#33 復讐
無数の光の槍が闇夜を照らす。
ドロイトの霊獣殺しは、霊力で構成されたあらゆる事象を掻き乱す武器だ。その刀身に触れれば、例え神霊と呼ばれる高位の霊獣だろうと、地に落ちただけで巨大なクレーターを作ってしまう様な強力な霊術だろうと掻き消す。
それは北條の術に関しても該当する。
だが。
「捌ききれなきゃ意味はない――ッ!」
数えるのも億劫になりそうな光の槍の雨を常人が全て切り落とす事ができるか? 答えは否だ。
しかしながら、体術に特化したドロイトは、それを試みて己に身体強化を施す。
白い光が彼の身体を包み込み、力という力を全て底上げした。
「リア、お前は離れてろ」
言うのと同時、ドロイトは霊獣殺しを薙いだ。
目にも止まらぬ速さで振るわれる長い刀は銀の軌跡を映し出し、迫り来る光の槍と激突する。霊獣殺しの刀身に触れた光の槍は、内側から崩れ落ちるように虚空へと消えていく。
視界が真っ白に染まるほどの弾幕を、歯を噛み締めたドロイトは霊獣殺しで切り落として行く。
凄まじかった。
霊獣の力を五体分もその身に宿し、神霊の領域にさえ踏み込もうとした男は、刀一つで神霊を従える契約者の術を薙ぎ払う。
「クソッたれがァァァああああああああああああッッッ!!!」
怒声と共に振り下ろされた霊獣殺しが、最後の光の槍を消し飛ばした。
光の弾幕は消え、突如辺りは暗くなる。
あまりの明るさに慣れてしまった目が、暗闇に適応するようになるまでは暫く掛かるだろう。
舌打ちしたドロイトは、後ろに下がったリアに並ぼうと一歩足を退いた所で、目を見開く。
目の前から拳が迫っていた。
鬼気迫る表情を浮かべ、超速でドロイトに接近した北條の拳は、そのまま彼の右の頬に突き刺さる。
「ぐァッ!?」
「ドロイト!」
そこで、リアが初めて声を上げた。
突き刺さる拳の勢いに押されて宙を跳んだドロイトを抱きかかえる様に滑り込んだリアは、北條を鋭く睨みつけると右手を伸ばした。
直後、攻撃性を持った暴風が北條に襲いかかった。
しかし北條は、それを同等以上の威力を誇る爆炎で相殺する。
「……どうして君はそんな奴に従うんだ? いや、従うのは契約をしているからか。ならどうして、契約なんてしたんだ?」
「……、」
北條の質問に答える素振りを見せない彼女は、無言のままドロイトの側にしゃがみ込む。
リアに肩を貸されて立ち上がったドロイトは、口元から流れ落ちる血を手で拭いながら笑った。
「俺様逹の事情なんてどうだっていい。そもそも、力を求める理由なんて大体決まってンだろ」
手からこぼれ落ちていた霊獣殺しを握り直して構えたドロイトは、リアに小さく礼を言うと吐き捨てるように言った。
「さァ、まだ殺し合いは終わってねェぞ、神霊術師!!」
「……、」
再びドロイトの身体を白い光が包む。
次の瞬間、彼の両足が地面に深くめり込んだ。
バゴッ! と瓦礫がひしゃげる音が響く。
両足に力を込めたドロイトは、気が付いた時には既に前方へと跳躍していた。強い力を受けた瓦礫が、衝撃波によって後方へと撒き散らされる。
「力を求める理由」
北條は呟きながら術式演算を開始した。
彼が力を欲したのは、この世界を自由に生きていくためだ。
それは極めて、プラス思考な理由に含まれるだろう。
力がある世界ではほぼ必然的に争いが起こる。その『争い』は直に発展していき、命を賭けた殺し合いへと変化する。殺し殺され、生まれるのは深い憎悪と悲しみ、そして巨大な虚無感。
北條は、傷つくシーナを守る為に決意した。
なら、ドロイトは――精霊と契約して力を欲する男は、どうして戦うのか。
「戦場で考え事かァ? ホント、舐められたもんだよなァ!!」
唸りを上げて空を切った霊獣殺しが、北條の首元へと接近する。
思考を別のことへと働かせつつも、ドロイトの動きから目を離さなかった彼は、演算していた強化付与によって人域を超えたスピードを叩き出し、その刃から逃れる。
首を倒す動作と同時に右半身を低くした彼は、下段からその拳を振るった。
「させない」
完璧にドロイトの顎に突き刺さる軌道にあった拳が、突如吹いた強い風によって逸らされた。カマイタチの下位互換とも言えようその風は、北條の右腕に服の上から傷を作っていく。
目を見開き、痛みに歯を食いしばる北條の拳は、ギリギリのところでドロイトに触れずに空振りする。
その隙を、ドロイトは見逃さなかった。
「がら空きだぜ?」
「く――ッ!?」
バキンッ! と言う音が聞こえ、鈍痛が身体中に駆け巡った。
それと同時に視界が真横へと高速でスライドする。
一瞬の間の後、自分の横腹をドロイトに蹴られたことによって、空中に吹き飛んでいると言う状態に気がつく。
強化付与によってパワーアップした人間の蹴り。
もし、リアの風によって攻撃が逸らされた瞬間に物理障壁を展開していなかったら、肋の二三本は容易く折れていた。
「がはっごほ……げぼっ」
風属性の霊術を演算し、反対方向から吹き付けることでクッションの様に扱った北条は、両足片手を地に付けた直後、治癒術式を展開する。
魔術師と言うのは近接戦に弱い事が多い。知能が弱い魔物が相手の場合は多少接近されても対応出来るだろう。もちろん、魔術師がテンパってしまえばお終いだが。
相手が強化付与を扱った魔術師の場合は、魔物を相手にするのとは話が別だ。理由なんて、考えなくともわかるだろう。
(物理最強ってか? 確かに、生半可な演算能力しかない魔術師は接近されたら対応できないからな)
物理障壁は結界魔術の一種。魔術による攻撃を防ぐのではなく、物理的な攻撃を防ぐために作り出された術式だ。
霊術には存在しない、魔術だけの術式だ。
「おいおい、いい加減にしろよ?」
ドロイトは首の骨を鳴らしながら霊獣殺しの切っ先で地を削る。
その口調には怒り、イラつきが含まれていた。
「さっきから余裕ぶりやがって」
「……、」
事情。
力を求める理由。
ドロイトが言った通り、そんなものは大体決まっている。
「復讐、か……?」
血が溢れた口元を拭った北條がポツリと呟き、ドロイトが目を見開いた。
その反応を見逃さなかった彼は確信する。
ドロイトが力を手に入れた理由――それが復讐なのだと。
「なンだ、そんな事考えてやがったのか。チッ」
「……、」
「ああそうだよ。俺様が、リアが、力を求める理由は一つだけ、復讐だ」
考え事をされたまま戦われるというのは、彼の中で癪に障る行為なのだろう。北條の疑問に答える気になったらしい。
もっとも北條としては、どうしてわざわざこれから殺そうとする相手の疑問を晴らすなんて真似をするのか気になって仕方なかったが、ドロイトは以外と律儀なところがある様だ。
ドロイトは霊獣殺しを肩に担ぐようにすると、隣に並んだリアの頭に手を乗っけて言う。
「コイツはな、所謂『霊力タンク』として扱われたンだ」
「霊力タンク……?」
「霊獣って言うのはな、とある霊術によってお互いに霊力の供給が出来る様になってる。テメェも知ってる通り、霊力っていうのは霊獣にとって一種の『生命エネルギー』だ。宝玉が霊獣化する際にも――」
「ちょっと待てよ」
ドロイトの言葉を遮って北條は口を挟む。
「宝玉が霊獣化? それってどう言う意味だ? 僕は宝玉が、霊力を持つ者が死んだ際に生成される霊力の塊だって聞いた。……お前の言い方だと、まるでそれが卵の様に聞こえるんだが」
「ああ、俺様逹人間が生成する宝玉はそうは行かないが、霊獣が生成する宝玉はまた別。テメェの言う通り、リア逹の様な霊獣が作り出す宝玉は、卵と同じだ」
リアが哀しげに目を伏せるのを見て、ドロイトは彼女の頭が荒く撫でる。
「宝玉化した霊獣は、時を経て霊力を掻き集め、そして羽化する。生まれるのは、全く別の人格を持った同じ霊獣だ」
霊力が一種の生命エネルギーとは、つまりそういう事だった。
宝玉化した霊獣は、羽化するために霊力を必要とする。そして、十分に霊力を集めた宝玉は、羽化して新たな人格を持った霊獣となり――
「え?」
そこまで考えたところで、一つの疑問に思い至った。
「新しい人格ってのはどう言う意味だよ? つまり、一度宝玉になって羽化した霊獣は、生前の記憶を失って生まれ変わるって事か?」
「ああ」
何らおかしい事ではない。前の世界に存在した小説なんかでは、死んで転生した主人公の記憶が引き継がれている、なんて話が多かったが、それが当たり前という訳ではない。
宝玉化すれば、その霊獣の楽しかった記憶も、象っていた人格も全て無くなり、文字通りゼロから再び生まれなおす。
きっとイヴにしても、過去に他の人格――『イヴ』としての別の人格があったのだろう。
「最初は、俺とリアだって普通に生きていた。でも、ある時リアが霊界に出向き、瀕死になって帰ってきた時に言われたンだ。自分が霊力タンクとして使われたってな。そして死ンだ。今ここにいるリアは、もうあの時のリアとは違う。だから俺は決意した」
その瞳に強い憎しみを抱いて、
「復讐するってな」




