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契約神霊と霊術師  作者: 瀬乃そそぎ
第一章 魔術学園入学編 Nullam_turpis_dilectu_Edition
6/43

#3 入学試験 ostium_exem

   5



 最初に動き出したのは北條だった。

 半年以上のイヴとの修練で身につけた霊術の演算動作。身体にすっかり馴染んだその動作を一瞬でこなした彼の背後に大きな炎弾が三つ浮かび上がり、セリアに向かって一斉に翔んでいった。

 炎と氷を司る神霊イブ。その主である彼が得意とする属性もまた、その二属性だ。

 そして今放った炎弾は彼が一番最初に身に付けた霊術であり、最もその熟練度が高いもの。その精度・威力は並ではない。

 しかし、それを見たセリアがニヤリと笑った。


「そんなものか」


 それは北條を煽るための言葉だったのかもしれない。

 一言そう言ったセリアの身体が、その場に残像を残して移動した。

 既に人域を超えたスピードだ。

 それを見た北條が額に冷や汗を浮かべる中、轟々と唸りを上げる炎弾がセリアの残像を貫き、掻き消した。そして、壁――北條が張った霊術結界に激突した炎弾は力無く消える。

 無論、ある程度の威力の魔術を防ぐと言う素材で出来た壁には傷一つ付いていない。

 先程北條が張った霊術結界の強度は凄まじいものだ。アレ・・――奥の手を使った時のために、かなり霊力を込めて展開した霊術結界なら、今の術程度ではビクともしない。

 炎弾が弾けたのを確認したセリアが再び北條を煽る。


「どうした、その程度か?」


「……やっぱり、今の程度じゃ当たりませんね。試すとは言いましたが霊力が切れては元も子もないですし、少し方針を変えましょうか」


 呟くのと同時に北條の腕に炎が纏わり付き、ソレが無造作に振るわれた。

 そこから放たれたのは先程の炎弾よりも少しばかり小さな火球。威力は炎弾より劣っているものの、その数とスピードは炎弾よりもズバ抜けていた。

 当てるだけでいいなら、威力にこだわる必要なんてない。

 


「ほう、威力よりも数とスピードを取ったか。いい判断だ」


 セリアは放たれた数十はある火球を見ても余裕の表情を崩さず、北條の術を賞賛した。炎弾の数倍はある速度をたたき出す火球は、しかし高速で回避するセリアを捉えることができなかった。

 反則。

 まさにその言葉がよく似合うほどの身のこなしとスピードだった。

 アレだけ俊敏に動き回られたら、追跡機能でもある術でなければ当てられないんじゃないかと思うほどに。

 綺麗に躱されて無念に消えていく火の球を見て、北條は頭を掻きながら「参ったなあ」と呟く。

 とは言え、ここまではまだ計算のうち。その表情に焦りは見えない。


「このまま遠距離攻撃してても当たらないかな? どうせセリアさんの動きを逆算した所で、貴方は移動スピードを調節して容易くソレを躱す。違いますか?」


「流石だイツキ君。動きを逆算してタイミングよく術を放つ、まあこれも常人が成せる業ではない事は確かだが、それが出来たとしても私に当てるのは困難だろう。君が言った通り、私は攻撃が見え次第速度を調節・・・・・する。速度を落とせば目の前を術が通過するだろうし、速くすれば残像を貫く。結果、私には当たらない」


 どうやらセリアは、北條が自分の術式を知っていることを知っているらしい。じゃなければ、わざわざ自分の術を明かす必要など無い。むしろする方が可笑しいとまで言えよう。

 格下の相手へのせめてもの餞別という可能性もあるが。

 現在、セリアは北條が異世界人――要するに身元不明人だと言う事を知らない。イコール、彼を入学させるために不正を働く必要があることを知らない。

 イヴが言わなくていいと言うから言わなかったが、北條としても多少の負い目はある。

 しかし、成長には何かしらの犠牲も必要だ。

 北條が魔術学園に入学して魔術を学ぶために、セリアにはその『犠牲』になってもらう他無い。

 

「魔力が尽きるまでの持久戦に持ち込めば余裕だと思いますが、制限時間五分以内に追い詰めるのも無理でしょうね」


「甘く見て貰っては困る。君程ではないにしろ、私の魔力量は凄まじい物だと自負している。何せ、速度を操作する度に魔力を消費する術式だ。並の魔力量じゃ直ぐに底をつく」


「ならやっぱり、攻撃を当てるしかないんですね」


「そういう事だ」


「……威力は関係なくてもいいんですよね?」


 念の為、確認する。


「……あぁ、本当はそれなりの威力を持った術の方が好ましいが、その様なルールは決めてないからな。いいだろう。蚊が刺す程度の威力でも構わんぞ」


「そんな威力の術を作るのはセリアさんに攻撃を当てるのよりも難しそうだ」


 軽口を叩いて、霊術の演算を開始する。


「まあ、時間ギリギリまで色々試させて貰うつもりでいますよ」


 北條が術の演算を始めたのを見たセリアが、ステップで北條との距離を十数メートル開け、小さく身構える。

 遠距離攻撃は、速度を操作して避けられる。いくら数が多く、スピードが速くとも、それ以上のスピードを出すセリアは気が付けば攻撃範囲の外にいる。

 取り敢えず、威力はいらない。

 セリアに当てればいいのだ。

 そんな威力がない術がこの先役に立つはずがない。まさに今この状況のためだけの妥協案ではあるが、まずは目的を遂行しよう。

 演算を終えた北條が呟いた。


「なら、これはどう躱しますか?」


 勢いよく床に手を付けた。直後、手を付けた場所を中心に直径二メートル程の魔法陣が浮かび上がる。……彼が展開したのは魔法ではなく霊術だが。


「次は何をする気――ッ!?」


 そこまで言って何らかの気配を感じとったセリアが一気に横に飛び退いた。

 キィィン! と。

 甲高い音が修練場内に響き渡り、セリアが一瞬前まで立っていた場所に突如氷の柱が立ち上がった。


「遠距離から攻撃してダメなら、ゼロ距離からならどうですか?」


 そう言って笑う北條。彼の術はまだ止まらない。

 セリアが氷の柱を避けるも、その着地先にも新たな氷の柱が出現する。


「チッ、面倒な術だ!」


 舌打ちしたセリアは、まるで早送りをしているかの様な動きで着地、ステップを繰り返し、氷の柱を回避していく。

 やがて部屋の端まで追い詰められたセリアは、ただ回避するのをやめて北條目掛けて高速で跳んだ。

 北條に近づいた瞬間に、さらなる高速移動で自滅を誘発させる。

 頭の中で作戦を練り上げたセリアが、うっすらと笑みを浮かべた。

 しかし。


「そうはいきませんよ」


 セリアの作戦を否定するかのように北條が言う。

 うまく誘導できた。

 北條はこのあとセリアが取るであろう行動を予想していた。

 おそらく彼女は自分に接近して、無闇に氷の柱を発生させられないようにするだろう、と。確かに、すぐ側を高速で移動されればたまったものではない。それこそ、術の座標を誤れば自分を巻き込む。


(でも、僕だってそんなにドジじゃない)


 心の中で呟いて、指をパチンと鳴らした。

 直後、高速でこちらに突撃してくるセリアの目の前・・・に氷の柱が立った。しかし、直後に氷の柱のすぐ横に姿を現したセリアがニヤリと笑って再び動き出す。

 北條が目を見開いた。

 そして口をピクピクと引き攣らせて呟く。


「おいおい、マジで……?」


 見えてしまった。

 今の現象を。

 セリアが何をしたのかを。

 氷の柱は前かがみになって突進する彼女の、丁度顔の真ん前あたりに発生したのだ。そう、あの速度で移動していれば確実に当たるだろうと予想した座標に。

 しかし、ソレをセリアは避けていた。

 北條の術である氷の柱が目の前に立った瞬間、彼女は自分の速度を急激に落とした。

 あの至近距離で、あの高速移動をした状態で氷の柱が立ったのを見てから『刹那《Momentum》』によって速度を操作したのだ。


「あんだけの速さで動いときながらどんな反射神経だよ!?」


 あれだけの高速移動を続けていれば、視界に映る背景や、もしかすると北條の姿さえブレて見えているはずなのに、突如現れた氷の柱に反応した術式を展開させたのだ。

 もはや人間業ではない。

 普通の人間がなせる業じゃなかった。

 もしかすれば、そう言った身体能力をも底上げする術式を使っている可能性もある。

 しかし、今の彼女の動きは北條を驚かせるのに十分だった。


「――くっ!」


 面食らった北條の術が途切れる。

 僅かにたじろいで後方に一気に下がった北條を見て、セリアは停止する。


「どうした、そんな顔して。今の動きはそんな凄かったか? 見ての通り『刹那』の術式だが?」


「……えぇ。何て言うかもう、実は主人公が異世界転移者の僕じゃなくて学園長のセリアさんだった、みたいな気分ですよマジでキツイ」


 何やソレ、そんなんチートやチート! と喚く北條。

 あんな動きをされればもしかするとアレさえも止められてしまうかもしれない。

 そんな思考が頭をよぎる。

 北條の焦りを知らないセリアは淡々と言う。


「それで、もうお仕舞いか?」


「……ふぅ。仕方がない。もう出し惜しみなんてしている余裕はないし、最悪残りの霊力を全部消費して数を増やすか」


 額から流れる冷や汗を拭い、イヴへと目配せをする。

 修練場の端、扉の側に立って二人の戦闘を見ていたイヴは、彼の始線に気がついて頷いた。

 大丈夫。

 念話は届いていないが、そんな声が聞こえたようなした。


「大丈夫、大丈夫だよな」


 目を閉じて深呼吸をする。

 心を落ち着かせ、セリアの気配を身体全体で感じ取る。

 標的は彼女ただ一人。

 ――当てるッ!


「……ッ!」


 霊術の演算を開始した北條を見て、セリアがピクリと身体を震わせた。

 今までの、余裕に満ちた彼とは違う鋭い威圧を感じ取ったのだ。


 セリアが警戒心を強めた瞬間だった。

 修練場内が一瞬、茹だる様な熱気に包まれた、それと同時に、修練場内を埋め尽くすほどの赤い小さな光が出現した。

 それは炎だった。

 それは短剣の形を模した炎の霊術だった。


「さあ、これが僕の奥の手だ! これだけあれば一つくらいは当たるでしょう。さて、どうしますかセリアさん? さっきみたいな超人技で切り抜けるか、それとも僕の勝ちか」


「ふふ、はははっ!!! 面白い。いいだろう、君とイヴの入学を認めよう! そしてルールの付け足しだ! 私の武器の使用・攻撃の許可、制限時間無し、賭け無しの一騎打ちだ。さあ来い、イツキ君!」


 セリアの言葉に小さく微笑む。

 入学は確定した。

 これで北條がセリアと戦う理由はなくなったのだが、どうやら彼女は完璧にスイッチが入ったらしい。

 自分を取り囲む様に現れた無数の炎の短剣を見て、その瞳を輝かせている。

 しかし、彼は今の術に使える霊力を全てつぎ込んだため、これで仕留める事が出来なかったら後は無い。


(いや、正確にはまだあるが……試すのには丁度いいか? 相手はこの学園長だ。一つや二つ解放しても大丈夫だろう)


 ノーラムリング。

 北條の霊力を封じ、溜めているミスリル製の指輪だ。赤い宝石――元々は透明だったが、北條の霊力を限界まで吸い込んで真っ赤に輝いている――が取り付けられた銀色のソレは、外す事によって霊力の封印を解き、破壊することによって溜められた霊力(魔力)を持ち主へと還元する。

 もっとも、彼が付けているノーラムリングは普通のモノとはデザインも素材も全然違うため、他人がその指輪を"ノーラムリングだと気付く"可能性は薄い。

 コレを一つ取れば、彼の霊力封印は一段階解かれて、その分多くの力を扱える様になる訳だが……、


(イヴ相手にも外した事がないんだ……と言うより、戦闘時に外した事がない)


 彼は今まで戦闘中にノーラムリングを外した事がない。あるとしたらシャワーを浴びる時に一度だけ。しかし、外した途端にイヴが「やめてくださいビックリするので! ソレは濡れても大丈夫ですから!」と言ってきた為、渋々付け直した――その時くらいだ。

 悩んでいる内に、炎の短剣に囲まれたセリアが動き出す。

 両手を腰のベルトに吊るされた筒状の棒に手を伸ばした。彼女はソレを両手に一本ずつ持って、小さく構えた。

 直後、その棒の先から黒いレーザーを思わせる剣が姿を現した。

 彼女が扱う闇属性の術式。その本質は剣としての性質を持った闇属性の魔力だ。


「さあ、掛かってこいイツキ君。全て切り落としてやる」


「マジでそれを成し遂げたら超尊敬します」


 そう言って考えを振り払う。

 今はこの術を終わらせる。

 いくらこの炎の短剣の威力が強くても、彼が施した防御式があれば彼女に傷一つつかないだろう。

 遠慮はいらない。


「行け――ッ!!!」


 掛け声の瞬間に、修練場の空中に浮かんで静止していた炎の短剣が一気に動き始めた。

 ソレが全て、中心にいるセリアへと向かっている。

 これを避けきるのは至難の業だ。

 ――常人ならば。


「ふふふ」


 迫り来る炎の短剣を前にし、セリアは微笑みすら浮かべて両手に握る闇の剣を構えた。

 そして彼女は、火の粉を散らせて突撃してくる炎の短剣目掛けて、その闇の剣を振るった。

 轟! と。

 衝撃音と衝撃波が炸裂した。

 闇の剣によって切り裂かれ、吹き飛ばされ、撃ち落とされた炎の短剣が次々と地に落ち消えていく。

 剣舞。

 まさにその言葉がよく似合う光景だった。

 刹那の術式によって速度が強化されたセリアは、身体の周りに闇色の剣閃を無数に残しながら、高速で闇の剣を振るっていた。剣としての性質を持った闇の魔力は、次々と迫り来る炎の短剣を破壊する。


「なんだよ、コレ……ッ!」


 北條の目には、既に彼女の腕は見えていない。

 あまりに高速で振るわれすぎて、まるでノイズが走っているかのように捉えられないのだ。

 炎の短剣のカーテン越しに伝わってくる強風。それから目を守るように手をかざした彼は、小さく呟いていた。

 この人は強い。

 異常な程に。

 それこそ、イヴの九尾解放を見たことが無い彼にとっては、彼女の方が神霊であるイヴよりも強いのではないかと思うほどに。


「――ッ!?」


 強風がさらに強まった。

 セリアが、速度を更に上昇させたのだ。

 既に輪郭さえも見えないほどに高速で闇の剣を振るうセリア。そんな彼女に吹き飛ばされる炎の短剣を必死に制御し、顔をしかめる。

 それから、彼女の剣舞は北條が作り出した炎の短剣が全て消えるまで続いた。

 炎から発せられていた熱気は完璧に消えてなくなり、赤く照らされていた修練場内が元の状態へと戻っていく。

 そんな修練場の中心に、二人は立っていた。

 共に肩で息をしている。セリアに至っては、あんな高速移動をして息切れを起こさない方がおかしいし、北條にしてもあれほどの数の炎の短剣を制御するのは体力の消耗が激しかった。

 やがて息を整えた二人は、お互いの顔を見合わせて小さく笑った。


「尊敬しますよ、セリアさん。流石に、ビビり、ました」


「それは、お互い様だよ、イツキ君。これで全力の半分以下なんだろう? ハッキリ言って、あれ以上、短剣が、多かったら……防ぎきれなかった」


「そう、ですか。で、どうするんです? このまま、第二ラウンド、いっちゃいますか?」


「……ふふ、ははは」


 北條の言葉にセリアが高笑いする。

 闇の剣が一時途切れた筒状の棒を持った右手が、同じく左手に伸びる。

 左手には三つの指輪が嵌められていた。

 ノーラムリング。

 当たり前だが、北條が付けているものとは全然デザインが違っている。

 彼が付けているのは魔法銀ミスリル製。

 セリアが付けているのは魔法銀ミスリルではなく普通の銀製。

 しかし、取り付けられた魔水晶の色はどちらも赤色に染まっていた。


「そうだな、そうしよう」


 セリアは嵌められていたノーラムリングを外し、破壊した。

 直後、粉々になった赤い魔水晶、そしてセリアの身体から途轍も無い量の魔力が溢れ出した。

 そんな彼女の目は、強い者との戦闘に飢えたギラギラとした目をしている。


「……へへ。僕自身、イヴとだって指輪を外して戦ったことはないんですけど……物は試しって言いますしね」


 魔力のオーラが見える北條は、額に冷や汗を描きつつもその右手を左手の人差し指に伸ばした。

 正確には、人差し指に嵌めたミスリル製のノーラムリングに。

 ゆっくりとソレを外す。

 直後、溢れ出るような霊力の渦が北條の身体を包み込んだ。


「それじゃあ、第二ラウンドと行きましょうか。でも僕、この状態で戦うのは初めてなんで、防御式は忘れないでくださいね?」


 そう言い、セリアと同じように指輪を破壊した。

 その直後だった。


「あああああッッッ!!! それミスリル製の高級ノーラムリングなのにぃぃぃいいい!!!」


 二人の本当の戦闘は、イヴの悲鳴とともに始まった。



   6



 セリアに任された仕事を終えたメリアンは、頼まれていたノーラムリングを持って修練場一へと向かっていた。

 どうやらセリアは、何となく来訪する少年と戦う事になるだろうと予想していたらしい。作業が終え次第修練場一にノーラムリングを届けてくれ、そう頼まれたのだ。

 にしても。


(あの少年はそんな凄そうに見えなかったの……)


 メリアンは心の中で呟く。

 無理もない話だ。

 何より彼は両手の全ての指にミスリル製のノーラムリングを計十個嵌めている。ソレにメリアンは気が付いていない様だが。

 更に言えば、霊力を持ってないメリアンは彼のオーラを感知しづらい。

 霊力は魔力としての性質も持っているが、ソレは微々たるもの。

 生粋の魔術師であるメリアンの目には、あの少年は並以下の魔術師にしか見えなかったのだ。

 彼と一緒にいた亜人(?)の女性についても同じ印象だった。


 この世界には亜人種と呼ばれる種族が存在する。又の名を獣人と呼ばれるその種族は、その名の通り動物的な特徴を持った人種である。

 おそらくさっきの女性は狐人こじん族だろうと勝手に推測したメリアンが小さく呟く。 


「学園長は何を考えて……?」


 あんな二人、例え二人同時に相手にしたとしても負けないだろう。

 それなのに何故学園長は戦闘になることを予想し、そしてそれを引き受けたのだろう?

 考えている内に、メリアンは修練場の前まで来ていた。


「……、」


 小さく息を飲んで、そこをノックする。


「学園長、失礼するの」


 そう言って帰ってきたのは学園長の声でなく、少年と一緒にいた狐人族と思われる女性のものだった。


「今セリアは取り込み中ですわ。…………まあ、入りなさいな」


 この女性……学園長を気安くファーストネームで呼ぶ。友人だと言っていたが、一体何者なのだろう。ただの狐人族の女性だとは思えない。しかし、強力な魔力も感じ取れない。

 思考回路をフル回転させながら、扉に手をかけた。

 その直後、強風が彼女の顔を叩いた。


「――ッ!?」


 警戒したメリアンが扉から手を離して一気に後ろに後退した。

 そして、修練場内で起きている現象を見て目を大きく見開く。

 爆炎と暗黒がぶつかり合っていた。

 途轍も無い威力の、魔術ではない何かと魔術が。


「な、なんなの――? コレ」


 メリアンは持ってくる様に頼まれていたノーラムリングを落とし、唖然とした表情でその光景を見ていた。

 すると、扉の影から一人の女性が顔を出した。

 北條壱騎を名乗る少年と一緒に来た狐耳の女性、イヴだ。


「どうかしました? さあ、入って速く扉を締めてください」


 ニッコリ微笑みながらイヴはそう言った。

 メリアンは目を見開いたままその言葉に小さく頷いて、ノーラムリングを拾って修練場の中に入った。

 依然呆けた様子で彼女は口を開く。


「……コレは、一体何が起きているの?」


「何って、見ての通りですわ。イツキ様とセリアがやりあっている、それだけです」


「そうじゃなくて……」


 何故あの程度の魔力しか持っていない少年が、このレイヴス学園の学園長であるセリア=オレアスと互角――それ以上の力で術を展開しているのか?

 いや、そもそもあの魔力をあまり感じられない術は一体何なのか?

 そんな疑問が脳内を駆け回った。


「まあ見ていてください。かれこれ三十分くらいああしているので、もうそろそろ終わるでしょう」


 イヴは目の前の戦闘を見ても全く動じずに、落ち着いた声音でそう言った。


「――うぐっ!?」


 再び体を殴られたかのような感覚に襲われ、扉に背中をぶつけた。

 少年――北條壱騎が爆炎をセリアの周囲に発生させたことによる爆風によるものだ。

 異常な程の熱気が渦巻く。

 そんな中で術のぶつけ合いをする二人は、汗の一つも掻いていない。むしろその表情には、笑みさえ浮かんでいた。

 おそらく何らかの防御式で熱気を遮っているのだろう。


「ははは!!! 相変わらず無尽蔵な力だ! 残り八個のノーラムリングを控えてその威力か!」


 セリアの喜々した言葉を聞いて、イヴと並んでソレを見ていたメリアンが目を剥いた。

 完璧に、この修練場内で起きている現象について行けていない。


「ノーラムリング……残り、八個……?」


 北條壱騎はあの後、二つ目のノーラムリングを外していた。勿論、イヴに怒られた跡なので破壊はしていないが。

 彼の指に嵌められたノーラムリングは残り八つ。メリアンは彼の手元に視線を送り、それを確認した後驚愕の様子でイヴに尋ねた。


「イヴ、さん? アレは一体なんなの? 彼は、一体いくつのノーラムリングを……」


「十」


 メリアンの質問にイヴが淡々と答える。

 しかしどうやら、その声音を聞くに何かに躊躇っているのが分かる。


「……まあこれを見て隠すのはもう無理でしょうしね。彼はノーラムリングを十個嵌める事で、並の魔術師程度に見せかけている」


 実際の所、北條壱騎はノーラムリングを十個嵌めたとしても並の魔術師には擬態できていない。保持するのが霊力だから、他の魔術師は彼の力を正確に識別することは出来ないが、実際は一等級の魔術師以上の力があるだろう。

 そんなイヴの笑えない冗談の様な言葉に、メリアンが返す。


「ノーラムリングは力の封印・隠蔽のために使われる……正確にはその効力を持っているのは魔水晶の方だけど、彼は、その"ノーラムリングを十個付けなければ並の魔術師に見えない程に魔力を持ってる"って言うの?」


「ええ」


「ありえないの」


 それは現実逃避だったのかもしれない。

 目の前で魔術の師がいきなり現れた少年に圧倒されているその光景は、弟子である彼女にとって信じがたいものだった。


「学園長が、学園長は……そんな簡単に負ける魔術師じゃ……」


「えぇ、セリアは強いですわ」


 イヴは腕を組み、壁に背を凭れかけながら、


「でも、それがどうかしたのですか? 目の前の現実を見て事を言ってくださいな。理論・理屈関係無しに、今起きている事を見て判断してください」


 その言葉を聞いたメリアンがセリアに視線を向けた。

 両手に剣としての性質を持った闇の魔力が伸びた筒状の棒――闇の剣を持ったセリアが、楽しそうな表情を浮かべて大きく跳んだ。

 天井を蹴り、弾丸のようなスピードで北條壱騎に向かって突進する。

 ドゴォォォン! と言う轟音が修練場内に響き渡り、衝撃波を撒き散らした。

 まるで竜巻の中にいるかのような感覚。

 メリアンがこの部屋に入ってからまだ一度も風が止んでいない。


「ま、これだけ派手に動いていれば衝撃波が起きて当然ですわね」


 そんな考えを読み取ったイヴが口ずさむ。しかし暴風によってメリアンの耳にはソレが届かなかった。


(……凄い、なんなの、あの少年は……? 何故あんなのが学園長とやりあえるの?)


 北條壱騎はセリアの突進を見事に回避し、後方に下がって術の演算を開始していた。

 それを睨みつけた――しかし笑った顔で――セリアは、霊術結界によって加護された傷一つ付いていない床を蹴り、北條壱騎へと接近を試みる。

 しかし、何十枚も重ねて生み出された霊術障壁――虹色に輝く壁に動きを封じられたセリアは、まるで苦いものでも噛み潰したかのような表情で闇の剣を振るっていく。


(一体、何者なの……?)


 メリアンは今年からこの学園に入学して、レイヴス学園の生徒となる一等級だ。

 普通なら入学一ヶ月ほど前に魔術師の等級を審査する日が設けられ、そこで等級を調べてクラスを決めるのだが、メリアンはセリアの弟子として早めにその審査をしてもらっていた。

 そして彼も――おそらくメリアンと一緒にこの学園に入学する魔術師。

 セリアは以前メリアンにそう言っていた。


(アレは、異常だ……)


 並以下の魔術師という印象は、既にメリアンの中にはない。

 異常。

 目の前で一方的に弄ばれるセリアを見て、メリアンは心の中でそう呟く。


「でも――」


 凄い、そう思った。

 彼女とて生粋の魔術師。より強い力に貪欲になるのも無理はない。


(あの人と一緒にいれば、私はもっと強くなれる――?)


 

 

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