#25 相対 Secundum
勢い重視(?)、心理描写的な何かがクドいかもしれません。
「シーナ、一体何があったのでしょう。昨日はあんなに元気だったのに、風邪でも引いたのかしら……」
「結局最後まで来なかったの」
六時限目が終了し、帰りのホームルーム前に空いたシーナの席を見ながらイヴが呟いた。その言葉にメリアンも便乗する。
シーナの欠席の理由は分からないらしい。朝のホームルームが終わった後に尋ねると、何の連絡もなかった、とアウラはそう言っていた。
「……、」
何かがあったのは確実だ。その何かの所為で彼女は夜中に北條の家に侵入し、そして「抱いて欲しい」と頼んだ。普段の彼女ならする事のないだろう哀しげな笑みを浮かべて。
昨日の出来事を回想しながら北條は考える。
(僕達の言動が彼女をあんな風にした可能性は限りなく低いはず。直前まで彼女は普通に魔物の話をしてくれていた。となるとやっぱり……原因はあの帰り道にある)
それしか考えようがなかった。
あの道でシーナの雰囲気が変わったのは彼も気が付いている。
(何かを見たのか? でも、あの道では防具を着込んで武器を背負った冒険者が行き交ったり、煉瓦造りの建物が並んだりしているだけで、コレといっておかしい点は無かったはずだ)
指を顎に当てて考える。
(何かを聞いた? 冒険者とかその他住人が話していた内容が、シーナの何らかの事情と交錯した?)
考えれば考えるほど湧き上がってくる可能性。しかし、一ヶ月も過ごしていてシーナの家の場所すら知らない北條は、彼女の深い事情など知っているわけがなかった。
いつもなら桃色の髪を持つポニーテールの美少女が座っているはずの席は、しかしそこだけポツンと空いている。他に休んでいる人がいないからか、それともそれだけシーナと言う存在が北條にとって大きなモノだったからか、その空席は異様な程に目立って見えた。
(絶対に、何かがあった……)
夜中に北條に抱いて欲しいとまで言うような状態になる、何かが。
あの行動が自暴自棄によるものなのか、本意による物なのか。どちらにしてもおかしい事この上ない。
そこまで考えたところで、教室のドアが開かれた。入ってきたのは黒紫色の髪と瞳を持った、一学年一等級組の担任、アウラ=ヴィリアンだ。
「はーい静かにしてねー」
パンパンと手の平を打ち合わせながらざわざわしていた教室を黙らせると、彼女は教卓に両手をついて話を切り出した。
「先日話した、街で魔術師が争いを起こしたって件。あれについて、新しい情報が入りました」
真剣な声音でそう告げる。アウラの言葉に別の意味で教室がざわざわとなり始めた。
彼女はまた両手を叩いてそれを黙らせてから話を再開する。
「まず一つ、魔術戦を行っていた三人の情報から。取り敢えず、バトルロワイヤルだった訳ではないみたいです」
つまり、二対一だったという事だろう。
先日セリアが、アナウンスで北條やイヴを呼び出して伝えた推測は当たっていたらしい。
「次に容姿について。一方は真っ赤な髪を持ち、瞳も同様に赤。黒いコートを着ていたそうです……そして、手に握られていたのは少し長めの刀」
アウラから放たれる緊張感を肌身で感じ取ったのか、口を開く生徒は完全にいなくなった。おそらく皆、理解しているのだろう。そう言った事件を起こすのはきっと、一学生でしかない自分達とは違う世界に住んでいる者だと言う事を。
それ故に、必要な情報は漏らさない。
「もう一方、二人組の方です。そちらはフードを被っていたらしく、よく見えなかったらしいですが、金髪と青髪の子供だった……そう聞いてます」
これは全て近辺に住んでいた住民による目撃情報だ。セリアの手回しのお陰もあって情報はスムーズに手に入ったが、その信憑性というやつは高くないだろう。
「手に入った情報は以上です。みなさんくれぐれも、該当する人物には気を付けてください」
帰りのホームルームを終えた後も身動きしない北條に気がついたイヴとメリアンは、心配そうな表情を浮かべて声を掛けた。
「あの……イツキ様、どうかしたんですか? 先程からお顔が暗いようですが」
「そうなの。きっとシーナは大丈夫だよ。昨日疲れただけだと思うの」
「…………そうだといいけど」
脳内に昨日の夜中の出来事が浮かび上がる。彼女が身に纏っていたキャミソールを脱ぎ始めてさえ、目を離す事が出来なかったあの顔、表情。
どうしてあんな顔をしていたのか。
いくら考えても分からない。
「なあ、二人共。シーナの家、知ってるか?」
何か悩み事があるのなら聞いてあげたい、何とかしてあげたい。身体を重ねると言うのは何処か違う気がするけれど、力になりたい。
北條に聞かれた二人は、しかし力なく首を振った。
「申し訳ございません。残念ながら私は……」
「ごめん、私も知らないの……」
「いや仕方ないよ。……ならアウラ先生かセリアさんに聞いてみるか」
「シーナの家を尋ねるんですか?」
「うん。ちょっと様子を見に行こうかなって思って」
昨日の夜中に起きた出来事が言うべきことではないのは確実だ。きっとあの時、彼女は相当の勇気を振り絞ったに違いない。声が震えていたことがソレを裏付けている。
段々と教室の人口が減っていくのを見た北條は、よし、と呟くと立ち上がった。
「まずはアウラ先生の所に行こう」
結果から言うとセリアのところまで行く必要は無く、アウラからシーナの家について情報を貰った三人は放課後の街を歩いていた。
アウラから聞いた話では、シーナの家は学園から見て北條の家と全く逆方向にあった。
そして今、学園から十数分歩いた所――つまりシーナの家の前に辿り着いた。
「ここがシーナの家か……」
そこは北條の家に比べるとやはり少し小さかった。二階建ての一軒家。三角赤屋根の普通の家だ。煉瓦造りなのはどこも一緒。彼女の家も同様、赤屋根白壁の周りと違った特徴の少ないものだった。
もしシーナが単純に体調不良で欠席していたのだったら、きっとここにいるはずだ。そこまで考えて、念の為何か見舞い品でも持ってくればよかったと後悔する。
「シーナ、大丈夫でしょうか?」
イヴを神霊だと知っていて、そして神霊と言う存在を何処か『高貴で、人の事なんて意に介さない』、そんな生き物だと思っている人が聞いたら驚きそうな言葉をボソリと呟く。
「ぶっちゃけて言うと、活発なイメージが強いシーナが風邪をひくとはあまり思えないの。サボりもわんチャンあるの」
「それは私も思いましたわ。別にシーナの事をそう思っている訳ではありませんけど、『バカは風邪をひかない』と言いますしね」
「バカって言ってるじゃん」
後頭部を掻きながら溜め息混じりに北條は呟く。
シーナの欠席理由が体調不良なのだとしたらどれだけいいことか。その可能性は限りなく低いと思うが。
そんな考えを頭を降ることで霧散させ、チャイムを押す。
「…………………………………………………………………………………………………、」
反応はない。
改めて家を見直してみると、どの部屋もカーテンが閉められていて中が伺えない。もし一人暮らしで体調不良なのだとしたら、カーテンを開ける事をせずに寝ているのかもしれない。
「どうします、イツキ様」
「……チャイムに応えられないって事はそれなりの事情があるんだろ。帰ろう」
顔を見ておきたいところもあったけれど、無理してまで出て来させるのは悪い。そう考えた北條逹三人は踵を返した。
「そうだ。明日は休日ですし、なにか買い物してもう一度来ませんか?」
と言うイヴの提案によって、三人は買い物をした後解散した。
この世界におけるロールケーキなる食べ物が入った袋を手に、北條とイヴは暗くなった帰り道を歩いていた。
「だけどきっと……」
シーナはきっとただの体調不良なんかじゃない。イヴとメリアンには伝えていないが、もしただの体調不良なのだとしたら昨日の夜中の出来事は説明できない。
考えがまとまらない。
体調不良であって欲しいと思ってシーナの家まで来たのに、そうじゃないと思っている自分もいる。
昨日のシーナの印象が強烈過ぎたのか、まだ少し混乱しているようだ。
(授業も先生の話もロクに頭に入ってこなかったし……)
そう言えば、と北條は呟く。
「今日、一昨日の魔術戦の新しい情報が入ったんだっけ。他の事考えててちゃんと聞いてなかったから教えてくれないか?」
「はい。えと、まずセリアが言っていた通り、三つ巴戦ではなかった様です。二対一、一人の方は赤い髪に赤い瞳、黒いコートを着ていて、片手に長い刀を持っていたそうです。もう一方、二人組の方はフードを被った子供らしき姿で、金髪と青髪だったそうです」
「…………は?」
イヴの言葉を聞いた北條は、目を見開いてそう溢していた。
今、イヴは何て言った?
どうして自分はこんな大事な事を聞いていなかったんだ?
「ちょっと、待てよ……それってもしかして……」
「……はい。私ももしかしたらと思っていたのですけど……シグとリズかと」
「そう、だよな。でもあの二人は確か一昨日『これから迷宮に潜る』って言ってたはず……」
「何らかの事情で何者かと交戦した……としか考えられません」
「………………………………………………………………………………………………あ?」
そこで北條は一昨日から今日まで、つまり学園に入学してからの出来事をすべて思い出した。
一昨日、アウラと実技演習で仕合をし、教室でカゼルとやり合い、初めて霊界なる世界に転移し、そこで三人の神霊と出会った。その内の二人は双子の神霊で、雷と水を司る金髪と青髪のフード付きパーカーを着た少女。彼女らは自分達が霊界をでる際に「迷宮へ行く」と言っていた。それは要するに、下界に降りるという事だ。
「二日前の魔術戦の二人組がシグちゃんとリズちゃんだって言う推理は大方当たってるはず」
そして先日、北條逹は四人で再来週の海合宿のための水着を買いに出かけた。その時のシーナは普通に楽しそうで、その後のあの哀しげな雰囲気は微塵も感じられなかった。
しかしその帰り、彼女の様子は一変する。
「そうか、まさか、いや、もしかすれば……」
そう考えれば合点が行く。
シーナのあの哀しげな表情の訳も。
「イヴ、これからすぐに霊界に連れてってくれないか!?」
全ては自分の思い違いかもしれない。この推測は間違ってるかもしれない。
しかし、金髪・青髪の子供と言うのがシグ・リズだったのだとしたら、彼女らに聞く事が出来る。
この事件の真相を。
「分かりました。ではこちらへ」
イヴに連れられるがままに路地裏に入る。そこで彼女はいつしかの転移の術式を展開した。足元にサークルが現れ、身体の接触をした北條とイヴが青白い光に包まれた。
「行きます」
直後、二人の姿が下界から消え、霊界へと転移した。
同時刻。
街外れの廃墟跡地に三つの人影があった。
一人、桃色の髪をポニーテールに仕上げた、水色の瞳を持つ少女。フード付きの白いコートを身に纏い、腰のベルトには赤色の宝石が取り付けられた指輪――ノーラムリングが四つ吊るされている。彼女が二ヶ月前から用意していた、霊力が完璧に溜まりきった魔水晶付きの指輪だ。
そんな彼女に相対するように並んで立つのは一人の男と一人の少女。
赤い髪と赤い瞳を持つ男は青黒いアーマーコートで身を堅め、腰には刀身の長い刀が吊るされている。表情には歪んだ笑みが貼り付けられ、目の前に立つ少女を見ていた。
最後の一人、男に並んで立つのは紫色のロングヘアーが特徴的な美女。黒と紫で彩られた和服を思わせる衣服を着た彼女は、両手に握る少し短めの刀剣をカチリと鳴らした。
「くはは、まさかテメェの方から顔を出すとはなあ。久しぶり、何年ぶりだ?」
笑い声と共に放たれた男の言葉に、桃色の髪の少女は吐き捨てる様に言った。
「三年ぶり。また出会えて最悪よ、霊獣狩り」




