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電装戦記クアド・ラングル  作者: 神宮寺飛鳥
【クイーン・オブ・ソード】
3/24

1-2

 ――二日後。


「なんじゃこりゃああああっ!?」


 ゲーセンのクアド・ラングルコーナー。そこにずらりと並んだ筐体の一つから静流の絶叫が響き渡った。数分後慌てて扉を開けて飛び出してきた静流に鳴海が目を丸くする。


「どうしちゃったの少年? いつになくハイになっちゃって」

「な、な、鳴海さん、俺のフォゾンライフルッ!」

「俺のフォゾンライフルって……何? もしかして下ネタ?」

「そんな訳あるか! なんでこんな時に下の話しなきゃならねーんだよ!」


 顔を赤らめながら睨み付ける鳴海。だが静流は全く以ってそれどころではなかった。


「俺のフォゾンライフルが消えてるんすよ! さっきアリーナに入ったら所有武器がマインとブレードしかなかったの! パニクってる間に二タテくらったんです!」


 一昨日のギガブリッジでの戦闘後、これが静流の初プレイであった。昨日はバイトに行き、今日こそあの嫌な気分を払拭しようとアリーナに降り立ったフルブレイズだが、その右手にはなんの武器も握っていなかったのだ。


「消えてるって……。アンティルールでもやったの?」

「アンティルール……って、なんすか?」


 腕を組んだまま首を傾げる静流。鳴海は溜息を一つ、クアド・ラングルの小冊子を取り出し、それをテーブルの上に広げた。


「静流君はどうせアリーナバトルをやってたんでしょ? アリーナ戦では幾つか特殊なルールを設ける事が出来るの。その中の一つにアンティルールっていうのがあって、これは勝者が敗者の装備を一つ奪う事が出来るというルールなの」

「でも俺、そんなのやった覚えないっすよ? そもそもルール自体知らなかったんだし……」

「――お前はランダムマッチングでその敵と戦った。違うか?」


 鳴り響くギターの音。二人がゆっくりと振り返るとそこには朝比奈の姿が。


「そうっすけど」

「しかもランダムマッチングで検索する内容に一切手を加えていないな?」


 続け頷く静流。ここまで来ると鳴海も状況を理解したのか、苦笑いを浮かべている。


「成程ねえ……カモられちゃったかー」

「ちょっと、あんたらだけで納得してないで教えてくださいよ。こちとら素人ですよ」

「クアランのランダムマッチングというのは、初期状態では一切の制限を設けていない。これはシングルバトル、タッグバドルの他、特殊ルールの制限もない事を意味している」


 ランダムマッチング機能とは、オンラインで繋がったクアド・ラングルのサーバー上から対戦相手を自動的に、かつ素早く見繕う為のシステムである。特になんの指定もしなければあらゆる条件の対戦相手を規制なく呼び寄せるが、事前に設定する事で相手のランクや大まかな機体性能、戦績などを指定してマッチングさせる事も可能であった。


「お前は横着してランダムマッチなんぞしている内にアンティルールのバトルに参加し、しかも敗北してメインウェポンを奪われてしまったというわけだ」

「そんなのアリかよ!?」

「でも、アンティルールの場合開始前に警告が入る筈よ?」


 考え込む静流。そういえばそんな警告文があったかもしれない。だがこれまでシステムや世界観に興味がないと言って何でもかんでもスキップしてきた彼にとって、最早何を飛ばして何を飛ばしていないのかさえ定かではなかった。


「ありゃりゃ……。それは自業自得って奴ねぇ。ルール的には何の問題もないわけだし」

「ところがどっこいだ。実は昨今、お前と同じ手口で武器やパーツを奪われる初心者が続発している。お前達、こっちに来るが良い」


 したり顔で語り出す朝比奈。彼が呼び寄せたのは中学生の男子二名。先程から遠巻きに静流達を見ていたのだが、呼ばれたのを無視も出来ず、おずおずと歩み寄ってきた。


「こちらにおわすのは被害者S君と被害者M君です。二人とも男子中学生です」

「どういう意味? まさかまた下ネタじゃないでしょうね?」

「鳴海さん下ネタ警戒しすぎ……。被害者って事は、俺と同じで?」

「そうだ。【初心者狩り】にやられてパーツを奪われた者達である」


 ぺこりと頭を下げる二人。鳴海と静流はその様子に顔を見合わせた。


「それで、【初心者狩り】っていうのは?」


 五人は自動販売機前にあるレストスペースに移動。そこでそれぞれジュースを購入しテーブルを囲む事になった。口火を切ったのは静流で、答えたのは朝比奈である。


「文字通り初心者を食い物にしているプレイヤーの事だ。三人とも未設定のランダムマッチングでアリーナ戦を行なった所を狩られている。被害者S君、例のブツを」

「あの……俺の名前、佐々木です……」

「お前の名前なんてどうでもいいんだ。さっさとアレを出したまえ」


 なんとも言えない表情のままユニフォンを取り出すS。そうして彼が一同に見せたのは、クアド・ラングルの戦闘を録画した動画であった。


「……こいつ! 俺がやられたのと同じ奴だ!」

「フィールドはギガブリッジ。相手はこの【デストロイヤー】タイプの機体で間違いないな?」


 激しく頷く静流。するとSとMは顔を見合わせて言った。


「俺達もランダムマッチで……全然近づけないまま遠くからボコボコにされて……」

「メインウェポンをアンティルールで奪われたんです……」

「マジで同じ奴がやってるのか? なんでまたそんな事するんだ? 素人苛めて楽しいか?」

「それはわからないけど、初心者にアンティをけしかける理由なら心当たりがあるわね」


 困った表情でコーヒー缶を傾ける鳴海。そのまま先ほど広げたクアド・ラングルの小冊子をもう一度全員の前で広げて見せた。


「皆は初心者でしょ? って事は、使っている機体は初期機体って事になる。つまり、アヴァロン・メカニクスの【イフリートMk-2】、オールド・ギースの【デストロイヤー】、ステレオグラムの【ヴィオランテ】、ムラサメワークスの【スサノオ弐式】。この四種類何れかの機体に乗っているわけね」


 クアド・ラングルというゲームは、四大企業間による代理戦争であるという設定を持っている。故にプレイヤーは必ずこの四企業のどれかに所属させられ、その企業に応じた初期機体を支給されるのである。


「静流君はアヴァロンを選んだからイフリートだったんでしょ?」

「ん……いや、俺の場合は逆っすけどね」


 静流は別にアヴァロン・メカニクスという企業を選びたくて選んだわけではなかった。ただ初期機体であるイフリートのデザインが好みだったのでアヴァロンを選ぶ事になっただけだ。それは同じ意味のようで、静流にとっては重要な差異であったりする。


「この初期機体ってやつはね、バージョン3になってから登場したフラグシップ機なの。それぞれの企業の性質を色濃く反映した高性能次世代量産機ってポジションね。これはサービス開始から既に二年が経過しているクアランに途中参加するユーザーでもなじみやすくする為の配慮で、この四機にはそれぞれ優秀な初期武装が搭載されている」


 と、そこで静流もようやく意図に気付いた。だが男子中学生二人はまだ怪訝な様子だ。


「静流が奪われたと言っていたフォゾンライフル【イグニス】は通常のショップでは手に入れる事が出来ないの。それを古参ユーザーが入手する為には、アンティルールで奪い取るしかない。まあ、ちょっとしたレアアイテムってわけ」

「成程ね……。それでこんな回りくどい事をしてるわけか」

「奪ったこれら初期パーツはプレイヤーショップで高値で転売したり、トレード品としての活用が可能だ。お前達は丁度良いカモとして狩られちまったわけさ」


 ウィンクしながらの朝比奈の言葉に初心者達は三者三様のリアクションで応じた。


「あーあーったく、災難だねぇ。何も中坊からカツアゲせんでもいいだろうに」


 溜息を零す静流。朝比奈はその肩をそっと叩いた。


「それで静流、お前はこれからどうするんだ?」

「どうって……どうもこうもないでしょう。まさか俺に武器を取り返せとでも?」

「お、わかってるじゃないか。やられっぱなしで引き下がるのは男らしくないだろう? ここは一つお前が初心者狩りに再戦を挑むべきだ。そして奪われた物を取り返すのだ!」


 握り拳で熱く語りだした朝比奈。肩にかけられたその手を払い、静流は首を横に振る。


「あのねえ。なんで負けるとわかってる相手とまた戦わなきゃいけないの?」

「何故負けると決め付ける?」

「実際やってみればわかりますよ。あれに勝つのは無理です。そもそも勝負にすらならないのに、そっからどうやって勝ちに持っていくっていうんすか」

「それはこれから考えれば良いだけの事だ」

「……第一、ここには鳴海さんっていうぶっちぎりのランカーがいるんだから、鳴海さんに倒してもらえばいいじゃないすか。そしたらS君とM君も、俺も奪われた武器を取り返せて万々歳、ハッピーエンドじゃない」

「私もそれが出来るならそうしてあげたい所なんだけどね……」


 アリーナ戦にはランクによるマッチング制限というものがある。これはマッチング設定とは無関係に強制されるもので、ランク差が激しすぎる場合、アリーナ戦を行う事は出来ない。


「私は今Aランクだから、Dランクのアリーナ戦には参加制限で入れないの」

「……八方塞っすね」

「ゲーセン店員として、同じクアランを愛するプレイヤーの一人として、こういうのは見過ごせないんだけどね。新規のプレイヤーって本当に貴重なのよ。それを失うような事をするなんて、全く何を考えているんだか……なんだか段々腹が立ってきたわ」


 左右の拳をバキバキと鳴らす鳴海の姿に青ざめる一同。そこへどこからともなく一人の男性がやってきて、燃え上がっている鳴海に言った。


「鳴海。あんまりサボってるとバイト代はあげられないよ」

「おっ、お父さん!?」


 思い切り飛び退く鳴海。やってきたのはこの店、すばるの店長である。背が低く温和そうな顔つきの男性で、黒縁の眼鏡の向こうからじっと娘を見つめていた。

 何を隠そう鳴海はこの店長の娘であり、バイトはバイトでも家業の手伝いという面が強かった。それなのでこうしてサボっていてもあまり文句は言われないのだが、度が過ぎてしまえば話は別である。


「鳴海がゲーム大好きなのはわかるし、僕も嬉しいんだけどね。だけどあんまりサボられてしまうと他のバイトに示しもつかないし……困っちゃうんだよね」

「わ、わかってるから! それじゃ悪いけど私は行くわね! おつかれ!」


 父親の背中をぐいぐい押しながら立ち去る鳴海。残された男四人は嵐が去るのを確認し、各々溜息を零した。


「……ま、とりあえず今日は帰りますわ。初心者狩りの対応はまた今度って事で」

「ふむ、止むを得ないか……。次回までに覚悟を決めて置けよ、少年」


 朝比奈のセリフに生返事を返す静流。こうしてその日はお開きとなった。




「おかえりなさい、兄さん」


 ゲームセンターから原付を走らせて十五分。無事に帰宅を果たした静流が玄関の扉を開けた瞬間、暫く耳にしていなかった少女の声が出迎えてくれた。


「ましろか。わざわざ兄のお出迎えとは殊勝なこって」


 肩を竦めながら笑う静流だが、内心穏やかではなかった。玄関で静流を出迎え……否、待ち構えていたのは妹の神崎ましろであった。この妹という存在が静流からしてみると中々に厄介で、可能ならば顔を合わせたくない類の人間の一人であったりする。


「私が兄さんの出迎えなんてするはずがないでしょう? 勘違いしないで下さい」

「ですよね。そんじゃましろさんは私めに一体どのようなご用件で?」


 靴を脱ぎながら溜息混じりに歩き出す。その腕を掴み妹は兄を見つめた。


「少し話したい事があるんです。付き合ってください」

「ところがだよましろさん。俺はましろさんに用がないわけだ。お断りさせてくれないかな」

「勘違いしないで下さい。兄さんは黙って私の言う通りにしていればいいんです」

「じゃあさっきのお願いはなんだったのよ」

「形式上必要と感じた手順に過ぎませんが、兄さんにわざわざ人間らしい対応をしてあげる理由もありませんでした。不本意ですが撤回します」


 このきつい物言いも何年も続けばすっかり慣れてしまう。静流はリビングから漏れている明かりとテレビの音に目をやり、階段の上を指差した。


「俺の部屋でもよければ」


 静流の部屋に無駄な物は殆ど見当たらず、一目で整理整頓が行き届いている事がわかる。六畳の広さに必要最低限の家具が置かれているだけの部屋に静流は何年かぶりに妹を通した。


「何もない部屋ですね。昔はそんな事はなかった筈ですが」

「使わないものは置いておかない事にしてるの。それで? お兄ちゃんに何の用?」


 ネクタイを緩めながらベッドに腰掛ける静流。ましろはどこにも座らず立ったままで兄へと目を向けた。


「兄さん、この間また陽鞠ちゃんを無視したそうですね」


 ほれきた、というのが静流の素直な感想であった。眉間に皺を寄せ、深く息を吐く。


「だったら何?」

「いつまでそうやって陽鞠ちゃんをいじめているつもりですか。陽鞠ちゃんが兄さんに何をしたっていうんです。もう何年こんな事を続けていると思っているんです」


 立て続けに言葉を紡ぐましろ。抑揚のない、感情の乗らない口調。ただ視線だけはまるで兄を見下すように鋭く、そして静かに何かを訴えかける。


「そういうさぁ、女同士のネットワークみたいなの、俺は感心しないね」

「私達は同じ明瞭学園の生徒ですから。中等部と高等部という違いはありますが、登下校はよく一緒になります。話をするなという方が無理な相談でしょう」

「かもね。ま、俺には関係のない話だけど」


 僅かに目を細めるましろ。兄は会話が始まってから一度も妹の顔を見ていなかった。


「勘違いをしないで下さい。兄さんは決して被害者等ではありません。兄さんは間違いなく加害者の方です。そうやってひねた態度で他人を突き放して見せても、それは変わりません」


 面倒臭そうに前髪をかきあげながらましろへ目を向ける静流。二人は間違いなく血の繋がった兄妹だ。少し癖のある髪質もやや気の強そうな顔立ちも、無言でそれを訴えかける。

 だが兄と妹の間には途方もなく大きな壁が、埋まる事のない溝があった。最初は僅かなものでしかなかったそれも、時を重ねる毎に計り知れない程に肥大化して行く。


「加害者だ被害者だなんて事、俺は一言も口にしてないだろ。何勝手に一人でわけのわからん事を言って盛り上がってるのか知らんが、どちらにせよお前には関係のない話だ」

「関係のない話……ええ、確かにそうです。そうでしょうとも。ですが勘違いしないで下さい。私はただ幼馴染であり、姉である陽鞠ちゃんの事を案じているだけの事。元より私と兄さんの間にある関係性等、微塵も興味はありません」

「そうかい。まああれだ、その話をお前が無理に聞きだしたのか陽鞠がペラペラ喋ってきたのかは知らんが……何をどう言われようと俺はお前達と関係性を持つつもりはない。お前の言う通りさ。お前が俺に興味がないように、俺もお前らに興味がないんだから」


 目を瞑り佇むましろ。それからゆっくりと、しかし規則正しい動作で踵を返す。扉に手をかけドアノブを回し、部屋を出て行く一連の動作全てがまるで作り物のように正しく、そして美しかった。


「――兄さんは子供ですね。何時まで経っても、ずっと」


 そう言いながら去っていく妹の姿を兄は無言で見送った。まるでスローモーションのように見えた動きが、頭の中で再生される声が、残された静寂に居座っているような気がした。




「というわけでー、第一回! 初心者狩りをやっつけよう会議―!」


 ゲーセンの片隅、自販機に囲まれたレストスペースに朝比奈の声が響いた。といってもその声はゲームの喧騒に掻き消され、言う程響いては居なかったが。

 集められた面子は主催者である朝比奈、期待のルーキー静流、そして被害者SとMの四名である。今日はゴールデンウィーク中という事もあり、店内もそれなりに賑わっていた。


「色々ツッコむ前にまず聞きたいんすけど、俺のメアドどこで入手したんすか?」

「無論鳴海からだ。恨むなら鳴海にメアドを教えた己の下心を恨め」


 びしりと指差す朝比奈。静流は頭を抱えテーブルに項垂れた。


「さて、では気を取り直して初心者狩りをどうやってとっちめるかという非常に有意義な会議に勤しもうではないか。諸君らも続々と意見を出し、個性あるディスカッションを存分に演出してくれたまえよ」

「何が悲しくてゴールデンウィーク中にこんな所でおっさんの悪ふざけに付き合わにゃならんのか……。何がディスカッションだよ……」

「おいこら、俺はまだ二十三だ。そもそも静流は他に行く所もないからこそやってきたわけだろう? それは女子とのデート一つ予定に入れられない己の未熟さを恥じるべきだ」


 再び頭を抱えて悶える静流。これ以上あれこれ言うと心が折れそうなので話を進める。


「で……なんだっけ君達。S君? M君?」

「佐々木です」

「守谷です」

「まあなんでもいいんだけどさ。こういう変な大人と関わるのは為にならないと思うよ」

「でも俺達、悔しくて……出来るなら武器を取り返したいんです!」

「どっちが喋ってるの? 君は……S君だっけ?」

「佐々木です」

「守谷です」

「どっちでもいいんだけどさ……君達何か勝算はあるのかい?」


 顔を見合わせるSとM。当たり前と言ってしまえばそれまでだが、ただの初心者に過ぎない彼らにあの初心者狩りを打ち破る策などありはしなかった。


「第一どうやってあいつと再戦するんだよ? もう一度当たるまでランダムマッチを繰り返すってのか? こっちはもうレア武器奪われてるのに乗ってくるかね?」

「ふむ、静流の疑問は尤もだ。それを解決する方法は幾つかあるが、今回はとりあえず面倒だったので初心者狩り本人をここに呼び出すという方法を採用する事にした」

「何ぃーッ!?」


 声を重ねる三人。朝比奈が手招きすると、店の片隅に居た少年が近づいてくる。


「…………って、お前! あの時のデブ!」

「い、いきなり人の身体的特徴を罵るなんて……君って何? DQNなの?」


 思い切り指差しながら叫ぶ静流。その視線の先に居たのはどこかで見覚えのある小太りの少年であった。それはあの日、初心者狩りに敗北した後にこの店で擦れ違った顔だ。


「第一僕は別に太ってないし。少しぽっちゃりしてるだけだし」

「お前の腹の事なんざどうでもいいわ。ナメた真似してくれちゃって……この落とし前はどうつけてくれるんだ? 子豚ちゃんよぉ……」


 拳を鳴らしながら笑顔で歩み寄る静流。子豚ちゃんは慌てて飛び退くが、その前に立ち塞がったのは朝比奈であった。


「落ち着け静流。ゲームセンター内でのリアルファイトは禁じられている。ゲームでの揉め事はゲームで解決する、それがゲーマーの流儀というものだろう。筐体に八つ当たりしたり相手プレイヤーを物理で殴るのはゲーマーとして有るまじき行為だ」

「そうは言われましても、俺は別にゲーマーでもなんでもないわけで……」

「そ、そうだそうだ! そいつはただのチンピラだ! 茶髪だしピアスしてるし、いかにも頭の出来が悪そうな感じだもんな! ド低脳乙!」

「てめぇっ! 人の身体的特徴馬鹿にしすぎだろ! 我が身振り返りやがれコラァ!」


 朝比奈を押し退け跳びかかろうとする静流。その腕をがしりと掴んだのは鳴海であった。

 その事実に気付いた瞬間、静流の表情が見る見る青ざめていく。完全にクールダウンしたのもそのはず、今は己の身に迫っている危機を回避する方が先決であった。


「すばるのハウスルール表をよーく確認しなさい? ゲームセンター内で揉め事を起こした場合、永久出入り禁止……かつ鳴海お姉さんによる鉄拳制裁って書いてあるでしょ?」

「鉄拳制裁は書いてない気がするんですけど……」

「それは静流君の目が腐ってるだけよ。ちゃんと書いてあるわ。ね、みんな?」


 只管に頭を縦に振りまくる男達。こうして静流と初心者狩りのリアルファイトは無事に回避された。更に鳴海という登場人物を加え、一行は話を進める。


「では改めて紹介しよう。彼の名前は三河勇作、高校三年生だ」


 朝比奈に紹介されつつ眼鏡のブリッジを押し上げる三河。静流は目頭をもみもみしつつ。


「今日一日で人の名前増えすぎてちょっとついてけないわ。何? あんたもM君?」

「三河だって言ってるだろ? ひ、人の話はちゃんと聞けし」


 肩を竦める静流。三河の風貌、性格共に静流とは縁遠い種類の物だ。気に入らないというよりは慣れないというのが本音である。仮に気に入らない部分があるとしたら、彼が以前着ていた制服が妹や幼馴染と同じ明瞭学園の物であった事くらいか。


「それで、三河君が初心者狩りしてるっていうのは本当なの?」


 問いかけたのは鳴海だ。その声のかけ方はどこか親しさを感じさせる。


「初心者狩りっていうのは失礼だな。僕は別に初心者を狩ってるつもりはないよ。ただアリーナ戦をしてポイントと資金を稼いでいるだけだし」

「そうは言うけどね、三河君がDランク戦に出てたらそりゃ初心者狩りって言われるわよ」

「あのー、鳴海さんは三河の知り合いなんすか?」


 話についていけない静流の問いに鳴海は頷く。


「彼、旧バージョンの時にクアランやってたプレイヤーの一人なのよ」

「色々あって引退してたんだけどね。前のアカウントは捨てて、新しいアカウントを作ってプレイしてるってだけだし。僕は何もルール違反はしてないよ」


 クアド・ラングルでは幾つかのアカウントを作る事が可能だ。この手のゲームでサブアカウントを作るユーザーは決して珍しい物ではない。


「三河が使っている機体はデストラクト……バージョン3になってから実装された初期機体だ。嘘は吐いていないだろうな」

「でもねえ……ちょっとやってる事がえげつないんじゃないかしら?」


 目を瞑り笑う朝比奈。鳴海は対照的にたしなめるような口調で語りかけるが、三河はそっぽを向いたまま反省の色は見せない。


「ぼ、僕は今の自分に出来る最も効率がいい稼ぎ方をしているだけだよ。どうせ君たちアンティルールもランダムマッチのカスタムも知らないような素人なんだろ? 説明書も読まないでゲーム始めてクソゲーとか言うのやめようぜ、子供じゃないんだからさ」

「全く正論なのにあんたに言われると無性に腹が立つな」

「そんなに言うなら再戦してあげてもいいよ? 勿論アンティルールでね。ただし、こっちがレアアイテムを賭ける以上はそれ相応の物を出してくれないと困るけど」


 無言でユニフォンを取り出す静流。クアド・ラングルにはユニフォン用のアプリがあり、そこで自機の状態や戦績を確認する事が出来る。そこでアイテムボックスをざっと見てみるのだが、そこは初心者。悲しいかな、低ランクのアイテムしか持ち合わせていなかった。


「どうしたんだ? アンティに出せるような品物はあったかい?」

「……いや」

「ないの? まあ当然だよね。ランクDで受けられるミッションなんかたかが知れてるし。だからこそ、このランクで貴重なアイテムを入手する為には僕のやり方しかないんだよ。初期装備は新規ユーザーに与えられたチャンスなんだ。生かすも殺すも自分次第って事」


 見下すように笑いながら語る三河。最後に自らのこめかみを指差しながら言った。


「ここの使い方だよね、ここの」


 無言でユニフォンを収め拳を振り上げる静流。それを男子中学生二人が背後から抑えた。


「アンティに出せる品がないなら再戦を受けるメリットはないよね。悪いけど僕はクズアイテムしか持ってない連中と戦う暇はないんだよね」

「後生だ! 放してくれS君M君!」

「佐々木です! 放しません!」

「守谷です! 出入り禁止にされますよ!」

 悶える静流と男子中学生二人。そこへ朝比奈が歩み寄る。

「アンティ品なら俺が出そう。それなら文句はあるまい?」

「朝比奈さんが……?」


 そこで三河の目の色が変わった。朝比奈はユニフォンを取り出しながら続ける。


「俺の手持ちの上位武器の中から一つ、お前の好きなものをくれてやる」

「ま、ま、まじで? なんでも?」

「男に二言はない」

「じゃ、じゃあクラウ・ソラス!」


 飛びつくように叫ぶ三河。朝比奈は無言でユニフォンを操作。すると静流のユニフォンに新着メッセージの文字が飛び出した。


「たった今、クラウ・ソラスを静流に譲渡した。三河、変則的ではあるが、お前の方は奪った彼ら三人の武装を賭けてもらうぞ」

「ぜ、全然オッケー! うひょー、既に絶滅危惧種のフォゾンブレードなら初期装備なんていくら賭けても惜しくないね!」

「ちょ、ちょっと待った! 何勝手に話進めちゃってんの。俺再戦するとは一言も言ってないし。勝手に巻き込まないでくれる?」


 たじろぐ静流。朝比奈はその肩をがっしりと抱く。


「静流。負けっぱなしでいいのか? お前は本当にそれでいいのか?」

「いや、そりゃ……」

「男って生き物はな。逃げれば逃げただけ臆病になっちまう。何よりも恐ろしいのは敗北なんかじゃない。逃げる事に慣れちまう事なのさ」


 冷や汗を流しつつ黙る静流。朝比奈の言葉には、ほんの少しだけ共感出来たから。


「再戦は三日後、ゴールデンウィーク最終日に行なう! 双方の奮闘に期待する!」


 勇ましく腕を振るいながら号令をかける朝比奈。静流が呆然としている間に全ての話は纏まってしまい、三河は聞き取れない小声でどもりつつ捨てセリフを吐いて帰っていった。

 頭を抱えながら座る静流。朝比奈は振り返り少年の様な笑顔で言った。


「さあて、どうすっか!」

「どうすっかじゃないでしょう……マジで勘弁してくださいよ……」

「朝比奈の無茶は今に始まった事じゃないけどね。でも静流君、三河君は本当に強いわよ」


 三河勇作。一年前まではクアド・ラングルの最前線で活躍していたプレイヤーの一人だ。

 当時は鳴海や朝比奈とも繋がりがあり、すばるでよく顔を合わせたり対戦した相手なのだ。


「単純な実力ならB上位、A下位にも食い込むかも。装備や機体が初期化しているとは言え、経験値の差は歴然……真っ向勝負で勝つのはかなり難しい相手ね」

「Dランクの一ヶ月プレイヤーが勝てる見込みは?」

「……そこはほら、努力と友情、そして根性次第?」


 苦笑交じりの投げやりな鼓舞。静流はまた頭を抱え項垂れるのであった。


「まあそう悲観する事はない。鳴海の言う通り、努力友情根性、この三つがあれば勝てる」

「朝比奈さん、そういうの好きっすよね」

「好きか嫌いかと言えば大好きの部類だが、俺の好みはどうでも良い。実際に奴に勝利する為に必要な物、それが友情、努力、そして根性なのだ」


 いそいそとケースからギターを取り出す朝比奈。そして盛大に音をかき鳴らす。


「三日だ! 今から三日でお前を三河に勝たせてやろうではないか!」

「どうやって?」

「主人公が一度負けた相手に勝利する為に必要な通過儀礼と言えばなんだ?」


 初心者三人は全く答える気配がない。仕方ないので鳴海が手を上げた。


「はーい。特訓だと思いまーす」

「イエス!バトル漫画に特訓は不可欠! 静流、これはお前が成長する大チャンスなのだ!」

「すっげどうでもいい……っす……」


 爛々と瞳を輝かせる朝比奈と死んだ魚の様な目の静流。対初心者狩りの特訓は、なんとも噛み合わない雰囲気で幕を開けたのであった。

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