終章Ⅳ MarcelloⅣ
終章も次回で終わりです。
今回は結構シリアス?
1/22 話追加。
「……コホン」
北條の視線が自分の下半身に集中していることに気がついたシーナが、わざとらしく咳払いをしながらスカートを抑えた。
「見たね」
「……見ました」
「素直でよろしい」
小さく溜め息を付いたシーナは急に真剣な表情に切り替えて口を開いた。
「イツキ君、突然真面目な話をするけど、気をつけてね」
「き、気を付けるって……何に?」
北條もシーナの声音に冗談抜きの真剣な様子を感じ取ったのか、たじろぎながらも尋ね返す。
「前にもちょっと話したような気がするけど、貴方もあたしも霊力を持っている、いわゆる霊獣の関係者なの。そしてそう言った人達は……狙われやすい」
「ッ! 確か、等級検査の日にそんな事言ってたな……あまり霊獣だとかその契約者だとかって事を口外しない方がいいって。でも、狙われるって一体誰に?」
「……あたしも一度襲われた事があるんだけど、いわゆる霊獣狩りって奴ね」
「霊獣狩り?」
「そう。あたしはあまりに昔の事で、しかも霊獣についての知識も全然なかったから覚えていないんだけど、霊獣は死んだら美しい宝玉を生成するらしいの」
「宝玉……」
イヴから聞いていない新たな情報に耳をピクリと動かした北條が、反復して小さく呟いた。
「あたしのお母さんも、死んだ時に宝玉を生成してたみたいなんだけど、その時あたしは……逃げるのに必死だったから」
俯いて小さく呟くシーナ。彼女の母親は霊獣で、父親は普通の人間。つまりシーナの話が確かだとすれば、彼女の母親が死んだ際にその『宝玉』が生成されていたことになる。
あまりいい思い出ではないはずだ。彼女の様子を見てそう判断した北條は話を切り出す。
「その宝玉とやらは一体何なの? 霊獣から生み出されるって事は、もしかすると……」
「そう。あたしは実際に見た事はないんだけど、霊力の塊だって言われてる」
「やっぱりか……」
霊獣は人と魔物よりも高位の存在で、元々の身体能力は勿論、普通の人間が持つことのできない霊力と言うエネルギーを保持している。
北條が聞いた話では、普通の人間との違いはこれくらいしかないはずだ。となると、やはり霊力という線が一番大きかった。
「待てよ……もしその霊獣狩りとやらが宝玉を狙っているんだとして、シーナが襲われたって事は……」
「うん。あたしを霊獣だと勘違いしたのか、それともあたしが霊獣との契約者だと判断して襲ったのか」
実際、シーナは霊獣の契約者――霊術師ではない。しかし、基本的に霊力の保持者と言うのは霊獣と契約した者。彼女がハーフだと知らなければそう勘違いすることもあるだろう。
「後者だった場合は、つまりは僕達からも宝玉が……?」
「その可能性は大きいね。前例は聞いた事がないんだけど、そう考えておいたほうがいいと思う」
「……僕が死ねば霊獣も一緒に死ぬ。つまり、その霊獣狩りとやらはシーナを契約者だと判断して、二つの宝玉を一気にゲット、とか考えた感じか」
「おそらくは」
突然買い物に行っているイヴが心配になった北條は、商店街の方に視線を向けた。勿論建物が遮って商店街の様子は見えないが、しかし賑やかな声はしきりに聞こえてくる。
「でも、宝玉を手に入れて一体どうするつもりなんだろう。そもそもその用途が分からないけど、普通の人間が持っていたところで何の役にも立たないんじゃない?」
「その通りよ。これはあたしの推測でしかないんだけど、おそらくその霊獣狩りの奴らは――霊術師よ」
「――ッ!?」
シーナの言葉に北條は目を見開いて息を飲んだ。
その様子を一瞥したシーナは手を後ろで組んで続ける。
「あたしが襲われた時は霊術は使ってこなかった。舐められてたのかもしれないけど、そのおかげで逃げ切れたの。ま、まぁ逃げるのに必死で、魔術に霊力を感じ取る暇なんて無かったんだけどね」
「ま、待てよ……もしシーナの言う事が確かだったら、霊獣の中に裏切り者がいるって事でしょ……? だ、だってさ、シーナみたいにハーフとかじゃなければ霊力を保持するには霊獣との契約が必要になる。その霊獣狩りが霊術師なら、そいつに加担している霊獣がいる……?」
「うん。多分、そう。でも霊獣ってのはみんながみんな仲良しって訳じゃないみたいよ。事実かどうかは知らないけど」
事実かどうかは知らない、と言う事は、どこからか得た情報なのだろう。今までの彼女の話は推測というものが多い。
でも、霊獣狩りは存在する。彼女は霊獣狩りに襲われた過去を実体験として持っているからだ。
「だからきっと、宝玉って言うのは霊術師にとって良い物なんだと思う。霊力の塊なんだから、きっと霊術師が持ってたら何かといい事があるんじゃないかな? ――君にとっても」
苦笑しながらこちらを向くシーナ。その表情を見た彼は、すぐにその意図を悟った。
「――大丈夫」
「え?」
「僕は君を殺したりなんかしない。絶対、絶対に。その霊獣狩りとやらが現れたら、僕もシーナも、そしてイヴも狙われる身なんだ。だからもし霊獣狩りが現れたら一緒になんとかしよう。君が襲われたら僕が助ける、ね?」
シーナは北條に霊獣狩りの事を伝えた。もしかすれば、この街に北條とイヴ、そして自分を狙って霊獣狩りが来るかもしれない、そう判断したからだ。
つまり彼女は、北條達に事前に警戒するように、殺されないように対処してもらうために伝えたのだ。
しかしその事を伝えるということは、同時に自分の身を危険に晒すことになる。
シーナも霊力保持者で、北條も霊力保持者。要するに、北條の気が変わって宝玉を欲するようになれば、真っ先に彼より弱いシーナは殺されるだろう。
それでも。
「僕は、そんな事は絶対にしない」
北條は最後までそう言い切った。
「……ごめんね、疑うような事言っちゃって。少し不安だった。もしこの話をして、君があたしを狙うようになったらどうしようって。あたしはイツキ君より弱いからすぐに殺されちゃうなって」
「それでも、シーナは僕に教えてくれた」
そこに好意があったのは誰でも分かる事だった。そもそも霊獣狩りの事を知らなかった彼は、彼女のおかげで事前に警戒する事が出来る様になったのだから。
彼女は自分が襲われるかもしれないという懸念よりも、北條やイヴにこの情報を知ってもらって、対処出来る様に、そう思って言ってくれたのだ。
「僕は、君も、イヴも、メリアンも、みんな守る。もう失わないって決めたんだ」
結局彼は、前の世界の家族に何も返せずに死んでしまった。
身体虚弱者だった彼を見捨てず、見限らずに育ててくれた両親。
その体質のせいで荒んでいた彼に優しく接してくれた従兄妹。
(みんなには何も出来なかったけど、今度は僕が、この世界で知り合った皆を守りたい)
虚弱体質はなくなり、力を手に入れた。
今度は守られるのではなく、守るのだ。
「だから安心して。霊獣狩りなんて僕が倒しちゃうからさ」
「……そうだね。イツキ君は最強だもん」
北條の言葉に笑ったシーナは再び彼の腕にしがみついた。
「ささ、早く中に入ろ?」
「あぁ」
家に入った後、北條自ら入れた紅茶――ただしミルクティーではない――を二人で啜っていると、玄関の扉に取り付けられた鈴の音が鳴った。
きっとイヴとメリアンが仲良く(?)買い物の末に帰ってきたのだろう。
時刻は大体一時頃。
北條は飲み終わった紅茶のティーセットを片付けて二人を迎えた。
この後に起こるであろう惨劇を想像して身震いしながら。
「さぁ、早速始めましょうか! 今日という今日はメリアンさんに勝ってみせます!」
「うふふ、受けて立つの。まあ、結果は見えてるけど」
バチバチと火花を散らせる二人を見て、北條は今日も長くなると覚悟した――つもりだった。
二人がキッチンの方へと入っていく。
それを見届けたシーナは、北條の肩をトントンと叩いて、キュッと引き締めていた唇を開いた。
「ね、ねえイツキ君。あの……いつもはどれくらい飲まされるの?」
「と、途中から意識が朦朧としてきて詳しくは分からないけど……コップ数十杯は確実に」
「……………………………………………………………………………………………………」
目を見開いて硬直するシーナ。その様子を見て彼女の目の前で手を軽く降ってみるが、残念ながら反応がない。
確かにコレはか弱い女の子(?)のシーナにとっては鬼門かもしれない。男の北條でさえ堪えると言うのに、彼女の小さな体の中にある小さな胃が持つとは思えない。
学園では『うまく躱す』と言っていたシーナだが、やはり今の二人の様子を見てソレは難しいと本能で感じとったのだろう。
残念ながら二人はお互いが満足するまで決闘を続ける。
トイレに籠っていれば、その内早く来て欲しいと急かしてくるかもしれない。
「……シーナ、ここに来てしまったのが運の尽きだ。お互い、頑張ろう」
「……イツキ君。七割方お願いするよ」
二人は窓の外に遠い目を向けて、同時に溜息を付いた。
数時間後。
言うまでもなく北條とシーナは、北條宅にある二つのトイレを専用し、冗談抜きの本気で脱出不可能な状態に陥った。
二人が飲んだミルクティーの杯数は合計五十を超えて、結局イヴはまたもやメリアンに勝つ事が出来ず終わった。
つまり、イヴとメリアンの二人が繰り広げるミルクティー対決は終わらなかったということ。
北條の胃に大量のミルクティーが押し込まれる自体は収束しなかった。
(コレだけやって、やっぱりイヴは勝てないんだな……)
心の中で呟き、トイレでガックリと項垂れる北條だった。
さて、今回の話は次章以降の鍵(?)となってきます。




