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契約神霊と霊術師  作者: 瀬乃そそぎ
第三章 霊獣狩り Sacra_Venatione_Bestiam,
33/43

#23 夜這い Noctem_Reputabuntur

こんばんわ。今回の中盤(?)から物語が展開しだしていきます。

 シーナが言うショッピングモールはベスタの店からそう遠い場所になかった。歩いて十数分、大きな建物を見上げた北條は感嘆の声を漏らした。

 やはり煉瓦造りの建物で、屋根に当たる部分は壁に使われている白っぽい物ではなく、真っ赤な色をした煉瓦で出来ていた。レイヴス学園程の規模ではないものの、やはりその建物は大きいと言えるだろう。見た感じだと三階建てのようだ。

 人の出入りは少ない。今がまだ昼時だからだと思われる。


「ここは食べ物とかは売ってないんだけど、服だとか家具だとか、そう言う日常品が売ってる所なんだよね。二階には水着フロアがあって、男女別々のフロアで販売してるよ」


「つまりこういう事ね。三人が水着を選んでいる間、僕は男物フロアで自分の水着を選ぶ、と」


「え? 何言ってるのイツキ君。君にも女物のフロアに来てもらうに決まってるじゃん。何の為に呼んだと思ってるのさ」


「何の為なの!?」


 シーナの言葉に驚愕の表情を浮かべた北條。人差し指を立てて前屈みになったシーナが笑いながら答えた。


「そんなの、イツキ君にも水着選びを手伝ってもらうからに決まってるじゃん」


 そんな訳でショッピングモール二階、女物の水着フロアの前に男女混合の四人組が立っていた。

 一人は桃色の髪と水色の瞳を持ったポニーテールの美少女。胸のサイズはDカップ程。

 一人は銀色の髪と青金石ラピスラズリの様な深い青色の瞳を持ったゆるふわウェーブの少女。胸のサイズはBカップ程度。

 一人は金色の髪と瞳を持った、グラマラスなお姉さん系の美女。胸のサイズはEカップを軽く超えているだろう。

 そして最後の一人、黒い髪と黒い瞳を持った中背中肉で中性的な顔立ちをした少年。胸のサイズは言うまでもなくAカップだ。


「これは結構いい感じのお店ですわね。外から見ただけでも過激な水着がかなり売ってる……これならイツキ様もイチコロな水着を選べるかもしれませんわ!」


「でしょでしょーっ! 多分この街だったら一番良いお店だと思うんだよね。種類も豊富だし大胆だから、きっとイヴさん見たいな綺麗な身体に合う水着があるはずだよ!」


「あら綺麗だなんて、シーナだってスタイルいいじゃない」


「うふふ、ありがとー!」


「ちょっと待つの。私だけ除け者は無いと思うの」


 イヴとシーナが楽しそうに話をしている所に頬を膨らませたメリアンが割り込んだ。

 外から見ているだけでもかなり多くの水着が売られている事がよく分かる。その中には勿論、それは本当に水着の役割を果たしているのか!? と思わせるような布地が少ないモノもあれば、競泳水着に酷似した水着があった。もしかすればこの世界でも水泳の競技があるのかもしれない。


「い、いや、違うんだよメリちゃん。除け者だなんて、そんな」


「ごめんなさいねメリアン。でも貴方では私達のお話にはついて行けないと思いまして」


「ぐっ……何処までもナメてるの。駄肉贅肉脂肪の塊! 絶対悪なの!」


「な、なんですってぇ……っ!?」


「大体、そんな大きな胸は将来垂れ下がるの。そんなだったら私みたいにスレンダーな身体の方が良いと思うの。時代はちっぱいなの!」


「残念ながら私はこれでも千年生きてますけど垂れ下がっていませんわ? いやぁお気の毒ですはねメリアン、そんな事を言ってしまっては貴方はきっと生涯貧乳のままですね」


「ふっ、自滅しやがったの。千年も生きてるとか、もう婆さんの域を超えてるの」


「――――ッッッ!!!」


 もう少しすれば喧嘩が始まりそうな雰囲気が漂う中、北條は呆然としながら目の前の女性物水着フロアを見て立ち尽くしていた。

 中を見ても男の客は見られない。皆が皆女性客で、見た感じ他校の学生らしき人も少しばかり来客している。この空間の中に、彼はこれから入っていかなければならないのだ。

 無闇にキョロキョロする事なんて出来やしない、少しでも気を抜けば彼にとって好ましくない事態が怒るのは何となく想像がつく。


(こ、こうなったら極力視線を下に向けて俯き加減でいよう。怪しくない程度に三人について言って、適当に評価してさっさとこの空間を脱出する。これしかない。いやでもまてよ……適当に評価って言うのは流石にあんまりなんじゃないか? 相手は年頃の女の子だ、男子に褒められれば自身も付くはず……なら真面目に評価してあげないと失礼かもしれない……)


 変なところで律儀な北條は、顎に手を当てて思考する。如何に早くこの場を切り抜け、三人に的確なアドバイス(?)をするかについてだ。


(って、第一身体が弱かった僕は小学校のプール授業も、海に行った事すらないって言うのに……水着なんて着た事ないんだぞ!? それなのに他人の、しかも女の子の水着の評価をしろって言われたって……)


 と、そこでようやく海合宿の目的を聞きそびれていたことに気が付いた北條は、隣でドンパチやりそうな三人組に声をかける。


「ねえ、海合宿って一体目的はなんなの? もしかしたら僕、泳げないかもだよ」


 身体が弱かったから、勿論水泳体験など存在しない。今ならなんでもやれそうな気がするので、挑戦したいとは思っているが。


「はい。アウラから聞いた話によれば、海合宿は主に炎属性の術を訓練するためのモノらしいです。何でも、魔術の炎はしっかりと術式演算出来ていれば魔力量関係無く、自然の水に耐えうる火力が出せるとか。逆に言えば、魔力さえあれば大抵消えないって事なんですけれどね」


「演算能力もしくは魔力さえあれば、魔力の炎は魔力の水でしか消えないって事かな」


「ですので、泳ぐなんて場面はもしかすれば無いかもしれません」


「そっかそっか、ありがとう。海合宿の話を聞いた時、他の生徒はどんな感じの反応をしてたの?」


 こちらの質問は純粋に興味心から来たものだ。魔術師学園に来ている生徒、それも一等級の人達なのだから、やはり『海』なんてワードにはあまり興味を示さないと思っていたのだが、イヴの解答は北條の予想を大きく外してきた。


「女子生徒は話を聞くに連れて楽しそうに話しておりました。最初こそ呆然としていましたが……イツキ様の事もあって」


 イヴが言う『イツキ様の事』というヤツは、きっとアウラに抱きしめられたアレの話だろう。


「へえ、てっきり魔術修練の一環でしかない、とか何とかで興味を示さないものだと思ってたよ」


「確かにそういう方もいましたよ。あの、前にイツキ様をガゼルから庇ったあの……」


「アスティナさんか……あの人、何処か妙にセリアさんに似ているところあるよな。顔立ちとか、雰囲気とか……オーラってヤツ?」


「それは私も思ったの。髪を黒くしたら学園長そっくりだと思うの」


 そこでシーナと話していたメリアンまでも話に加わってきた。きっと北條よりも長い間セリアと付き合っているだろうメリアンがそういうのだから、かなり似ているはずだ。


「……そうですわね」


 イヴが若干声のトーンを下げてそう言った。

 その様子に疑問を持った北條はストレートに尋ねる。


「イヴ、どうかしたのか? アスティアさんと何かあったの?」


 質問に対して、イヴは何とも無かったかの様に微笑みながら返答した。


「何でもありませんよ。さあさあ、早速中に入って水着を選びましょう? イツキ様、私に着て欲しい水着があったら是非言ってくださいませ。それを購入しますわ」


「え!? あぁ、うん……あればね……」


 張り切った様子の彼女の言葉に苦笑しながら視線を逸らす。多分北條にはそんな度胸はない。

 中に入ってみると、やはり男性客は一人も存在しなかった。店員も勿論女性で、並べられた水着を見ているのも皆女性。外から見た通りだった。

 それにしても……。


(こ、この空間はマズイ――ッ!? み、水着が過激すぎる!)


 全くその通りだった。

 入口付近に置かれた水着はそこまで過激なものではなく、綺麗で可愛げのある水着ばかりなのだが、奥の方を見てみれば全くの別空間だった。

 何より布面積が少ない。更に言えば、大事な部分を隠す布が無いものまである。いわゆる紐水着なるものだ。ビキニタイプの水着で、末端が紐状になっていて結ぶことで固定するタイプのもの。紐パンの水着版と言えばイメージしやすいだろうか。


 青少年にとっては決して居心地が良いとは言い難い場所だった。

 目を見開いて顔を赤くしているのに気が付いたメリアンが、含み笑いを浮かべて横から声を掛けてくる。


「あれれー、どうしたのかなイツキ。顔が真っ赤になってるの」


「やめてあげなよメリちゃん。きっと今イツキ君の頭の中は、エロ水着を着たあたし逹の姿で一杯なんだから」


「ち、ちち違うぞ! ただ目のやり場に困るというか、目の毒というか……」


 慌てて目をギュッと瞑った北條は両手を前に出してブンブンと横に振った。その直後、振っていた右手にふにゃんとした感覚が伝わった。


「……ん?」


 もにゅもにゅと、その何かを右手で揉みしだく北條。


「あんっ。イツキ様、こんな所で大胆ですよ……」


「は?」


 閉じていた眼を、恐る恐ると形容すれば分かりやすいくらいゆっくりと開く。暗かった視界が明るくなったその時、まず目に入ったのはイヴの姿だった。彼女は小指を唇に当てて片目を閉じて頬を赤らめている。


「……は?」


 もう一度言葉を漏らしてゆっくりと視線を下に向けていく。

 自分の右手が。

 イヴの左胸を。

 掴んでいた。


「ふあ!?」


「ひゃう!」


 慌てて手を離した北條は、素早い動きでカサカサと後ろまで下がっていく。右手に残った感触を一刻も早く忘れようと頭をぶんぶん振るう。


「ごめんイヴ! わ、わざとじゃないんだ!」


「分かってますよ。まあ、お望みならばいつでも触らせてあげますので遠慮無く――」


「いい、いいから! ほら皆、さっさと選んじゃいなよ!」


 目を閉じたままイヴの背中を押した北條。それに続いて他の女子二人も水着選びを開始したのを見て、小さく溜め息を付いた。

 こんな所で男がうろうろしているのは社会的にマズい気がする。

 そう判断した後の彼の行動は実に素早いものだった。ササッと女物水着フロアの入口まで下がった彼は、そこで己の気配やら存在感やらと言った全てを消そうと精神を集中させた。それこそ、壁と同化してしまおう、というレベルで。

 直後、スーッと身体から力が抜けていくような感覚を感じた。


(――ん?)


 妙にしっくりと来る感覚に心の中で疑問符を浮かべた北條だったが、直後に聞こえてきたイヴとシーナの悲鳴じみた声で我に返る。


「イツキ様!?」


「イツキ君!?」


 悲痛な表情で慌てて辺りを見渡したイヴとシーナを見て、何事かと思った北條は声を掛けた。


「お、おい? どうしたんだよイヴ」


「イ、イツキ様……ッ!」


 北條の顔を見つけた瞬間に、今にも泣き出してしまいそうだった表情に安堵の色が宿り、そしてすぐに怒りにも似た色を混ぜて寄ってくる。

 シーナはホッと胸を撫で下ろしていた。


「イツキ様! 驚かせないでください! 突然イツキ様の霊力反応が消えた・・・ので何かあったのかと思ったじゃないですか!」


 それは今まで見たイヴの怒り顔とは違う、もっと本気で怒っているような、初めて見る顔だった。目尻に薄らと涙を浮かべた彼女は、北條を軽く抱きしめると言った。


「……今、何をしたんですか。私はまだイツキ様に、自分でする霊力隠蔽を教えていないはずですが」


「え? 霊力隠蔽? いや、今僕はただ気配とか存在感とかそう言うのを消そうとしただけだけど……そうか、あのしっくり来る感じはソレか」


「……イツキ様、どうかこれからは新しい事をする際、なるべく私めにお伝えください。『繋がりの力』は強めておきますので、何かあればすぐ分かるようになりますが、くれぐれも、ご無理をしない様に」


「ごめんな。本当にそういうつもりじゃなかったから。以後気を付けるよ。……それにしても、さっきのが霊力の隠蔽ねぇ。イヴで感じ取れなくなったってことは、本当にもう完璧に消えてた感じなんでしょ?」


「はい。ノーラムリングのみではイツキ様の力は隠しきれませんので、出来るのならそれも慣れておいたほうがいいでしょう」


「だよね。じゃあ僕はまた隅っこで気配を消してるよ」


 まさかこんなことになるとは微塵も思っていなかったが、先程の感覚が霊力隠蔽のソレならば収穫は大きい――イヴを泣かせてはしまったが。あの様子だとシーナも北條の霊力反応を感じられなくなって焦っていた。メリアンは生粋の魔術師で霊力を持っていないため、二人の様子を見て目を丸くしていた訳だが、イヴと北條が話している間にシーナから説明を受けていた。

 北條としては霊力反応だとか魔力反応だとか、そういうのを全然視よう・・・としていなかったため、自分のソレについても軽視しているところがあった。


(まあいい機会だし、忘れないうちに慣れておこう)


 再び壁に凭れ掛かって、先程の様に気配や存在感を消すイメージを浮かべる。再び、身体から力が抜けていくような感覚と、何処かしっくり来る感覚を覚えた。


(これだ――ッ!)


 目を閉じたまま心の中で呟いた。その所為か、一瞬型に嵌った様な感覚がズレたが、再び精神を集中させると元に戻った。

 霊力隠蔽――出来ている。

 霊術師と魔術師は、それぞれ霊力と魔力というエネルギーを持っているが、大抵の人はソレの隠蔽にノーラムリングを使うため、隠蔽の技術は普段必要ない。ノーラムリングだけで隠蔽し切れるのだ。

 しかし北條は別。ノーラムリングという枷のみでは彼の膨大な量の霊力を隠蔽し切るのは無理だった。元々この指輪は魔力(霊力)の封印・貯留が主な存在理由であり、隠蔽はオマケの様なものだから無理はないのだが。


 今、第三者から見た北條には、霊力(魔力)の反応を全く感じられない状態にある。


(早く慣れて、動いたり話したりしながらでも出来るようになろう)


 目を開き、隠蔽に精神を集中させながらも、徐にその右手を開いたり閉じたりした。

 出来る。

 型に嵌った様な、しっくりと来る感覚も続いている。

 思わずニヤリと笑った北條に、右方向からシーナの声が聞こえてきた。いつの間にか試着室に入り、カーテンの端から顔だけ出した彼女は、「こっち来て」と北條を呼んでいる。


「どうしたの?」


 霊力隠蔽は継続したままシーナが入った試着室まで近寄った。

 近づいてきた北條を見て微笑んだ彼女は、ゆっくりとそのカーテンを開いて自分の全身を晒した。

 着ていたのは薄い桃色のビキニだった。カーテンを開かれた時はどんな過激な水着が出てくるかと思わず視線を逸らしたのだが、存外普通の水着が出てきて少しばかり安心する。しかしやはり少し恥ずかしいのか、先程まで来ていた学生服の上を羽織るようにして肌の露出を抑えていた……のだが、チラチラと見える美しい体型と綺麗な肌には自然と北條の眼が引き寄せられる。


「こ、こんなのとかどうかな? あまり過激すぎないのを選んだつもりなんだけど……似合ってる?」


 薄く頬を赤く染めたシーナが上目遣いで聞いてくる。しかしながら、北條としてはどう答えるべきか迷っていた。

 第一に、先程も言ったのだが北條は女性の水着姿など全然見たことがない。たまにテレビで流れているのを少し見たくらいである。故に、どういった解答をすればいいのか分からない。

 第二に、やはり水着ともなると肌の露出が多くなってくるし、更にはシーナの肌が綺麗過ぎて自然と引き寄せられてしまう。ぶっちゃけ水着どころじゃない。

 第三に、シーナならどんな水着でも似合ってしまうんじゃないかと思ってしまうからだ。


「え、とー……。女の子の水着姿なんて全然見た事無いから分からないんだけど……一瞬見て、その、似合ってると思った、かな」


「そ、そっか……うん、ありがとう」


 北條のしどろもどろな言葉に微笑みながら勢いよくカーテンを閉めるシーナ。

 一方の北條はバクバクと音を鳴らす心臓を抑えるようにしながらゆっくりと息を吹いた。

 すると、そこで横からメリアンの声が掛けられた。


「シーナばかり狡いの。私のも見て欲しいの」


 そう言いながら隣の試着室から顔だけを出すメリアン。

 ……まさか。

 そう思って辺りを見渡すも、イヴの姿は確認できない。横に並ぶ試着室の数は四つ。北條の予想が正しければ、残りの二つの内どちらかにイヴも入っているのだろう。そして、何らかの評価をさせられる。

 ぶっちゃけイヴの水着姿が最大の鬼門だと思われる。

 以前彼女がシャワールームに突撃してきた事があった。その時に一瞬、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけチラリと見て思ったのだが、彼女のスタイルは破壊力が強すぎる。ただ大きいだけの胸ではない、形・大きさ共にハイレベルで、しかも引っ込むところは引っ込んでいる。非の打ち所のないプロポーションだ。


(目のやり場が……ッ!)


 そんな未来予想図を脳内に展開している間にメリアンの試着室前まで移動していた北條。ニヤッと笑ったメリアンは、勢いよくカーテンを開いた。

 黒いフリルの付いたセパレート水着を着たメリアンは、カーテンを開くときの堂々さが一瞬にして薄れ、手を前で組んでもじもじしている。やはり恥ずかしいようだ。


「そ、それにしてもお前……」


 胸はやはり小さい。シーナのソレを見た後に見るとそう言った感想が芽生えてしまったのだが、何故だか異様なエロさと言うものを備えていた。

 メリアンの魅力というやつだろう。普段のメリアンからは感じられない色気を見た。


「ど、どうなの……変じゃない? やっぱりもう少し布面積が少ないほうがいいかな……?」


「それはマズい。でもソレ、凄い似合ってるよ」


 これ以上布面積を減らすのはダメだ。

 ゆっくりカーテンを閉めるメリアンを見送ってから、顎に手を当てて思考する。


(案外、二人共まともな水着を選んでいる……あたりを見渡せば下手すれば見えてしまいそうなモノがたくさんあるのに、それでも普通の水着を選択できている。これならばイヴのチョイスにも安心できるかもしれない――)


 そんな事を考えた直後、もう一つ隣の試着室から案の定イヴの声が聞こえてきた。


「イツキ様ー、少し見てもらいたいんですけど」


「おう。期待してるよ」


「き、期待……ッ! うふふ、渾身の選択ですわ!」


 期待の意味を履き違えたのかもしれないイヴは、その声音に興奮の色を示しながらカーテンをバッと開いた。

 まず目に入ったのは陶器のように白い肌。綺麗なお臍。なめらかな輪郭を描く脚。

 そして――

 局部しか隠せないような、ギターのピック程の面積しかない黒色のビキニ。


「これなんてどうで――」


「はい却下ァァァああああああーーーッッッ!!!」





 無事(?)水着選びを終えた北條逹三人は、それぞれ紙袋を持って帰り道を歩いていた。

 あの後イヴには他のまともな水着――黄色のビキニ(シーナより露出多め)――を選ばせた。シーナとメリアンも色々と考察していたが、やはり一番最初に試着したのが良かったとの事で、計四十分程掛けて三人分購入した。

 そして北條の水着選択だった訳だが、こちらは一方的にイヴに着て欲しいものを押し付けられた。しかしどれもイヴの願望が強く表に出たとても小さな競泳水着の様なモノばかりで、流石にコレは恥ずかしいと言いトランクス型の水着を購入。こちらは十数分で決まった。


「はぁ、疲れた……」


 そう言いながら肩を回す北條。彼は霊力隠蔽を初めて行ってから、ずっと意識してそれを続けている。現在進行形だ。

 どうやら熟練者――例えばイヴ――などだと、しようと思っただけで強く意識せずとも出来る様に"身体が成っていく"そうだ。北條もいち早くソレを目指して継続している。

 そのため、身体的疲労と精神的疲労が重なっていた。


「どうせなら早めにマスターした方がいいですしね。これからも気が付いたら隠蔽するように心掛けてください」


「分かったよ。なんだっけ、『繋がりの力』とやらを強めたから、隠蔽してても契約相手の霊力を感じ取れたりするんでしょ?」


「はい。ですのでセリアの『刹那《Momentum》』の様に意識しただけで隠蔽できるようになって下さいね」


「なんかその一言だけでハードル上がった気がするよ」


 実際にセリアとやりあい、彼女の身体に施された術式『刹那《Momentum》』の凄さを体感した北條にとっては、それが難題の様に感じられた。

 そんな二人の会話にメリアンが入ってくる。


「学園長の術式は反則なの。魔力がある限り強すぎるの……まあ、術を使わなくても強いけど」


「剣の腕がか」


 彼女の剣捌きも凄まじい物だ。いくら『刹那《Momentum》』の効力があったとしても、あんなにあった炎の短剣を全て斬り落とすのはハッキリ言って凄すぎる。

 もし直前にセリアが入学を許可してくれていなかったら危なかったかもしれない。


「あはは。でもあたしでも出来るからイツキ君だってすぐに出来る様になるよ」


 笑うシーナの言葉を聞き、前に向き直る。

 今の時間帯はどうやら冒険者が忙しく街中を行き交っているようだ。これから迷宮に潜れば大体七時前後には帰って来れるからだろう。

 要所要所、大事な部分――例えば関節等にのみプレートが取り付けられたライトアーマーを着込んだ者、重々しい重鎧で全身を堅めた者、深くフードを被り、長い刀を腰に差した者、魔術師風のローブを着て、頭にはとんがり帽子と言ったいかにも魔術師風な格好をした者等、様々だった。


「やっぱり冒険者って言ったら装備は凄いなあ。鎧とか凄い高そうだし」


「そうでもないみたいだよ。この世界に住まう魔物って何だか特殊みたいで、その身体の中に一つだけ宝石の様なモノを持っているんだ。魔物の心臓部のコトね。それを壊しちゃえば魔物は死んで、その身体を消滅させるんだけど、壊す前に身体の部位を剥ぎ取っちゃえばソレは消えないんだよ。そんな魔物の素材で防具を作ったりしてる人が――」


 そこまで言って、不意にシーナの歩く足が止まった。その表情は、驚愕に彩られて固まっている。

 突然動きを止めたシーナを不思議に思った北條も歩く足を止め、シーナの肩に手を置いた。

 直後にビクンと震えるシーナの身体。


「お、おい……どうかしたの?」


「………………え? あぁ、いや、なんでもないよ。えへへ、ちょっと具合が悪くなっただけだから」


「ならいいんだけど……汗、大丈夫か?」


「だ、大丈夫だって! それで、なんの、話だっけ?」


「……魔物の心臓の話」


 未だに怪訝な表情を消せない北條がそう呟いた。周りに立っていたイヴやメリアンも、シーナの様子が豹変したことに疑問を持っているようだ。

 そんな彼女逹の視線に気がついたシーナは苦笑しながら両手をぶんぶん振って「大丈夫だよ」と証明してみせる。


「本当に何かあったなら言いなよ?」


「……うん。分かった」


 苦笑しているシーナの表情はやはりどこか堅かった。





 その夜。

 北條は自室のベッドにの転がりながら今日の事を思い出していた。

 長い一日だった、そんな気がする。

 授業が終わった後、四人でシーナお勧めのレストランに行き、そこでベスタと知り合った。――ベスタは既に北條を含めた三人の事を知っていたみたいだが。

 その後、シーナに案内されて水着購入のために大きなショッピングモールに向かった。そこの二階にある水着フロア……しかも女物が売ってあるフロアで完璧なアウェイだった訳なのだが、そこに入ったお陰で霊力隠蔽のコツもつかめた。

 水着もちゃんと買えた。


 そして帰り道――


「シーナ、突然どうしたんだろう……」


 ある時を境に、彼女の様子が一変した。

 活発なイメージが強いシーナの表情からは自然な笑みが消え、無理しているのが丸分かりな、そんな貼り付けた様な笑いが。どことなく声のトーンも落ちていたような気がする。


「僕……何か悪いこと言ったっけかなあ」


 そう思い返してみるけれど、やはり思いつく節はない。

 あの時、何かがあった。

 帰り道。

 シーナをあんな風に変えた何かが。


「……――、」


 心地よい疲労感から来た睡魔に襲われ、北條はゆっくりと眠りに落ちていった。




 身体が重い。

 まるで自分の上に何者かが被さっている様な……そんな感覚。どことなく柔らかさを感じるその何かは、仄かに温かみを持っている。

 これは何だろう。

 微睡みの中でそんな事を考えた。

 そして徐に瞼を持ち上げる。


「………………………………………………………………………………………………え?」


 そこには。

 そこには。

 そこには。


 桃色の髪を垂らし、頬を赤く染め、異常に透け透けな白色の可愛らしいキャミソールを着た、水色の瞳を持つ少女が跨っていた。


 

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