6-2
「ふぅむ、成る程な……そのような事が」
ゲームセンターすばるに隣接した牛丼チェーン店。カウンター席で肩を並べ、静流の話に朝比奈は頷く。
「家族というものはとても近く、そして最も原始的な関係だ。血の繋がりは断ち切ろうと思って切れるものでもない。故にこじれる事もあるというもの」
「そういや朝比奈さんは家族と上手く行ってるんすか?」
「ああ。俺の両親は懐がデカいからな。世間様からすれば俺が放蕩息子以外の何者でもない事は承知の上で、それでも否定せずに居てくれる。実にありがたい事だよ」
「そう思うならもうちょっとちゃんとしたらどうなんすか……」
以前、鳴海に聞いたことがある。朝比奈の両親は、なぜあんなぶっとんだ男が生まれてきたのかわからないくらいの善人であると。
朝比奈は個人的に付き合う分には気持ちのいい男だが、社会的にどうかといえば首をひねるしかない。
身勝手な理由であちこちを飛び回り、大学も中退し今は何故かとび職。別にとび職を批判するつもりは毛頭ないが、彼には本来もっと違った人生があったはずだし、ご両親もそれを望んでいたに違いない。
「当然だが、親には申し訳なく思っているよ。だからといって親であるとか、世間から褒められる為に生きたいとは思えんのだ。俺の人生は俺のものだし、その旅の結末はどうあれ俺の責任となる。ならばせめて最後には後悔しない、そんな人生を生きたいだろう?」
「そりゃまあ……そうっすけどね」
「俺達は一人一人、自分の人生を生きる権利を持つ。それは責任と言い換えても良い。その二つの言葉を親が握ることはできないのだ。どんあに足掻いた所で、親子は同一人物ではなく他人なのだからな」
静流にもなんとなく思い当たる節はあった。彼もまた、お世辞にも家族と上手くやっているとはいえない。
“グレた”とされた高校入学以降、両親との関係性は冷えきったままだ。
今でこそ半ば不良のレッテルをはられた静流であったが、元々は優等生もいいところであった。
幼少時に見たヒーローアニメ、カオスレイダーの影響を大きく受けた彼は正義の味方に憧れていたし、それをただ憧れのままとせず行動に移した。
勉強もスポーツも一流と言って差し支えなかった。ただその一流を軽々と飛び越える、とんでもない天才がすぐとなりにいただけで。
そんな静流だ。当然だが両親は彼を進学校へ入れたがった。息子の能力を活かすためにはそれが一番だと信じて疑わなかった。
しかし息子はそんな思いとは裏腹に三流高校へと進学した。その理由をきちんと説明できない静流にとって、両親との会話を減らすことが煩わしさから逃げることでもあったのだ。
「親子は所詮他人、か……」
「俺は大学関係の金を両親に返す為に働いているという話はしたか?」
「は? いや、聞いてねえっすよ」
「俺はな、別にとび職になりたかったわけではないのだ。だが金は稼がねばならない。俺は他人から借りた金で進学し、それを放棄した。生活費も、これからの人生も、俺は自分の力で稼ぎ出さねばならない」
大盛りの牛丼にがっつきながら男は語る。麦茶の注がれたグラスを呷り、笑みを浮かべ。
「親も子も、得てして傲慢なものだ。親は子を所有物として見てしまうし、子は親をいて当たり前の存在と考えてしまう。だが、他人同士の関係性に“当たり前”はない」
「そういう家庭環境がある事に感謝しろって事ですね」
「勿論、望まぬ事もある。所詮は他人、ひどく互いを傷つけ合い、害するようであれば共にいるべきではない」
「春子もそうなのかな」
「どうだろうな。正直な所、俺にもわからんよ。だが、最後に後悔しない為には、意固地にならず素直になる事が必要なのだ。過ちを認める事も、何かを許す事も、それは家族だからどうということではなく、人として生きるのならば目を背けてはならない問題だよ」
「素直になる、か……」
考えこむ静流に朝比奈は笑いかけ、身を乗り出すとその頭をわしわしと撫でた。
「人のふり見て我がふり直せ。孤独であれば気づけ無い事にお前はまた一つ気づこうとしている。ならばそれはきっと、誰にとっても不幸ではないのだ」
「んな事言ってる暇があったらあんたの方こそ鳴海さんとの関係性をはっきりしたらどうなんですか?」
「ん? 鳴海? なんの話だ?」
手を振り払うと朝比奈はきょとんとした様子で首を傾げた。
「……駄目だこいつ、本当にただの天然か」
「そういえば今日はクアランをしないのか?」
「しようと思ったんですけどねぇ……」
「これがクアド・ラングルの筐体かー」
感嘆の声を上げる春子。すばるの大型筐体コーナーに立つその背中を陽毬とましろが見つめている。
春子は一度飛び出したが、その場に居合わせた人達への詫びも兼ねてともう一度ここにやってきたのだ。
「今日は親父の奴はいないみたいだな……ふう」
「遠藤さんもクアランやってるみたいだったけど……本当にいいの?」
「ああ。静流が好きなゲームだしな。それに……」
相手に歩み寄る事の大切さを学んだばかりの今の春子にとっては、父親が見ているものを見るという意味もあった。
当然のことながら、あれからも家で顔を合わせた所で一言も口をきいていなかった。今の春子にとって、父が見ている景色を知ることは家の中では不可能だ。
今はまだ認めるわけにはいかない。認められるはずもないが、そこに静流への思いの他に父への感情がないとは、決して言い切れない。
「じゃあ、早速アカウント作っちゃおうか。ユニフォンがあれば直ぐ作れるし」
「あの……陽毬ちゃん、ちょっといいでしょうか?」
そこでおずおずと挙手したのはましろだ。高校生二人は並んで立ち、少女に目を向ける。
「実は……その。私もこのゲームをやってみたいのですが……」
「え? ましろちゃん、ゲームできるの?」
「一応昔は兄さんや陽毬ちゃんと一緒にやったものですが、最近はめっきり。でも、いつもここに来ても見ているだけなので……」
「仲間はずれにされるのはいい気分じゃないわよね。いいじゃないか、一緒に遊んであげたって」
それは春子からすれば当たり前のリアクションなのだが、陽毬は苦笑を浮かべる。
「うーん……でもね、クアランってやり込むと結構お金かかっちゃうよ? バイトしてれば問題ないだろうけど……ましろちゃん、中学生だしね」
「そういや静流もそんな事言ってたわね」
困った様子で財布を眺めるましろ。陽毬が思い出していたのは、以前皆でカラオケに行った時の話だ。
ましろは良い子ちゃんであり、学業や私生活に必要な金は都度両親からほぼ無制限に支給されるわけだが、自由に使える小遣いというものは限りなく少ない。
普段から優等生然としているましろが、ゲームセンターで遊ぶための小遣いを両親にせびったところで、滞り無く事が済むとは思えなかった。
「ましろ、今幾ら持ってるんだ?」
「えっと、四百円です」
「…………マジか」
「はい……マジです……」
春子も苦笑を浮かべ、それから頭をわしわしと掻き。
「んー。古着を売るとか……バイトが出来ない以上、身の回りのものを切り崩して金を稼ぐしか無いかなあ」
「しかし、私の服は全て両親が買ってくれたものです。それを無断で売り払うというのは些か良心が痛みます」
「ワンプレイ、二百円だっけ? アタシが出してやってもいいけど……継続的には難しいなあ。そうなるとまたましろが仲間はずれになっちゃう」
困った様子で考えこむ二人を交互に眺め、ましろは小さく頷く。
「いえ、やっぱり大丈夫です。無理を言って困らせてしまいました。ごめんなさい」
「ましろ……。いや、そんなの全然謝ることじゃないわよ」
「うん、そうだよ。だけど、何かいい方法がないかな……」
「あ、あれ? 女の子だけで集まって、今日はどうしたの?」
その独特などもり口調に全員で振り返ると、そこには三河の姿があった。
「あ、三河さん。今日もぼっちですか?」
「ぼ、ぼっちじゃないよ! あれぇ? 神埼来てないの? あいつ今日来るって言ってたのに……流石DQN、スタイリッシュ約束不履行。それより君達はどうしたの?」
ましろはポンと両手を合わせ、それから三河に説明を始めた。
皆で一緒にクアド・ラングルで遊びたいのだが、ましろは中学生でバイトもできず、お金がないので仲間はずれになっている……それをやや大げさに身振り手振りに語りかけた。
「そっか……それはかわいそうだね。それで、いくらほしいんだい?」
頷きながら三河はブランド物の財布を取り出す。中にはぴんとハリのある1万円札がビッシリ入っていた。
「ぐわっ!? こいつオタクのくせに金持ちだぞ!?」
「えっとね、春子ちゃん……オタクの人って結構お金持ち多いんだよ? 知ってるでしょ?」
「三河さん……本当にいいんですか?」
「え? いいよ? だって、クアランの新規ユーザーが増えるのは大歓迎だしね。先輩として、僕も支援してあげないと。それにましろちゃんはいつも良くしてくれてるし、あのバカの神埼の面倒もみてるんだもん。これくらい得したっていいはずだよ」
これが嘗て初心者狩りと呼ばれていた男のセリフでなければ、多少はイケメンなのだが……。
「でも、悪いです。お礼に私に何か出来る事はありませんか? 私に出来ることならなんでもします」
「えっ!? な、なんでも……!?」
真っ直ぐに自分を見つめるましろの瞳にごくりと生唾を飲み込む三河。顔を真っ赤にして震えていると、側面から飛び込んできた春子の蹴りが柔らかく丸い身体を強かに打ち付けた。
「何ジロジロ見てんだゴラァッ!! キモいんだよ!!」
「は、春子ちゃん……やりすぎ……」
「やり過ぎなもんか! こいつ今完全にましろを視姦してたわよ! この性犯罪者!!」
「な、なにすんだよぉ……! 僕はそんなことしない! 確かに僕は小さい女の子も大好きさ! だけど、やっていいことと悪いことの区別くらいついてる!」
倒れた時に長椅子に顔面をぶつけた三河は鼻血と垂らしながらわなわなと立ち上がる。
「美少女は世界の財産なんだ! 悪漢共から守らねばならない! ましろちゃんはこんな僕にいつも優しくしてくれた。一緒に遊んでくれた。お前みたいなDQN女とは違う、僕の天使なんだ! 僕は僕の信仰対象を汚すような事は絶対にしなぁい!!」
びしりと指差し、瞳を見開き叫ぶ三河。そこへ歩み寄り、ましろはそっとハンカチを差し出す。
「三河さん、鼻血出てます。どうぞこれを使って下さい」
「ましろちゃん……」
見つめ合う二人。穏やかに微笑み合うと、三河はそっとましろのユニフォンを手に取り、マネーチャージャーで一万円分電子マネーを入金すると、男前の笑顔でそっとましろに差し出した。
「さあ、これをおつかい。僕の事は気にしなくていいんだ。あんな惨事女より、僕の天使は君なんだからね。ましろちゃんは2.5次元、常考」
サムズアップすると男は颯爽と立ち去っていった。春子は自らの肩を抱きながら、ぞわぞわと背筋を駆け上がる悪寒に耐えている。
「うわぁああ、キモッ! あいつほんっとキモい!! なんなの!? 顔ブサイクすぎなんだけどッ!」
「でも、いい人なんですよ。いつもお金くれるし」
「…………静流ちゃん。ましろちゃんがいつの間にか、三河さんを飼い慣らしています」
遠い目で幼馴染に語りかける陽毬。ましろは無表情にダブルピースしていた。
「それじゃあ、ターミナルでアカウントを作った所で、まず最初に所属する企業勢力を選ぶんだけど……二人共静流ちゃんと一緒に遊びたいんだよね?」
頷く二人。クアド・ラングルは四つの勢力に別れ、競い合うゲームだ。しかしそのプレイスタイルは対戦だけではない。
コンピューター操作の敵との練習戦や、複数人で協力し課題をクリアするミッションモードもある。静流は殆どそうしたコンテンツで遊んでいないようだったが、言えばましろや春子に付き合って一緒にプレイはしてくれるだろう。
他には集団戦であるレギオンモードなどもある。対人コンテンツで遊ぶにせよそうでないにせよ、とりあえずは静流と同じアヴァロン・メカニクスを選んでおくのが無難だろうか。
「じゃあ、二人共アヴァロンでいいかな? アヴァロンはエネルギー兵器とバランス性に優れた機体が多いから、初心者にもオススメだよ」
「ましろはそのアヴァロンっていうのでいいんじゃない。けど、アタシは静流とは違うところのやつがいいな」
「あれ? そうなの?」
「皆一緒じゃつまらないでしょ? 陽毬はこのムラサメワークスってところだっけ? なら、アタシはオールド・ギースにしておくよ」
確かにオールド・ギースは安定性に富んだ企業姿勢なので、癖がなく扱いやすい機体が多い。初心者にはギースかアヴァロン、というのがテンプレでもある。
「わかった。じゃあ春子さんはオールド・ギース。ましろちゃんはアヴァロン・メカニクスだね」
となれば、必然二人の初期機体は決まっている。ましろはイフリートMk.2、そして春子はデストラクトというわけだ。
「兄さんと同じイフリートですね」
「ん? 静流と同じなのか? それはなんか面白くないなあ」
「なんで春子ちゃん、他の人とかぶってるのが嫌なのかなあ……」
苦笑を浮かべる陽毬。このバージョンの初期機体は優秀だ。そのままでも高い性能を持っているし、勿論扱いには癖がないのだが。
「ねえ陽毬、他の機体を選ぶ事はできないの? アタシはもっと動きやすそうなのがいいんだけど」
「うーん……初期機体を売り払って他の機体を買うか、パーツだけ交換するのが主流だけど、初期状態だと資金がないからね」
「クアド・ラングルのパーツって、譲渡可能でしたよね?」
頷く陽毬。それを確認し、ましろはユニフォンで通話を開始する。
「……あ、もしもし。三河さんですか? 実は、クアド・ラングルの件で相談があるのですが……。はい。そうなんです。初期機体なんですけど、兄さんと同じ機体は嫌で……はい。初期機体を売って資金を作って……はい。え? それだと足りない? パーツをくれるんですか? でも、本当にいいんでしょうか……。わかりました。さっきの場所で待ってます」
通話をきったましろが無表情にピースを作ると、陽毬は戦慄した。
しばらくすると全身汗だくの三河が駆け込んでくる。一度帰ったのに呼び出されたのだが、それでも全力で駆けつけるところで男を見せた。
「それで、初期機体だけど……ハアハア。僕の持ってるパーツでよければ二人に譲るよ……。それに、アセンブルの相談にも……ハア……乗るよ……」
「ちょっと、汗臭いから近寄らないでくれる?」
「我慢して下さい春子さん。少し我慢するだけで全てが解決します」
ましろがジュースを与えると三河は一気に飲み干し、汗を吹いて一気に語り出した。
的確に二人の注文に応え、パーツを提供し、アセンブルを組んでいく。そうしてあっという間に二人の専用機が出来上がった。
「三河さん、流石です。なんでもできますね」
「ま、まぁ一応ベテランプレイヤーだしね!」
「これもう遊べるの? 早速三人でやってみようよ!」
「わかりました。では三人でプレイしてくるので、三河さんはもう帰って大丈夫です。お疲れ様でした」
クアド・ラングルのミッションモードは三人用であった。
ましろは手を振り女友達と一緒に筐体に消えていく。残された三河はふっといい笑顔を浮かべ、その場を後にした。




