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電装戦記クアド・ラングル  作者: 神宮寺飛鳥
【クイーン・オブ・ソード】
4/24

1-3

「ごめんね、静流君。なんだか無理矢理再戦とか言っちゃってさ」


 すばるの駐輪場で原付の傍に立っていた静流。それを追いかけてきたらしい鳴海は左右の手に持った二種類の缶コーヒーを静流へと差し出した。


「まあ……別にいいっすよ。朝比奈さんの言う通り、デートの約束もありませんし」


 ブラックと微糖、二つの内ブラックを受け取る静流。手の中に残った微糖のプルタブに指をひっかけつつ、鳴海は駐輪場の柱に背を預けた。


「本当にないの? デートの約束。静流君結構かっこいいのに」

「だったらよかったんすけどね。残念ながら全くモテないっすよ、俺」

「うーん、確かにちょっととっつきにくいから、女の子は怖がって引いちゃうかもね。もっとニコニコして優しくしてあげればモテると思うわよ。なんて言っても、私も彼氏なんか居た試しないから、アドバイザーとしては三流だけど」


 苦笑を浮かべる鳴海。静流はコーヒーを飲みながら目を丸くする。


「鳴海さんくらい美人でもダメなんすか。世知辛い世の中だ」

「やっぱり性格がねー。あとはほら、私ゲーオタだから。四六時中ゲームの話ばっかりしてるから、女の子の友達って凄く少ないし……」

「同じ趣味の男性からモテるんじゃない? オタクとかさ」

「私理想のタイプが【ゼロ】だから、それじゃ願い下げねぇ」


 鳴海の言うゼロというのは格闘ゲームのキャラクターだ。所謂主人公ポジションで、バランス型の性能を持つ。風貌は格闘技を纏い額に鉢巻、筋骨隆々のいかつい男である。


「……そりゃ敷居が高いこって」

「あ、ゼロわかるんだ。静流君ってさ、結構ゲームに詳しいんじゃない?」

「【ブレイク・フィスト】は有名でしょ。アニメ化もしてたし」

「それもそうなんだけどね。なんだか静流君のプレイを見てると素人とは思えなくて。たまに褒めてるけどね、あれお世辞じゃないのよ。本当に一ヶ月とは思えない腕前なんだから」


 それは鳴海の本音であった。静流の反応や適応性、理解力は時折素人離れしている。

 ゲーマーにはわかる、ゲーマー同士の見る目という物がある。例えば格闘ゲームなら仮にそのゲームは全くの素人でも、他のゲーム、過去作品で研鑽を積み重ねてきたプレイヤーならその動きを見ただけでわかる。それはどんなゲームのジャンルにも言える事だ。

 磨かれてきたゲーム勘、操作慣れというものはジャンルやタイトルを変えたとしても技術として生きてくる。鳴海が静流に感じているのはそんな類の物であった。


「クアランは本当に素人ですよ。元々ゲーセンにはあんまり来てなかったから、他のゲームも全然やりこんでないっす。家庭用のゲームならそれなりにやりましたけど」

「そっかー。んー、私の勘も衰えたかなー」


 残り僅かになったコーヒーを飲み干し、身体を大きく伸ばす。


「それで、どう?」

「どうって……何がっすか?」

「クアランとか、すばるとか。楽しい? 嬉しい?」

「まあ、面白いっすよ。すばるもゲーセンの中では居心地いい方だと思います」

「静流君はさ、そういう自分の気持ち、もっと他の人に伝えた方がいいと思うな」


 顔を覗きこみながらの鳴海の言葉。静流は何と無く気恥ずかしくなりわずかに後退する。


「急になんですか?」

「急じゃないわよ。君がすばるでの出会いをもっと楽しんでくれたらなって前々から思ってたの。ゲームセンターの魅力って、やっぱり人にあると思うのよね」


 このご時勢、ただ他人と対戦する事だけを求めるのであれば、自宅でもオンライン対応タイトルで遊べば事足りてしまう。むしろその方が対戦という事柄だけをみればずっと効率的で、わざわざゲームセンターにまで通う必要性を感じない事もある。


「勿論、ゲーセンにしか置いてないようなゲームもあるわ。クアランなんか正にその代表みたいな筐体よね。だけどやっぱり魅力はゲーセンでの出会いだと思うの」


 ゲームと言えば部屋に引き篭もって遊ぶもの、そうなりがちなのが事実だ。よほどマルチプレイを推奨するタイトルでなければ、一人で集中した方がどう考えても効率が良い。

 全てがそうだとは言えないものの、本来一人で遊ぶ物であるゲームと、それを人前でやらせようとするゲームセンター。そのコンセプトは一見矛盾しているかのようにさえ思える。


「だけどね。ゲーセンにくれば、同じゲームを好きな仲間に出会える。私はそれがゲーセンに来る理由、一番楽しい事だと思ってるの」


 小野寺鳴海は物心ついた時からゲームセンターに接してきた。父親が経営するゲームセンターすばるは彼女にとっては庭のようなものだったし、ちょっとした遊園地のようでもあった。

 沢山の人が訪れ、そして去っていくゲームセンター。その全てが美談だけで片付くとは鳴海も思っていない。だが、確かにあの無節操な喧騒の中にも美しさはあると思うから。


「静流君にも色々な出会いを楽しんで貰いたいんだ。多分朝比奈も同じ考えだと思うの」

「だから俺に絡んできたりするわけですか」

「朝比奈が考えてる事は私にも良くわかんないけどね。でもあいつも本当にゲーセンが好きなのよ。すばるを盛り上げたくて、すばるを楽しんでもらいたくてやってるんだと思うんだ」


 夕焼け空を見上げながら語る鳴海の姿は朝比奈と同じく少年のようだった。自分の想いや夢、願いを当たり前のように口にする。恥ずかしげもないその様子を見ていると、なんだか静流も細かい事はどうでもよくなってくるような、そんな広い気分になってくる。


「羨ましいっすよ。好きだって言える事があって、それを胸張って言えるのって」

「別に特別な事じゃないわ。出来る事よ、君にだって」

「俺は何にも趣味なんかないし、やりたい事もないし、将来の設計もスッカラカンっす。なんとなく進学してなんとなく就職して……結婚するかどうかはわかんねーっすけど。まあ多分そんな感じで結局自分で何か決めるなんて事はないんだろうなって」


 ぼんやりと茜色の雲を眺めてみる。センチメンタルな気持ちになっていくにつれ、子供の頃の事を思い出しそうになり、それを振り払うように首を降った。


「申し訳ないっすけど、俺には鳴海さんの話はよくわかんねっす。ただ……」


 鳴海の持っていた空き缶を受け取り、遠くの自販機の隣にあるゴミ箱を狙う。


「三河はムカツクんでぶっとばしますよ。適当にね」


 二つの空き缶は放物線を描きゴミ箱に吸い込まれた。

 静流はヘルメットを被り鳴海に会釈してから原付で走り出す。鳴海はそんな少年の背中を見送り、穏やかな笑みを浮かべるのであった。




「――それではこれより、神崎静流の【フルブレイズ】対、三河勇作の【オメガマトリクス】とのアンティルールによる決闘を執り行う!」


 三日と言う時間はあまりにも僅かだ。朝比奈との特訓にかけられる時間はその中でも更に限られていた。静流の体感で言えば、与えられた時間はそれよりも更に短かった事だろう。

 再戦当日。予約台で順番が回ってくるのを待っていた二人はいよいよ決闘を行なう為に筐体へ移動しようとしていた。観客は佐々木と守谷、そして朝比奈と鳴海の四人である。


「に、逃げずに来た事だけは感謝してるよ。お陰でクラウ・ソラスが手に入るからね」


 僅かに眉を潜めるだけで静流は反論しなかった。緊張しているという事もあったが、それ以上に既に肝が据わり集中に入っていたからというのが理由としては大きい。


「神崎さん、勝てるでしょうか……」

「俺の見込みでは勝算は五分五分と言った所か。だがあの顔を見ろ。あれはやる時の男の顔だ」


 佐々木少年の不安げな問い掛けに朝比奈は力強く答える。それは全く何の根拠もない笑顔で、佐々木少年は余計に心配になったのだが、ここでそれを言い出してもはじまらない。


「信じるしかないんじゃない? ここまできたらさ」


 守谷の言葉に佐々木も頷く。仮に静流が勝っても負けても自分達に害はないのだ。守谷としては静流が勝てば幸運、そうでなくても別に構わないというのが本音である。


「僕が賭けるのは【イグニス】と【メガランチャー】、それから【九八式爆雷】の三つ」

「俺が賭けるのは【クラウ・ソラス】だ」


 互いのユニフォンを確認した後頷く。これで事前準備と確認は終了。残すは戦いのみ。


「君も災難だねぇ。朝比奈さんに乗せられて勝ち目のない戦いに挑んじゃってさ。どうだい? 三日間の間に何か僕を倒す策は見つかったかい?」

「バーカ。そんなん相手に教えるわけねーだろ?」


 ニヤリと笑う静流。三河は露骨に不機嫌な表情を浮かべ、鼻を鳴らしながら筐体へ入った。


「か、神崎さん! 頑張って下さいね!」

「静流……俺との特訓の日々を思い出せ!」

「三日しか特訓してねーだろ……何を思い出せっつーのよ」


 激を飛ばす観客達に毒づきながらドレッドノートへ滑り込む。

 シートに腰掛けユニフォンをリーダーに翳す。HMDを装着しレバーを握り深呼吸を一つ。


『おはようございます。新着メッセージが一件あります。確認しますか?』

「確認するよ」

『差出人はオメガマトリクスのプロクシーです。オメガマトリクスよりアリーナ戦の誘いが来ています。了承しますか?』

「了承する」


 ナビに受け答えしつつ変化して行く画面を見つめる。何度もレバーを握り直し、フットバーの位置を調整し、ゆっくりと集中力を高めていく。


『マッチング完了。これよりDランクのアリーナ戦を開始します』


 転送された先は前回と同じギガブリッジ。降り立った二機、白いイフリートと黄色のデストラクト、静流と三河は双方対岸にて向かい合う。その様を観客達も眺めていた。

 クアド・ラングルはドレッドノート筐体とは別にターミナルと呼ばれる別筐体がセットになっている。このターミナルは大型モニターと連動しており、ユニフォンで行なえる自機のカスタマイズ、チェック機能の他、ドレッドノート筐体で行われているプレイ映像を流したり、それを一時的に録画、或いはユニフォンに転送する機能を持っていた。

 今正に始まろうという静流と三河の戦い、それを外野もリアルタイムで見守っている。佐々木は不安そうに、守屋は特に表情はなく。鳴海と朝比奈はどこか楽しそうである。


「いよいよか……静流がどこまでやれるのか楽しみだな」

「あの……朝比奈さん? 結局静流さんには何か秘策を授けたんですか?」


 佐々木の問いに朝比奈はきょとんとした表情で首を傾げる。


「いや? 俺は特に秘策と呼べるようなものは授けていないな」

「それじゃあ前回と何か状況が違うとか? そうじゃないと勝ち目がないような……」

「ふむ……そうだな。そういえばお前達には説明していなかったな」


 画面から目を逸らし二人の少年に向き合う朝比奈。そうして腕を組み言った。


「まず、三河のオメガマトリクスには幾つか重大な欠陥がある」


 オメガマトリクスはデストラクトという大型のタンク機をカスタムした機体だ。

 デストラクトは元々鈍重だが装甲が厚く、積載容量の多さから高火力の重武装を積んで装甲を盾に撃ち合い、殴り勝つという戦法を得意としている。


「故にオメガマトリクスは搭載可能武器積載量が多い。だがそれにしたってあれは重武装が過ぎる。ざっとお前らの動画で確認した所、ランチャーが四問スナイパーライフルが二門、ミサイルポッドが四問、それから追加弾薬も大量に積んでいる事だろう」

「そんなに積んだら重量超過を起こして動けなくなるんじゃないんですか?」


 クアド・ラングルには重量超過というシステムがある。これは機体の積載量をオーバーした場合に起こる現象で、大幅に超過した場合移動速度や跳躍力が犠牲になり、最終的には移動そのものが不可能になってしまうというバッドステータスだ。


「Sの言う通り、オメガマトリクスは大幅な移動超過を起こしている。恐らく移動は出来ず、まあせいぜい旋回が可能かどうかという所だろう」


 オメガマトリクスの戦術は真っ直ぐ近づいてくる相手を遠距離から大火力の弾幕で一方的に制圧し、何もさせずに破壊する事である。

 故にその性能は真正面に対する攻撃力だけに特化。相手が万が一超射程武器を積んでいるタイプだとしても、重装甲のデストラクトなら耐え抜けるだろうという魂胆だ。


「ギガブリッジ以外のマップでは成立しないが、三河は恐らくカスタムマッチでギガブリッジの戦闘だけに参加を絞っている。同時に奴がもう一つ制限しているであろうもの、それが飛行タイプのウォードレッドだ」


 ギガブリッジのマップは一見するとその名の通り橋だけがあり、他は海しかないという何もないマップに見える。実際陸上移動しか出来ない二脚、多脚、タンク型の機体にとってはギガブリッジ上だけが唯一の活動スペースである事に間違いはない。だが飛行型の場合話が別だ。


「飛行型なら上空という逃げ場所がある分、距離を詰めきる事が出来る可能性が高い。だがそれ以前にそもそも相手が移動出来ないのであれば、橋の下に入り込み、海と橋の間に隠れて敵の射線を通さず悠々と接近する事も可能だ」

「じゃあ、飛行型の機体にすれば……?」

「勝ちの目はぐっと出安くなるだろうな。だがそれは三河側が条件設定で縛っている。今回の再戦についても、そもそも初心者の静流は高性能の飛行型ウォードレッドを買えないという算段があったのだろう。尤も、相手が飛行型で来た所でやられる三河でもないがな」


 三河の実力は本物だ。本来ならばこのような極端な性能にせずとも十二分に初心者を圧倒できるだけの腕前を持っている。それが初心者には攻略の難しい、所謂【初見殺し】を仕掛けてきているのだから、朝比奈が初心者狩りと称するのもあながち間違いではないのだ。


「要するに、勝ち目は薄いって事ですね……」

「そういう事だ。ま、勝負は時の運。男子三日会わざれば活目して見よ、だ」


 モニターに視線を戻す朝比奈。そこでは今正に戦いの火蓋が切って落とされていた。

 戦闘開始の合図と同時、低い姿勢から一気にブーストを吹かすフルブレイズ。静流の取った行動は急接近――即ち、真正面から攻め入る事であった。


「おいおい、結局それかい? それじゃあ前と同じでしょうが!」


 股を開きながら左右に腕を突き出すオメガマトリクス。その手の先に幾何学模様が輝き、二丁のスナイパーライフルを取り出す。同時に両肩と両足に同じエフェクトが光り、四問のランチャー砲が迫り出す。それを同時に真正面、フルブレイズへと向けた。

 本来左右のメインウェポンとサブウェポン全てを正確にコントロールする事は難しい。特にサブウェポンのランチャーに関してはロックオン機能が存在しない為、HMD――即ちプレイヤーの視線を敵機に合わせる事で照準をつけるしかないからだ。

 左右のライフルはロックオン機能を使いホールド、そこから目視でフルブレイズの進行方向上、足元を狙ってランチャーを打ち込む。その爆風でノックバックを引き起こしつつトリガーを引き、二丁のライフルで撃ちぬく構えだ。

 だがこの狙撃銃というものは一発ごとの反動が大きいという欠点がある。本来は左右の腕で構えて撃つのが当たり前のものだ。片手で打てば相応のは跳ね上がりがおきる。無論それを補正する為に腕部の反動吸収、頭部のロックオン性能を引き伸ばすカスタマイズを施しているが、射撃ごとに反動で揺れる視界までを鎮める事は出来ない。

 二問のライフルを交互に連射しつつ、ブレる視界の中で敵機の軌道を予測し、ランチャーを撃ち込む。仮に同じ機体を初心者が扱ったとしても恐らく三河と同じだけの成果を上げる事は難しいだろう。


「どっちにしろ、君に勝ち目はないって事さぁ!」


 ヘッドフォンから聞こえる三河の声に舌打ちしつつ更に加速する静流。その両手に武器は持っていない。彼が愛用していたフォゾンライフル【イグニス】は奪われたままだし、この相対距離では並の射撃武器では有効射程に達していないからだ。

 ライフルでフルブレイズをロックしトリガーを引く三河。左右のライフルから規則正しく銃声と共に薬莢が跳ねる。そのライフルの攻撃を静流はクイックステップを駆使し回避、進行を鈍らせながらも前に進み続けている。


「――おっ? 避けるのがうまくなったか?」


 クイックステップと一口に言っても、それは決して一種類だけではない。

 ステップの操作入力をする際、左右のレバーにあるアクションボタンを押し、レバー操作と組み合わせる事で違うモーションのクイックステップを行う事が可能だからだ。

 ロックオンで敵機を攻撃する場合、胸部を中心に狙いを定める事になる。ロックオンに従いオメガマトリクスのライフル弾はフルブレイズの胸辺りを狙う。それに対し静流はコマンドステップにて横に素早く跳び、続けてスライディングで身体を倒しつつ前進。大地に手をつきながら身体を捻り、更に前に素早く跳んだのだ。


「コマンドステップの連携……テクニカルステップか。初心者にしてはやるじゃない。だけどテクスペはブーストゲージを大量消費するんだよねぇ」


 にやりと笑いつつ照準を定める三河。オメガマトリクスは両肩にあったランチャーを同時発射。丁度フルブレイズの着地地点に重ねるようにして撃ち込む。

 狙いは完璧。間違いなく命中する、それは静流にもわかっていた。前に向かって低空を飛ぶフルブレイズ。その中で静流は声を上げる。


「――今! メインウェポン装備!」


 宙を舞うフルブレイズ。その右手の先に幾何学模様が収束し――何も持たなかったその掌の中に仕込んでいたウェポンを引きずり出す。

 現れたのは柄だけの剣であった。青く、そして丸みを帯びた独特の形状の剣。やりこんだプレイヤーでなければそれが剣だとは思わなかっただろう。なぜならそれは――。


「……クラウ・ソラス!?」


 それは振るうと同時に青白い光を放ちランチャーを薙ぎ払う。両断された……否。やきつくされた弾は爆発せず蒸発し、白い軌跡の中へと消えていった。

 着地と同時に一瞬だけ足を緩めブーストゲージを回復。フルブレイズはすかさず再加速を行なう。三河は驚きのあまり緩んでいた照準をつけなおしつつ舌打ちした。

 フォゾンブレード、【クラウ・ソラス】。Aランカーのみが取得可能な特殊なエネルギーブレードで、非常に高い威力を秘めた上位武器。その入手には厳しい条件がつけられているが、別段低ランクのプレイヤーが積んではいけないという決まりはない。


「何を驚いているんだ、僕は……!」


 そう。そもそも目の前で見ていたではないか。賭けの条件に従う為に、朝比奈が静流へとクラウ・ソラスを譲渡している所を。

 だがそれを使ってくるというのは盲点であった。理由は二つ。静流がクラウ・ソラスがどのような剣であるか理解していないだろうという意識。そしてもう一つは、そもそもクラウ・ソラスを使う意義を感じないという意識である。


「あれってクラウ・ソラスって剣ですよね?」


 静流の行動に驚いたのはモニター前の面々も同じであった。佐々木の言葉に朝比奈は頷きながら説明する。


「そうだ。クラウ・ソラスは言わずもがな近接武器だ。見た目は派手でかっこいいし性能も素晴らしいが、そもそもこの状況で使ってもあまり意味がない……と、三河は考えただろう」


 何せ圧倒的にリーチが足りない。剣であるクラウ・ソラスで攻撃を行なう為には当然だが距離を詰める必要性がある。そもそも距離を詰められないから負けてしまうという状況なのだから、あえて剣を積んでいくというのは理解に苦しむ行いだ。


「そもそもクラウ・ソラスは重量もかさむ。搭載すればそれだけ機動性が落ちてしまう。何とかオメガマトリクスを捉えたい静流の心理的にも積まないだろうと考えたんだろうな」

「じゃあどうして積んだんですか?」

「さっき静流君が何をしたか、佐々木君はよく見てた?」


 鳴海の言葉にシーンを思い返す佐々木。


「えっと……ランチャーの攻撃を剣で切り払った……?」

「そう。あれは近接武器を装備している時限定アクションの一つで、切り払いっていうの。相手の攻撃にタイミングよくコマンドを入れる事でダメージを無力化するものよ」

「剣によるガードとは違うんですか?」

「ソードガードの場合、エネルギー系の剣ならゲージを消費する上にダメージも無力化は出来ないの。それに高火力ダメージの場合ノックバックが発生したりガードブレイクされる可能性もあるわ。でも切り払いならそれは起きないの。まあ、言う程簡単じゃないんだけどね」


 静流は口頭でナビに指示し、武器の装備を行なった。その装備を行なっている最中には既にコマンドを先行入力。武器を握り締めた瞬間にアクションボタンを放し、切り払いを行なった。


「三河君、びっくりしてるんじゃないかしら」


 ライフルをテクニカルステップで回避し、ランチャーはクラウ・ソラスで切り払う。これを続け静流は徐々に距離を詰めつつあった。


「なんでそんなに連続で切り払い判定が決まるんだよ!?」


 三河の疑問は至極真っ当である。

 切り払いは確かに強力なアクションだが、それを正確に決める事は難しい。

 僅かな適正時間の中に敵の攻撃がヒットしなければ切り払いは成立せず、むしろ無防備な姿を晒し被弾してしまう為だ。

 しかし先ほどから静流は次々に光の一閃でランチャーを切り払っている。その歩みは本当に僅かずつだが、徐々に、しかし確かにオメガマトリクスへ近づこうとしていた。

 クラウ・ソラスの性能は確かに高い。まともに決まれば重装甲の機体でも機能停止に追い込めるほどの威力だ。分厚い装甲を持つデストラクトタイプのオメガマトリクスを倒すには確かにうってつけではある。だが……そこまで距離を詰められると考えているのか?


「あんまり僕をなめない事だね、DQNの分際でぇ!」


 ランチャーを格納し、代わりにミサイルポッドを装備する。すぐさまロックを済ませ、両肩両足からの一斉攻撃を行なう。

 四方から飛来するミサイル。誘導兵器の接近を伝えるアラートを聞きながら静流は冷静に装備を持ち替えた。

 両肩と両足、そこにサブウェポンをマウントするスペースがある。フルブレイズの四肢に光が収束し、現れたのはしかし武器ではなかった。

 翼のような形状をした増加ブースター。肩と足に装備されたそれが同時に炎を吐き出す。


「……アサルトブースター……【高波】か!?」


 なぜ? それが真っ先に三河の思考を横切った。

 アサルトブースターとは近接格闘形のウォードレッドによく採用されるサブウェポンの一つで、一時的に爆発的な機動力を得る為のアシストブースターの事を指す。

 今フルブレイズが搭載しているのはその中でも中々の性能を誇る【高波】というモデル。問題はこの高波がムラサメワークスの製品であるという事。そしてムラサメワークスの機体の中でも、初期機体であるスサノオ弐式にしか搭載されていないという事だ。

 静流の機体はイフリートMk-2。所属企業はアヴァロン・メカニクス。そもそも彼には所属の問題で高波を手に入れる手段がない。そもそも初期機体がイフリートの時点で、どう考えても高波には縁がないはずなのだ。それこそ、初心者狩りでもしない限り――。


「……そういう事か」


 高波の加速力を受けたフルブレイズは一気にミサイルを掻い潜る。次々に着弾、爆発するミサイルはどれもフルブレイズを捉えきれず、ただ橋に焼け跡を残すのみだ。


「だとしても……!」


 ライフルを構えながらランチャーへ武装変更。アサルトブースターを使っている間、機動力は確かに爆発的に上昇する。だがその挙動には大掛かりな制限がかかる。

 先ほどまでのようにこまめに動き回り回避運動を取る事は出来ない。相対距離は千メートルを切っている。近づけば近づくだけ静流に勝機が近づくが、同時に三河の射撃精度も上昇している。

 ライフルを連射するオメガマトリクス。これに対し静流はクラウ・ソラスを格納。代わりにその手の中に大型のシールドを取り出した。


「【フォートレス】!? 今度はデストラクトの初期装備……!」


 オールド・ギースのフラグシップ機であるデストラクト。その初期装備として支給されているフォートレス防衛壁は、実弾砲のメガキャノンと並んで優秀であると評価されている。

 初期装備でありながらBランク相当品の性能を持つフォートレスは対実弾防御に優れ、歪な形状で弾丸や爆風を外側に押し流し強行突破する為の代物だ。


「悪いね。全然あんたをぶっとばす手が思いつかなくってさ」


 更に加速しながら笑う静流。


「こっからそこまで、一気に突破させてもらうわ――!」


 轟音と共に迫り来るフルブレイズ。三河はそこに全ての火力を集中する。

 被弾する度に破損して行くフォートレス。静流の耳にはひっきりなしに被弾アラートが聞こえているが、それでもお構いなしにブーストを全開で前進を続けた。


「やばい……距離を詰めきられる前に、落とす……!」


 ランチャー四問を乱射する。最早正確な狙いをつけている余裕などなかった。

 こういう場合も想定して予備弾薬も十二分に搭載している。次々に弾薬を補給しながらランチャーを撃ち捲くる三河。その耳に聞きなれないアラートが響いた。

 思わず側面に目を向けた。聞こえているのは誘導兵器にロックされている時に聞こえる物だ。誘導兵器。ミサイルか。だがそんなもの発射したようには見えなかった――。

 息を呑んだ。そこにふわふわと浮かんでいたのは紫色の薔薇――。見覚えはあるし名前も知っている。誰がよく使っているかも承知している。それでも驚かずにはいられなかった。


「ガン・スレイヴ……!?」


 側面から攻撃を仕掛けるスレイヴ。その一撃は決してオメガマトリクスの装甲を貫くようなものではなかった。だがそちらに気を取られ目を向けてしまった時点で勝敗は見えていたのだ。

 再び三河が前を向いた時、そこには盾を投げ捨てブースターを切り離し、一気に距離を詰めているフルブレイズの姿があった。すぐさま狙いを定めランチャーを放つが、フルブレイズはその攻撃を切り払い、流れるような動作で反転しながら斬撃を繰り出した。

 一瞬の出来事であった。擦れ違ったと思った時には既にオメガマトリクスは切り裂かれていた。そして何よりもう――オメガマトリクスは重量過多で振り返ることが出来ない。


「今のテク斬り……朝比奈さんの……」


 ダメージアラートが鳴り響く中問いかける言葉。静流は振り返り、無言で剣を振り上げた。


「ほんじゃま……ちょいと卑怯だけど。俺の勝ちって事で」


 振り下ろされたクラウ・ソラスの一撃がオメガマトリクスを両断する。それがこの決闘の決着であった――。




「くそっ! 卑怯だぞ、あんな! 僕は認めないからな!」


 戦闘後、顔を真っ赤にして猛抗議する三河。だがそれに対し周囲の視線は冷ややかだ。


「三河君も十分卑怯な事してたじゃない?」

「ぼ、僕のは戦略だよ!」

「だったら、仲間の力を借りるというのも戦略ではないか?」


 鳴海と朝比奈の言葉にぐうの音も出ない三河。その場によろよろと尻餅をついた。


「約束通り、三人の武器は返してもらうぞ」


 ユニフォンを取り上げた朝比奈に三河は抵抗しなかった。こうして無事に三河に奪われた三人の武装は返却される事になったのである。


「おー、帰ってきた帰ってきた」

「やった! ありがとうございます、神崎さん!」

「ん……まあ、よかったんじゃないの? そうだ、君らから借りてた装備も返すよ」


 そう、静流が装備していたのはここにいる四人のものであった。

 クラウ・ソラスは朝比奈から。フォートレスは佐々木から。高波は守谷から。そしてガン・スレイヴは鳴海から借りたものだ。これは別に静流が要求したものではなく、彼らが勝手に使ってくれと押し付けたものだ。


「鳴海さんもグルだったなんて……」

「ごめんね三河君。だけど普通にやったら勝ち目ゼロでしょ?」

「朝比奈さんも……あいつにテクステとかテク斬りとか教えたでしょ」

「その通りだ。だが実際に練習して身につけたのはあいつだからな。仲間の武器を借りるという友情、新しい技を会得するという努力、そして勝算の薄い戦いに挑む根性……。三河、お前が持っていないものをあいつが持っていた。ただそれだけの事さ」


 目尻に涙を浮かべながら立ち上がる三河。そして静流を睨み付ける。


「神崎静流……君の名前は覚えたぞ! 次は絶対に僕が勝つからなぁ!」

「いや、別に次とかいいんですけど……」

「覚えとけよ、この茶髪ピアス! 低脳!」


 捨てセリフを残し走り去る三河。静流は頬を掻きながらそれを見送った。


「お疲れ様。凄かったわね、あの連続切り払い。本当に何時の間に習得したの?」

「習得したっていうか、土壇場でやってみただけっすけどね。俺、そういうコマンドがあるって事自体知らなかったんで。知ってたら最初からやってましたよ」


 あっけらかんとそんな事を言う静流。鳴海はちょっと固まってしまった。


「そんな事よりもどうだ? リターンマッチを制した感想は!」


 肩を抱きながら笑う朝比奈。静流は苦笑しつつ振り返り。


「まあ……悪くないっすわ」


 なにやら感動し盛り上がっている佐々木とそれに頷いている守谷を目にし。


「こういうのも、たまにはね」


 少しだけ照れくさそうに言うのであった。

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