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電装戦記クアド・ラングル  作者: 神宮寺飛鳥
【春風は遠く】
23/24

7-1

「……神埼。お前に話がある」


 ある日の放課後。殆ど勉強道具の詰まっていない軽い革鞄を手に席を立った静流の前に仁王立ちする男の姿があった。

 男の名は武田剛。私立比良坂第一高等学校、二年A組……つまり、静流のクラスメイトである。

 身長190センチに近い背丈とむっちりとした肉付きの昔ながらの“番長”といった趣。短い髪をオールバックにまとめており、顎には刀傷のような痕跡があり、ヤクザ者と乱闘騒ぎを起こしたともっぱらの噂である。

 その濃ゆい眉毛がヒクヒクと上下に動く様を見ても、静流はあっけらかんと頷き返す。


「おー、武田か。どうした? 俺に何か用か?」

「うむ……。貴様にどうしても確認せねばならぬことがあってな。しかし、男同士の内密な話……可能であれば場所を変えたい」


 実は武田、静流とは別に仲が悪いわけではない。というか、静流は割りと誰とでも仲がよかった。

 堀の深い、しかし無表情な武田は一見すると近寄りがたい雰囲気だが、静流はそんな事は全くお構いなしである。


「いいぞー。帰り際に駐輪場でいいか?」

「いや……これはとても大事な話だ。人目は憚らねばならない。屋上へ来い……二人きりで、だ」

「なんかその言い方誤解されそうな感じだな。今時そんな事言うやつホモか不良のどっちかだぞ」

「ホモ……この俺がか……?」


 心底意外そうな返事に苦笑する静流。と、そこへ見るからにウキウキ気分の春子がスキップを披露しながら近づいてくる。


「神埼~! 今日は一緒に帰ろうな~!」

「おわっ、春子!? なんだ妙に機嫌いいな……てか背中叩くなよ」


 叩くというかもう体当たりに近い勢いである。思い切りつんのめった静流が机に手をついて顔を上げると、何故か武田が険しい表情を浮かべている。

 いや、元々表情は険しかったので更にということなのだが、その差異に今来たばかりの……というか、武田の顔に興味のない春子は気づかない。


「ほら、何ボサっとしてんの? 早く早く!」

「おい、引っ張んなって……悪いけど今武田がなんか大事な話があるって……お? 武田ー?」


 振り返ると既に武田の姿はそこにはなかった。腕を引く春子に抵抗する理由がなくなり、静流は怪訝に首を傾げながら教室を後にした。




「あ、静流ちゃーん! 春子さーん!」


 すばるにつくと、既にそこでは陽毬とましろが待っていた。

 二人はクアド・ラングルの筐体付近のテーブルについて、一緒に紙コップのドリンクを飲んでいる。ついでに傍らには三河の姿もあった。ちなみにドリンクは彼のおごりである。


「よ、よう、神埼」

「ういっす。って、あれ? ましろさんもクアラン始めたんすか?」

「はい。今三河さんに色々と教わっていたところです。パーツをもらったり、リアル初期費用を持ってもらったりして、とてもお世話になりました」

「あ、そうなの? なんか悪いな三河……初心者狩りだった頃を思い出すと複雑な気分だよ」

「だだだ、だからその話はもうやめろって言ってるだろ~~!? お願いだから女子の前でするのだけはやめてくれよ~~っ!!」


 どっと湧き上がる笑い。その中にはもう春子も自然に馴染んでいて、一通り三河をいじった後には声をかける。


「そうだ。キモオタにはアタシも世話になったわね。お陰で色々と助かったわ。ありがとね」

「え? あ、い、いや……ましろちゃんや陽毬ちゃんの友達だからね。友達の友達は友達、とまでは言わないけど……でも、僕の大事な人たちと仲良くしてくれてるんだから、邪険にはしないさ」

「……へぇ~。ねえ神埼、三河って実は結構イイヤツなの?」

「おー。まあ、割と女子にはイイヤツだぞ。女を金で買う男、三河」

「おいいいい! 余計なこと言うのやめろってホントォオオ!!」


 汗だくで頭を抱える三河。その見た目はどう考えてもキモオタそのものだが、もう春子はさほどの嫌悪感は感じていなかった。

 言葉をかわしてみなければわからないこともある。三河も陽毬も同じオタク。美少女も小太りブサ男も同じオタク。そもそも同じというか、人間をカテゴリーにはめ込む事自体が愚かなのかもしれない。


「ねぇねぇ三河、テクスペってどうやるの?」

「テクスペ……ああ、コマスペの組み合わせな。まだ難しいだろうけど、バトルログを見た感じだと、こういうのはどうかな……」

「よけながら近づくやつ? いいね~! なんかすっごいボコボコにされちゃってさあ……何回やってもクリアランクDなんだよね……」

「ん、んー……前面の装甲だけ厚くしてみるとか……盾の使い方はまだ難しいだろうから……防御性能の調整を……」


 一つのユニフォンを二人で覗きこむ三河と春子。その様子は嘗ての彼らからは想像もできないほどだ。


「なんだか春子ちゃん、楽しそうだね。やっぱりゲームってすごいよね。こう……色々な壁を簡単に飛び越えられる気がする。だから私、ゲームも、それを作る人達も、遊ぶ人たちも大好きなんだ」

「冷静に考えるとお前はゲームクリエイターの娘だもんな。そら英才教育だわ」

「あの~……に、兄さん……私の機体も見てもらえますか?」


 背後から近づき、静流の制服の裾を掴んでおずおずとユニフォンを差し出すましろ。静流はそれに片手を添え、屈んで画面を見つめる。


「はいはい、どれどれ……お? 魔法使いみたいなロボだな。はは、これどうせ三河のチョイスだろ?」

「兄さんと同じイフリートは嫌だったので……回復とか支援がメインの機体なんですよ。実は機体名も三河さんがつけてくれたんです」

「春子は……フォックス・ランか。確かにそうだなあ。あいつツリ目だし、狐っぽいかもしれん。皆と一緒に遊べてよかったな、ましろ」


 ぐりぐりと頭を撫でられまんざらでもない様子のましろ。そんな仲睦まじい兄弟の様子を、陽毬は満面の笑みで見守っていた。

 そんな和やかな雰囲気はあまり長くは続かなかった。クアド・ラングルのコーナーに、遠見が近づいてくるのがわかったからだ。

 遠見は静流達のところに近づき、そこで三河と春子が仲良く話しているのを見て固まっているようだった。表情は動いていないが、驚いているのは間違いない。

 しばらくすると春子がそれに気づき、慌てて三河を突き飛ばす。地べたに転がった三河を他所に、春子は眉を潜めた。


「親父……」

「春子も来ていたんだね。気づかなくてごめんよ。お友達との時間を邪魔するつもりはないんだ……出直すよ」


 頬を掻き、苦笑する遠見。その場の皆にか、軽く一礼してから踵を返すその背中に駆け寄ったのは陽毬だった。


「あの……遠見さん、待ってください! 別に、帰る必要はないと思うんです」

「小日向さん……」

「だって、ここはゲームセンターです。大人も子供も居ていいし……親子で来たっていいんです。それに、春子さんも遠見さんも私の友達です。友達の友達は友達……それじゃ、ダメですか……?」


 陽毬の言葉に目を細め、静流達を見やる。誰も彼の退場を望む者はいなかった。そう、春子を除いては。

 春子は腕を組んだまま視線をそらしている。それは肯定でも否定でもないが、少なくとも拒絶とは異なる。

 この空間は、ゲームセンターは人種のるつぼだ。様々な年代、様々な職種、様々な事情の人間が集まっている。それを快く思わないことだってあるだろう。

 全員が善人ではないし、友達にもなれない。現実は陽毬が言うほど甘くも優しくもない。だが……。


「……わかりました。ではお言葉に甘えて……」

「……はい!」


 少女の笑顔をふいにしたくない。遠見は純粋にそう思ったのだった。

 陽毬に手を取られテーブルに近づくと、春子はユニフォンを手にドレッドノート筐体へと姿を消した。遠見はそれを見送り、小さく息をついた。


「最近、彼女は明るくなった気がします。それもこれも皆さんのおかげですね。私では彼女に笑顔を取り戻す事はできませんでしたから……」

「それは少し違うと思います。だって、ほんとうの意味で春子さんを笑顔にできるのは……遠見さん、あなただけだと思うんです」

「小日向さんはとても真っ直ぐで素敵な女性ですね。きっと立派な大人になれますよ」

「未来の話をして、目をそらさないでください。今この時、遠見さんと春子さんは一緒にいる。ここに生きている……。遠見さん、どうして本当の事を話してあげないんですか?」


 その言葉に遠見の目が開かれる。それは鎌かけにすぎなかった。だが、反応を見れば的外れではなかったと知る。


「やっぱり遠見さん、春子さんに何か隠してるんですね?」

「……いや、お恥ずかしい限りです」

「遠見さんは春子さんの事、嫌いじゃないんですよね?」

「それは、ええ。我が子の事を嫌いになれるほど、私は豪胆ではありませんよ。ですが……私は臆病者です。あの子に自分の想いを正しく伝える勇気も、真実を語る覚悟もありません。できることならこのまま、何も起こらない代わり映えのない日々が続けばいい……そう思ってしまう」

「それは……」

「ええ。小日向さんからすれば、逃げていると思われるでしょう。それは間違いではありません。しかし、常に真実と向き合うことが誰にとっても幸福であるとは限らないのです。それがわからない小日向さんではありませんよね」


 優しく諭すように、やんわりとした拒絶を込めて笑いかける遠見。しゅんと肩を落とす陽毬を前に、男はテーブルに腰を下ろす。


「すみません。小日向さんを責めているわけではないのですよ。むしろ、心から感謝しています」

「でも……私、確かに何もわかってません。遠見さんの気持ちも、春子さんの気持ちも……」

「良いんですよ。あなたは間違っていない。小日向さんはとても優しい女の子です。その気持ちを否定する事はありません。ただ私が、親として未熟であると、それだけの話なのです」


 肩を竦める静流。遠見の隣に座ると、互いのユニフォンを見せ合う。

 二人はクアド・ラングルのフレンドだ。ゲームがあるから高校生と会社員が当たり前に言葉を交わすことができる。


「友達の友達は友達……。そっか。あの、遠見さん……お願いがあるのですが!」




 春子はミッションモードの市街地を疾走しながらドローンとの戦いを繰り広げていた。

 新たにセットしたコマンドステップにより大きく身体を前方に方向け、大地を滑るようにダッシュできるようになった。敵の射撃に合わせて使えば、攻撃をかいくぐる事も出来る。

 跳躍し、ビルを蹴るコマンドで大きく空中を横に移動しつつ、ツインマシンガンで攻撃。初戦闘時はトリガーを引きっぱなし、常に撃ちっぱなしであったが、それでは照準がぶれる上に無駄弾を使いすぎる。

 故に、きちんとターゲットに照準を合わせた状態で、重なった時だけ引き金を引く。これで集弾性が上がり、消費を抑えることが出来る。

 更にツインマシンガンにはダブルロック機能がある。左右の銃で別々の機体を攻撃するのだ。

 これはコマンドで攻撃する以外に、連続でロックする事で視線照準を合わせずに攻撃も可能になる。まず右の敵をロック、次に左の敵をロックしたら、視線を中央においていてもトリガーを引けば機体が左右に腕を伸ばし、同時攻撃を行ってくれる。

 この最中にコマンドステップを入れれば空中を縦回転しつつ攻撃したり、先ほどのスライディングしつつの攻撃も可能となる。

 回転系の動作には敵のロック補正を弱める効力がついていることが殆どなので、こうした動作をしつつ射撃を行うことで被弾を抑えることが可能だった。

 あらかた球体ドローンを片付けると、今度はウォードレッドに近い形状のドローンが出現する。少し難易度をあげたミッションでは、実践的な戦闘を練習する為、こうした敵も用意されていた。

 三機の人型ドローンがフォックス・ランに迫る。春子は銃撃しつつ背後へ跳ぶが、気づけば二機の僚機とは大きく距離が離れていた。


「やばい、また突っ込みすぎた……!」


 敵のライフル攻撃を被弾し、辿々しくコマンドを入れ、腕を十字に構えて防御姿勢を取る。これで低%のダメージ軽減が可能だ。

 ビルの裏に飛び込むが、敵の一体が距離をつめ、サーベルを抜いて襲いかかる。


「しまった……!?」


 銃を向けるが間に合わない。しかし次の瞬間、一条の光がドローンの胸を貫いた。

 紫色の閃光に射抜かれたドローンが爆発する。背後へ振り返ると、遠く離れたビルの上、空間が歪むようにして虹色の光を剥ぎ取ってそれは現れた。

 紫と緑の幾何学模様の迷彩をあしらわれた刺々しいフォルムの機体は頭部を展開し単眼のモノアイを輝かせると、手にした超大なライフルを構える。

 再び放たれたビームがドローンを攻撃。春子はそれに合わせてビルから飛び出し、ツインマシンガンを連射する。


「調子に乗ってんじゃないわよ、コンピューター風情が!」


 滅多打ちにされたドローンが爆発する。更に春子はブーストで前に出ると、もう一体のドローンに回転蹴りをめり込ませた。

 衝撃で吹っ飛ぶドローン。ダウンしたところへ更に狙撃が着弾し、三体目のドローンも爆散する。


「乱入……? でもこれってフレンド……陽毬と……もう一人は?」


 僚機の機体名を確認する春子。このゲームは基本的に機体名で表示される。あのアシガルは陽毬で間違いないが、もう一機、【フィロソフィー】という機体には覚えがなかった。


「春子ちゃん、うまく撃破できたみたいだね」

「陽毬? あっちのやつは?」

「僕だよ、春子」


 その声を聞き間違えるはずがない。あっけに取られる春子の側へ、迷彩状態で近づいていたフィルソフィーが姿を見せた。


「まさか……親父!?」

「私がフレンド登録して、ここに一緒に乱入したの」

「なんでそんな事を……」

「それより次が来るよ! このステージは人型ドローンが八体は出てくるんだから!」


 言うやいなや、ライフルを撃ちながらドローン隊が迫ってくる。フィロソフィーはその場に腹ばいになり、ライフルを構える。


「遠見さんは援護をお願いします! 行くよ、春子ちゃん!」

「あ、お、おい……ちょっと、陽毬! ったく……仕方ないわね……!」


 ブーストする陽毬の背中に溜息を零す春子。視線を背後に向けると、遠見は大型のビームライフルを黙々と発射している。

 何も言葉をかけることもなく、春子は走りだした。このステージをクリアするまで中断するわけにはいかない。

 中断にはペナルティがかかるし、何よりも今はクレジットが勿体無い。そう自分に言い聞かせれば、父親の存在は気にならない気がしたのだった。

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