5-1
「神埼、お前いつまでイフリートMk.2に乗ってるつもりなんだ?」
クアド・ラングルで一戦交えた静流と三河は同じテーブルにつき、紙コップのジュースを飲みながら息抜きをしていた。
戦績は三戦して三河が二勝で勝ち越し。静流は得意の切り払いや近接装備で三河を追い詰めるが、三河は丁寧な射撃と高い装甲で静流に競り勝つパターンが多い。
そもそも、静流が得意とする切り払いは予め相手を知っておくか、わかりやすいモーション、おおぶりな武器を相手にして初めて真価を発揮する。
三河は静流の切り払いを既に承知の上なので、今は装甲を高めつつ機動性を重視し、デストラクトから別期待に乗り換えていた。
「いつまでって……俺、そもそもイフリート型が好きでこのゲーム始めたような所あるからなあ」
「イフリートは確かに優秀だけど、所詮初期機体だから。普通は自分のスタイルに合わせて、次の機体に乗り換えていくものなんだぜ」
三河は今はデストラクトではなく、同じオールド・ギース製の重装甲二脚型ウォードレッド、“ブリッツダスト”に乗り換えていた。
デストラクトよりも装甲や積載重量で劣るが、機動力が高く汎用性を重視している。近距離戦には二丁のビームマグナムで、白兵戦もヒートダガーで対応出来るように調整している。
また対静流用に敵を吹き飛ばすエーテルバーストやスタンマインを設定。静流は遠距離射撃は見てからでも着弾までに切り払ってくるので、狙撃系は余り通用しない。結果、こんなアセンブルになっていた。
「イフリートは汎用性を重視してるが、今のお前は無駄にしてるスペックも多い。積載重量とかそこまでいらないし。近接戦を重視するなら機動力あげたほうがいいし。射撃精度とかもいらんだろ」
「んー、まあ、そうなるんですかね」
「そ、それに反応速度を重視した設定にすべき。お前どうせマシン殆どいじってない初期状態だろ。反応上げれば切り払いもうまくなるし」
「一応朝比奈さんにいじってもらったけど、俺正直この辺のパラメーター良くわかってねぇからなあ……」
イフリート型には強い思い入れがある。それもその筈、彼が幼少期に陽毬と共に見たロボットアニメ、カオスレイダーの主人公機にそっくりなのだ。
カオスレイダーというアニメは静流達にとって忘れることの出来ない思い出だ。イフリートにその面影を見たからこそアヴァロン・メカニクスを選んだ。
陽毬――デイジーとの戦いでもイフリート・ゼロで挑んだ静流にとって、イフリート型は相棒と呼ぶにふさわしい。アセンブル知識を高めてこなかったのも、乗り換えという現実から目をそむけたかったからかもしれない。
「なあ三河。イフリート型って、今は初代イフリートとナンバーズ用のイフリート・ゼロ、それから最新バージョン3.0の初期機体であるMk.2しかないんだよな?」
「そう。初代イフリートの方が、Mk.2より高性能だから、そっちに乗り換える手もある。でも、今は初代より高性能で同じくらいのコストの機体とかもあるし、あんまオススメしない」
「イフリート・ゼロはナンバーズ……Sランカー用だから俺には当分無理だしなあ」
「て、手っ取り早く乗り換えろって。第一お前、ゲーム内クレジット何に使ってんだよ。機体買わなかったら貯まる一方だろ。十分、中級クラスの高性能機買えるだろ」
そう言いながら三河は自分のユニフォンでクアド・ラングルのデータベースを開く。
「Cランクで入手可能な機体で、アヴァロンだろ。お前、装甲よりも機動性を重視した方がいいよ。切り払いあるし。で、近距離射撃と格闘戦に向いてる機体だから……これは?」
三河が提示したのはイフリートよりやや細身なシルエットの中量級機体だ。アヴァロン製の機体は全体的にヒロイックなデザインで、騎士の甲冑を連想させる。
「これは“ジークフリート”。ナギサネルラと同じ、ソードウィングが最初からついてるのが特徴だな」
「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん、ひゃくまん……んんっ!? たっか!」
「ちょっとだけ性能が上の機体買っても金の無駄だからこれくらい思い切ったほうがいいぞ。本当はアヴァロン近接で最強系は“エクスカリバー”型だけど、エクスカリバーはAランクじゃないと入手できないし」
「初期武装は……実体剣、光学剣、光学盾、腕部内蔵ショットガンか」
「イフリート・ゼロと同じ“インフィニティ・エナジー”使えるし。オーバードライブ出せるだけほぼイフ2の上位互換じゃね?」
自らのクレジットと睨めっこしながら思い悩む静流。確かに機体性能は向上するし、何より今の静流のプレイスタイルに合うステータスで無駄がない。
「金貯めるのに一番手っ取り早いのって?」
「ミッション。お前対人ばっかやってるから全然ミッションやってないんだろ。デイリーとウィークリー回してるだけでも結構金は貯まる。あと時期もののイベント。レギオン戦の戦況に応じたイベントミッションが出てるからそれやれ」
「ミッションはNPC戦だからあんまり面白くないんだよなあ」
「最大三人まで同時にプレイできるし、イベントミッションならレギオン戦みたいに集団戦もある。食わず嫌いせずやれし」
思い悩みながら視線を泳がせると、丁度店に入ってくる見覚えのある姿が見えた。
相変わらずスーツ姿でふらふらと歩いているのは遠見だ。静流はまだ色々説明している三河を放置し、紙コップを捨てると遠見に歩み寄った。
「遠見さん」
「……ああ、神埼君。どうもこんにちは」
「くぉら神埼ぃ! 人の話は最後まで聞けし!」
両手を振りながら駆け寄ってきた三河は驚いた様子で静流と遠見を交互に眺める。
「神埼の知り合い?」
「のようなもの」
「はじめまして、遠見です。神埼君とは、時折お話をさせていただいてます」
三河は礼を返し、それから簡単に名乗った。静流は腕を組んで平然としているが、三河は冷や汗を流し。
「お前誰にでも突っ込んでいくな……そのバイタリティはどこからくるんだ」
「今日もメダルゲームっすか?」
「ええ……まあ、他にやることもないもので。とは言え、私はどうもギャンブルに向いていないようです。勝ち越した経験はあまりありません」
「だったら他のゲームしましょうよ。なあ三河?」
「えっ!? お、おま……全然見知らぬオッサンに良く平然と声かけられるよな……」
小声でぼやく三河に対し静流は人懐こく白い歯を見せ笑う。
「いいじゃねえか。一人より皆のほうが面白いだろ? それに遠見さんってなんかほっといたら死にそうな顔してるじゃん」
「ああ……まあ、なんかこう、幸薄そうな顔してるな……」
「何か興味のあるゲームとかないんですか? 競馬とか、クイズとか。誰でも出来そうなの結構あるぜ」
静流の申し出は正直な所遠見にしてみても意外なものだった。とはいえ、それがありがたいのも事実。
「ええ。私は最近のゲームには明るくないので、助かります」
「とはいえ、急にクアランやらせるわけにもいかなくね?」
三河の言う通り、クアド・ラングルはちょっと遊ぶだけには少々敷居が高い。
まず、ユニフォンに専用アプリを導入しなければデータがセーブ出来ない。必要経費も、ここではワンプレイ二百円だが、他のゲーセンならばもう少し張る。
比較的直感的に操縦が出来る形式になっているので、そういう意味ではコントローラをガチャガチャやるよりは取っ付き易いか。しかし二人の高校生には遠見のゲーム趣向が良くわからない。
「む、無理に高度なゲームさせるより、メダルゲームすべきじゃね?」
「ん~。まあそれもそうか。ゲーセンのゲームって継続して遊ぶにはいいけど、ちょっとやるだけって最近難しいよな」
「何事も練習必要だしな。まあ、店からすると頻繁に足を運んで貰いたいわけだから、当然の流れなんだが」
「なんだかお二人の邪魔をしてしまいましたか?」
二人は顔を見合わせ、それから同時に首を横に振った。
「俺も三河もどうせ暇なんで。三河はクアラン以外だと何やってんの?」
「“グラン・オブ・ソル”とか……カード使うやつな。格ゲーもまあそこそこやるけど」
「俺は“テクニ・カ・レッジ”とか……」
「音ゲーかい。音ゲーこそ初心者にはきつくね?」
「格ゲーとかカードよりましじゃないか? ……っていうかこうやって考えてみると誰でも気軽にすぐ楽しめるゲームってなかなか難しいんだなあ」
二人がああでもないこうでもないと意見を交わす様子を遠見は少し楽しげに眺めている。
「それではやはり、クアド・ラングルでどうでしょうか。私も以前から気になっていたものですから」
「いいっすけど、アプリ取らないとっすよ? あと少し金かかりますけど」
「それはまあ、社会人ですから。それにどうせ私はメダルゲームも負け続けなので、経費としては大差ありませんよ」
「な、ならターミナルにユニフォン翳してダウソするべし。直ぐ終わるし、ムービー見て世界観なんとなくわかるし」
三人はそんな話をしながらターミナルへと向かう。そういえばミッションモードは三人でも遊べたはずだ。
軍資金稼ぎにも丁度いいので、静流としては申し分ない。そしてミッションをやりたがらない静流がミッションをやるきっかけになるなら、三河的にも良い流れだ。
ともあれ、利害は一致している。三人はターミナルを囲み、各々ユニフォンを取り出し楽しげに談笑するのであった。
「ここが奴らの巣窟か……」
一方その頃、ゲームセンターすばるの入口前では春子が仁王立ちしていた。傍らにはましろの姿もある。
ここにたどり着くまで、ましろとしては違う“すばる”の可能性も考慮していたが、淡い期待は塵と消えた。ともあれどういうことなのか、ここは積極的に話を聞いた方がよいだろう。
「ここに春子さんの好きな人を唆したオタクがいるんですか?」
「そうだよ。なんかもう、いかにもオタクって感じのキモいやつが……」
脳裏にフワフワと浮かんでくる三河の画像を必死に掻き消し、そんな筈はないと自らに言い聞かせる。そうしている間に春子はずかずか進み、自動ドアを潜った所だ。
慌てて追いかけると、そこは慣れ親しんだいつものすばる。ましろはゲーム目的でここに来る事は殆どないが、鳴海という陽毬と共通の友人を目当てに時折足を運ぶ。
正直なところましろから見るとこのゲームセンターにどんなゲームがあり、どんな人が通っているのかなんてことは興味の範囲外だった。
ましろにとって大事なことは身近な友人、そして兄のことだ。そういう意味で、こうして改めてすばるに来るのは新鮮に感じられた。
「それで、どこにオタクがいるんですか?」
「うん。なんか、よくよく見てみたらそんなにオタクだらけって感じでもないのな。JKいっぱいいるし」
「そりゃそうですよ。プリクラもクレーンゲームもあるんですから。春子さんプリクラ撮ったことないんですか?」
「あるけど……んん? そういえばアタシ、プリクラを撮りにゲーセンに入った事ない気がするぞ?」
「まあ、今はデパートの一角とか、ショッピングモールとかに唐突に置いてありますけど……」
「映画館とかね」
そんな話をしながら歩いて行くと、何故か春子の足はクアド・ラングルのある大型筐体ブースに向かっていく。
そして春子は物陰に隠れながら指さした。そこには筐体の前、ターミナルモニターを眺めている三河の姿があった。
「ふほっ」
「え? ましろ、どうした?」
「い、いえ……なんかもう、絵に描いたようなっていうか、思い描いた通りっていうか……いろいろな意味で……」
「でしょでしょ? もう、超キモオタって感じ!」
「あ、あれが春子さんの片思いの相手……なわけないですよね」
そんなことは確かめるまでもないと思い直しながらもましろは笑いをこらえるので必死だった。
話を聞いてなんとなく想像していた三河の姿がこう、ガッチリ噛み合ってしまったのがどうにも笑える。いや、三河には申し訳ないのだが。
「それにしても、三河さん……オタクの普及活動なんてしていたんですね」
「そうなのよ! あのエロ豚、なんかもうパンツ丸見えみたいな女のフィギュアについてすっげえ一生懸命喋ってて、もうキモ過ぎて思い出しても鳥肌立つわ」
いや、春子さんもパンツ見えそうなくらいスカートガン上げじゃないですか、とは言えなかった。
そうして様子を伺っていた時だ。背後からポンと肩を叩かれましろが振り返ると、そこには小日向陽毬の姿があった。制服姿であるところを見ると、どうやら学校帰りらしい。
「こんにちは、ましろちゃん。そんなところで何してるの?」
「陽毬ちゃん。実は、ここで……」
「……あーっ! あの時のオタク女!!」
答えをかき消す春子の声に二人は同時に目を丸くする。陽毬は左右にきょろきょろと視線を巡らせた後、自分を指差し。
「わ、私ですか?」
「そうだよ! なんで金髪なんだよ! その制服明瞭だろ、校則違反だろ!」
「……えーっと……私のコレは地毛っていうか……そもそもあなたも茶髪なような……じゃなくて、オタクって?」
「ましろ、こいつだ。こいつがアタシの好きな男を誑かしたオタク女なんだ!」
「ほっ?」
思わず目が飛び出そうになった。いや待て落ち着け。一瞬で色々な推理がつながってしまったがまだそうとは限らない。確認しなければ。
「そういえば春子さんの好きな方というのは……名前はなんというのですか?」
「あ? 神埼だよ。神埼静流。アタシのクラスメイトだ」
「ぶふぉっ」
思わず膝をつき、ぷるぷる小刻みに振動しながら笑いをこらえるましろ。今度は二人が困惑した様子で固まっている。
なんだか急に何もかもがつながった。それもそうか。思えば静流と春子は同じバイト先。それが偶然ではなく、春子の意思によるものだとすれば簡単な話だ。
そも、ましろがあの喫茶店ミモザにかよっていた理由。それは、兄である静流の事が心配だったからだ。
静流と直接顔を合わせるのは気後れしたが、静流がどんな店でどんな人達と一緒に働いているのかを知る事は出来る。静流のシフトは、部屋に無造作に置いてあるシフト表を見れば直ぐ分かったし。
「ましろちゃん、この人は……?」
「えっと……春子さんです。兄さんと同じバイト先で働いている……」
「は? “兄さんと同じ”? どういう事?」
額に手をあて悩むましろ。とりあえずこの場をおさめる為、二人を連れて店を出た。向かったのは隣にある牛丼チェーン店である。
三人で席につくと、丁度腹が減っていたし夕飯にすると言って特盛りを頼んだ春子につられ二人も牛丼を注文。良くわからない微妙な空気が流れた。
「……ってことは……ましろは静流の妹って事なのか!?」
「はい……隠しているつもりはなかったのですが……」
「ましろちゃんは静流ちゃんのバイト先が気になって、心配で見に行ってたんだよね?」
「そういうことになります」
「じゃ、じゃあアンタのバカな兄貴って……静流の事なのか?」
「はい……。それで、そのバカ兄がすれ違っていた幼馴染が……」
目をそらしながら指さした先、陽毬はまだ状況が良くわからない様子でニコニコしている。春子は両手で頭を抱え。
「なんだこの状況……」
「はい……」
「うん? えっとね、私まだ良くわかってないんだけど、春子さんはましろちゃんの友達で、静流ちゃんのクラスメイトってことでいいのかな?」
「だいたいそういうことになります」
「いつも静流ちゃんがお世話になってます」
「なーーーーんでアンタが頭下げんだよ!? アンタは静流のなんなんだ!?」
「えっ? ただの幼馴染……です?」
「何で自分でもよくわかんねえ感じなんだよ! あーーーーっ、なんだこれーーっ!!」
髪をわしわしとかき乱しながら立ち上がる春子。そこへ牛丼を運んできた店員が迷惑そうな目を向けるが、その百倍以上の鋭さで春子が睨み返すと、店員はそそくさと去っていった。
「……まあいいや、食おう。なんか色々考えたら腹減った」
「多分ですが、春子さんは兄とそれ以外の人々の事を誤解している部分があると思います」
「でもその女がオタクなのは事実だろ? 美少女フィギュア貰って喜んでたんだから」
「はうっ!? た、確かに私は、そういうところもあるけど……ていうか、わりとオタクだけど……」
胸の前で左右の人差し指を突き合わせる陽毬。ましろは冷や汗を流し。
「えっと、とりあえず……春子さんが何を見たのか、そこから説明してもらえますか?」
「ああ……。あれは一週間くらい前……」
こうして陽毬とましろは春子の話を聞き始めた。そしてその中で起きている誤解と、ある意味に置いて間違いではない現状についてどう説明すべきか、牛丼を食べながら頭を悩ませるのであった。




