしては大きな胸を張るシーナを賞賛した。
「今の所百人くらい検査してるけど、一等級は十人くらいしかいないみたい」
「見た感じ結構な魔力持ってる人まだいるけどね。あと二○○人いるんだし、まだわからないよ」
「それもそうね。――あ、イツキ君の番号じゃない?」
流れたアナウンスで呼ばれた番号が自分のものだと気が付いた北條は、ポケットからカードを取り出して言った。
「それじゃあ僕も行ってくるよ」
「うん、行ってらっしゃい」
そう言って北條は会場の方へと向かった。勿論イヴはソレに着いて行く。
「んー僕はどうなるんだろう? あの魔法石の検査って、単純に魔力量で測定するものじゃないだろうし……」
「イツキ様なら一等級間違いなしですわ」
「でも、さっきから何かが引っかかるんだよね……」
そう言いながらも北條は会場に辿り着いた。
壇の上には白い机が置いてあり、その上には透明の丸い宝石が置かれていた。
魔法石。
魔水晶によく似た石だが、秘めた力は全くもって違う。魔水晶は魔力や霊力を溜める力を持ち、魔法石は触れた術師の力量を色を変化させることで測る。
「イツキ=ホウジョウだな? カードを出せ」
「はい」
濃い黄金色のスーツの様な服を着た職員が北條から番号の書かれたカードを受け取り、何やら書類を見て確認した後に頷いた。
「それでは壇に上がり、魔法石に手を触れろ」
「分かりました」
イヴは壇の側で北條を見守っている。
そんな中、彼は階段を上って壇の上に移動して白い机の前に立った。
目の前にあるのは透明の丸い宝石。これに触れることで彼の術師としての力量が色の変化で示される。
(――よし!)
深く息を吐いた北條がゆっくりと手を伸ばし、魔法石にその右手を触れた。
直後だった。
魔法石が輝かしく眩しい光を瞬かせた。
思わず左手で目元を隠す北條。近くにいた職員達も突然のことに驚きながら目を手で覆っている。
やがて光が収まった時、白い机の上に置かれていた魔法石は、最初と何一つ変わらない透明だった
つまり、示すは五等級。
「……え?」
ソレを見た北條は小さく、ポツリと声を漏らしていた。
北條壱騎が魔法石に触れた瞬間、シーナは彼が向かっていった先――魔法石が置かれた壇がある方を向いていた。
正確にはその上。
赤い光の柱が立っていた。
それは霊獣、もしくはその霊獣の契約者等と言った霊獣と何らかの身体的関わりがある者しか見えない力の柱。
霊力。
この世界において最高位を示す赤色の霊力の柱がそこに立っていた。
それを見たシーナが薄く笑いながら呟いた。
「本当に凄いよ、イツキ君」