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電装戦記クアド・ラングル  作者: 神宮寺飛鳥
【春風は遠く】
19/24

5-3

「春子、今日こそ帰りに……」

「神埼、今日バイトでしょ? そこまでちょっと付き合ってよ」


 放課後の教室。鞄を肩に掛けイヤホンを取り出そうとしていた静流に春子は声をかけた。


「ん? 別にいいけど……なんか武田に話しかけられてなかったか?」

「は? 武田に? 気のせいじゃない?」

「そ、そうか。ならいいけど……」


 春子は全く気にしていない様子だが、武田はすさまじい怨念を込めた眼差しを静流に向けていた。背中にひしひしと悪寒を感じながらも静流はそそくさと教室を後にする。

 二人は同じバイト先、喫茶店ミモザで働いている。今日は二人一緒に働く日ではないが、静流はバイトがある以上ミモザに向かう。その間を狙う作戦だった。


「まだ一時間近くあるなあ」

「こういう時はどうしてるの?」

「んー……駅前の本屋とかウロウロしてから行ってる。でも今日はこれといって買い物する予定もないな」


 学校の駐輪場で時間を確認する静流。春子は静流のバイクの上に座ってそれとなく足止めしつつ話を切り出した。


「神埼、最近ゲーセンに通ってるでしょ」

「お? なんで知ってるんだ?」

「この間見かけたの。それで、気になったから後を追いかけたんだ。すばるってゲーセン」


 静流は特に驚くでもなく話を聞いていた。若者の遊び場なんて限られている町だし、同じ活動範囲内なのだからそういう事もあるだろう、くらいにしか考えていない。


「でね。そこで小日向陽毬って子と会った」

「へ?」

「で……アンタと陽毬がどんな関係なのか聞いた。一ヶ月くらい前に何があったのかも」


 これに関しては驚きを隠せなかった。静流は学校では見せたことがないような慌てた表情で、後頭部を掻きながら苦笑する。


「いや、まいったな。なんでそういう事になったのかよくわかんねーが、お恥ずかしい限りで。これが女の噂話ネットワークの効果か……」

「陽毬の名誉の為に言っておくけど、あの子が勝手に喋ったんじゃなくて、アタシが聞き出したんだ。神埼、最近付き合い悪くなったでしょ?」

「付き合い? 俺がか?」

「前は誘えば……大体いつでもついてきてくれたじゃん。まあ確かに、今思うといつも上の空だったけどさ」


 静流は他の友人と一緒に居る時も、春子と一緒に居る時も、どこか心ここにあらずな態度を取る事があった。

 彼はずっと悩んでいたのだ。「これでいいのか」と自問自答しながら。だからいつも本気ではなかったし、本気ではないことをいちいち記憶していない。


「そう……か? そういうつもりはなかったんだが……確かに最近は春子に誘われても付き合わなかったかもしれん。悪かった」

「あ、いや、それはいいんだ。悪かったのはこっちもだし」

「春子がなんで俺に謝るんだ?」

「実は……これも悪気はなかった事なんだけど、アタシ、ずっとアンタの妹と会ってたんだ」

「ほっ?」

「神埼ましろってんでしょ、アンタの妹。ましろはもう長い間、アタシらのバイト先にミモザに通ってたんだよ。アンタを心配してね」


 これが、ましろや陽毬と相談して決めた、とりあえずの答えだった。

 春子は神埼という張本人の居ないところでこうして女連中が話を進める事は、あまりよくないと考えた。蚊帳の外に置かれる事の居心地の悪さをよく理解していたからだ。

 こうなっては最早、わだかまりや気がかりを解決するにはすべて白状してしまった方がいい。ましろや陽毬の同意を得て、春子はそう結論づけた。


「あいつ、そんな事を……ったく、余計なお世話だっつの」

「そう言うなよ。あの子は本当にアンタの事を心配してたんだからさ。家族思いのいい妹じゃない」

「それに関しちゃ否定しないけどな……。で、つまり春子はそのカミングアウトを俺にしたかったのか?」

「そうじゃないよ。だから……さ。ましろや陽毬とは、アタシも友達になったんだ。つまり、アタシ達は共通の友達ってことになるだろ? だから、皆で遊ぶ時は、アタシも誘って欲しいなって……」

「全然いいぜ。俺、春子の事結構好きだし」


 あっけらかんと答えた静流に春子の顔が真っ赤になる。それから静流はポンと手を打ち。


「あ、違う。そういう意味じゃないから」

「…………わかっとるわ!!」

「お前ってさ、確かにちょっとヘッポコなトコあるけど、基本的にいいやつだし。男女で差別もしないし、比良坂に入ったばっかでボケっとしてた俺に声かけてくれたのもお前だったろ」

「そう……だっけ?」

「だよ。俺、本当は比良坂に入りたくなかったんだ。自分で言うのもアレだけど、もっといい高校にも入れた。陽毬の事知ってるなら隠す理由もないから言うけど、俺はあいつと同じ学校になる可能性を排除したかったんだ」


 少しランクを下げただけでは陽毬も下げてくる可能性がある。だから思い切ってバカ校を選んだ。

 陽毬は中学時代から成績がすでに良かったので、おかしな進路を希望すれば当然親にも教師にも反対されると踏んでいた。そしてそれは静流の目論見通りになった。


「だから高校に入ってからも、なんか全部やる気がでなくてさ。友達作るのも億劫だったんだ。だけど春子、お前が俺に声を掛けてくれたんだよ。しみったれた顔してた俺を、皆の輪に混ぜてくれた」


 春子は「そうじゃない」と言いたかった。だがそれは言えなかった。

 静流に声を掛けたわけじゃない。静流“にも”声を掛けたのだろう。

 中学時代の嫌な思い出をすべて振り切る為に、高校では心機一転、新たな生活をしたかった。だから友人関係にはこだわっていたし、その選択肢は出来るだけ増やしておきたかった。

 そんな中で、春子はきっと静流に自分と同じものを感じたのだ。だから放っておけなかった……いや。彼となら分かり合える。そんな淡い期待を抱いていたに違いない。


「思えばお前はずっと俺の事気にかけてくれてたんだな。ミモザの事もそうだ。なんか俺、周りの事全然見えてなかったんだな」


 腕を組み、納得したように頷く静流。しかし……。


「俺達大体集まってるのはゲーセンだぞ? お前ゲーセンなんか行くっけ?」

「いや……普段は全く行かない」

「金もかかるし、面白くないんじゃ来ても意味ないと思うぞ? 春子、確か一人暮らしの金貯めてんじゃなかったっけ?」

「そうだけど……まあ、それは……ホラ。なんか別の所節約するとか……い、いいんだよアタシの心配なんかしなくて。アタシが金を何に使おうがアタシの勝手だろ!」

「お、おう……そうだな。んじゃ、また今度改めて二人を紹介するよ。とりあえず今日はバイト行くから、また今度な」

「うん。静流が好きな……ナントカってゲームの話も、教えてよね」


 二人は笑顔を向け合い、それからしばらく談笑した。

 そんな二人の姿を遠巻きに眺める武田少年の姿に、結局春子が気づく事はなかった……。




「そっか。それじゃあ静流ちゃんとは上手く話が出来たんだね!」


 そのままの足ですばるへ向かった春子に陽毬が合流する。二人はすでに連絡先を交換してあり、SNSで直ぐに話をする事が出来た。


「ああ。これも陽毬のおかげだよ。なんか、色々ありがとね」

「ううん! 静流ちゃんのお友達だもん、当然だよ。それに私達、もう友達だもん」

「そうだよねえ。友達にしか見せられない部屋見せちゃったもんねえ……」

「その記憶はもうなんとかして忘れてーっ!! お願いしますぅぅぅ!!」


 からかうように笑う春子に陽毬は泣きつく。とはいえ、春子に悪気はないという事は陽毬もわかっている。

 あの日、陽毬のオタク部屋に入った春子の価値観はなんだか色々な意味で粉砕された。ああ、こんな美少女でもこうなっちゃうのか……という事をつくづく実感したのだ。

 それからマンガやアニメ、ゲームのグッズが満載の、しかし整理整頓された博物館のような部屋をましろに案内され……その間陽毬はずっとベッドに突っ伏していた……直接陽毬というオタクを理解する事で、少しだけ心構えが変わったように感じた。

 小日向陽毬はまっすぐで純粋で、とても前向きな人格だ。明瞭の生徒会長で、美少女で、信頼を集める立場にある。それとオタクは関係ない。そう結論づけるしかないわけで。


「実際、静流は今幸せなんだもんな。それをアタシの都合でどうこうは出来ない。だったらアタシの方が歩み寄るしかないのかなって」

「……うん、そうだね。他人を変えるのは難しいよね。嫌いなものを好きになるのも、好きなものを嫌いになるのも。だから、人と人とが少しずつ相手に合わせていく必要があるんじゃないかな」

「お陰で少しだけど、静流の事がわかった気がするよ。コレを切っ掛けにこれまで以上に仲良くなれそうだし……でも、良かったのか?」

「うん? なにが?」

「アタシ達一応恋のライバルになるわけだろ。敵に塩を特盛りで送ったと思うんだけど」

「それ以前に、私達は友達でしょ?」


 悪びれなくニッコリと微笑む陽毬のこういう所が好きなのだ。こうも堂々とされちゃ、反論のしようもない。


「ありがとね、陽毬。ついでで悪いんだけど、アタシはどうにもゲーセンの楽しみ方ってのがわからない。静流と遊ぶ前に予習しておきたいんだ」

「勿論、任せて! ここにはもう年単位で通ってるから、だいたいのことはわかるよ!」


 こうして二人はすばるの扉を潜った。陽毬はまず女子高生が好きそうなものという事でクレーンゲームをしてみたが、こういうのは春子には向いていなかった。

 春子はジックリ考えるとか精密に操作するとかそういうのが苦手なのだ。どちらかというとパンチングマシーンとかのほうが楽しそうだった。


「静流ちゃんがやってるテクニ・カ・レッジって音ゲーがあるんだけど、向いてるんじゃないかな?」


 テクニ・カ・レッジは、大型モニタに映しだされたキャラクターと同じダンスを踊るという音楽ゲームだ。

 カメラで自分の映像を認識し、音楽に合わせて決まったポイントで動きを照らしあわせ、得点とする。難易度を上げていくとポーズチェックポイントが増え、より完全に同じ動きを要求される、というものだ。


「これ前に静流がやってたな」

「二人プレイも出来るからやってみようよ」

「アンタこれ出来るのか?」

「え? できないよ? 私ドン臭いし」

「え?」


 そう言いながら陽毬は電子マネーで決済を終え、ゲームを起動する。

 二人はチュートリアルだけ終えると、低難易度の曲に挑戦。陽毬は宣言通りドン臭いというか音に全くついていけず、一人でワタワタと手足をおかしな方向につきだしていた。

 一方、春子は適正を示し、低難易度の曲ならば初見でクリアできた。調子に乗ってレベルを上げていくと、陽毬だけが全くついてこれずに慌てふためき、春子はそれを見ながら楽しげに笑う。

 時折交代や休憩を挟み、二人は繰り返しゲームをプレイした。春子にコツを教わると陽毬もある程度上達し、最終的には二人揃って低難易度の曲をクリア出来るようになった。


「これ面白いね~。ゲームなんてホント、子供の時以来だったけど……うん、こういうのならいいかな」

「音楽も……はひぃ……おしゃれで……はふぅ……かわいいでしょ……ひぃ……」

「……アンタ大丈夫か? 本当にニブいのね……」

「そうなんです……はあ、ふう。少し落ち着いた。静流ちゃん、このゲーム結構やりこんでるから……一緒にやったら、楽しいんじゃないかな?」


 胸に片手を当て、汗を拭いながら微笑む陽毬。その笑顔は同姓から見ても魅力的で、思わずどきりとしてしまう。


「陽毬ってホントいいやつだね。最初、勝手に偏見持って変なこと言ってゴメン」

「え? いいよ、全然気にしてないし」

「でも詫びは入れなきゃな。わだかまりがあるままじゃ、本当の友達にはなれない」

「……ふふふ。春子さんってすっごく真面目だよね。見た目は……ちょっとちゃらちゃらしてるのに、不思議だね」

「そう……かな? 自分ではちゃらちゃらしてるつもりなんだけど」

「そうかもね。だけど、心の根っこは真面目で、凄く思いやりがあると思う。人は見た目によらないってことだよね」


 納得したように頷き、春子は笑う。なるほど、その通りだ。陽毬だってこんなだが喋るのはバリバリ日本語で、真面目で優秀でエリートな明瞭の生徒会長なのに、自分のような者とも話をしてくれる。友達になってくれる。


「……よし! せめてお礼に今日は何か奢らせてよ。とりあえずジュース買ってくるから、何がいい?」

「え? 悪いし、いいよ。私、明瞭でこうやって一緒に遊べる友達いなかったから、今日すごく楽しませて貰ってて、むしろお礼を言いたいくらいなのに……」

「あーもうわかったから。アンタがいい子ちゃんなのはわかったわかった。もう勝手に買ってくるから、そこで座って少し休んでな」


 ニコニコしながらベンチでおとなしく待つ陽毬の姿に何か大型犬のような感じを抱きながら自動販売機に向かう。


「陽毬は……なんか炭酸苦手そうだからお茶系にしとくかな……」


 シュワシュワして飲めなーいとか冗談抜きで言いそうだ。そしてそれは恐ろしい事にあたっている。

 自分はコーラ、陽毬には紅茶を買って苦笑い。陽毬にはこういう、ちょっとお高そうな飲み物がよく似合う。

 二つのペットボトルを手に陽毬の元へ戻ると、そこには陽毬の姿はなかった。見ればクアド・ラングルの筐体の傍で誰かと話している。


「おーい、ひま……」


 そこで春子の動きが止まった。

 陽毬は以前にも見たあのキモオタと話をしていた。だが驚いたのはそこではない。キモオタについては、名前が三河であるという事まですでに聞いていた。

 だから聞いていなかったのは三河の隣に立っていたスーツ姿の男の方だ。男も春子に気づいた様で、視線を向けてくる。


「あ、春子ちゃん。この人が良く静流ちゃんと遊んでる……」

「――親父」


 きょとんと目を丸くする陽毬。春子は陽毬に歩み寄りペットボトルを両方渡すと、間に入るようにして遠見を睨みつけた。

 その視線には冷めた怒りと軽蔑が込められている。状況がわからず混乱する三河と陽毬を他所に、春子は言葉を続けた。


「こんな所で何やってんだよ。仕事中の筈だろ。サボってゲームなんてしてていいのかよ」

「春子……驚いたよ。こんな所に君がいるなんて……」

「驚いたじゃねーよ。何やってんだよ親父……。なんで高校生に混じって仲良くゲームしてんだよ。頭おかしいんじゃねえの……?」

「春子さん、遠見さんの知り合い……というか……親子なの?」

「そうだよ。アタシの名前は春子……遠見春子だ。そいつはアタシの実の父親だよ。情けない事にね」


 遠見は娘からの暴言に一切反論せず、表情も変えなかった。春子も激昂するでもなく、まるでさらりと流すような口調。それだけで陽毬はこの二人が日常的にこんな状態にあるのだと悟る。


「もうオタクはやめたんじゃねーのかよ」

「そうだね」

「だったらなんでゲーセンにいるんだよ……」

「ゲームセンターは、オタクだけが集まる場所じゃない。だから私は、“ちゃんと”パチンコを打っていたよ」

「そういう問題じゃねーだろ!」

「ちょ……ちょっと待って! 春子さん、一回落ち着こう? ここで騒いだらみんなの迷惑になるから……」


 陽毬の言葉に歯ぎしりしながら俯く春子。それから振り返ると、近くを歩いていた佐々木と守谷をふっ飛ばし、店から飛び出していった。


「春子さんは私が追います! 三河さん、遠見さんから話を聞いておいてください!」

「え、ちょ……ぼ、僕~っ!?」

「三河さん、また何かしたんですかー?」

「何もしてねーし!! なんだよこの状況、僕何も悪くないだろ!?」


 佐々木と守谷にジト目で見られる三河を残し、陽毬は走り出した。店から飛び出したとしても春子の行き先は決まっている。だから別の出口から先回りすればいい。

 春子は必ず原付きのある駐輪場に向かうはずだ。それさえわかっていれば、追いつくのは難しくない話だった。

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