#17 霊獣狩り Hunter
「大正解。流石神霊様、今一度見ただけでこの刀の本質が分かるとはなあ。そうだ。この刀は斬った対象が霊術ならばソレを乱して崩壊させ、霊力保持者だったら体内を巡る霊力を乱して激痛を走らせるって代物さ」
ドロイトは眼前に霊獣殺しの刀身を持っていきながら説明じみた口調で言う。
その刃は霊術を掻き消し、霊力保持者に絶大なダメージを与える。
霊獣、そしてその契約者である霊術師に対して絶対的な優位性を持つ刀だった。この刃に斬られれば、流石の神霊でもその身に大きなダメージを与えるだろう。
「その刀で五人もの霊獣を殺してきたのね」
「いんや? 霊獣は四体だったなあ。いや、正確には俺様が殺したのは霊獣三体と霊術師一人だ。アレだろ? 契約霊獣って奴は契約者が死んだら一緒に死ぬもんなあ」
「……テメェ」
シグの口から悍ましいと感じさせる程低い声が発せられる。
そんなのは無視したドロイトがニヤニヤと笑いながら話を続ける。
「結構前に村が魔物に襲われててなあ。その中に霊獣と人間の夫婦がいたんだよ。くっは、そんなの初めて聞いたんだよなあ。霊獣と人間だぜ? 前代未聞じゃねえかよ。ほんで、俺様もソレに便乗してソイツらを殺し、宝玉ゲットって訳。どうやらアイツらの娘さんもこの街に――」
そこでドロイトの言葉は途切れた。いや、強制的に途切れさせられた。
前方から轟雷の槍が投擲された。長さ一メートル程あるソレはビリビリという轟音を発しながら一直線にドロイトの眉間目掛けて突き進み、しかし体を仰け反らせる事で回避される。
「んだよ、話の腰を折りやがって。折角俺様が気分良く話してるっていうのに、せっかちな神霊だなあ。ガキなのは見て呉れだけじゃねえのか?」
「人間の癖に調子に乗ってるんじゃねえぞ。シグ達から見たらテメェなんてただのガキなんだよ」
確かに千年近く生きている神霊にとってはその十分の一以下しか生きていない人間なんぞ子供にしか見えないだろう。
見た目は小さな身体に膨大な力を宿した神霊シグと神霊リズは、心底気分が悪いと言った表情でドロイトを睨み返して術式演算を開始する。
「神霊を目の前にしてそれだけの余裕を保ってられる度胸は認めてあげる。でもね」
リズはその手に殺傷能力を持つ純水をまとわりつかせながら言う。
「あんまり神霊なめるなよ?」
彼女がそう言った直後、ロックスフィードの町外れであるココ、大広間の噴水の水が中を舞った。まるで無重力空間に浮かぶ水の様に、ふわふわとその空間を漂った水は霊力を帯び、徐々にその形を変形させていく。
純水を司る神霊リズにとって、水がある場所と言うのは全力を出せる場所の一つだった。五つある噴水から不純物が取り除かれた水が浮上して出来上がったのは、巨大な水の槍。
両手を広げるリズの背後に浮上する五つの水の槍は、一斉にその矛先をドロイトに向ける。
「一つ当たれば人間の身体くらい簡単に拉げる純水の槍よ。リズは純水を司る精霊、水がある場所なら霊力がある限り幾らでも武器は作れる。――さて、その刀はどれ程までの術を乱せるのかしら?」
リズがそう言い放った直後。
彼女は、右手の指をパチンと鳴らした。
それだけの動作で、浮遊していた水の槍が猛スピードで動き出す。
襲い来る水の槍を見たドロイトは、しかしその表情に不敵な笑みを浮かべて言った。
「ゾクッと来たぜぇ、でもなあ、残念だけど幾ら強力な術でも通用しないんだわ」
「そ」
五つの槍の内一つが真正面から、他の四つは迂回してドロイトを囲むように配置してから突き進む。
霊獣殺しの効力は、その刃で斬った対象の霊力を乱すと言うモノだ。
つまり、その刃で対象を斬らなければ術は崩されない。
リズが放った五つの水の槍は五方向からドロイトに向けて進撃する。猛スピード、普通の人間ならば目で追えない程の速さだ。
しかし、ドロイトは霊術師だ。
霊術だけでなく、魔術にも己の身体能力を一時的に底上げすると言った部類の術が存在する。腕力、脚力、視力、聴力、等と言った力の他に、反射神経、動体視力等を強化するものもある。
おそらくドロイトもそう言った部類を使えるのだろう。
後はその精度だけ。
「残念」
彼が呟いた直後、何らかの霊術――おそらく強化付与がその身に施され、片手に握っていた霊獣殺しが閃いた。
人の出せるスピードを遥かに逸脱した速度で刀が振るわれ、水の槍は彼の身体に届くことなく空中で乱され、タダの水となって地に落ちた。
「いやあ、本当に残念だったな。俺様ってさあ、霊術の中で強化付与が一番得意なんだよねえ」
ドロイトが動き出す。
霊獣殺しの切っ先が地に付くか付かないかのスレスレの地点で下段に構えた彼は、同じように強化付与で一時的に強化した脚力を駆使して神霊二人に向けて走り出した。
それをシグとリズは真っ向から迎え撃つ。
リズは霊力を練って片手を地に勢いよく叩きつけた。その直後、ドロイトの霊獣殺しによって崩された、水の槍を構成していた散らばった水がもぞもぞと蠢き出す。小さな弾丸にも似た水滴は一気に空中に浮かび上がり、背を向けるドロイトに向かって放たれた。
「甘いな! そんな雑な攻撃じゃ一撃も入んないぜぇ!?」
走りながら笑ったドロイトは即座に霊術結界を展開する。動き回る彼の身体に追従する、円形で虹色の膜は、身体に穴を穿たんと迫ってくる小さな水の弾丸を全て弾き返した。
遠距離攻撃はダメだった。
強化付与が一番得意だと言ったドロイトだったが、結界の精度もかなりのものだった。
いくら雑な攻撃だったとしても、神霊が展開した霊術をそんなに容易く防げるはずがない。それこそ、本来ならば人間と神霊の差は天と地とまではいかないものの、空と地程はあるはずだ。
それを、走ると言う別の動作をしながら展開した結界で防ぐとなると、凄まじい霊力もしくは神懸かった演算能力がなければ不可能。
彼は五つの宝玉を喰らったと聞いた。
それによって大幅なパワーアップはしているだろうが、神霊の術を顔色ひとつ変えずに防いでしまうところを見るに、精霊が殺られてしまうのも無理がないと思ってしまった。
そんな雑念を振り払いつつ、シグとリズは術の演算を続ける。
降り注ぐ轟雷を霊獣殺しと結界でいなしたドロイトは、猛スピードでシグの懐に潜り込み、そして刀を振るった。
「チッ」
一瞬霊術結界で防ごうとしたシグだったが、霊獣殺しに霊術は通用しない。その事にすぐ気がついて回避行動に移った。
小さな身体を余計に低くしてドロイトの軸足を払った彼女は、眼前に来た鳩尾に蹴りを叩き込む。
「ぐはっ!?」
突然スピードアップしたシグの動作に一瞬虚を突かれたドロイトは、鳩尾に感じる痛みに堪えながら後方に吹っ飛んだ。
相手は神霊。
今まで狩ってきた精霊とはワケが違う。
保持する霊力量についても、扱う霊術についても、その演算能力にしても。更には、その身体に宿す身体能力だって人間をはるかに凌駕している。
「くっ、ごほっ!? く、ふふふ、そうだよそうだったなあ。お前らそんな見てくれでも天下の神霊様なんだったなあ。いやいや、簡単に攻撃は防げちゃうし懐には潜れちゃうし、ちょっとその認識が甘かったようだよ」
「……、」
余裕を装っているのではなく、本当に余裕に感じていると言う様子のドロイトは、まだ少し痛みを感じる鳩尾をさすりながら笑った。
煽る。
今日、この時にこのまま二人の神霊と戦闘を続け、決着がつくまで戦う必要はあまりない。突然現れた神霊二人は彼にとってイレギュラーな存在であり、このまま戦わずに尻尾を巻いて逃げると言う手もある。
(でもなあ、どうやらこの街にはこのガキ二人と同格、もしくは強力な霊力を保持する奴がいる)
先程感じとった街の中にある霊力反応。一人は過去に取り逃がした人間と霊獣のハーフ。そして残りの二つは強い関係に結ばれた――おそらく契約を結んだ人間と霊獣。
(アイツ等を倒す算段は今んとこ見つからねえ。この二人を喰らえばかなり戦力アップは期待できるが……まあ、俺様は強い奴と戦いたいって気持ちはあるけど、別に正々堂々殺り合いたいって訳じゃねえからなあ)
不敵な笑みを浮かべた彼は心の中で一人呟いた。
求めるのはより強いものとの戦闘と、その相手を負かせた時の快楽。
恐怖などは感じない。強大な敵と戦う際に恐怖を感じるならば、それなりの理由がなければ戦闘などしない。
彼とて簡単に人を殺せるようになる前は普通の人間だった。
でも、たった一つの事象が、結果的に彼をここまで変えてしまった。
「ま、強くなれればそれでいい。あわよくば今お前たちを喰らって、ほんであと三つの反応も全て頂く」




