#15 双龍 Ssangyong
文章読みづらかったり、読んでて辛かったりしたら申し訳ない。今回の話は近々なんとかしたいレベルです
「それでこれからどうするの? シグ……ちゃんとリズちゃんの家に行くんだっけ」
北條はシグとリズをジッと見て「ちゃん」と後から付けてから徐に立ち上がった。尻に付いた土埃を払いながらイヴの方に向き直る。
今周りを見た限りでは建物らしき影は見えない。どこを見ても自然、自然、自然。本当に建物があるのか疑うレベルで大自然だった。
「そうですわね。霊界には私の家がないので、シグとリズの家にお邪魔になりましょう。……大丈夫でしょう?」
「大丈夫だ! ま、まあ、若干散らかっているけど……」
「シグが全然片付けをしないからいつも散らかるんだよ。片付ける私の身にもなって欲しい」
「リズ、お前兄ちゃんの前で良い子ぶるな! リズもいつも汚くしてるくせに! 今回はたまたまシグだっただけで」
「言いがかりだよ。勘弁して」
「何だとぉ!?」
自分よりも頭一つ以上小さな少女が些細な喧嘩をしているところを見て小さく微笑む。自分にもこれくらいの従兄妹がいた事を思い出し、「元気にしてるかな」と小さく呟いた。
順調に育っていれば今頃中学三年生になっているはずだ。やさぐれていた自分に甲斐甲斐しく話を掛けてくれていた。
その優しさに何も返せずにいなくなってしまった事を悔やんでいる内に、イヴに肩を叩かれた。
「どうかしましたか、イツキ様。顔色が悪いようですけど……」
「いや、大丈夫。少し昔の事を思い出していただけだから」
「……そうですか」
北條の言葉にイヴまで暗い表情をして俯いた。その様子を見て北條は一瞬目を見開いて唖然とした後、苦笑してイヴの頭を撫でた。
「どうしてイヴがそんな顔するんだよ。僕は全然大丈夫だから、そんな暗い顔するんだよ」
「イツキ様……」
気持ち良さそうな顔で北條のされるがままにするイヴ。
その様子を見た北條は、髪を撫でていた手をそのまま三角の耳に移動させる。ふにふにと摘むようにした後、輪郭をゆっくりとなぞる。毛並みは勿論の事、柔らかさも抜群だった。
「い、イツキ様。こしょばしいです」
そう言いながらも身を委ねるイヴを見て、シグとリズは真顔のまま小さく声を揃えた。
「「ラブラブだね」」
そんな二人の声が聞こえていない、二人の世界に入っていた北條とイヴだったが、やがて手を離してシグとリズに向き直った。
「それじゃあシグちゃん、リズちゃん。案内してくれる?」
「おう! でもどうする、イヴの姉さん。ココから結構離れてるし、シグもリズも兄ちゃんを抱えられる程逞しくないよ?」
「え?」
「そうですね、なら私がイツキ様を抱えて飛びます」
「え?」
シグとイヴの会話について行けない北條は、素っ頓狂な声を出しながら頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。
抱えるだの飛ぶだの、一体何を言っているんだ? と首を傾げる北條にリズが声を掛けた。
「お兄さん。霊界って言うのはね、霊獣のための世界なの。全てが霊獣に良い様に出来ているから、さっきヘリオスの攻撃を防いだお兄さんは結構凄いんだよ」
「まあ、霊界っていうくらいだもんね。それとさっきの炎の壁は割と本気で展開したから、あれ以上強い攻撃だったらちょっとヤバかったかも」
シーナから霊獣狩りの話を聞いてから霊獣が全員良い奴ではない事を知った北条は、不穏な雰囲気を醸し出していたヘリオス対策のため、事前に術式演算をこなし、いつでも術を展開できるように準備していた。
夥しい熱を発生させた時点で霊力を最大限に込めて術を強化したからいいものの、最初の状態だったならばヘリオスの熱レーザーに眉間を貫かれていたことだろう。
ヘリオスは序列第五位だと聞いているが、かなりの実力者だ。
イヴの本気とやり合ったことが無い北条としては、神霊の力の平均と言うものを測れないが、第五位であれ程の実力を持っているならば、その上はさらに強いのだろう。
もし戦う事になってしまったらと思うとゾッとする。
とは言え、ヘリオスもアレが全力ではないはず。本格的に敵対する可能性は否めないものの、無いと願いたい。
「……まあ口で説明するより実際にやって見せた方が早いよね。シグ、イヴお姉さん、行きましょう」
「そだな。イヴお姉さん、何百年ぶりだけどシグ達の家覚えてる?」
「大体は。まあ、イツキ様一人抱えたくらいでシグとリズに振り切られる程衰えてはいませんよ」
「むふふ。シグ達だってイヴの姉さんと長い間会わない内に強くなったんだからな!」
「シグの言う通りだよ、イヴお姉さん。ただ淡々と生きていただけじゃないんだから」
「ほほーう、では試してみましょうか」
イヴはそう言うと隣にいた北条を軽い動作で持ち上げる。彼はこれでも体重六○キロ程はあるはずなのだが、そんなのは無視して片手のみで抱えた。どうやら霊界が霊獣にとって良く出来ているのは本当らしい。
にしても……と北条は心の中で呟く。
またイヴに抱えられるのか、と肩を落としていた。以前森の洋館からロックスフィードに移動する際も強化付与を使った事がなかった北条はイヴに抱えられて飛んだのだ。
あの時、もうイヴに持たれることは無いようにしようと心に誓ったのに、まさかこんな形で誓いが崩されるとは思ってもみなかった。
「ね、ねぇイヴ。僕、もう強化付与できるよ? じ、自分じゃ移動できないの?」
「まあまあ、いいじゃないですか。本当にすぐ着きますから」
「えー……」
どうやら説得は難しいようだ。早々に自分で移動することを諦めた北条はがっくりとした後、不本意だと言いたげにイヴの首に腕を回した。
「はっ!」
そんなイヴは嬉しそうな表情を浮かべている。すぐ近くからのジトーとした目に気がついて咳払いをした彼女は、まるでこれから徒競走でもしようとしているかの様に、準備体操的な何かをするシグとリズに声を掛けた。
「それでは行きましょうか」
「おーけー。それじゃあ行くよ?」
「精々見失わないように気を付けてね」
リズが大口を叩いた瞬間に、双子の身体が姿を消した。正確には、姿が消えたかに思える程のスピードで移動した。
消えた、北條がそう思った時には既にイヴも動き出していた。物凄いスピードで移動しているのに身体に何の負荷も感じない。一体どうなっているのか考えるも、答えは見つからなかった。
ただ分かるのは、やはり霊獣にとって霊界という世界は普通ではないと言う事だけ。
目紛るしく動く視界が気持ち悪いと感じた北條はギュッと目を瞑った。その数秒後、耳のすぐ近くでイヴの合図が聞こえ、恐る恐る目を開く。
「お、おぉ……」
目の前に建物があった。イヴが言った通り決して見た目が良い訳ではないが、それでもちゃんとした石造りの建物がそこにあった。
感嘆の声をこぼしている内に、イヴの隣にシグとリズが姿を現した。
「くそぉ、なんでそんなに速いんだよ!」
「反則……速すぎる」
「ま、所詮第八位の貴女方では私に優るのは無理だと言う事ですね」
どうやらスピード勝負はイヴの勝利に終わったようだ。
家の中はシグとリズが言っていた割には散らかっていなかった。……北條にとっては目に毒な下着の類がいくつか転がっていただけで、他は綺麗に整頓されている。心なしか良い匂いがする。
壁はやはり全て石で出来ている。しかしどうやら、その点以外は普通の建物と何ら違いはないらしい。
北條が視界を張り巡らせているとテーブルの椅子を引いたリズが座るように勧めてくる。
「お兄さん、座って待ってて。何か用意するから」
「え? あぁ、うん。ありがとう」
勧められたまま彼は席に座る。
それにしても、やはりこの世界の女の子の家と言うものは前の世界とは結構違っているらしい。本当に必要最低限のものしか置いておらず、家具が少ないためか部屋が異様に広く感じる。
今思い返してみれば、イヴの洋館もこんな感じだった。
(……まあ、こっちの世界には女の子が好きそうなぬいぐるみとかそういう物、無いみたいだし)
少なくともこの世界に来て一年。彼はそう言った物を見たことがなかった。探してみればもしかするとあるのかもしれないが、さして興味もないため探す気も起きない。
そうこうしている内にシグとリズがキッチンの方から戻って来た。シグはお盆の上に幾つかの小包を乗せて、リズは湯気が立ち上るカップを二つ持っていた。
「はい、どうぞ」
リズは手に持っていたカップを北條とイヴの前に置いて、再びキッチンの方へと戻っていく。
中に入っていたのは黒い液体だった。
「こ、これはまさか……コーヒー?」
色と香りを嗅いで判断した北條は目を見開いて小さく呟いていた。今までこの世界で過ごしてきて、紅茶は幾度となく飲んできたが、コーヒーを見るのは初めてだった。
「コーヒーを知っているんですか?」
「うん。でもまさかコーヒーまで存在するとはなあ」
「もしかしてイツキ様は紅茶よりコーヒーの方がお好きでしたか? 申し訳ありません、私があまり好きではないので持ち合わせていなかったのですが……用意しましょうか?」
なるほど、合点がいった。コーヒーに出会わなかったのはイヴが単に嫌いだったからだそうだ。
「……ん、でも前行った喫茶店にも無かったよね?」
「コーヒーはかなり高価なモノですから。置いている所は少ないんですよ」
「そうだったのか」
それにしても、この世界は前の世界と全く別の世界なのに、食文化は前の世界とほとんど変わりがないらしい。知っているライトノベル等では同じ食べ物でも名前が違ったりするのだが、ココは名前まで同じだ。
「まさか人生でもう一度コーヒーを飲む日が来るとはなあ」
何やら感動した様子でカップを口元に寄せる北條。ゆっくりとコーヒーなるものを啜ると、懐かしい香ばしい味がした。
正真正銘、コーヒーだった。
「うん、美味い」
「お口にあったなら良かったよ」
戻って来たリズが笑いながらそう言った。両手にはおそらくシグとリズの分であろうカップが握られている。
腰を落ち着かせたシグが、さて、と話題を切り替える。
「イヴと兄ちゃんの関係と、一体兄ちゃんが何者なのか、早速教えてもらおうか!」
「……イヴ、お願い」
「分かりました。……初めて出会ったのは一年前、私の洋館の前でした――」
イヴは話した。
北條が尋常ではない魔力を放出しながら倒れていたところを助け、契約に至るまでの経緯を。勿論異世界転移者だと言う事は伏せたが。
そして霊術の修練をし、魔術学園に入学。
イヴがたまたま霊界に赴こうと考え、転移の術を展開した時に北條の身体との接触があり、どういう訳か彼も一緒に転移してしまった事。
終始真剣な表情でイヴの話を聞いていた少女二人は、いつの間にか北條を見る目がとてもキラキラしたものに変化していた。
「に、兄ちゃんって凄いんだな……まさか、本当にイヴの姉さんを支配してたなんて」
「凄すぎるよ。支配の契約を結んだ事もそうだけど、一緒に霊界に来ちゃうなんてイレギュラー過ぎる」
リズの言葉に北條は苦笑しながら、内心で「実際に別の世界から来たイレギュラーな分子ですから」と呟いた。
果たして人間が霊界に来ると言う現象の理由が、彼が異世界人だから、と決まった訳ではないが、その先が一番有力だと判断できる。
神霊を支配下に置くと言う事も例外中の例外なのだが、どちらかと言うと異世界転移という方が異常な現象だと思われる。
(……そう言えば、あのヘリオスとか言う奴の印象が悪すぎて忘れてたけど、この二人は本当に信用できる相手なのだろうか……)
不意にシーナの言葉を思い出して、今更ながらシグとリズについて考察し始める北條。全て話した後で今更遅いわけだが。
イヴとのやり取りを見る限り悪人には見えない。しかし敵ではないと確定するには情報が少なすぎる。
もしかすればシーナが言っていた霊獣狩りとやらがこの二人と繋がっている可能性もある。もしそうだとすれば、この二人は契約をしているという事になるが……。
(自然に聞いてみる、か)
「シグちゃんとリズちゃんは契約とかしてないの?」
「ん? まあね。こんだけ長生きしてたらしても良いかなあって思うけど、いい相手がいなくてさ」
「うん。……お兄さんとだったらしてもいいかも」
「そ、そっか」
どうやら二人が霊獣狩りと繋がっている可能性はかなり低いようだ。イヴが何も言ってこないという事はおそらく本当に契約していないのだろう。
一安心した北條は頬の緊張を緩めて小さく微笑む。
「……そうだ、二人の事を教えてよ。イヴは九尾の妖狐の神霊でしょ? 二人は何の神霊なの?」
「ふふふ、その質問を待ってました!」
バッと椅子を引いてその上に立ったシグは、小さな発展途上の胸を大仰な仕草で張った後、右手で胸をトンと叩いた。
「シグは轟雷を司る竜の神霊だ!」
その隣でリズは座ったまま言う。
「リズは純水を司る龍の神霊だよ。あ、ちなみにリズ達は二人合わせて神霊だから、序列は第九位までしかないの。それでリズ達は第八位」
リズがふと思いついたかのように説明してくれた。
雷と水を操る双龍。
『雷爪』と『水龍』の異名を持つ神霊、それがシグとリズである。
「へぇ、竜と龍の神霊かぁ。僕はイツキ、よろしくね。……それでさ、二人は変身とか出来ちゃったりするの?」
イヴは九尾の妖狐の神霊だが、どうやら力を開放しても尻尾の数と霊力が変動するだけらしい。
となると、シグとリズはどうなるのか。当然興味を持った北條はキラキラした目で問う。
「出来るぞ! 外で変身してあげようか?」
「うん。ちょっとの間なら龍化しても大丈夫だと思う」
「んー、どうしよっかなあ。……うん、今はいいや。またいつか機会があったら見せて欲しいな」
「シグは別に今でもいいんだけどな」
「リズも」
何故だかやる気満々な二人をやんわりと落ち着かせてから、北條はイヴに聞く。
「で、イヴは何か用事とかないの? ただ顔出すためにココ来たの?」
「ええ。数百年留守にしていましたから、久し振りにと思っただけです。特に用事とかはないので、戻るならいつでも戻れますよ」
「時間の経過はアッチの世界と同じなんだよね?」
「そうなりますね。明日も授業がありますし、そろそろ戻りましょうか?」
「あぁ……何だか凄い気が重くなったけど、そうするか。授業、授業ねえ……カゼル一派に絡まれなければいいんだけど」
「大丈夫ですよ。イツキ様の実力を目の当たりにしたのですから、返り討ちにされるのは分かっているはずです」
「だといいんだけどね」
北條とイヴの会話を聞いていたシグが目を輝かせて話に加わる。
「なになに! 兄ちゃん、いきなり何かやらかしたのか!?」
「ど、どうしてそんな楽しそうな顔をする……こっちの気も知らないで……。まあ、ちょっと貴族っぽい人と喧嘩をね」
「貴族に手を出すって随分と度胸あるねぇ。ま、ヘリオスに反撃した方が凄かったけどさ!」
随分と楽しそうにはしゃぐシグを見て思わず口元が緩む。ヘリオスも十分驚異になりかねないが、今は学園生活の方が少しばかり心配な北條だった。
ヘリオスはどうも、ライトノベルや漫画によく出てくる、ただ単に強い相手と戦いたい……そんな感じのキャラに見えてしまう。いきなり致死攻撃を仕掛けてくるのはどうかと思うが。
(……って、アホか。剣と魔法の異世界に来て脳みそおかしくなったか?)
どう考えてもヘリオスの方がヤバいというのに、学園生活を心配している頭を軽く叩く。一年の異世界生活で頭のネジがゆるくなっているらしい。
それとも、神霊を支配下においた事による慢心か。
いずれにせよ、霊獣相手にはもう少し緊張感を持ったほうがいいのは確かだ。
「……じゃあ、どうする? 兄ちゃん達が戻るならシグ達もちょっとソッチの世界に行こうと思うんだけど」
「へえ、これまたどうして?」
「お兄さん、神霊に限らず霊獣って言うのは凄い長生きだから、基本的に人生暇してるんだよ。そんな暇をリズ達は迷宮に潜って潰してるの」
「つまりこれから迷宮に潜るんだ!」
確かに何百年も生きていれば退屈もするはずだ。イヴが千年生きているのだから、シグとリズも同じくらい生きているんだろう。
で、その有り余る時間を迷宮に潜って潰していると。強大な力を持つ神霊ともなれば、おそらく迷宮の守護神など易々倒してしまうはずだ。
「……そりゃあお金持ちにもなるわね」
北條が細い目をして呟いたのを聞いてシグが笑った。
「まああくまで目的は暇潰しだからね」
「長生きしすぎも考えもんだな。……じゃあ、戻るか」
「分かりました」
北條の言葉に頷いたイヴは立ち上がって、転移の術式を演算し始める。青い粒子が彼女の周りを漂い、やがて足元にサークルが現れる。
「準備出来ました。いつもで戻れます」
「おう。それじゃあシグちゃん、リズちゃん、また今度ね」
「いつでも来いよ! 大歓迎さ」
「バイバイ」
北條はイヴの肩に触れて目で合図する。彼女はそれを見て頷くと、転移術式を展開する。
そして二人は、シグとリズに見送られて霊界を後にした。
次回
『双龍VS霊獣狩り』




