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『おはようございます。新着メッセージが一件あります。確認しますか?』
「ん? 確認する」
順番待ちが終わりドレッドノートに入り込んだ静流。HMDを装着しながらシートを微調整している時、ナビに誘導されメッセージを開いた。
『差出人はオメガマトリクスのプロクシーです。オメガマトリクスよりレギオン戦の誘いが来ています。了承しますか?』
首を傾げる静流。そこへ画面端に新たなアイコンが点灯する。
『オメガマトリクスより通信が入っています。繋ぎますか?』
「繋ぐ。三河、どういう事だ?」
「折角隣の台に入れたからね。先輩としてレギオンバトルをレクチャーしてやるよ」
「へえ。俺の敵に回って倒すんじゃなかったの?」
「冷静に考えてみたら、レギオン戦だと敵同士は通信出来ないんだよね。八百長対策とかなんだけどさ。それにお前のやられっぷりを見るのは味方の方がいいと思ってね」
「どういう意味っすかねー」
「ふひひ、やってみればわかるさ。パーティー申請しといたから、承認すれば自動的に一緒に戦場に降りられるよ。細かい設定はこっちでやっとくから安心しなぁ」
肩を竦める静流。言われた通りオメガマトリクスとパーティーを組みレギオンバトルのメニューへと移動するのであった。
バトルメニューでは現在の戦域、戦況、戦力差などが表示されているが静流にはよくわからなかった。細々とした数字や知らない横文字を並べられても困惑するだけだ。
「倣うより慣れろ、ね……ま、やってみますか」
『パーティーリーダーが出撃準備完了しました。これより戦域への転送を開始します』
次の瞬間視界が切り替わった。プレイヤー達が拠点としている宇宙ステーション【ハイヴ】内の格納庫だ。そこからプレイヤー達は転送カタパルトで地上へワープし、戦場へと送り込まれている設定だ。
『若きプロクシーよ。貴様の参戦を心待ちにしていたぞ』
突然目の前に見知らぬ人物のグラフィックが現れ静流は目を丸くする。金色の髪に白い衣装を纏った女で、静流は全く知らなかったが彼女こそアヴァロン・メカニクスの総統。つまり所属勢力のトップである。
『現在戦闘は我らが優勢に事を進めている。諸君ら誇り高きアヴァロンの騎士達を前にすれば、ムラサメのプロクシー等赤子同然だという事だ』
「随分強気だなぁ」
『作戦目標は敵要塞の陥落だ。姑息な手段を取る必要はない。我らは最強。磐石の騎士達よ、思う存分その研鑽を振るい、敵を蹂躙せよ!』
『転送カタパルト起動。【フルブレイズ】、転送開始します』
ナビの声と共に機体の周囲に浮かんでいた光のリングが回転を始める。それは加速するにつれ眩しさを増してゆき、やがて甲高い音とが響くと同時、視界は全てブラックアウトする。
次にカメラが正常化した瞬間にはフルブレイズは戦場に降下していた。光を纏ったままの機体は凄まじい勢いで戦場に着地。同時に戦闘システムを起動する。
『システム起動。作戦を開始します』
「わお」
思わず感嘆の声を漏らす。周囲では既に戦闘が開始されており、無数のドレッドノートが銃撃戦や格闘戦を繰り広げている。
正面にあるのは山をくりぬいて作られた巨大な要塞。絶え間なく砲弾や銃弾を吐き出し接近するドレッドノートを迎撃する。【リブロ山岳基地】は現在ムラサメ側の制圧下にあり、アヴァロン側がその攻略作戦を行なっている所であった。
「何ぼさっとしてるんだ? さっさと前線に向かうぞ、神崎」
背後に転送されてきたオメガマトリクスが隣に並ぶ。その外見は以前と比べると若干異なっており、あの極端なアセンブルから変更してきた事がわかる。
「何っていわれても何をすればいいのかわかんねーよ」
「とりあえず素人はオープンチャンネル聞けし。大体状況わかるから」
「オープンチャンネル?」
「レギオン戦では同じ勢力下のプレイヤー同士なら自由に通信が可能だ。で、その中でも同じ勢力下全員に聞こえる通信をオープンチャンネルっていうんだよ。ナビに言えばわかるし」
「……通信、オープンチャンネル開けるか?」
通信モードがオープンに切り替わる。すると途端に彼方此方から知らないプレイヤー達の声が飛び込んで来た。
『こちらAの4、ファイター四機とエンゲージ!』
『誰か建築出来る人いないー? 中央エリア完璧に取られてるんだけどー』
『中央にはこちらから援軍を送る。誰かハック系の機体いないか?』
『柱建てます。中央右、岩壁の後ろあたりで』
全く状況がわからない静流。おろおろしている間に三河が通信を開く。
「ファイター二人参戦したけど、どこか人手足りてないところある?」
『オメガマトリクス、こちら現場指揮を担当している【神話騎士団】のバトラージュだ。その位置からなら中央エリアの建築を援護してくれるとありがたい。こちらからも人を送ろうか?』
「いやー、何とかするよ。マジでやばかったら通信する」
なんだか分からないうちに話がついてしまった。静流は大人しくチャンネルを閉じた。
「聞いてたな? これから中央エリアに切り込むぞぉ。建築するやつがいるから、そいつと途中で合流。そのまま中央エリア右の大岩壁を目指す」
「あ、お、おいっ! ったく、よくわかんねーな……!」
移動開始した三河に続く静流。二人は前線の裏側を通り、中央エリアを目指す。
「移動しながら説明するからよーく聞けよ。まずレギオンバトルにはざっくり三つの要素がある。戦闘、占拠、制圧だ」
戦闘とはその名の通りドレッドノート同士の戦いを意味する。そのやり方は基本的に他のモードと違いはない。違いがあるとすれば、それは集団戦であるという事か。
レギオンバトルは最大百対百の大規模戦闘に対応している。今回の戦闘はマップの関係上五十対五十だが、それでも通常のバトルとはかなり違う対応を求められる。
「戦闘だけする奴はファイターって呼ばれる。基本的には前線で殴りあうのが仕事」
占拠はフィールドに自軍の陣地を広げる事を差す。
レギオン戦開始直後、フィールドは殆ど防衛側の陣地になっている。陣地の有無はファイターの戦闘にも大きく関わってくる為、可能な限り陣地を広げる事が勝利に近づく事でもある。
自軍陣地内でなければ出来ない事は幾つかある。一つは回復装置を使っての自機修復。もう一つは前線へのワープである。
どちらかの機体が大破したら即終了のアリーナバトルとは異なり、レギオンバトルに参加すると持ち時間500秒が与えられる。この時間内であれば何度撃墜されても再出撃が可能で、その際のリスポン位置は自軍陣地内の好きな場所を選ぶ事が可能だ。
つまり占拠域を広げ前線を押し上げる事で、息を切らさない連続攻撃が可能なのだ。
ワープはリスポンでなくともワープ機構を備えているウォードレッドなら可能な為、陣地を増やしておく事にデメリットはない。逆に陣地の取り方に寄っては一気に敵本陣前にワープポイントを置き、一発逆転の一斉攻撃を仕掛ける事も可能。
エリアを制圧するためにはポールフラッグと呼ばれる物体を設置する必要がある。これをプレイヤー達は柱設置と呼んでおり、柱の性能にもよるがその周辺が自陣として上書きされる事になる。
制圧速度が速い柱もあれば、遅い代わりに範囲が広い柱もある。そのあたりは一長一短で、状況に応じた設置が求められる所だ。
「戦闘でファイターが敵を撃退し、ハッカーと呼ばれる専用装備を積んだ機体が建築を行なう。エリアハック用の装備を積んでないとハッカーはやれないから注意な」
戦闘と陣取り合戦が終局に向かった時、制圧戦が開始される。
攻撃側は制圧を完了するのが目的で、防衛側は守りきるのが目的。レギオンバトルは一時間から二時間程度の開催時間があり、その間により相手の勢力に損害を与えた方が勝利というルールではあるが、この制圧が決まればその時点で勝者が決定される事になる。
「敵エリア中枢に乗り込み、占拠を完了すれば制圧成功だ。といっても要塞攻略とかになるから言う程簡単じゃない。実際は勝負が決まらず時間切れになる事も多いね」
「こんがらがってきた……結局俺は何をすればいいんだ?」
「柱建ててる機体を護衛して敵ファイターをぶっ倒せばOK」
「わかりやすくて助かりますよ」
リブロ山岳基地の中央エリアのシンボル、大岩壁。巨大な岩の壁が聳え立つ場所で、この壁を挟んでの撃ち合いになる事が多い。
壁の裏側には既に複数のファイターが構え、身体を出しての銃撃戦を行なっている。そんな機体に守られるようにして柱を立てているハッカーの機体が見えた。
「壁に隠れて撃つなんてコマンド、セットしてねーぞ」
「だと思ったよ。援護してやるから神崎は敵陣に突撃しなぁ。それしか出来る事ないだろ」
スナイパーライフルを取り出し構える三河。静流はフォゾンライフルを装備し岩壁の裏で呼吸を整える。
「ま、やってみますかね」
「行く時はオープンチャンネルで言えよな。戦闘開始はエンゲージ」
「へいへい……。こちら中央エリア、フルブレイズ。敵陣に突っ込むしかやる事がないので行ってきます。援護してやってもいいって方はヨロシク」
ライフルにエネルギーを充填。直ぐにチャージショットを放てる状態になるまで待ち、一気に岩壁から身を乗り出して走り出した。
有効射程内に居た敵機にチャージショットを叩き込む。撃破は取れなかったが大ダメージで吹き飛び、続けライフルを連射しながら前へと加速した。
「中央エリア、エンゲージ!」
中央エリアに展開しているムラサメの兵力は目に付くだけで六機。既にアヴァロン戦力が敵本陣付近にまで近づいてる為配備された防衛戦力は少ない。
それでも一斉射撃を食らえばフルブレイズ一機ではひとたまりもない。連続ステップで銃撃を回避しつつ、飛んでくるミサイルをブレードに持ち替えて切り払う。
「まあこうなりますよね……!」
被弾アラートに眉を潜める静流。次の瞬間、ライフルをチャージしていた敵機が吹っ飛んだ。
「無様だな神崎。仕方がないから助けてやるよ」
岩から身を乗り出し狙撃銃を構えるオメガマトリクス。その両足から大地に杭が打ち込まれ、機体をしっかりと固定。ノーロックで照準を定め、敵機の頭部を撃ち貫いたのだ。
ヘッドショットの場合、与えるダメージは二倍になる。通常の威力でも十分な狙撃銃だ、それが頭に当たれば敵機を吹き飛ばすのに十分なだけのダメージに到達出来る。
次々に敵機の頭を撃ちダウンさせる三河。その隙に静流は接近しつつライフルを連射。更にチャージした一撃を敵機の胸に押し付け発射した。
「すげーな三河。よくそんな当てられるな」
「経験が違うんだよぉ、経験がねぇ!」
すかさずブレードに持ち替え、スライディングから跳躍しつつ敵機を切り上げる。静流と三河が敵陣を崩し始めると一気に友軍が進軍。残りの敵機を殲滅していく。
「神崎、まともに敵に突っ込むな! 壁が必要な時は僕の後ろに入れ!」
肩部に可動式のシールドを転送するオメガマトリクス。ミサイルに追われていたフルブレイズはオメガマトリクスの後方に飛び込みミサイルの爆発から逃れた。
すかさず炎に紛れ飛び出す静流。素早く敵機をロックし、隠れている間にチャージしておいたイグニスで撃ちぬいて見せた。
「今ので落ちないのか……デストラクトって頑丈だな」
「機動力は低いけどねぇ。殴り合いならそうそう負けないよ」
敵が粗方片付ついた頃、ポールフラッグの設置が完了。中央エリアに青い光のラインが広がっていく。
「マップを見な神崎。この青くなっているところが自分達の陣地さ」
「へえ。これで敵陣地を上書きしながら戦うわけか」
『中央ルート、このまま進軍するぞ! 敵は本陣の守りに入ってる、今がチャンスだ!』
オープンの声が聞こえる。周囲の友軍機が前進を始めたのを確認し、二人もそこに続いた。
状況は圧倒的にアヴァロン側が優勢であった。このまま普通に進攻を進めればリブロ山岳基地の制圧は完了する……誰もがそう考えていた時だ。
「――なんだ?」
突然戦域にアラートが鳴り響いた。静流の視界、モニターの端に何かの文字が表示される。
「うひょー! OPCの乱入アラートだ!」
興奮気味に声を上げる三河。静流の視界の先、中央ルートの奥に赤い光の柱が立ち上る。
『敵ネームド、【デイジー】の出現を確認しました。警戒してください』
「ネームド……?」
前進しながら眉を潜める静流。その真正面、光の柱が登った場所に新たな敵機の反応を検知する。その反応は他の敵機とは違い、大きなマークでマップ上に現れていた。
黒い、正に漆黒の機体であった。細身のシルエットは女性的で、腰から垂れている袴のようなユニットもそのイメージを助長させている。
隻眼のウォードレッド。識別コード【デイジー】。それが静流の前に立ちはだかっていた。
「気をつけろ神崎! あれはOPCだ!」
「OPCって何よ!?」
「オフィシャルプレイヤーキャラクターの略! あれは運営側が容易した特別機体に乗って稀に出撃してくる、勢力所属のエース機だ!」
隻眼を輝かせデイジーが翼を広げる。それは剣の翼。腰の後ろに繋いだ無数の鞘が連結したユニットが展開し、その中から左右の腕にそれぞれ刀を装備する。
「来るぞ!」
三河の叫びの直後、デイジーが前進を開始した。その初速は明らかに通常のウォードレッドとは比べ物にならない。ブーストを噴かしただけで砂塵が巻き上がり、大地を抉りながら超加速を得たデイジーは真っ直ぐアヴァロンのファイター隊へと突っ込んで来る。
『デイジーは近接特化機だ! 下がりながら射撃で対応するぞ!』
友軍機の通信は直ぐに途絶えた。それは別に彼が通信をオフにしたからではない。飛び込んで来たデイジーが擦れ違い様に機体の胴体を両断したからである。
静流はその動きを目で追うだけで精一杯であった。操作を入力して回避するなんて出来ない。さっき両断されたのは二機。それが自分でなかったのはただの幸運に過ぎない。
「散開しろ! 纏まっていたら薙ぎ払われる!」
三河の声が響き渡るが、友軍機はデイジーとの衝突に対応しきれていない。高速で大地を滑るように移動するデイジーの速力は、静流でなくても捉えるのは困難だった。
そもそもこのゲームで敵機を捉えるには旋回操作だけではなく己の目で敵機を追い照準をつける必要がある。頭部に装備したHMDが眼球の動きと首の向きを測定し敵機を補足する仕様上、プレイヤーの反応速度には限界があるのだ。
それは攻撃される側もそうだが、攻撃する側も同じ筈だ。デイジーはOPCと呼ばれるプレイヤー、つまり人間が操作している。どんなに速度特化のアセンブルを組んでも多くのプレイヤーが自ら制限をかけるのは、自機の速度に操作がついていかないからだ。
だがデイジーは己の機体の超スピードを完全に制御していた。再び粉塵を巻き上げての超加速。旋回しながら左右の刃を振るい、一息で三機のウォードレッドを撃破する。
「うおぉおおい、おいおいおい、おいっ!?」
ライフルを連射する静流。しかし攻撃はまるで当たらない。一発目は辛うじてデイジーの陰を捉えていたが、第二、第三射は見当外れの方向に放たれてしまった。
「んだこいつ……本当に人間が操縦してんのかよ!?」
「下がれ神崎!」
狙撃銃を放つオメガマトリクス。その狙いは流石に正確で、他のプレイヤーが全く捉えきれていないデイジーの中心部に弾丸を送る事に成功する。だが次の瞬間デイジーは刀を軽く振るい、ライフル弾を一刀両断してしまった。
「切り払い!? マジかよ……!」
前のめりに叫ぶ静流。僅かに火花が散っただけでライフルは無力化されてしまった。
続く三河の攻撃を回避しつつ加速するデイジー。唐突に、異常な機動で真横にスライドしつつ縦に回転。腰から生えている無数の鞘のようなユニットの一つを射出しオメガマトリクスの縦に突き刺したかと思えば、そこにつながっている鎖を手繰り寄せるようにして高速でオメガマトリクスへ近づいていく。
「三河振り払え!」
空中を回転しながら恐ろしい勢いで迫るデイジー。三河のライフル弾を首を僅かに動かして回避しつつ一瞬で距離を詰め、オメガマトリクスの頭部に踵を減り込ませた。
倒れるオメガマトリクス。その巨体がダウンするのを確認する前に静流はフットバーを蹴る。可能な限り全開までブーストを吹かし、ブレードを手にデイジーを狙う。
しかし攻撃を繰り出した次の瞬間、何故かフルブレイズの方が切り裂かれていた。それと同時にオメガマトリクスも両断されているのが見える。デイジーは左右の刀で静流の斬撃を受け止め、次の瞬間回転。左右の剣で二機を同時に破壊したのだ。
隻眼が目の前で赤く輝く。思わずごくりと息を飲んだ瞬間、静流の機体は爆発した。
「なんだよあのバケモノ……全然勝負にならねーじゃん」
結局静流と三河は持ち時間である五百秒を消費し、交代待ちのプレイヤーの為に台を譲った。そのせいで戦闘の結果はわからなかったが、デイジーの乱入でアヴァロン側の絶対有利が崩れ去ったであろう事は明白であった。
「デイジーたん相手にデストラクトじゃ勝ち目なかったな。僕の腕が衰えたのもあるけど」
「いやいや三河先輩。俺はあんたを見直しましたよ。普通につえーじゃん。初心者狩りなんて余計な事しなきゃよかったのによ」
「き、君にそんな事言われても気持ち悪いだけな件について……」
メガネを押し上げながら呟く三河。筐体から出てモニター前で話していた二人の所に二戦目を終えた佐々木と守谷が歩いてくる。
「おつかれさん。その後どうだったよ?」
「デイジーが乱入したお陰で大分盛り返したみたいですね。戦闘の結果はまだわからないですけど……とりあえずデイジーも持ち時間でログアウトしたみたいです」
四人それぞれの反応を浮かべる。少々微妙な雰囲気である。
「そんで? OPCってのはみんなああいう奴らなの?」
「各勢力毎に三人ずつくらいいるね。デイジーたんは中の人が女の子だから人気高いよ」
「あいつ喋るのか?」
「たまに喋ったりするけど、友軍だと息遣いとか聞こえてエロい。僕も神崎なんかと組まないでムラサメ側につけばよかったぜ……」
肩を竦める静流。それにしてもあの黒い機体は圧倒的であった。思い返せば思い返すほど冷静に考えれば冷静に考えるほど、勝ち目というものが見えない事を思い知らされる。
「ちくしょー、さすがにちっとばかし悔しいなー。再戦してーけど台相手ねーし……」
前髪をかきあげながらぼやく静流。その視線を一番奥にある筐体が捉えた。
「あそこの台全く交換してなくないか? 連コしてんじゃねえの?」
「あ、いえ。あそこは普段は開放されてるんですけど、たまに予約台になるんです。今プレイしてる人は予約してプレイしていた人みたいですね」
佐々木の解説に生返事を返す静流。台の外からプレイヤーの姿は見えない為、そもそもずっと同じプレイヤーが遊んでいるかどうかなど判断しようがないのだが。
「神崎、さっきのリプレイをユニフォンに保存するけど、君はどうする?」
「あー。俺もやるわ。ちょっと何されたのかわからんかったし」
「僕はデイジーたんと遭遇したバトルは全部保存してるんだよ……でゅふふ」
二人でターミナルへ向かう静流と三河。佐々木と守谷は不思議そうに顔を見合わせる。
「あの二人……この間まで喧嘩してなかったっけ?」
佐々木の言葉に頷く守谷。一台のターミナルを左右から覗き込み戦闘結果について語り合う二人は、遠巻きに見るとまるで友達同士のようであった。
OPC、デイジーに関する情報はユニフォンで簡単に検索する事が出来た。
機体は前バージョンでムラサメのフラグシップ機であった【イザナミ】をベースに特別なカスタマイズを施した【ナギサネルラ】という機体であり、デイジーというのはあのプレイヤーそのものを指し示す名前であった。
本来このゲームにおいてプレイヤー名というものは存在しない。プレイヤーが名付けることが出来るのは己の機体のみで、プレイヤーを呼ぶ場合は機体名~のプロクシーという呼び方をされる。静流であればフルブレイズのプロクシー。三河であればオメガマトリクスのプロクシー、という具合である。
しかしこのナギサネルラのプロクシーにはデイジーという名前がある。これはOPCだけに許されている仕様の一つで、【ネームド】という彼らの愛称はそこから来ている。
しかし名前があるからといってデイジーというキャラクターのグラフィックは存在していない。そこはあくまでも他のプレイヤーと同じ、パイロットの姿は見えないというコンセプトに乗っ取っている。
故にネット上ではデイジーはどのような外見なのかという話で盛り上がる事がよくあり、様々な絵師が書上げた自分なりの【デイジーたん】がスレッドを埋め尽くす事もしばしばだ。
「アイドルプレイヤーって事なのかね……」
ユニフォンをしまってグラスを傾ける。静流は今、一人で牛丼屋に来ていた。
静流は夕飯を殆ど外食か弁当ですませている。それは家に帰り家族と共に食卓を囲みたくないという心理から来る物で、気付けば別にそれを意識しなくても外食で済ませて帰るというのが当たり前の習慣になりつつあった。
未だ高校の制服を着たままの静流は中学生達と一緒に八時には店を追い出された。すばるを出て中学生二人が帰っていくのを見送った後、そのまま道路を挟んで向かいの位置に出店している牛丼屋に寄っていく。これも当たり前の習慣になりつつある事の一つだったりする。
「キムチ牛丼セット、特盛で」
愛想の悪い店員に注文を告げ、空になったグラスに麦茶を注ぐ。
「しょっちゅう来てると普通の牛丼って食わなくなるよなー」
一人でそんな事をぼやいていたその時である。グラスを持った静流の顔に影が差した。ふとその主を見上げてみると、それは私服を着た幼馴染の陽鞠であった。
「静流ちゃん?」
「陽鞠……どうしてこんな所に?」
「こんな所って……失礼だなぁ。今日はお父さん仕事遅いから、たまには外食もいいかなって」
「そうなんだ」
ここまでで幼馴染の会話は終了してしまった。
そもそも普段から会話のない二人だ。急に牛丼屋というあまりにもイメージにそぐわない場所で遭遇してしまったからこそ二言三言会話が続いたのであって、普段なら挨拶さえ皆無。そんな二人がこの狭い店で仲良く談笑するはずもなし。
「えっと……静流ちゃん、ここ座ってもいい?」
「なんで?」
「えっ!? なんで……なんでだろう? 一人でご飯食べるのが実はちょっと寂しかったとか、こんな所で偶然静流ちゃんに会えて嬉しかったとか、そういう事?」
「いや……わかったから、座っていいから少し黙ってくれ……」
冷や汗を流しながら頷く静流。陽鞠は本当に嬉しそうにぱあっと笑顔を作り、行儀良く椅子を引いて丁寧な動作で腰を下ろした。
狭いテーブルを挟んで向かい合う二人。陽鞠は静流を見つめ、静流は陽鞠を見ようとしない。
「こうやって一緒にご飯食べるの、凄く久しぶりだね」
「そうだな」
「中学校の初めの頃は、一緒にお弁当食べたよね」
「そうだっけ」
「静流ちゃんは何を頼んだの? どれがおいしいのかな?」
「自分で好きなの頼めよ」
この調子で陽鞠は声をかけ続けるのだが、静流は冷たい態度を取り続ける。
何もそれは今に始まった事ではない。確かに陽鞠の言う通り、中学の途中までは毎日一緒登下校し、毎日一緒に昼食を食べていた。
弁当はいつも陽鞠が作っていて、静流はそれを残さず食べた。二人の間にはいつも笑顔があったし、そんな時間がずっと続くものだと信じて疑う事はなかったのに。
「ねえ、静流ちゃん……静流ちゃんは、ちょっと変わったね」
切なげな笑顔を浮かべる陽鞠。その蒼い視線は決して静流を批難したりはしていない。ただ優しく、穏やかに、寂しさだけを宿していた。
「なんていうか、ちょっと不良っぽくなったかな? そういう静流ちゃんもかっこいいけど」
「不良とはよく言われる。かっこいいとは……たまにいわれるか」
「なんていうか……おしゃれ……だよね? 私、アクセサリーとか全然わかんないから」
「お前はさ……」
別に何もしてなくたって美少女なんだから必要ねーだろ。そう言い掛けて言葉を飲み込んだ。
久しぶりに間近で見る幼馴染は本当に美しくてどきりとしてしまう。綺麗な金色の髪と蒼い瞳。顔つきも体つきも日本人離れしているのは、彼女の母親が外国人だったからだ。
陽鞠の母は彼女が物心つく前に病死したらしいという事だけ聞いている。それをきっかけにこの町に引っ越してきた陽鞠は、いつでも泣いてばかりの子供だった。
「お前は……何?」
「いんや……なんでもない」
泥だらけになって鼻水をたらして泣いていた陽鞠。それが今はこんなに成長している。自分はどうだろうかと考えてみると、少しだけ眩暈がするような気がした。
「ごちそうさま。んじゃ俺、そろそろ行くわ」
「あ……うんっ。ありがとう、少しだけでもお話できて……嬉しかった」
苦笑を浮かべる静流。昔のように陽鞠の頭に手を伸ばそうとして、それを引っ込めた。
何も言わずに会計を済ませてさっていく静流。陽鞠はその後姿が見えなくなるまでずっと見つめていた。店を出ても、夜の街に彼の姿が解けて消えるまで……ずっと。
「静流ちゃん……」
何度こうして彼の名前を呟いたかわからない。それでも祈っているだけでは現実は変わらない。過去に彼がそうしてくれたように。今度は自分が努力すべきだと思うから。
すっかり固まってしまった牛丼の上のチーズを解しながら涙を拭う。弱い姿を彼に見せないために。一人でも大丈夫だと笑えるように。今は少しだけ一人になりたいと、少女はそう願っていた。