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電装戦記クアド・ラングル  作者: 神宮寺飛鳥
【クイーン・オブ・ソード】
8/24

2-4

「すいませーん! フリータイム、六人で!」


 喜々として受付を行なう三河。五人は背後でその様子を並んで眺めていた。

 カラオケボックスまで移動するのに徒歩で十分もかからない。確かに時間にはまだまだ余裕があるのだが、三河は果たして何時間ここにいるつもりなのだろうか。


「兄さん、カラオケって幾らくらいかかるものなのですか?」

「ん? あー……そうか。ましろさんはカラオケなんか来ないもんな」

「ちなみにね、自慢じゃないけど私も全然来たことないよ! 小学生の時以来かな!」

「本当に自慢にならねーな……」


 幼馴染と妹の言葉に冷や汗を流す静流。流石優等生、遊びなれていない。


「夜間料金とは言え平日だしなー。歌い放題飲み放題で二千円はしないかね」

「二千円ですか。どうしましょう兄さん、私お金を持っていません」


 少し恥ずかしそうに兄のシャツの裾を引きながら呟くましろ。それもその筈、ましろは基本的にお小遣いというものを必要最低限しか貰っていない。買い物が必要な時は親に言えば金は出してくれるが、こうした無駄遣いの類は最初から両親が想定していないのだ。


「育ちの良さが仇になりましたなあ、ましろさん。ま、安心しな。妹の分くらい俺が出すわ」


 ぽんぽんとましろの頭を撫でる静流。それがあまりにも自然な流れだったので、二人ともにらみ合っていた事を忘れてしまっていた。


「わっ、わっ、どうしよう静流ちゃん! 私お財布持ってなかったよ!」


 兄妹が慌てて距離を取っていたその時、陽鞠が慌てた様子で鞄を漁り出す。


「なんで財布持ち歩いてねぇんだよお前は……」

「最近は電子マネーで何でも買えるから、ユニフォンだけあればいいかと思って……お財布持ってても良く落としちゃうから、私……」

「電子マネーは割り勘の時めんどくせぇんだよなぁ。この店も対応はしてるけどよ。しょうがねぇ、お前の分も俺が……」

「僕が出すよ!」


 振り返る静流。そこにはブランド物の財布を取り出している三河の姿があった。


「女の子達の分は僕が支払うから何の心配もいらないよ。飲み物も食べ物もじゃんじゃん頼んじゃっていいからね! ここのスイーツ結構いけるんだ!」

「えっ!? わ、悪いですよ三河先輩……」

「生徒会長である小日向さんは知ってるでしょ? 僕の家、かなーり裕福なんだよね」


 どや顔で語る三河だが、それはお前の金じゃなくて親の金だろ、と陽鞠以外は思っていた。


「自慢じゃないけど親が社長でね。とにかく、お金の事は気にしない気にしない!」

「道理で毎日のようにゲーセンに入り浸ってるのに金がなくならねーわけだ」

「ま、ウチとしてはありがたい限りなんだけどね」


 肩を竦める静流。対照的に鳴海は笑顔を浮かべている。そして続けて言った。


「ねえ三河君、女の子達はって事は、私もオゴリでいいのかしら?」

「鳴海さんは女の子ではないような……いやっなんでもないです! 奢ります勿論!」


 拳をごきりと慣らした鳴海に完全に屈服する三河。その肩を左右から男二人が叩く。


「ふむ。すまないな三河、俺達まで奢ってもらってしまって」

「三河先輩、ゴチになりまっす」

「は、はあ? 何言ってるし……僕の話聞いてなかったの? 奢るのは女の子だけ。なんで君らむさくるしい男の分まで僕が支払いを負担しなきゃいけないわけ?」

「知っているか三河? 最近この界隈に初心者狩りというのが出現してだな……」


 笑顔の朝比奈。三河は猛然とした勢いで振り返り朝比奈を壁際まで押し退ける。


「何で今その話するんだよ! 僕のアイドルの前で!」

「三河……俺も本当はこんな事したくないんだけどさぁ。朝比奈さんがやれってさぁ」

「絶対嘘だろ! お前嬉々としてやってるだろ、わかってんだよもう! そうやっていつまでも他人の過去をねちねち攻撃してさぁ! 恥ずかしくないのかお前ら!」

「世の中にはこんな言葉がある。タダより安いものはない!」

「口止め料だと思えば安いもんじゃないっすかねー?」


 青ざめる三河。男二人はその様子に笑顔を浮かべハイタッチを交わすのであった。




「お待たせしましたー。ジャンボイチゴパフェお二つになりまーす」


 店員がトレイの上からおいた二つのパフェ。それを朝比奈と静流が嬉しそうに受け取った。


「お前ら本当に容赦ねーな! 死ね! 氏ねじゃなくて死ね!」

「すまない三河……腹が減っていたんだ……」

「朝比奈さん、この調子でイチゴスイーツフェア制覇しません?」

「マジでいい加減にしろよ! 男がスイーツとか馬鹿なの? 死ぬの!?」


 喚き散らす三河を無視してパフェを食べる二人。一方鳴海はカラオケ初心者二人に選曲の方法をレクチャーしている。


「この機械なんかうまく反応しないよ?」

「……陽鞠ちゃんってタッチパネル苦手ですよね」

「自動ドアも苦手かなー。たまに開いてくれなくてぶつかっちゃうから」


 そんなこんなで飲み物も行き渡り、早速歌を歌う事になった。


「一番手、小野寺鳴海いきまーす!」

「わー! 鳴海さんがんばってー!」


 マイクを手の中で回しながら構える鳴海。三河はその挙動に目を光らせる。


「あの動き、堂々とした態度……一人カラオケ上級者特有のテクニックだな」

「お前……いつも一人で来てるのか……元気だせよ……」

「寂しくなった時はこの俺、朝比奈を呼びな。タダ飯あるところに朝比奈ありだ」

「お前ら本当に外道だよな。もういっそ清清しいよ」


 鳴海の選曲は一昔前に流行ったJ-POPであった。一応、カラオケ初心者の二人にも分かる曲を選ぼうという考えもあったが、それが彼女の歌いなれた歌であるという理由が大きい。


「うわー、鳴海さん上手! かっこいいー!」

「はっはっはー! ありがとう、ありがとうー! さて、お次は陽鞠ちゃん、どうぞ!」

「えっ!? わ、私ですか? 私、歌なんか全然歌った事ないし……最近の歌なんてわかりませんけど……」

「いいのいいの、歌いたいの歌えば。一番好きな歌を思いっきり歌ってごらんなさい。きっとスッキリするわよ」


 笑顔でマイクを差し出す鳴海。おずおずとそれを受け取り、陽鞠は顔を上げる。


「私が一番好きな歌……。わかりました。私……歌います!」


 前に出た陽鞠は深呼吸を一つ、胸に手を当てて凛々しい顔でマイクをONにする。


「……あっ。まだ入れてなかった。あのねあのね、ましろちゃん……」

「はいはい、入れますから。どれですか?」


 端末を持ったましろに駆け寄るひまり。曲を入れ、気を取り直して台の上へ。


「ほら、野郎共は盛り上げる!」


 鳴海に渡されたマラカスやらタンバリンやらを手に取る男三人。静流は微妙な表情で楽器を見つめていたが、残り二人、特に三河のテンションは突き抜けていた。


「うひょー! 小日向さーん! 僕だー! 結婚してくれー!」

「ごっ、ごめんなさい!」


 すかさず頭を下げる陽鞠。ネタで言ったのだが、三河は真っ白に燃え尽きていた。それと同時に曲のイントロが流れ始め、その場に居た全員が驚いた様子で画面へと目を向ける。


「この曲……」


 思わず呟く静流。一度目を瞑り深呼吸、再び瞼を開いた時、陽鞠は先ほどまでとは打って変わって凛々しい表情に変わり、マイクに口づけするようにそっと歌い始めた。

 第一声から既にわかる。陽鞠の歌は抜群に上手い。先程までの鳴海の歌も上手かったが、それとはまた少し違う。陽鞠の歌はまるでそう、本物の歌手そっくりだったのだ。

 おっとりとして少し間の抜けた性格の陽鞠が放つとは思えない力強く艶っぽい声。これには流石に三河もだんまりを決め込んでしまった。

 まるで心の中でスイッチを切り替えたかのように、今の陽鞠は別人であった。だが静流にはなんとなくわかっていた。これもまた、陽鞠の本当の姿の一つなのだと。

 陽鞠がおどおどしているのは静流の前だけだ。普段の陽鞠はそうではない。生徒会長という立場は決して偶然などではなく、彼女の人格が相応だからこそ与えられたものなのだから。

 陽鞠が歌い終わるまでの四分三十秒の間、部屋の中は静まり返っていた。最後のビブラートが途切れた瞬間陽鞠はけろりと元に戻り、少し恥ずかしそうに席についた。


「ふうっ、すっきりした! ……あれ? みんなどうしたの? 何か私変だった?」

「こ、小日向さん……すげぇ! マジ天才! 何やらせても完璧とか女神でしかないよね!」


 テーブルの向かいにいる陽鞠へと身を乗り出し興奮する三河。勿論彼女の歌も素晴らしかったのだが、何より三河の琴線に触れた物、それは彼女が歌った歌そのものであった。

「今の歌、【カオスレイダー】の主題歌だよね!?」



 そう。陽鞠が歌ったのは所謂アニメソング。カオスレイダーというアニメのOP曲であった。


「う、うん。私が一番好きなアニメで、今でもよく見返すんです」

「マジでー! 僕も大好きなんだよ! 九十年代のアニメなのによく知ってるね!」

「私達が小学生くらいの時、ローカルで再放送してたじゃないですか。それを見てたんです。それからすっかりはまっちゃって、ブルーレイボックスも買っちゃいました」

「うひょっ、すげっ! 僕もだよ! 僕あれだよ、ブルーレイ化を希望する署名集めるサイトにも協力してたんだよ! カオスレは名作、絶対後世に残されるべき!」

「そうですよね! 私もそう思います!」


 手を取り合い熱く語る二人。陽鞠が優しく嬉しそうに笑うものだから、三河はなんだか感極まってしまいその両の眼から熱い物が流れ始めていた。


「嬉しいよ……カオスレが好きな同士に出会えて……しかもそれが小日向さんで……。僕……僕、生まれてきてよかった!」

「私も嬉しいです! カオスレのお話が出来る人ってあんまりいないから……三河先輩、これからも仲良くしてくださいね!」

「勿論だよおお! 連絡先交換しよっ!」


 ユニフォンを取り出す二人。奇しくも合コンとして成立してしまった事もあるが、陽鞠がカオスレイダーの話で盛り上がっているのを見て静流は驚きを隠せなかった。


「カオスレイダー、か……」

「次は誰が歌う? とりあえずましろちゃんかな?」

「わ、私はまだ心の準備が……というか、あの後に歌うとか軽い拷問です」

「へーきへーき、どうせましろちゃんも実は歌が上手いとかいうオチなんでしょ?」


 強引にマイクを押し付ける鳴海。ましろはその勢いに押し切られ壇上に立った。


「あ、鳴海さんそいつ……」

「さあ、どどーんと行ってみましょうー!」


 仕方なく歌い始めるましろ。兄は何とか助け舟を出そうとしたが、時既に遅し。


「わ、わたしぃーわぁー。あなたをー。いつまでーもぉー!」


 ましろが歌い始めると先ほどと同じ様に部屋の中に沈黙が降り注いだ。


「まっていますぅー、あいしているーからぁー! たとえどんなにぃーときがぁー!」


 それは彼女の歌が上手かったからではない。彼女の歌が、普通に下手だったからだ。

 物凄く下手ならそれはそれで笑い話にもなるし盛り上がるかもしれない。だがましろは普通に下手だったのだ。笑っていいのかどうかちょっと困る感じの加減なものだから、誰も迂闊に声をかける事が出来ない。


「しかも演歌……」


「俺は好きだぜ。ソウルを感じる」


 鳴海と朝比奈の言葉を聞きながら、静流は苦笑を浮かべるのであった。


「……もうカラオケには来ません」

「そ、そんな事言わないで……機嫌直してましろちゃん!」

「陽鞠ちゃんは味方だと思ったのに、手ひどい裏切りを受けました。心外です」

「ま、ましろちゃーん……許してー!」


 結局なんだかんだでカラオケを楽しみ、店を出たのは三時間後であった。三河や陽鞠はもっと居たいと言っていたが、中学生もいるのでお開きにと鳴海からのお達しがあったのだ。


「マジで奢ってくれるとはなー。三河先輩太っ腹ー」

「べ、別に君達の分を奢るくらいわけないしね。それに陽鞠ちゃんやましろちゃんと仲良くなれたのはなんだかんだで神崎のお陰だと思うし。借りを返しただけさ」


 眼鏡を光らせながら呟く三河。静流はその肩を抱いて笑う。


「へぇ。じゃあこれは口止めじゃなくて三河の好意って事で、口止めはまた別にな」

「お前本当にド外道だな……早く地獄に落ちろ? 間に合わなくなっても知らんぞ?」

「タダで食ったイチゴタルトは美味かったぞおおお!」


 遠くに叫ぶ朝比奈。その足を思い切り踏みつけ鳴海が手を上げる。


「はいはーい。それじゃあ本日は解散! この後の行動は各自に任せるって事で!」

「あっ! ごめんなさい鳴海さん、POP作りのお手伝いできなくて……」

「いいのいいの、気にしないで。帰ったら私がやっとくから!」

「それが心配なのですが……」


 女子三人のやり取りを眺め、朝比奈が身体を伸ばしながら言う。


「俺はゲーセンに戻るとするか。三河はどうする?」

「僕もクアランやってないし戻ってちょっとやろうかな。神崎は来るなよな」

「なんでだよ、俺だってクアランやってねーぞ」

「ば、馬鹿じゃね? 普通に考えて妹と幼馴染を家まで送ってけよ。もう夜も結構遅いしな。家近いんだろ? 無駄な腕っ節の強さはこういうところで生かせよな、低脳」


 きょとんとする静流。それから溜息を一つ、苦笑を浮かべる。


「了解了解。仰せの通りにしますわ。まあ原付がすばるにあるんで、そこまでは一緒だな」


 こうして六人でぞろぞろとすばるに戻り、そこで解散となった。すばるに戻った三人と別れた静流達は原付を押しながら歩いて帰路へつく。


「今日は久しぶりに楽しかったなぁ。こんなに幸せだなんて、ばちがあたりそうだよ」

「陽鞠ちゃんはいいですね……歌が上手だから」

「ご、ごめんねましろちゃん! ま、ましろちゃんの歌もよかったと思うよ!」

「あからさまなお世辞は人を傷つけるだけです。それを覚えておいてください」


 あたふたしている陽鞠とそれをいじって笑っているましろ。幼馴染と妹に挟まれ、静流はなんともいえない気分に陥っていた。

 懐かしいような、寂しいような、嬉しいような、複雑な心境。これがあるべき姿なのだと思う一方で、これでいいのかと自問自答する声もある。


「あ! 見て見て静流ちゃん。ここでよく皆で遊んだよね」


 家路の途中にある小さな公園。そこに通りがかった陽鞠が声を上げた。

 勿論静流も覚えがある。まだ三人がいつも一緒だった時、何度も足を踏み入れた場所だ。


「なんだか懐かしいね……。そんなに時間は経っていないはずなのに……」


 無言で足を止める静流。二人の様子を眺め、ましろは小さく溜息を零した。


「兄さん、私は先に帰りますね。父さんと母さんが心配しているでしょうから」

「え? いや、俺も……」


 じっと兄を見つめる妹の瞳。それはただ逃げるなと、少年に強く訴えかけていた。


「それでは陽鞠ちゃん、また明日」

「え? あ、うん……また明日ね」


 手を振る陽鞠。ましろがその場から居なくなるのを確認し、静流は頬を掻く。そうして原付を押して公園の中へと入るのであった。

 二人は特に何かを言い合うでもなく公園に入ると二つしかないブランコに座った。高台にある公園からは街を一望出来る。ブランコは過去の二人のお気に入りの場所であった。


「やっぱり身体が大きくなっちゃったなあ。ブランコ、あんなに小さかったのに」

「……そうだな。昔はこれこいでさ。すっげーこいで、遠くまでどっちが飛べるか競ったっけ」

「静流ちゃんはすごかったよね。私は怖くて結局一回も飛べなかった」


 笑いながら頷きブランコを漕ぎ出す陽鞠。そうして段々と勢いをつけ、最後にはそこから飛び出して見せた。金色の髪を靡かせ空を舞う陽鞠。きれいに着地を済ませると笑顔で振り返る。


「なんだか、大人になるって切ないね」


 昔は怖かった事が、今はもう怖くなくなってしまった。一つ一つ出来なかった事に手が届くようになり、世界が広がると同時に己の限界を知る。


「私はね、ずっとブランコに縋りついたままでよかった。静流ちゃんが遠くへ跳んでいくのを見ているだけでね……ただそれだけで、幸せだったんだ」

「……俺は」


 大人になるにつれ人は変わっていく。それは静流も例外ではない。

 何故、自分はここから飛ぶ事ができたのだろう? 今ならわかる。このブランコは決して作りもしっかりしていないし、さび付いて彼方此方が軋んでいる。思い切り勢いをつけて飛び出せば怪我をするかもしれない。そう冷静に考えてしまう自分に気付く。


「陽鞠……カオスレイダー、覚えてたんだな」

「覚えてるよ。忘れるわけがないよ。私達、あんなに夢中だったじゃない」

「ああ、夢中だった。何度も何度も、擦り切れるんじゃないかってくらい見た……」


 目を閉じれば今でも鮮やかに記憶は蘇る。まだ幼く、広い世界を知らなかった頃の事。


「陽鞠、早くしろよ! 早く!」

「ま、待ってぇ! 静流ちゃん、おいてかないでぇ!」


 声が聞こえた気がして顔を上げる。そこには幼い頃の自分と陽鞠の姿があった。


「待ってぇ、待ってよぉ! 置いてかないで……ぐすっ! 置いてかないでぇ!」


 陽鞠はいつもぼろぼろだった。それは別に誰かにされたわけではなく、しょっちゅう転んでいたのが原因である。まだ背負おうには大きすぎるランドセルがその原因の一つだと静流は知っていたから、振り返ってその赤いランドセルを持ってやった。


「ほら、急ぐぞ! カオスレイダーはじまっちゃう!」

「う、うん……静流ちゃん、ありがとぉ。ありがとねぇ」


 陽鞠の手を引いて家に急ぐ。水曜日の夕方六時から、【漂流戦記カオスレイダー】は放送していた。二人は毎週欠かさずこの時間には神崎の家のリビングの前に座り、並んで視聴したのだ。


「おかえり、おにーたん。ひまりちゃんも」

「ましろ! まだカオスレイダーはじまってないよな!?」

「まだだよ。おにーたん、手ぇ洗った? 帰ったらお手手洗わないとダメなんだよ」

「ましろはうるさいなぁ。俺はいいんだよ、男はいいの!」


 待っていたましろと三人でソファに腰掛ける。そうしているとカオスレイダーのOPが流れ始め、三人とも食い入るようにしてテレビの中のロボットに釘付けになった。

 アニメが放送される約三十分間、三人は一言も口を利かなかった。それだけ夢中になっていた。放送が終わると決まって今日の内容を語り合い、陽鞠はそのまま神崎の家で夕飯を食べていくのが習慣だった。


「カオスレイダーってさ。子供向けアニメにしては設定とかぶっとんでたよな」

「そうだね。自我を持ったロボットが異世界からやってきて主人公の小学生と友達になって……やってきた悪いロボットと戦うって話だった。でも……」

「地球を守る正義のロボットも人間からは悪者扱いされて攻撃を受けたり、何度も何度も人間に裏切られたり……その度に主人公がお涙頂戴の熱い活躍をするんだよな」


 ジャンルとしてはロボットアニメであったが、ヒロイックなデザインのロボット、可愛らしいデザインのキャラクター達にも関わらず脚本はリアル嗜好であった。勧善懲悪ではなく何が正しく何が間違いなのか。そんな人々の心の葛藤を描く事に定評があった。


「主人公のマモル君が正義のロボットと喧嘩して別れてさ。その後ロボットが人間の作った新型爆弾で破壊されちゃって……マモル君がぼろぼろのロボットに駆け寄るシーン、覚えてる?」

「ああ。お前すごい号泣してたよな。二人が可愛そうだって」

「私はね、マモル君の気持ちがよくわかったんだ。マモル君とロボットが喧嘩したのは、マモル君が自分は不要な存在なのではないかって思い始めたからだった」


 異世界からやってきたロボットは人間の意志の力を原動力に動いていた。ゆえにロボットにとってマモルは操縦者としてではなく、動力源として必要不可欠な存在だったのだ。

 だがマモルはいつも駆けつけるロボットに助けられるばかり。ある時自分の弱さ、無力さに気付き、世界を守っているのは自分ではなくロボットで、自分は何の役にも立たない、むしろ足手纏いでしかないのだと考えてしまう。

 喧嘩の原因も些細な事だった。マモルは足を引っ張りたくないから新しいパイロットを探すようにロボットに言ったのだ。だがロボットにとってそれは深く傷付く言葉でもあった。


「私は人間を守る為に戦っているのではない。ただ友達を守りたかっだけなのだ……それがロボットの最後の言葉で、どんなにマモル君が泣いても叫んでもロボットは復活しなかったね」

「俺は……ロボットの気持ちがよくわかった。あいつは別に正義の味方になりたかったわけじゃなかったんだ。ただ一人、大事な友達を守れればそれだけで良かったんだ……」


 幼かった二人は顔をくしゃくしゃにして泣いた。そうして二時間も三時間も、あれはあんまりだ、かわいそうすぎる、こんなのはだめだと語り合った。


「子供の時は悲しい時は泣いて、嬉しい時は笑って……どんな事も素直に言えたのに。今はそういう言葉の一つ一つが凄く重たくて……苦しいよ」

 振り返りながら寂しげに笑う陽鞠。月明かりに照らされたその姿を見つめ、立ち上がる。

「……そろそろ帰ろう。風も出てきたしな」

「……静流ちゃん。静流ちゃんも、クアド・ラングル……やってるんだよね?」


 振り返り頷く静流。陽鞠は少しだけ困ったように笑う。


「使ってる機体はイフリートだよね? 白いカラーリングの」

「……ああ」

「名前は……フルブレイズ」


 それは、二人が大好きだったアニメに登場する、正義のロボットの名前。

 友達を守る為に世界の悪と戦い、最後には裏切られ朽ち果てたロボットの名前。


「静流ちゃんも覚えてたんだね。カオスレイダーの事」

「……好きなアニメ、だったからな」

「イフリートのデザインはね、カオスレイダーのフルブレイズによく似てるんだ。それは開発者がカオスレイダーと同じデザイナーを採用して、意図的に似せるように言ったからなんだよ」


 背中で手を組みながら語る陽鞠。そうして彼女は告げる。


「ねえ静流ちゃん。私もクアド・ラングル、やってるんだよ。それにね、静流ちゃんとは一度戦った事もあるんだ」

「どういう……事だ?」


 眉を潜める静流。陽鞠は歩み寄り、自らのユニフォンを取り出した。


「【デイジー】……それが私があのゲームの中で与えられた役割と名前」


 ユニフォンにはクアド・ラングルのハンガー画面が表示されている。そこには確かに先日交戦した、ナギサネルラという黒い機体が佇んでいた。


「ねぇ静流ちゃん、私と勝負しない?」


 息を呑んで黙り込む静流。ゆっくりと顔を上げたところへ顔を寄せ、陽鞠は笑った。


「私と一つ賭けをしようよ。ねぇ、静流ちゃん?」


 まるで別人のような艶やかな声で。陽鞠はそう言って笑ったのだ――。

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