#29 黒の少年 A_Blacky
これの前に改稿した#28を投稿しました。
風属性を得意とする精霊リアによる、風属性の霊術がシーナを襲った。術の威力だけではない、散らばっていた鉄片等も一緒に飛ばしてくる横殴りの竜巻が、小さな身体に殺到する。術の威力は並みの一等級魔術師のソレと同格。つまり、元々術の効力に自信がないシーナは、ソレを防ぐためには全力の障壁を生み出さなければならない。
(しかも――ッ!?)
霊力によって生み出された現象だけではなく、物理的な存在である鉄片までもが混じっていることから、かろうじて霊術も防いでくれる魔術障壁のみでは完璧に防ぐことはできない。
魔術障壁と物理障壁を重ねて展開する他、リアの攻撃から身を守る術はない。
「チッ!」
小さく舌打ちしたシーナは、左方から接近するドロイトの反応を感知しながら、右手のみで二枚の障壁を展開する。早業。流石といったところだ。集中したシーナの演算能力は、やはり凄まじい領域にあった。
虹色の膜とでも言えそうな魔術障壁と、半透明の物理障壁が重なり、前方から襲い来る竜巻を防ぐ。それによって流されてきた鉄片は、物理障壁にぶつかってゆっくりと地面に落ちた。
続けて左方からのドロイトの攻撃に備えた術式を展開する。イメージするのは、魔力のみによる魔術。霊力が混じっていれば、彼が握る長い刀――霊獣殺しによって容易く術は崩される。それを回避するためには、使用エネルギーを調節して何とか魔力だけで魔術を構成しなければいけない。
今までそんな事をした試しはなかったし、ドロイトの霊獣殺しを知る前まではそんな事をする必要さえ無いと思っていたくらいだ。
しかしやるしかない。
左手のみで展開した雷属性の術式。特有のビチバチとした音を立てながら足元に転がる鉄片に電撃を走らせたかと思うと、シーナはソレを操って空中に持ち上げた。
「ほォ」
魔術を扱った物理的攻撃に変更したシーナの機転に関心の声を漏らしたドロイトは、構えていた霊獣殺しを低く構えた。
次の瞬間、集中を右手で制御していた障壁から左手に移し、指をパチンと鳴らした。それと同時に、浮遊していた鉄片と雷撃が勢い良く、矢の如く放たれた。
流石のドロイトもコレを霊獣殺しで叩き落とそうだなんて思わないだろう。あの刀身の耐久性等、詳しい事は分からないが、これだけ高速で突き進む鉄片を叩いて傷がつかない何て事は無いはずだ。
そもそも、あの刀の本質は『霊力を乱すためのモノ』。つまり、対霊力用――否、対霊力専門と言ってもおかしくない代物なのだ。そう考えれば物理耐性は必要ない。
「ま、テメェの思惑通りだよ」
案の定、シーナの考える通りだった。ドロイトは鼻から霊獣殺しは使おうとせず、空いている方の手で展開した炎で、水で、雷で、鉄片を。雷撃は雷属性に有利な炎属性の術で撃ち落としながら接近を続ける。
「よかった、付け入る隙が全く無いわけじゃ無いみたい」
ドロイトの反応を見て薄らと苦笑を浮かべたシーナは、右手で操っていた二枚の障壁を即座に攻撃の術式に変換し、遠距離からリアへと反撃した。
それと同時に再び雷属性の術式で鉄片を動かす。
巨大な塊だった。
全長四○センチメートルはあるだろう、ゴツゴツとした鉄塊が複数持ち上げられた。おそらく鉄柱か何かの成れの果てだろう。かなりの重量を誇るであろうソレを持ち上げるためには、それなりに強力な術を扱わなければいけない。
それを片手のみで操作する。
彼女の集中力は極限状態に達していた。
額から流れ落ちる汗を無視し、シーナは「フッ!」と鋭く息を吐きながら左手の指を動かした。それに呼応するように反応を示した鉄塊は、彼女の意志に従ってドロイトに殺到する。
魔術は、例え魔力のみで構成した全力の術だろうと、彼に容易く落とされる。
霊術は霊獣殺しによって容易く切り伏せられる。
接近戦は、何とかしてリアの攻撃をやり過ごし、チャンスを見つけ出さなければいけない。
(なら物理でゴリ押しするしかない――ッ!)
「オイオイ、あんまり単調だったらこっちもすぐに飽きが来ちまうぞ?」
「――ッ!?」
突然間近で聞こえてきた男の声に身体をビクリと震わせる。
いつの間に接近した?
ほんの一瞬、ドロイトから視線をその後ろへと向けた。その先では、ボッコリとへこんだ後が残る鉄塊が落ちていた。
(殴――ッ)
まるで殴った跡の様なモノを見たシーナは、目を見開いた。しかしその瞬間に横から身体を貫くような激痛が襲いかかり、歯を食いしばった。。
「がァ――ッッッ!?」
激痛。
初めてまともに攻撃を受けた。
強力な術等と言った攻撃から自分の身を守る最低ラインである障壁もない、生身の身体で受けたその殴撃は、シーナの身体全身に酷い痛みを走らせた。
勢い良く吹き飛ぶ中、視界の端にリアの紫髪が見えた。そして、彼女が握るひと振りの刀も。
「あ――?」
なんでソレをアンタが持っている。
そう心の中で呟く間もなく、それは躊躇せずに振り下ろされた。
『死』と言うたった一文字の、しかしかなり重みのある単語が脳を過り、唇を噛みちぎりそうになる程必死の形相を浮かべたシーナは、全力で身体を捻っていた。
しかし、避けきれない。
ブンッ! と空を切って振り下ろされた霊獣殺しは、シーナの肩を浅く抉り、そして彼女の体内を巡る霊力を大きくかき乱した。
激痛が走る。
「がァァァあああああああああああああああああああああああああッッッ!!!???」
風圧で簡単に身体を吹き飛ばされたシーナは、地面を転がりながら悲鳴を上げた。体内を駆け巡るかのように走る、霊力を乱された事による激痛と、肩を斬られた事による鋭い痛みが彼女の身体を襲った。
痛い、痛い、痛い。
気を失ってしまいそうな程の痛みだった。
目尻に涙を浮かべ、噛み千切らんばかりに唇を噛み締めたシーナは、それでも血が流れ出る肩に安定しない霊力で構築した治癒術式を施していく。
「痛いだろ。まともに受ければって思うと怖気が走るよなァ? いやァ、俺様もしくじって指を斬っちまった時は流石にビビッたぜ。なにせ、ちょっとした傷でもその激痛だもんな?」
「……ッ!」
言葉も出せないほどに身体が痛む。
治癒術式の効力が安定しない。
霊獣殺しによってかき乱された霊力が、上手く調整できない。更に言えば、痛みに耐えている所為もあって演算も完璧とは言い難い。
「あっ」
ふと気がついてベルトをまさぐるが、指輪の存在を確認できない。
目線だけで辺りを見渡すと、ソレはこちらへと歩み寄ってくるドロイトとリアの足元に落ちていた。
赤く輝く魔水晶を取り付けたノーラムリングを、ニヤリと笑いながら拾い上げたドロイトは、ピンとソレを指で真上に弾いた。
「万策尽きたか? テメェにとっちゃあこのノーラムリングは生命線みたいなもんだったけど、俺様の手に渡ったからにはもう使えねえなあ」
霊力が乱れているため、残っている総量は正確に確かめられないが、おそらく治癒術式によって全て消費しきるだろう。
元々魔術の威力が心もとなかった彼女が手を伸ばした体術も、あの男にはまるで通用する気がしない。
更に言えば、あの無言な精霊。
奴が一緒にいる限り、こちらが不利な状況は続く。
「…………くそ……」
か細い声でそう呟くシーナ。
やはり最初から勝ち目なんて無かったんだ。
相手は元より自分よりも強い霊術師と、精霊。元々の実力はどうだったか知らないが、既に五つも宝玉を喰らっているのだ。それはもう、相当パワーアップしているのだろう。
対して自分は、霊術も使えない、魔術の威力もさして強くないただの魔術師。
魔力量がそう多くはないからと言って、ひたすらに術式演算能力を鍛えたけれど、結局ソレは因縁の相手に届かなかった。
死。
それが今、目の前までやって来ていた。
「いやでもまァ、良くやった方なんじゃねえのか? 術式演算能力に限ってだが、テメェはハッキリ言って逸材だ。魔力・霊力共に多くねェってところが残念だったがな」
そんな言葉は嬉しくない。
結局自分はダメだったのだ。
これから自分を殺そうとする相手に言われても、何も感動しない。
頑張ってよかった、とも思えない。
「だったとしても、美味しく頂かせてもらうぜ? それで他の二人――あわよくば二日前にやりあった神霊も頂くかねェ?」
あぁ、と。
心の中で小さく溜め息を吐いた。
そもそも自分は強い訳でもないのに、自分よりも強い人を勝手に守らなければいけない、だなんて思い上がって、そして結局、何も出来ずに死んでしまうんだ。
無駄だった。
自分の力じゃ、この男には届かなかった。
奴は自分を殺し、自分の宝玉を手に入れて更に強力になった後に、北條壱騎と神霊イヴに戦いを挑むだろう。
こんなの、霊獣狩りに力を貸したような物ではないか。
自分が不用意に戦いを挑み、負けて、奴をまた強くさせた。
完全に足でまといだ。
何とかしなければいけないと思う気持ちが、結果的に北條壱騎逹に迷惑を掛ける事になってしまう。
「く、そぉ…………ッ!」
倒れるシーナの瞳から涙が溢れ出し、その頬を伝った。下唇を噛み、何度も何度も、自分の事を責める。
「何だ? 今更死ぬのが怖くなったってか? いや、違うな」
ニヤリと笑ったドロイトは、涙で濡らすシーナの顔を見下ろして言った。
「これから俺様が挑む霊術師に申し訳ない、とかそんな所かァ?」
「――ッ!?」
鋭く息を飲んだ彼女を見て、図星だと察したドロイトは笑いながら、
「だよなァ、そうだよなァ。テメェと他の二人が知り合いかどうかは知らねェが、俺様はテメェのお陰でまた強くなる。他の奴らにとっちゃあはた迷惑な話だ。なにせテメェ、自分から挑んできて負けてんじゃん」
ドロイトは霊獣殺しを肩に担ぐ。
どうやら、奴は他の二人がシーナの知り合いだと言う事を気が付いていないらしい。
とは言え、いくら彼が霊力隠蔽の力を手に入れたとしても、いずれバレてしまうだろう。そもそも、ドロイトは既に二人の霊力反応を確認している。
「無様な事だ」
そう言いながら、霊獣殺しを振り上げた。
殺される。
死ぬ。
(――ごめん、イツキ君……ッ!)
その瞬間だった。
轟! と。
ありえない、異常、そんな言葉が真っ先に浮かび上がるような、禍々しい程の霊力反応が発生した。
ソレはビリビリと空気を伝ってシーナとドロイトの肌を強く叩く。それと同時に、全身にぶわっと鳥肌が立つのを感じた。
それが何者によるモノなのかなんて、考える必要もなかった。
シーナが顔を上げ、霊力の発生源の方へと視線を向けた。
ドロイトも、シーナの首スレスレまで振り下ろしていた霊獣殺しをピタリと止め、強大な霊力を感じ取った方向、つまり立ち並ぶ建物の上へと目を向けていた。
そこには、一人の少年が立っていた。
身に纏うレイヴス学園の制服は黒、男にしては長い方の髪も、その前髪の奥に隠れる瞳も同様に、黒。
そんな少年の十本の手の指には、七つのノーラムリングが嵌められている。
普段は十つ嵌められていたはずの指輪が、七つだけ。
「イ、ツキ君……」
黒い少年は。
涙に濡れた悲痛な顔を浮かべる少女と。
そんな少女に刀を向ける一人の男を見下ろして呟いた。
「バカ野郎」
最後の一言、いい案がありません。タスケテ
小説を読んでいればよく鳥肌が立つんですけど、
僕にはそんな文章を書くのは無理ならしいです。
ROM期間。




