#21 治癒術師 Sanitatem_Manu_Nutricis
新キャラ登場です。
――ここは、どこだろう?
無重力で、どちらが上か下かも分からなくなる様な真っ白い空間(夢)の中を彷徨っていた北條は、出口を求めて徐にその手を伸ばした。
ふにょん、と何やら手を伝ってふんわりとした感触を感じ取った。それはゴムボールばりに柔らかく、しかしその触り心地は慣れ親しんだ……そう、まるで女性の持つ胸のような。
そして。
「あうっ」
同時に、何者かによる声が耳に入ってきた。
――ん?
ゆっくりと目を見開く。最初に目に入ったのは、真っ白い天井――ではなく、二つの丸い双丘とその片方を掴む己の手だった。
一方は重力に逆らいながらその形を保ち、もう一方は北條の手にギリギリ収まっている。
(――――ッッッ!!!???)
奇想天外な光景を目の当たりにした北條は、飛び出るのではないかと思うほどに目を見開いて起き上がった後に、自分が掴んでいた『ソレ』の持ち主を確認した。
「だ……誰?」
そこには、ベッドの上で正座をする一人の女性……否、少女がいた。耳が隠れる位の銀髪ショートヘア、その前髪の奥には透き通った金色の瞳がある。人懐っこい表情の美少女だった。身に纏っているのは、イヴが着ているのと似た白いワンピース。制服を着ていないという事は生徒ではないのだろう。
「お目覚めですか。どこか具合が悪いところはありませんか?」
少女は北條が自分の胸を鷲掴みしていた事を言及せず、眩しい笑顔でそう尋ねた。
状況から察するに、自分は膝枕をされていたのだと気が付いた北條は、慌てて頭を下げた。
「あ、ありがとうございます! 僕は全然大丈夫です。す、すいませんでした!」
「どうして謝るんですか?」
「え、いや、だってその……胸を……」
気まずそうに視線をそらして頬をピクピク引き攣らせる北條を見て、しかし銀髪美少女は裏表のない笑顔を浮かべて言った。
「故意ではないのでしょう? それでしたら、怒るのはあまりに理不尽だと思いますが」
……北條の思考が一瞬冗談抜きで止まり、視界が真っ白に染まった。その白はまるで波紋を打つ様に消えていき、やがて全て綺麗に消え去った。その後、彼の目の前に座っていたのはまるで――
女神の様な少女だった。
(あれ、嘘……このシチュエーションは絶対におかしいぞ!? 普通なら『キャーどこ触ってるのよこの変態ー!!!』って言う流れのはずなのに、それがない……だと!?)
何を基準に普通と考えているのかは不明だが、彼は大きく目を見開いて一歩後ろに下がった。
もしこれが何者かによる策略でなければ、目の前の銀髪美少女は物凄く心の広い、それこそまさに男が憧れる女性というやつだろう。少なくとも日本の近頃は、容姿も言動もいわゆる『ギャルぶっている』人が多く、清楚で可憐な美少女は絶滅危惧種となってしまっていた。一年日本を留守にしている北條は今の事情を詳しくは知らないが、おそらく未だにそうなのだろう。
この世界では今の所そう言った人種は見ていないが、やはりこうまで心が綺麗な女性を見ると心が癒される。
無意識に表情をゆるゆるに緩めていた北條は、ハッとしながら自分の頬を叩き、表情を引き締めた。
「ありがとうございます……。それで、一体僕に何があったんですか? ここは何処ですか……?」
「ここはレイヴス学園の保健室ですよ。貴方、教室で気を失ったらしくて、アウラ先生がここまで連れてきたのよ。何か覚えてませんか?」
「気を……失った……? ハッ、思い出した! 確か僕アウラ先生に締め上げられて息が出来なくて、そして……」
「あ、アウラ先生に締め上げられた?」
大体合っている。
北條の言葉を聞いた銀髪美少女は可愛らしく驚いた素振りを見せて立ち上がった。彼女は綺麗で小さなその手を北條の頭に乗せて、なぞるように頬へ持っていく。
「本当に大丈夫? 気を失うほど強く締め付けられたんでしょう?」
「う、だ、大丈夫です……」
実際には、締め付けられたから息が出来なかったのではなく、胸に押さえ付けられて息が出来なかった――いや、結局締め付けられたからだった。
とは言え、一体どれだけ気を失っていたのだろうか、そんな疑問を覚えた北條は時計を探して辺りを見渡す。
壁に掛かっていた時計を見つけた北條は、小さく「うへぇ」と漏らした。
「もう三時限目終わるし……」
「大体二時間程眠っていましたよ?」
うふふ、と笑う銀髪美少女を見て苦笑する北條。そこでまだ名乗りもしていなかった事を思い出した彼は、銀髪美少女の方に向き直って小さく会釈した。
「えと、僕はイツキ=ホウジョウ。今年この学園に入学してきた新入生です。……等級は、Ⅴ等級です」
「あらあら、自己紹介がまだでしたね。私はユウナ=ブリューセル、この学園で先生をやっています。主に……と言うより、それしか出来ないんですけど、治癒術式がそれなりに扱えます」
苦笑しながら謙虚に言うユウナだったが、先生になれたのならばおそらく凄い治癒術師なのだろう。アウラと言いユウナと言い、見た目に寄らず凄い魔術師は多いみたいだ。
「え、えと、ユウナ先生」
「先生は付けなくても良いですよ? これはみんなに言ってるんですけど、私、貴方逹と二つしか変わらないので」
「ふ、二つ!? という事はつまり、ユウナ先生は十八歳!?」
「はい」
「ど、通りで若いと思いましたよ……十八歳で先生って、凄いなあ」
魔術の学園で教師になるのは難しい。魔術師としての腕も必要だが、教師になるには勿論その資格も必要になってくる。中でも難易度が高い治癒術式の扱いは難しく、大きな才能が無ければ長い間繰り返して修練を積まなければ高位の術は展開できない。
つまりユウナはその条件を十八歳で既にこなしているのだ。
「と言っても、私は先生になって一年目で、今は新入生担当の下っ端なんですけどね」
「つまり十七歳で先生になったって事ですか!? 凄いじゃないですか!」
素直に凄いと思った北條は拳を緩く握って豪語した。ユウナは「いやぁ」なんて照れながら頭を掻いている。この世界に来てから今まで関わってきた人達の中にはいなかった、いわゆる『癒し系』の美少女を見てほんわかする北條だったが、早く教室に戻らなければいけない事を思い出して言う。
「そ、それじゃあユウナ……さん。僕はそろそろ教室に戻ります」
「あら、もう戻ってしまうの? どうせもうすぐ終わるんですし、もう少しお話していきませんか? イツキ君は確か、学園長のお気に入りさんなんですよね?」
「それ……教員の中で広まっちゃってるのか……?」
妙なプレッシャーを感じとった北條は暗い表情でボソリと呟いた。実際、北條は今の所下位魔術しか手を付けていないため、ぶっちゃけて言うとそれ以上の魔術も上手く出来るかは定かではない。いくら魔術よりも難易度が高い霊術を扱えると言っても、得意不得意というものはある。
霊術と魔術は全く別の技術だ。バタフライは出来るがクロールは出来無い、そんな水泳選手だって世界中を探したらきっと一人くらいはいるだろう。
茄子は食べられるけれどズッキーニは食べられない人だっているだろう(?)。
もしかすれば北條も、霊術や下位魔術は扱えるが、高位の魔術が出来無い。そんな人間かもしれない。
「言っておきますけど僕、現段階で下位魔術しか出来ませんからね……先程も言いましたが、Ⅴ等級ですからね……? あまり期待しないで下さいよ?」
「そんな、謙遜しなくてもいいんですよイツキ君。先日はⅠ等級の生徒と派手な喧嘩までして、説教した挙句勝ったんでしょう?」
「……、」
弁解の余地はないと見た。
早々に諦めて、肩を落としながら頷く北條。
この様子だと昨日の一件は既に学校中に広まっていると考えてもおかしくはない。自称下っ端だと言うユウナが知っているくらいだ、他の教員だってきっと知っているだろう。同じ学年の担当だから、という理由も否めないが。
「ま、まあ、きっとその時相手が調子悪かったんですよきっと」
悪足掻きをするも、笑顔でスルーされてしまう。
もう、本当に諦めた。
「でも、強大な力を持っているからといって、己を過信してはいけませんよ。貴方はまだ十六歳で、ただの学生です。これから先、街の外や迷宮に出向く事があると思いますが、そうすれば常に死と隣り合わせ。たった一つのミスが自分の命だけでなく、仲間や周りの人間をも巻き込んでしまう場合もあります。己の力と状況をしっかり線引きして、無茶をしない様にしてくださいね」
その言葉は、十八歳と自分よりたった数年早く生まれた人の言葉にしては、やけに重みを感じた。その一言一句に命の大切さと言うものを感じとった北條は、唇を引き締めてゆっくりと頷いた。
きっと、ユウナは戦いと言うものを知っている。命を掛けた、本当の戦いを。
「分かりました。心に刻みます」
「……よろしい」
彼の反応に微笑んだユウナは左手に付けた腕時計を確認して言った。
「……流石にあまり長くここに引き止めておくのも悪いですね。そろそろ三時限目も終わりますし、教室に戻ってください。今日は久し振りに生徒さんとお話が出来て少し嬉しかったです」
「普段、生徒はあまり来ないんですか?」
「新年度が始まって二日目ですし、怪我をする人なんてあまりいないですからね。治癒術師の教員がいるのは、本当に『念の為』。そんなに出番は無いんですよ」
「確かに魔力変換フィールドなんてものがあれば少なくとも魔術による怪我は無くなりますもんね……でもあれ、どんな魔術でも耐えられる代物なんですか?」
「大抵は。ただ、この世界に数えられる程しかいないと言われている『神徒』ならば、容易く破られてしまうと思います」
「『神徒』……?」
初めて聞く単語に首を傾げる。その様子を見たユウナは苦笑しながら、
「まあ私も会った事が無いし、調べようとも思った事がないから詳しい事は知らないんですけどね。そう言う『人種』が存在するんだそうですよ」
「へぇ……」
神霊と言い神徒と言い、この世界には神と付くけれど神ではない者が多すぎる、そんな率直な感想を抱いた。もしかすれば、この世界には本当の神様や現人神なんかがいるのかもしれない。
「また引き留めちゃいましたね。それでは、何かあったらいつでも来てください。ただお話しに来てくれるのも、私的には大歓迎ですよ?」
「はい。機会があれば是非伺わせていただきます」
これから先厄介事に巻き込まれて怪我でもする事があったら、話し相手になるついでにここで治療してもらおう、そう決めた北條だった。
面白いものを提供できていなく、自己満足で終わってしまっていたら申し訳ございません。
ここからはROM(?)期間に入ります。今後の予定は、細かい改訂と終章に話の追加、なろう大賞2014用に考えていた新作を本格的に制作します。
これから先感想返しは、活動報告にてさせていただきたいと思います。現状報告する等のきっかけにもなりますので。




