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電装戦記クアド・ラングル  作者: 神宮寺飛鳥
【春風は遠く】
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7-2

「小日向さんは名前の通り、温かいひだまりのような人ですね。ただ優しいだけではなく、闇を照らす強さがある」


 そんなことを言いながら遠見は割り箸を丁寧に割ろうとして、しかし思い切りが足らずささくれてしまう。

 ゲームセンターすばるの隣りにある牛丼チェーン店の小さな二人がけの席で親子は向き合っていた。二人がこうして食事を共にするのは何年ぶりだろうか。

 少なくとも高校にあがってからこんな事はなかった。同じ家に住んでいてもすれ違い続けたのは、春子が意図的に避けていたから。そして自分を避ける娘を全く父親が諌めなかったからだ。


「陽毬は本当にいい子だよ。アタシには勿体無いくらい」


 そう言いながら割り箸を勢い良く割った春子。その切断面に無駄はない。

 二人して牛丼と味噌汁を口に運ぶ静かな時間。あれから皆で一緒にクアド・ラングルをプレイしたり、ゲームの話をしたりした。

 遠見は楽しそうに笑っていた。赤の他人からはそうは見えなかったかもしれない。だが実の娘である春子にはわかる。

 彼がのびのびと話をするのを見るのはいつ以来だろうか? 思い出そうと思えばいつでも脳裏に浮かべられたはずの幼少期は、偏見と失意のフィルターでもう思い出せない。


「あんまり迷惑をかけてはいけないよ。君はいつも思い込みが激しくて、しかも行動的だからね。さっきのプレイ中もずっと小日向さんが君をサポートしていたよ」

「わ、わかってるって……そんなお説教みたいな話しないでくれる?」


 じろりと睨みつけ、牛丼を搔き込む。いや、本当はこんな話をしたいわけじゃない。

 逃げているのはわかっている。これまでの友人たちとの付き合いが、その現実を春子に突きつけている。それに気づかないほど子供でいるつもりはない。

 しかし、だからといって。共にゲームをプレイしたからといって。何かが変わるだろうか? いや、そうは思えない。結局今もいつも通り、どんな言葉をかけたらいいのかわからない。それは遠見も同じ。


「最近学校はどうなんだい?」

「なんだそのテンプレな質問……別にフツーよ、フツー」

「好きな男の子とかはいないの?」

「い、い……いや、別にそんなの報告する義務ないから! デリカシーないわね~!?」

「いや、悪気はないんだよ。女の子が好きそうな話題ってこういうのかなと思って……」


 しょげた様子で頬掻く情けない父親。覇気のない、笑顔のない、やる気のない父親。今となってはもう、そのイメージのほうが強い。

 バイタリティにあふれていた父。いつも自分の味方だった父。けれど母親に愛想をつかされた父……。

 今の父とあの頃の父、そのどちらが本物かなんて疑問はもう抱かない。だってそれは、どちらも本当でしかないのだから。

 人には様々な面がある。あの三河にでさえ、頼りになるところはある。それは見え方の問題、角度の問題。自分がどんな位置に立っているのか。相手がどんな姿勢でいるのか。その相対処理の結果でしかないのだ。


「でも、神埼君が好きなんだろう?」

「なっ!?」

「あはは。いや、流石に分かるよ。これでも一応、父親だからね……」


 顔を真っ赤にしながら二の句に詰まっている娘を前に、父は至って冷静だった。

 彼が声を荒らげた記憶はない。自分にも母にも、怒鳴り声一つあげた事はなかった。

 場合によってはそれは冷静。それとも冷淡? 優しさと気弱さは表現の違いだけで、その本質は何も変わらない。

 父は何も変わっていないのかもしれない。ただ、彼に対するフィルターが変わっただけで……。


「それにしても……よかったのかい? あんな勝負を引き受けて」

「いや……それは……別にまだ引き受けたわけじゃないし……」


 曖昧な言葉と共に味噌汁に箸を泳がせる。

 冴えない横顔が窓ガラスに映り込む。その虚像の向こう、ライトに照らされたゲームセンターには、もう陽毬達はいないのだろうか――。




「それにしても……巻き込まれただけの私はどんな顔をすればいいのでしょうか?」


 帰宅後、ベッドに横たわり漫画を読む静流の側に腰掛け、ましろはぽつりとそう零した。

 その手にはユニフォンが握られており、クアド・ラングルのアプリで機体の調整を行っているようだった。

 ドレッドノートから出た親子それぞれの手を取り、陽毬は言った。“私と賭けをしよう”と。

 敗者は勝者の言うことを一つだけなんでも聞く。なんでもというのは、本当になんでもだ。

 春子は以前から一人暮らしを従っていた。それを支援してもらうのでもいいじゃないか。陽毬はそんな風に言って話を丸め込もうとした。

 何やらごちゃごちゃ言っている二人をそのまま牛丼屋に押し込み、自分も同席すると見せかけて持ち帰りで人数分を確保すると、配るからといってすばるに戻り、そのまま解散の号令をかけた。

 結果として静流とましろも牛丼を受け取り、部屋に帰ってくるなり二人して夕飯は不要だと母親に伝え、部屋でがつがつと牛丼を食べ今に至る。


「二体二の勝負……私と春子さんのチームと、遠見さんと兄さんのチームだなんて」

「しかも俺に至っては攻撃禁止だぜ? いや、厳密には相手にダメージを与えちゃダメなんだっけな……」


 静流の実力はこの四人の中では明らかに図抜けている。アリーナ戦、即ち対人戦闘慣れしている事もあり、静流が本気を出せば勝負にはならない。

 故に静流には相手チームにダメージを与える武装の装備が禁止されていた。若干理不尽だが、ある意味妥当ではある。


「兄さんは参加するんですか、あの勝負に」

「まあ、あの親子がやるって言うならな。お前は?」

「そりゃ、二人の仲をとりもつことになるのなら吝かではありませんが……なんでも相手の言うことをひとつ聞くという条件では、むしろ致命的な仲違いの引き金に加担することになるかもしれません。そう思うと悩ましい所です」

「いや、それはない。春子も遠見さんも、内心ではお互いのことを理解したいと考えているからな。その条件はむしろ、これまでできなかったことをするきっかけになる」

「つまり、どちらが勝っても同じこと、というわけですか?」


 太ももに重さを感じ漫画を上に上げると、静流の足にもたれかかるようにしてましろが仰向けに寝そべっていた。


「陽毬ちゃんの行動力にはいつも驚かされます。兄さんとの長い長い確執を終わらせたのも陽毬ちゃんでしたし」

「まあ、あいつはすごいよ。色々な意味でな」

「兄さんは……一度離れてしまった家族の心を元に戻せると思いますか?」


 その質問に静流は漫画のページを閉じ、上半身を持ち上げる。見下ろせばすぐ近くに自分を見つめる妹の瞳がある。

 それはまっすぐに、しかし僅かな不安を孕んで兄を捉えている。嘘はつけない……そんな気にさせる。


「そもそも、本当の意味で家族がバラバラになるのは難しいんじゃないか?」

「と、いうと?」

「仮に憎んだとしても疎んだとしても、過去が消えてなくなるわけじゃないんだ。口ではなんて言おうとも、俺は俺を育ててくれた両親に頭があがらない。別に俺は自分で好き好んでこの家に生まれてきたわけじゃない。確かにそれはそうだけど……でも、なんていうのかなあ。自分がこの家の一員だって、誰より俺がそう思ってるんだよな」


 記憶は薄れていく。誰だって自分が赤ん坊の頃の感情を覚えている人はいない。

 幼少期も、小学生の頃も中学生の頃も、記憶や感情は上書きされていく。常にいがみ合っていたわけではない。むしろ互いを必要とし、祝福しあって家族は存在していたはずだ。

 今は両親ともうまくいっていないが、それは静流だけの特別なことではない。大人になるに連れ、距離の取り方を覚えていく。妥協を、理解を上達させていく。いつか大人になった時には、自然と親子仲など修復されている。そんなものだ。


「春子もそうなんじゃないかな。っていうか少なくとも遠見さんはそうだろうな。あの人は時間が全てを解決するってことを知ってるんだ」

「なんだかあんまりかっこいい響きではありませんね……」

「でも事実だぜ? 悔しさも悲しさも、全部風化していくんだ。そうしていつかそうした感情よりも過去を悔いる気持ちが上回ったなら、人間は不思議と素直になれる。俺が言うんだから間違いないな」

「もしそれが事実なら、陽毬ちゃんのやっている事は無意味なのでは?」

「どうかな? 腐ってる時間は、どうしてもその出来事だけに囚われる。そうしている間にもっと他のことができた筈なんだ」


 時間は有限で、それは全ての人間に平等に割り振られた権利だ。

 しかし人は時に単純な事柄に囚われ、自分の時間という可能性をふいにしてしまう。自分の人生はここで終わりだと、そんなありもしない早合点をしてしまう。


「ずっと変わらないものなんてないのにな。だからこそ早いか遅いかの違いでしかなかったとしても、急ぐことには意味があるんじゃないかな。時間が過ぎ去った後じゃあ、もう戻らないものだってあるだろ」

「……兄さんは……私たちは、間に合ったのでしょうか?」


 不安げな妹の額に手を当て、兄は笑う。妹はそれに安心したように目を瞑った。


「攻撃しないでも勝てる方法、考えなきゃなあ」

「なんだかんで付き合いがいいのですね、兄さんは。でも兄さんのそういう所、私は嫌いじゃないよ」




 相手にダメージを与えることはできずとも、行動を封じる方法はいくらでもある。

 静流はそうした妨害行動が得意ではなかった。どちらかというと春子と同じ、バリバリの攻撃型だからだ。

 結局夜中までアセンブルに頭を悩ませた朝。あくびをしながらトロトロと走らせた原付きで坂道を上り、学校の駐輪場に到着する。

 居合わせた友人に適当に挨拶をしながらわしわしと頭を掻きながら下駄箱を開けたその時だ。静流の挙動が固まったのは。

 何故か上履きの上に、白い封筒が見えた。目をごしごしとこすり、再度確認してみても、やはりそこには手紙がある。


「…………これはもしや、ラブ的な手紙ですか?」


 封筒にはやけに丸っこい小さな字で“神埼静流殿”と書いてある。その封筒を片手に静流は左右を見やり、周囲に人気がないことを確認すると封を開け――。


「おはよー神埼。何してんの?」

「うおおっ!? い、いや……なんでもない……」


 春子に声をかけられ慌てて封筒を鞄にねじ込んだ。あまりにも勢い良く突っ込んだので、保存状態には自信がない。

 首を傾げながら下駄箱を開ける春子。静流がそそくさと教室へ向かった頃、春子もまた下駄箱の前で不審な挙動を見せていた。


「これってまさか……ラブレター!?」


 顔を赤らめ、震える手で封筒を凝視する春子。走り去った静流の背中と手紙を交互に見やり、ダラダラと冷や汗を流す。

 声をかけたのに慌てて逃げ出した静流と、下駄箱に入ったラブレター的な何か。そこから導き出される結論は――。

 咳払いを一つ。春子はすっと女子トイレの個室まで早歩きで、しかし足音を立てずに滑りこむと、震える手で封筒を開いた。

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