#20 海合宿 Castris_Super_Mare
微エロ……?
海合宿の理由は次回に。
次からはアナウンスではなく遠隔通信術装を使ってもらう約束だったのに、それを簡単に破られた北條はプンスカしながら廊下を歩いていた。果たしてわざとなのかそうでないのか、セリアの性格というやつをよく知らない北條には測りかねるが、イヴの言うところ、おそらくわざとらしい。
完璧とはいえないが、大体学園長室までの道のりは覚えた。イヴと共にセリアの元に辿り着いた北條は、ドアを二回ノックしてセリアの声が聞こえるとドアノブを捻った。
「失礼します……セリアさん」
「あはは、君が言いたいことは何となく分かっているよ。どうして遠隔通信術装を使わないのか、だろう?」
「分かってるなら使ってくださいよ……」
前の世界にしろ異世界にしろ、やはり学校内に流れるアナウンスで自分の名前が読み上げられるというのは案外恥ずかしかったりする。ムッとした顔をしていると、セリアに苦笑されて溜息をつく。
「それで、用件は一体なんですか?」
「あぁ、その事なんだが……こっちの話は結構真剣な話になる」
セリアの表情が真剣なものになるのを見た北條が表情を引き締めた。イヴはいつものように(?)飄々とした態度で立っている。
「先日、街の外れで何者かが戦闘をしたらしい。夜だ。妙なことに、その辺りが水浸しになっていたらしい。雨は降っていないし、おそらく水属性の魔術師か何かの仕業だろう」
「私達ではありませんわよ」
セリアの言葉にイヴが澄ました様子でそう言った。
彼女の言葉に苦笑したセリアが続ける。
「ふふふ、分かってるさ。お前達を疑ってるわけじゃないよ。……どうやらその時、人影は三つ合ったと聞いている」
「三人?」
「ああ。三つ巴には見えなかったらしいから、二対一だったんだろう。ただな、疑ったって訳ではないんだが、どうやらイツキ君はトラブルメーカーの様だから、また厄介な事に絡まれてるんじゃないかと思ってな。何せ、一日目から貴族の奴に絡まれるくらいだし」
「やっぱり貴族だったんですか……」
ゲッソリする北條を見たセリアが肩を竦めながら付け足す。
「まあそれ程大事になる事は無いだろう。彼の家は魔術師としてそれなりに優秀なトコでな。元々金も権力もそれ程無かったが、魔術師として成功して多少地位が良くなった、そんな程度の貴族だ」
「成り上がり貴族って感じですか」
「大体そんな所だ。まあⅤ等級の君にやられたんだ、自分から家にその事を伝える様な事はしないだろう」
「つまり、何処かの誰かが告げ口したらアウトって訳ですか……」
「ふふふ。何を怯えている? そもそも喧嘩を売ってきたのは相手なんだろう? それに、君ならどんな喧嘩でも勝てそうな気がするがな」
「僕はそんな修羅の道は進みたくありませんよ。だれが楽しくて貴族とやり合おうなんて考えるんですか」
元々北條はこの世界の住民ではないため、詳しく調べられて、何も手掛かりが無いなんて話になったら、不正入学がばれてしまうかも知れない。これに関しては北條サイドが一方的に悪いため、言い返すこともできない。
「まあそんな事件があった訳だから、お前達も注意しろよ? お前達なら万が一にも殺されるなんてことはないと思うがな」
「他に分かっている事とかってないんですか?」
北條としては霊獣狩りの事もあるため、警戒する対象が増えるのはあまり好ましいわけではない。しかし、やはり魔術なんていう強力な武器が存在するこの世界なら、争いが起きてしまうのは仕方がない事なのかもしれない。
彼が何かをした所で、その争いが無くなる訳ではない。出来る事といえば、自分と、自分の大切な人を守ることぐらいだ。どうせ出来る事が少ないなら、その出来る事を最大限やり通すだけだ。
となると、やはり情報が必要になってくる。
「今私の部下と冒険者ギルドの師団が働きかけている。あぁ、ギルドの師団って言うのは、魔術やら武力やらの問題が起きた際にそれの対処をする団体の事だ。ギルド直属のな」
前の世界で言う警察の様なモノか、と自分の中で判断して頷く。
「この事は後で職員から全生徒に伝えられるだろう。お前逹も面倒事に巻き込まれるように気を付けるんだな」
「どうせセリアの事ですから、大方私達が関われば街への被害が大きくなるとか考えているんでしょう?」
「ははは。まあそう考えていてくれて構わない。実際に、過去に何度か街の中での魔術戦が繰り広げられているわけなんだが、街への被害も出ている。魔力変換フィールドを展開するにしても、あれは演算型の術式ではないからいつでもどこでも出来る訳じゃないんだ」
「演算型じゃないって事は、術式を展開するために何らかの条件を満たさなければいけないタイプですか。下位のモノだけですが、魔術教本で見ました」
例えば、レイヴス学園の修練室の空間を拡大している魔術は、その魔術を展開するために用意された術装を部屋の四隅に配置し、魔力を注ぎ込む事で展開されている。
魔力変換フィールドの術式はそれよりも少し複雑なため、事前にどこで魔術戦が行われるか把握している場合は事前準備が可能だが、突発的に行われる事件では対処が難しい。更に言えば、魔術戦の規模が広がるにつれて術装の配置を換えなければいけないため、ぶっちゃけて言うと手間暇が掛かる。
そうなる事が目に見えているならば、最初から術式展開に人員を裂くのではなく、その分を事件解決に向かわせたほうが効率がいいのである。
「まあ、被害ゼロって言うのは難しいものだ。でもまあ君ならば、対魔術結界を街の建物すべてに展開しても魔力は尽きなさそうだがな」
「それをするにしても時間が掛かるでしょうに……」
クスクスと笑ったセリアを見て溜め息をつく。心外ながら北條もイヴも、魔術師としての期待より、別の意味で危険視されているらしい。
やはり全てはカゼルとの一騎打ちが原因だろうか……。
とは言え、北條とイヴを敵視する人はまだ多い。どう頑張っても、Ⅰ等級のの教室ではⅤ等級の北條とイヴは肩身狭い思いをしなくてはならないようだ。カゼルの様にあからさまな敵意を見せてくる奴はあまりいないが、二人を『Ⅴ等級の癖に』と思っている奴は多いだろう。
そんなに等級が大事か、と問い質したいのだが、実際に魔術関連の道は大体等級が関わって来る為、仕方ないのかもしれない。
「……ま、まあ、分かりました。色々注意します。それではホームルームが始まりますので、僕達は教室に戻ります。何か分かったらその時は」
「次こそは御望み通り、遠隔通信術装を使うとしよう」
いいながら頷いたのを確認した北條は、隣に立つイヴの学生服の裾を引っ張って踵を返す。
「イヴ、行くよ」
「はい。イツキ様」
「あ、そうだ。イツキ君にイヴ」
背中越しに聞こえてきたセリアの言葉に首を捻る。彼女の表情には薄っすらと笑みが浮かんでいた。どんな言葉が飛んでくるかと思えば、彼の予想とは大きく掛け離れた内容のものだった。
「水着、用意しておけよ」
「……?」
どうして水着が必要なのかと問い返そうとしたが、セリアの無言の笑みと振られた手を見て苦笑した北條は、小さく会釈して学園長室を後にした。
ホームルームまで後少し。水着の件については、次の機会に聞けばいい。
教室に戻ると教卓の前には既に担任教師、アウラ=ヴィリアンが立っていた。黒に近い紫色の髪は肩に掛かるくらいまで伸びていて、瞳も髪と同色。イヴやセリアの様な大人な雰囲気を持った美女ではなく、可愛らしさが残った美女と言った感じの雰囲気を持つアウラは、北條とイヴに気が付くと笑顔で迎えてくれた。
「おかえりなさい。さ、早く席に付いて」
「あ、すいません」
促されるままに席に着いた北條とイヴ。二人が座るのを見送ったアウラが大きな胸を持ち上げるようにして腕を組むと、話を切り出した。
「えと、まず皆に話す事が二つあります」
「二つ……?」
北條が小さく呟く。おそらくその内の一つは先程セリアから聞いた街で起こった事件についての内容だろう。
となると、もう一つは一体……?
「先日、街外れで何者かによる魔術戦が行われました。街への被害はありませんが、門番を務める召使、騎士鎧が二体撃破。現場が水浸しになっていた事からおそらく水属性を操る魔術師がいた。人影は三つあった……らしいです」
騎士鎧……北條はロックスフィードに入る際に見た騎士の鎧を思い出した。この事はセリアからは聞かされていない。あえて省いた可能性もあるが。とは言え、門番を任せられるほどの召使を撃破する程の魔術師ならば、実力はそれなりにあるのだろう。
この世界において、一属性しか使えない魔術師と言うものは多くない。そのほとんどが才能や努力に反映してくるのだが、基本的にどの魔術師も複属性を操るスタイルを持つ。属性には相性というものがあって、最もわかりやすいモノで言えば、火は雷に強く、雷は水に強く、水は火に強く出来ている。手数は多い方がいい。相手が展開した術式に相性がいい術をぶつければ、相当脆い術でなければ押し返すことが可能だ。
よって、魔術師を特定する際に、使用属性が一つ分かった所で情報としては役不足なのだが、やはりないよりはマシらしい。
「ですので、皆も外を出歩くときは注意するように。くれぐれも、無茶無謀はしないこと。魔術師にしても冒険者にしても、自分が出来る最善の一歩手前を歩くように。これは基本です」
殺し合いとなれば当然命が掛かってくる。ソレを簡単に散らさないようにするための心がけだ。
特に迷宮に潜る冒険者ともなれば、己の慢心が時に命取りになることもある。
戦場では何が起こるか分からない。常に安全な道を通らなければそれだけで簡単に帰らぬ者となるのだ。
「他に詳しい情報が分かり次第お伝えします。……さて、次のお話ですが、こちらは結構いい話です」
先程の口調とは一変して、その声音に嬉々したものが入り込んだ。アウラは教卓の前で少し短めのスカートをひらひらと舞わせながら一回転すると、ポーズを取って声を上げた。
「再来週、海で合宿があります♪」
「…………………………………………………………………………………………………?」
一瞬、いや、本当はそれよりももっと長かったかもしれない。教室内が沈黙に包まれる。誰もが唖然とした表情をアウラに向けていた。
確かに、元々美少女が少し大人になった、と言う表現が最も合うようなアウラの容姿なら、今みたいなポーズは様になっている――なっていたのだが、実際に彼女は二十代後半……既にそう言う事をしていい年代ではなかった。
教室の生徒達の脳内で、『アウラ先生いくつだっけ』だとか、『やってて恥ずかしくないのか?』だとか、『何で魔術学校なのに海に合宿しにいくんだ?』等の疑問が生まれる。皆が皆、アウラを痛々しい人を見る目で見ていた。
「え、嘘、待って、何その目……」
アウラがたじろぐも、生徒達は痛々しい目を向け続けている。
彼らの視線を受け続けて段々と目尻に涙を浮かべていくアウラに、『現実』と言う名のトドメが振りかざされた。
「先生。二十八歳でそれはどうかと思うの。流石に見ているこっちが痛々しいの」
「ぐはっ!?」
「大体、そんな事だからいつまでたっても貰ってくれる人が現れないの」
「がぁっ!?」
北條の隣に座っていたメリアンが問答無用でアウラに現実を突き刺していく。それを真っ向から受け止めたアウラは、へなへなと座り込み、真っ暗な表情を浮かべながら指で円を描くようにして床をなぞる。
「知ってるわよ。どうせ私みたいなバカ丸出しな大人は誰も娶ってくれませんよーだ。ふふ、どうせ私は品が無いブサイクで、人の前ではろくに喋れないダメダメ魔術師ですよー。ふふ、ふふふふふふふふ。そうせ私なんて、学園長みたいに何回もプロポーズされて断れるようなモテモテじゃありませんよー。このまま一生独り身で夜も寂しく自分を慰めるんだ……あはは、はははははは」
「おいメリアン。流石に言い過ぎだよ」
目尻に涙を浮かべながら、女性を基準に考えると物凄く低い声でブツブツと呟くアウラ。見ていられないと目元を手で覆った北條は、隣のメリアンを肘でくいくいと啄いて謝るように急かす。
しかしメリアンは澄ました表情で淡々と答えた。
「現実を突きつけただけなの。こうでもしないとアウラは一生一人エッチで性欲を満たすダメ女に――」
「わーわー!!! ていうか皆酷いな……誰も何も言ってあげないなんて……」
北條としては目立つ行為はあまりしたくないのだが、真っ黒いオーラを纏うアウラは見るに耐えないものがあった。
むしろ、どうしてアウラの様な美人が求婚の一つや二つ無いのか疑問で仕方がない。
肩を落として溜息を付いた北條は、しゃがみ込むアウラの元まで歩み寄って声を掛けた。
「先生。気にする事ないですって。先生は綺麗だからきっとすぐに良い相手が見つかりますよ。だからほら、早く話の続きをしてください」
「うぅ……本当?」
「はい。だからほら、早く立って」
いわゆる女の子座りをして撃沈していたアウラの腕を取り、肩を貸す。ようやく立ち上がったアウラは教卓によし掛かる様な態勢のまま、ジーッと北條を見つめた。
視線に気がついた北條は、一歩後ろに後ずさりながら尋ねる。
「な、なんですか……?」
「……良い男はっけーんッッッ!!!」
「どわぁあ!?」
目をキラリと光らせたアウラが北條に向かってジャンピング抱擁を繰り出し、更には彼の顔に頬ずりをし始めた。
「はああ、全く別次元のいい香りがする~」
「ふあ!?」
なんとなく的を得ているアウラの発言に目を見開いて驚く北條。その直後、彼の顔面が大きく柔らかな双丘に埋め尽くされた。
ふんわりと匂う良い香りが彼の鼻に付く。それと同時に、顔面を通じて体全体にふんわりとした感覚が伝わっていった。
「ふぁjgvぼgswぁあgdsgfwqんしあ――ッッッ!!!???」
「ひゃあ! そ、そんな、動いたら……っ」
艶めかしい声をあげるアウラの胸に顔を埋めた――強制的に――北條は、背中の向こうから感じるピリピリとした空気を感じ取って冷や汗をダラダラと流し始める。
「貴方! 私のイツキ様のご慈愛を受けただけでは飽き足らず、抱擁をするなんてーーーッッッ!!!」
「先生……いくら誰も相手がいないからって自分の教え子を食べるのはダメだと思うのッッッ」
イヴとメリアンの突き刺すような言葉を背中に受け止め、マズイと直感的に感じた北條は何とかアウラから離れることを試みるも、物凄い力で押さえ込まれて身動きが取れなくなった。
酸欠状態に陥りそうな北條は、思考がゆっくりになっていく脳で考える。
(まさか、アウラ先生、強化付与……使って………………)
そしてそこで、北條は意識を手放した。




