#22 買い物 Lorem _Psum
あまり待たせるのもどうかと思って投稿してしまいました。
これとあと数話日常話が続きます。もしかしたら、話の展開があるまで読まない方がいいかもです。
頑張って書きます。
結局その後、授業に出る事なく帰りのホームルームを迎えた北條は、帰る準備を進めていた。
アウラに窒息させられた所為で、海合宿の理由なるものは聞けなかった。しかし水着回ともなれば、なんとなくイヴが黙っていなさそうなので、おそらく詳しく聞いていることだろう。後で聞けばいい。
「ねえねえイツキ君」
シーナが北條の元に寄って来て言った。
「どうかしたの?」
「それが……再来週の合宿で着る水着何だけどね、あたし持ち合わせないからこの後買い物に行こうと思うの。もし暇だったら付き合って欲しいなあ、なんちゃって。えへへ、迷惑だったかな?」
ペロッと舌を出し、肩手で後頭部をポリポリ掻きながらそう言うシーナの頬は若干赤く染まっていた。どうやらそれなりに勇気を出したみたいだ。
北條としても特に断る理由はない。流石に女友達の水着選びに付き合うというのは多少の度胸と言うやつが必要になってくるが、水着がないのは彼も一緒だ。
「うーん、分かったよ。僕も水着なかったからついでに今日買っとくよ。あ、でもちょっとしか持ってきてないから一度家に戻りたいかも」
「本当に!? ありがとう、イツキ君! それじゃああたしも一緒にイツキ君の家まで着いて行くよ」
言い方がアレかもしれないが、北條は今現在普通の学生であり、毎月お小遣いをくれる親もいなければ収入もない。よってお金に関しては全てイヴから貰ったものを使っている。冒険者になればそれなりの収入が出来るだろうが、生憎と彼はまだ登録していない。更に言えば、本来ならここの学生は冒険者登録が禁止らしい。
「じゃあ早速帰るか」
「ちょっとお待ち下さい、イツキ様!」
「???」
突然真横から掛けられた声に振り向く。視線の先ではイヴがぷるぷると震えながら頬を膨らませていた。
「ど、どうして私も誘ってくれないんですか……? 水着がないのは私も一緒です。ですので、そのお買い物、私もお邪魔させて貰います!」
「イヴの言う通り。私も新しい水着を買おうと思っていたから丁度良いの」
「う。や、やっぱりそうなるよね……あはは。まあ何となく想像は付いてたけどさ」
イヴとメリアンの言葉を聞いたシーナが苦笑して頬を掻いている。
このシチュエーションは予想の範囲内だった様だ。だったら他の人が誰もいない所で話を切り出せばよかったんじゃないか、と思ったが、どっちにしろイヴは基本一緒にいるし、メリアンは何か手を使って合流しそうな気がする。
「そうだね。じゃあ四人でショッピングとしようか。あたし、良さげなお店見つけたからそこに行こっ! じゃあまずはイツキ君の家かな? メリちゃんはお金足りる?」
「問題ないの」
「良かった。……そうだ! 今日も午前授業でお昼もまだだし、何処かで外食でもする?」
「それいいね。僕まだこの街で外食とか全然してないからさ。いいお店教えてよ」
北條が外で食事をしたと言えば、セリアとの仕合の後にイヴに振り回されて喫茶店に行った時以来だ。あの時、店のミルクティーよりもイヴが作る方が美味しいと言ったらとても喜んでいた事を覚えている。
まさか後にあんな事になるとは思っていなかったが……。
「じゃあ何処かでお食事して、その後水着選びって事で!」
「ついでに後で僕が気を失っている間に合った事教えてよ」
「え? あぁ、うん……」
返し言葉の低さと、シーナが視線を横にズラしたのを見て何だか嫌な予感をした北條だった。
四人は一度北條の家まで移動し、そこで彼とイヴは資金を手にして再び動き出した。その後再び数分歩いて辿り着いたのは、シーナお勧めのレストランだった。分類で言うなればイタリアンレストランに近いだろうか。煉瓦造りの建物で、窓の外から見た感じでも結構な客が見える。
レストランの中はその内装故か外よりも少し暗く、天井は骨組みが剥き出しになった構造になっていた。パッと見た感じだけで凄く高そうに感じた北條は、隣に立つシーナを肘でちょいちょいとつつく。
「何だかこの店、結構高そうなんだけど」
「大丈夫だよ。あたしも初めて来た時はそう思ったけど、案外安いし美味しいよ。それと、ここの店主があたしの知り合いなんだ」
「ほー」
実際の所、イヴの異常すぎるほどの稼ぎのお陰でお金の心配はあまりない。メリアンはどうなのか分からないが、きっと大丈夫だ。
店員に導かれて四人掛けの席に移動した四人。席順は北條の隣にイヴ、彼の迎えにシーナでその隣がメリアンとなっている。
「……、」
メリアンは無言で唇を尖らせてイヴを見据えていた。それに気が付いたイヴは何もかも見透かした様な、勝ち誇った顔で声を放つ。
「どうかしましたか、メリアン? 残念ながら、イツキ様のお隣は私専用になっているので、これからもそのおつもりで」
「むー」
「いやなってないから……」
イヴの言葉に思わずツッコミを入れる。
そう言えば、いつの間にかイヴとメリアンがお互いの名前を呼び捨てで呼び合う仲になっている。もしかすれば、ミルクティー戦争のお陰で関係が進んだのかもしれない。でもだからといって、これ以上あの地獄が激化するのだけは勘弁して欲しかった。
北條は店のオススメを適当に注文し、他の三人も注文を終えて店員が引いていったのを見た後、話を切り出した。
「それで、僕が気を失った後は何があったの?」
「あーうん。いやね、アウラ先生とイヴさんとメリちゃんの三人でイツキ君争い的な何かが勃発しただけだよ」
「はぁ?」
唖然とした顔でそう言う北條の隣で、腕を組んで胸を強調させるようにしたイヴが、
「だってアウラが、アウラが抜けがけするから! 私でさえイツキ様を胸に抱いた事は無いと言うのに! ましてや頬ずりするなんて、許せませんわ!」
「イヴの言う通りなの。公衆の面前で流石にアレはないと思うの」
「うふふ、でもメリアン? 残念だけど貴方、イツキ様の顔を埋める胸が足りないんじゃないかしら?」
「――ッ!? そ、それは言ってはいけない事なの。ありえないの」
「まあでも、胸なんて邪魔くさいだけですし? 洗うの大変ですし、重いし、太って見えちゃうから全然イイ事無いんですよねぇ」
「あからさまに巨乳キャラが言いそうで、でも絶対に言ってはならない発言をしやがる……ナメてるの」
「あらあら? いや、いいんじゃないですか? メリアンみたいに慎ましやかなお胸も。まあ、イツキ様の顔を埋めたり、モノを挟んだりは出来ないですけど?」
「うぅぅ……イツキぃ」
「いや、そんな懇願するような顔されても……」
僕はどうすればと呻く北條は、自分の前で同じように己の胸へと視線を向けるシーナに気が付いた。
確かに、メリアンの胸は小さい。今集まっている女性メンバーを小さい順で表すと、メリアン、シーナ、イヴ、そんな感じになっている。勿論、男である北條の胸は序列の範囲外だ。
そんな中、中堅に位置するシーナは自分の胸とイヴ、そしてメリアンのソレを見比べたあと、屈託のない笑顔で北條に尋ねた。
「ぶっちゃけイツキ君は大きいのと小さいの、どっちが好きなの? あぁ、"丁度良いくらい"も選択肢に入ってるからね」
「ちょ、丁度……」
「良いくらい……」
イヴとメリアンの視線が共にシーナの胸元へと向かった。二人と北條の予想通り、丁度良いと言うのは自分の事を言っているのだろう。そしてソレは確かに大体合っている。
イヴの様に大きすぎず、メリアンの様に小さすぎず、表すならやはり丁度良いと言う言葉が最適なサイズだった。
「どうなの?」
ニコッと笑顔で聞かれた北條は「うぇ?」とたじろいで視線をあちこちへと彷徨わせた。
ここの返答次第で後々面倒な事になるのは何となく目に見えている。最も無難な選択をしなければいけないわけなのだが……果たして今ここで選ぶとしたらどれが一番安全かつ皆にとって良いのだろうか。こんな体験をしたことのない北條は頭を抱えて考えた後に答えた。
「えとー、持ち主にあったサイズが一番だと思うよ?」
もしかしてコレは正しい返答になっていないんじゃないか、そんな考えが一瞬頭を過ぎった。これだと胸の大小中のどれかを選んだことにはなっていないし、そもそも『持ち主にあったサイズ』って言うのは一体誰が判断するのだろうか。危機的状況だと本能が判断したのか、ダラダラと冷や汗が溢れ出てくる。ハッキリ言って彼女いない歴=年齢のヤサグレ少年だった北條壱騎(十六歳)――"だった"のは『ヤサグレ少年』の点だけで、彼女がいないのは継続中――にとっては質問のレベルが高すぎた。
この後どうすれば良いのか本気で考えていたところ、他三人の冷ややかな視線を感じ取った。
「それじゃあ答えになってないの」
「そうですわ! ハッキリ私の胸が好きだと言ってください!」
「イヴさん、それも答えになってないんだよ」
「この際なんでもいいですわ。私とメリアンとシーナさん、誰の胸が好きなんですか!?」
「ひぃぃ」
ドン! と言う効果音が似合いそうな感じで横から詰め寄ってくるイヴ。向かいに座るシーナとメリアンも緊張した面持ちでこちらを見ている。
――いや、ハードルが高すぎるぜ。
先程よりも余計に答えを出しづらくなった状況の説明をどこかの誰かに求めてみるが、勿論答えは帰ってこない。時間が経つにつれ、視線に強い痛みを感じるようになるだけだ。
完璧に悪化した状況をなんとか納める為に最適な解答を探し求める。そして最終的に辿り着いたのは――
「ぼく、よこしまなかんがえはもっていないんで」
「「「――ッ!?」」」
超棒読みで言ってのけた北條を見て戦慄を隠せない女三人。「みんな好きだよ」なら有り得ると考えていた三人だったが、この解答は予想の範囲外だったらしい。
「というよりも、がくせいのおんなのこがじゅんすいとかいてぴゅあなしょうねんにするしつもんじゃないよね? ていそうをもったほうがいいよ」
自分でも何を言っているんだと思う。彼とて十代の青少年、それなりの性欲だって内に秘めている。それを表に出そうとは思えないが、ぶっちゃけると色っぽいお姉さん気質のイヴといるのだってそれなりに厳しいのだ。
しかし、背に腹はかえられない。
安易な解答によって引き起こる不幸を回避するためにはこれが最善と考えた北條の決死の答えだった。
「……、」
黙り込む三人を見て口元を引き攣らせる。
(いやしかし、きっと今のシチュエーションではこの解答が正しかったはず……だって相手は女の子だもん。いくら好意を抱いている相手じゃなかったとしても、自分を否定されるのは何かと考えるところがあるはず……)
自分に言い聞かせるように心の中で呟く北條には、ボソボソと囁き合う三人の言葉が耳に届いていなかった。
「(メリアン、シーナさん、今のはどう思います?)」
「(うーん、優柔不断なのか誰か一人を選ぶのが怖いのか……どっちにしても、今の解答がイツキ君の本当の言葉じゃないのは確実だよね。後、あたしの事も呼び捨てでいいよ)」
「(実際の所一緒に住んでてどうなの? イツキは性的な欲求がないの?)」
「(実は……前にシャワールームに突撃した事があるのですが、上手く躱されてしまいました……)」
「(へぇ、イヴさんイツキ君の裸見たんだ……って、えぇ!? ど、どうだったの……?)」
「(いい感じの身体付きになってますよ。ゴツ過ぎず細すぎず、イツキ様は顔が可愛らしいから丁度良いです)」
「(ならやっぱり丁度良い同士のあたしが一番かな?)」
「(どうしてそうなるの……)」
三人同時に小さく息を吐き、一斉に視線を北條に向けた。
彼は若干俯き加減で高速まばたきを繰り出している。結構テンパっているようだ。
「まあこの話は置いといて、料理が来たみたいだよ?」
運ばれてきたのは、言うなればイタリアンな雰囲気を纏った料理だった。
昼時なため、気がつけば空いていた席は全て埋まっている。この店はやはり結構な人気があるようだ。
良い匂いが鼻に届き、北條が高速だったまばたきの速度を緩めていく。
「うん、美味そうだな」
「でしょー! あたしがこの街に来てからの行きつけだからね!」
見た目・香り共に北條にとっての合格ラインを大幅に超えた料理を見て、目を光らせながらおしぼりを手に取る。
北條が頼んだのは肉がメインの料理だ。手を合わせて挨拶し、ナイフとフォークを手に取った彼は早速料理に手をつけた。
「……美味い!」
「だろ?」
「あ、ベスタおじさん! こんにちわ」
突然後ろから聞こえてきた声に驚いたが、シーナの反応を見て先程言っていた知り合いの店主なのだと気が付いて、小さく会釈する。
「こんにちわ。えーと、シーナの友達のイツキと言います」
「おう! シーナが前絶賛してたのはお前の事――」
「わーわー! もう、やめてよねベスタおじさん!」
何かを言おうとしたベスタを両手を広げて止めに入るシーナ。ベスタの言いようだと、どうやら北條の事は少なからず知っている。
その後イヴとメリアンも挨拶し、そして食事を再開した。
「そう言えば、この後の買い物は一体どこのお店に行くんですか?」
イヴが野菜メインの料理に手をつけながら尋ねた。
質問を受けたシーナは少しボリュームが大きめの肉料理と格闘しながら返答する。
「ここからあまり遠くないよ。まあ色んなお店が集まったショッピングモールなんだけどね。歩いて大体十分掛からないかなあ?」
「ショッピングモールかぁ……」
異世界のショッピングモールは母国のソレと如何な違いがあるのだろうか。案外前の世界との違いと言うやつは、魔力と言う名のエネルギーやそれに伴う技術の存在、街並みや黒髪黒瞳の人が少ないことくらいだ。いや、細かい事を言えば獣的特徴を持つ人がいたり魔物が存在したりと沢山あるわけだが。
「イツキ君はそう言うお店とか全然行ったことないの? ロックスフィードは大きいから、大きなお店も沢山あると思うけど」
「まあ必要な所にしかいかないからね。こう言っちゃアレだけど、買い物は基本イヴに任せちゃってるから……ごめんな?」
「いえいえ! イツキ様はお気に為さらずに! これは従者たる私の仕事ですから!」
大きくかぶりを降るイヴを見て苦笑した。いくら支配の契約を結んでいるからといって、何でもかんでも押し付けるのは北條としても気が引ける。彼としては、イヴを支配するのは少しばかり気が引ける――むしろ対等でありたいと思うくらいなのだが、イヴがそれを許さないとの事で半分諦めている。
だがしかし、それならばミルクティーの激戦を早く辞めて欲しいのだが……それも許されないだろう。
数十分掛けてゆっくりと料理を召し上がった四人は、勘定を済ませてベスタの店を後にした。
中世ヨーロッパ風の街並みはいつもと変わらず、ひたすらに日本とは違う建物が並んでいる。歩く人々もやはり日本のソレとは違い、黒い髪や黒い瞳を持つ人は少ない。主な色で金や銀、茶髪が多いようで、ここが『異世界』だと知らない人はまず外国かと目を疑い、しかし、街ゆく人々の中には獣耳や尻尾を生やしている人もいるため、そう言った思考はすぐに吹き飛ぶはずだ。
それ以前に、剣やら斧やらの武器防具を身に付けている時点で、ココが全く別の場所だと言う考えが浮かび上がるのが普通というヤツだろう。
「いやーそれにしても、耳とか尻尾とか凄いなあ」
「え、普通じゃないかなあ? イツキ君がここに来る前住んでた場所には亜人はいなかったの?」
「私もイツキの故郷、気になるの」
思わず口から溢れた言葉に反応するシーナとメリアン。イヴに至っては、彼がこの世界とは全く異なる世界から来たという事を知っているため、亜人がいない場所だったと言ってもあまり驚きはしないだろうが、シーナとメリアンは北條のそう言った事情は何一つ知らない。
「ん、んー……と言っても、僕自信結構記憶を失ってて覚えてない事ばっかりなんだよ。自分が住んでた所に亜人種族がいなかったって言うのは何ていうか……勘ってヤツかな。気が付いたらイヴの屋敷の前に倒れてたんだ」
記憶喪失と言うのは、北條がレイヴス学園に入学する際に利用した設定である。異世界人である彼は、入学する際に必要になる情報が全くないため、記憶喪失を言い訳にしてセリアに情報をでっち上げてもらったのだ。
「……そんな事があったんだ。ほ、本当に何も覚えてないの? 例えば、家族の事とか……」
「覚えてるよ。母さん、父さん……兄妹はいなかったけど、従姉妹がいたよ。今はどうなってるのか、分からないけどさ」
苦笑して言う北條を見たシーナとメリアンは次第に俯き加減になっていったが、顔を上げて胸を張ると言った。
「……大丈夫なの。イツキには私、逹がいるの」
「うん、そうだよ! ……きっと家族のみんなも何処かで幸せに暮らしてるよ」
「……そうだな」
「それともイツキ君は、今の生活、嫌い?」
手を後ろに回したシーナが上目遣いで聞いてきた。美少女がやると驚異的な威力を発揮するソレを見た北條は一瞬ドキッとすると、頬を掻きながらイヴに視線を向ける。
彼女も彼女で北條の解答をドキドキしながら待っているようだ。無理もない。一緒に住んでいて、従者である彼女にとって、北條の不満と言うのはあまり好ましいものではない。何かと自分に非があるのではと思ってしまうのかもしれないのだ。
心配そうな表情でこちらを見てくるイヴを見て、再び苦笑した北條は彼女の頭にポンと手を置くと、空を見上げて言った。
「いいや。きっと記憶を失う前と同じ――いや、それ以上に充実してるよ。イヴにメリアン、シーナにも出会えたしね」
次回は水着選び! 再来週(作中)海合宿は幻想ではなかった!
はい、次章はお察しの通り水着回というやつがあります。




