終章Ⅱ MarcelloⅡ
「まあでも、君が言った事は私は正論だと思っている。あのカゼルとか言う少年も、今回の事で少し頭を冷やしてくれればいいんだがな」
「……、」
「君が気にする事じゃないさ。絡んできたら適当にあしらっておけばいい。あれだけ気の強そうな子だからな、自分が五等級の魔術師に完敗したともなれば、無闇に家の者に話せるわけでもないだろうし」
まさか実力で一等級を取った魔術師が五等級の魔術師に負けたともなれば、罵倒等と言った言葉の標的が自分に移り変わりかねない。
北條としてはそういうのもあまり好ましくないのだが、こればかりはどうしようもない。
実力主義の世界では必ず起きうる現象なのだろうから。
「才能を持って生まれた者――中でも貴族は持て囃される。魔術を使えるという才能を持っているだけではなく、その魔術の才能まで持っているのが一等級の魔術師だ。勿論、努力だけで一等級に上り詰めた者もいるんだがな。アウラは元々四等級だったんだぞ?」
「え、アウラ先生が?」
「あぁ。今は『光剣《Lux_Gladio》』自体は彼女が本気を出せば、私の闇の剣よりも火力は上だろうな。私の場合、攻撃面では『刹那《Momentum》』に頼ってる部分が大きいから」
「と言いつつも、セリアはあの術式がなくても十分強いでしょう? あの術式は魔力の消費量が多いから、それに頼りきれないですし」
謙遜するセリアにすかさず口を挟んだイヴ。
彼女は苦笑すると、視線を北條からイヴに変えて呟いた。
「ふん、所詮私はお前が第五開放すれば手が付けられなくなるような魔術師だがな?」
嫌味ったらしくセリアは笑う。
第五開放――イヴが五つの尻尾を開放した状態のことを指す。イヴの尻尾は簡単に言えばノーラムリングの様なモノで、尻尾が増えるのと同時に力の封印が解けていく。
セリアが第四開放までしか相手に出来ないと言うならば、全開放した際には途轍も無い化物になるだろうが、実際の所イヴはその長い人生で尻尾を全開放した事がない。
理由は多々あるだろうが、今のところは未知の段階である。
「イツキ様が倒れているのを見た時は、今日がこの時か、って思いましたよ。それこそ、全開放してどうにかなるかもしれない、そんな威圧感でしたから。もしイツキ様が魔術も霊術も体術も出来ない普通の少年じゃなかったら人生初の全開放をしてたでしょうね」
「……そうか、お前が私に連絡してきた時、どうしてそっちに行くと私が言ったのを断ったのか分かったぞ。契約したことを隠そうとしていたんだな?」
「大体あってます」
本当は他にも、北條と二人きりの時間に水を差すような真似――つまりは説教を受けるかもしれないと言う懸念があったから等々理由もあるのだが、わざわざそれを今話す必要は無いと判断したのか、イヴは口を閉じた。
「その時のお前の声音から何だか楽しそうな感情が伝わってきたから、まあ良しとした。どっちにしろ、学園長としての責務もあったからそう時間は取れなかったがな」
「……過去の話はこれまでにしましょう。それで、早速遠隔通信の術装を見せて貰いたいんですが?」
イヴの言葉にうんうんと頷く北條を見たセリアは、苦笑しながら「まあそう焦るな」と呟くと、自分が座る机の引き出しを開けて、そこから二つのイヤリングを取り出す。
銀に輝く素材で出来たイヤリングには、エメラルドの小さな宝石が嵌め込まれていた。
「ちょ、え? 何か凄い高そうな物に見えるんですけど……」
「大丈夫だ。君がノリノリで破壊したミスリル製のノーラムリングに比べれば遥かに安いだろう」
「……返す言葉もありません」
申し訳無さそうな表情をイヴに向ける。北條が自分を見ていることに気が付いたイヴは、苦笑しながら手をブンブン振って、
「そ、その話はもういいですってば! 同じものを手に入れるのは簡単ではないですが、同じ価値の分だけのお金ならすぐに集められますから。ですから、暇がある時コッソリと冒険者登録して迷宮に潜りましょう?」
「なあ、思ってたんだけど、迷宮って一体どこにあるの?」
「この街には各迷宮に繋がる転移門があります。この街の近くにも一つありますが、そこは新人冒険者が行くには中々、いえ、かなり危険なところですけど」
「へぇ……迷宮ごとに難易度が違うんだな。迷宮は冒険者しか入れないの?」
「はい、基本的には。ですが学園では実技の授業で潜ったりするため、許可を貰ってる所もあるでしょう。そうでしょう、セリア?」
不意にイヴがセリアに話を持ちかけた。彼女は不満そうな表情をして、
「……この学園も許可は貰っている。それと、学園長の前で"コッソリ冒険者登録"等と抜かすとは、大した度胸だな」
「うふふ。まあいいじゃないですか。細かいことは気にせず、ね?」
「……面倒事だけは起こすなよ。学園外で何か仕出かしても、私は一切手を貸さんからな」
「はーい」
どうやらこの学園――他の学園は不明――は冒険者登録は禁止らしい。とは言え、自己責任ならばと言う条件付きで許可は貰った。本当は許可が降りることはないのだろうが、イヴとの長年の付き合いもあるし、何より実力を信じているからだろう。
「まあいい。さあ、取り敢えずコレを付けてみてくれ」
そう言ってエメラルドによく似た宝石が嵌め込まれた銀のイヤリングを差し出してくるセリアからそれを受け取り、北條は左、イヴは右にソレを付けた。
付けただけでは何ら変化は感じられない。
そう思っている矢先、イヴとの念話の様な頭に直接響くようなセリアの声が聞こえてきた。
《聞こえてるか?》
《あ、はい……イヴとの念話と同じ感覚でやってみたけど、出来てるかな?》
《大丈夫だ、聞こえている》
どうやら原理は契約者同士で繋がる念話と同じものらしい。
「これは同じ術式の術装を使っていて、且つ相手の顔を知っている者同士が繋がるモノだ。今の所私の部下とメリアン、それとお前達二人だから、メリアンには繋がるだろう」
「本当ですか? それじゃあ早速」
セリアの言葉を聞いた北條は早速メリアンの顔を思い浮かべながら念話を送る感覚で言葉を紡いだ。
《メリアーン、聞こえる? 僕もセリアさんから同じ術装貰ったよ》
《イ、イツキ!? ビックリしたの。でも、そっか。ならいつでもお話し放題なのね》
《おう。それじゃあ後は教室戻ってからね》
《うん、待ってるの》
「……もういいか?」
「あ、はい」
「それじゃあもう一つの本題に入ろうと思うんだが、イツキ君、そしてイヴ。お前達には、この学園にいる間私の頼み事を聞いてもらいたい」
机に肘を乗せて顔の前で手を重ねながら、先ほどより少し声のトーンを下げたセリアが切り出した。
セリアの言葉に薄ら疑問を持った北條が小さく首を傾げながら聞いた。
「というとどう言う意味でしょう? 今何かお願い事があって、それを継続して欲しいとか? それとも何かある度にお願い事を受ける感じですか?」
「後者だな。……まあ、そういう役割を担っている風紀委員も存在する訳なんだが、それとはまた別に、な」
「……あまり危険な事はよしてくださいな、セリア」
セリアの含みがある様にも聞こえる声音を聞いてイヴが口を挟んだ。おそらく、風紀委員や学園内の生徒達の間に広まって欲しくないような内容の"何が"が起きた際に力を貸して欲しい、そんな所だろう。
勝手に自分の中でそう解釈した北條は、苦笑しながら答えた。
「まあ……イヴの言う通りあまり危険なことはしたくないんですけどね。僕が出来る範囲でならお手伝いしますよ。セリアさんには不正で手を汚させちゃったし、いくら決闘で勝ったからといってもあまり好ましいことではないですから」
「……なんだ、私に自分の方が格上だと"再確認"させたいということか?」
「ち、違いますって! それに、格上とか格下とかそう言う言葉はあまり好きじゃないのでやめましょうよ……」
「ふ、そうだったな。君はそういう男だった」
先程Ⅰ等級の教室で起きたことを思い出したのか、セリアは薄らと表情に笑みを浮かべて呟いた。
それに、きっとセリアは自分自身の力で今の実力まで上り詰めたはずだ。北條の様に、後付けで手に入れた偽物の実力ではない。
とは言っても、北條自身も戦闘知識はゼロからここまでやって来たのだ。底力があったとしても、それを上手く扱えなければ宝の持ち腐れだ。
「まあそういう事だ。会って話したい内容の際はココに来てもらうが、それ以外はこうして術装で念話する事になるだろうから、なるべく外さないでいてくれ」
「分かりました」
「あと、一応これも魔術の一種だからな。使う度に魔力――お前達の場合は霊力か、それが減少するから注意しておけよ?」
頷いた北條とイヴを見たセリアは満足気に頷くと、おもむろに立ち上がった。
「それじゃあ今日はもう戻っていいぞ。くれぐれも冒険者登録に学園の制服を着ていくなよ?」
「分かってますって」
机の向こうに立つセリアに見送られて、北條とイヴは学園長室を後にして教室へと戻った。
12/26追記 次回更新は諸事情のため1/1となります。詳しい事は活動報告で。




