#6 初日Ⅱ Primo_dieⅡ
みっともなく教室に戻り、メリアンを呼んだ北條は彼女に案内されて学園長室まで来ていた。
「それじゃあ私は教室に戻るの」
「本当に手間暇掛けてゴメンな。僕も早く学園構造を覚えるよ」
「別にこれくらい何ともないの。それじゃ」
メリアンは小さく微笑むと手を振って元来た道を戻っていった。
北條は密かに、帰りはどうしよう……絶対迷うぞ? とか呟きながらも、学園長室の扉を二回ノックした。
扉の奥からセリアの許可が聞こえ、大きな扉を押して中に入る。
「来たな二人共。取り敢えずこっちまで入って来い」
セリアの言葉に二人は彼女が座る机の手前まで来て立ち止まる。
「話の内容というのは既に気が付いているかもしれんが、お前達の等級検査の結果についてと、クラス分けについての話だ。二人共、もう教室には行ったか?」
今の時間帯はいわゆるショートホームルームの前の時間と言うやつだ。
北條とイヴはそれぞれ頷き、それを見たセリアが苦笑しながら「そうか」と呟いた。
「まあ、何を言われたかは知らんが気にするな。お前達はあのクラスにいるだけの素質を持っているはずだ」
「ですけど、あの魔法石は僕達の等級を五等級って示しましたよ? 五って言うのは確か、全ての等級の中で最低ランク、つまり一等級の教室の生徒から見ればゴミ同然の魔術師らしいんですけど」
北條が嫌味たっぷりで答えた。
その言葉にセリアは困った表情を浮かべて後頭部を掻きながら、
「すまないな。でも一応結構前に忠告はしたぞ? 『苦労することになるだろう』ってな」
「え……アレってこう言う意味だったんですか? てっきりイヴが美人過ぎて男子の対応に困るとかそんな程度のものだと思ってたんですけど……」
現に先程教室内では、男子生徒の視線はイヴに注目していた。……二割方顔よりした、つまりイヴの胸に視線が向かっているやましい男子生徒もいたが。
北條の見当違いな発言にセリアはポカンと口を開けて、
「君は一体どんな勘違いをしてるんだ……?」
「いやぁ、でも実際に男子の視線はイヴの……そしてイヴの胸に釘付けでしたよ?」
「そうだ、セリア。この制服胸が少しキツいんですけど、何とかなりませんの?」
そんなイヴの要望にセリアは困った表情を崩さずに首を振って、
「すまんがそれ以上はオーダーメイドで頼むしかない。一ヶ月後くらいか? 今頼んだとしても」
「……むぅ」
「お前の胸はデカ過ぎるんだ。何をどうやったらそんなになる?」
ビシッとイヴの胸を指差しながら声を上げるセリア。
確かに彼女の胸は爆乳とまではいかないものの、かなりの巨乳である。垂れることなく形も綺麗に整っている……
「いや、そうじゃなくて。今はそんな事はどうでもいいんですよ。それより、話っていうのを始めてください。ホームルームに間に合いません」
タダでさえ迷う恐れがあるのに、と呻く北條を見たセリアが、背凭れに背を預けて小さく息を吐くと、真剣な表情で話を開始した。
「まずは等級検査の件についてだな。簡潔に言うと、アレじゃあやはり君たちの魔術の実力をしっかり測ることはできないようだ。まさかとは思っていたがな」
「……と言うと、どう言う意味です?」
「アレは触れたものの魔力を感知し、そこから実力を測る宝石でな。そもそも魔力を持っていないお前達だとどう足掻いても五等級としか示されないらしい。魔力としての性質を持つ霊力では役不足、という事だ」
「つまり僕達は、その……等級が関係してくる職、例えば国で働く魔術師の師団に入る事はまず不可能と言う事ですか?」
「……そういう事になるな」
そもそも霊獣との契約者や霊獣自身が魔術学園に入学しようと考えること自体が前代未聞なのだろう。過去にこのような事例は無いらしい。
霊力しか持たない霊獣と契約者は、魔力に反応して計測する魔法石では正確な測定が出来ないのだ。
(そうか。だから魔力も霊力も両方持っているシーナは普通に測定ができて、一等級になったって訳か)
秘密にしなければいけない事のため無闇に声に出さず、心の中でそう呟く北條。
取り敢えず分かった事は、北條とイヴに押された最低等級の烙印は消える事がないと言う事。等級が関係してくる職には将来付けないという事。
そして、力を示さない限り、カゼルやその仲間達等と言った者達からの罵倒は止まないと言う事だ。
「まあでも、お前達なら上手くやるだろうと思って一等級に入れたわけだ。霊術を使いこなせている限り、魔術をまともに扱えない可能性はかなり低い。下位の魔術は問題なく使えているんだろう?」
「そこについては問題ないです。バッチリです」
「そうか。ならすぐに周りの奴らを黙らせることが出来るだろうさ。イツキ君程の力で術を展開すれば、悪い意味で絡んでくる輩はいなくなるだろう」
「先程既にイツキ様が酷い罵倒を受けましたわ。三下やらゴミ同然やら女たらしやら空気が汚れるやら。聞いて呆れますわね。事故を装って炎で焼き消してやりたいです」
「おいやめろよ? イヴなら何かやりかねない気がして僕はとっても怖いでございますよ?」
額から冷や汗を垂らした北條が、口元をピクピクさせながらイヴに釘を指す。
「まあ何はともあれ、お前達は今この学園で最低等級の魔術師だ。五等級の魔術師が一等級のクラスに入るなんてことも前代未聞だからな。悪い意味で歴史に残んないように頼んだぞ?」
「つまり僕達はあのカゼルとか言う人の取り巻きみたいに、コネで一等級に入ったも同然って訳ですか」
「生徒の名前を一人ひとり知っている訳じゃないからそのカゼルとか言う男もその取り巻きとやらも知らんが、まあそういう事になるな。それも学園長直々のコネだからな。私の面子を潰すような真似だけはよしてくれよ? タダでさえ不正入学で手を汚したんだ、これ以上は困る」
「本当に手間暇かけて申し訳ないです。確かに制度に従って五等級のクラスでちまちまやるより、一等級のクラスでしっかり出来た方がいいですしね」
「そういう事だ。まあ、また何かあったら連絡するよ」
「あ、あの、何かある度にアナウンスで名前を呼ばれるのはあんまり好ましくないんですけど……どうにかならないですかね?」
苦笑しながら言う北條に、セリアは思案顔を浮かべて、
「そうだな。それじゃああと一回だけ我慢してくれ。遠隔通信術式を施した『術装』を用意する」
術装と言うのは、魔術的な施しがされた道具や武器の事を示す言葉だ。
セリアが身につけている筒状の棒も術装に含まれる。
「分かりました。それではホームルームがあるので戻ります」
「ああ。今日は頑張れよ」
「……? は、はい」
セリアの何か含みがあるような言葉に、頷きながら北條は学園長室を後にした。
取り敢えず、自分もコネを利用しているからあまり調子に乗るのはやめようと誓う北條だった。