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電装戦記クアド・ラングル  作者: 神宮寺飛鳥
【クイーン・オブ・ソード】
13/24

3-5

「――まず、お前が真っ当な手段で陽鞠に勝利する事は不可能だろう」


 それは朝比奈が修行開始初日に静流に言った言葉であった。

 相手はOPC。剣の女王の名を冠する怪物である。その力は実際に刃を交えた静流もよく理解している。コマンドの正確さ、知識量、情景反射、即ちプロクシーの技量と呼びかえる事が出来る全ての能力において、陽鞠は静流を凌駕している。


「力量で勝てない相手に勝つ方法はシンプルだ。ずばり、装備で上回ればいい。だがお前にシックザールを貸したとしても機体性能はいいところ五分、決してナギサネルラは超えられない」


 であれば、結局の所真っ当に戦えば勝算はないという事になる。となれば真っ当ではない方法、騙まし討ちだろうがなんだろうが仕掛けるべきなのだが。


「まず、陽鞠の反射と知識量ならこっちが仕掛けてきそうな事は全部反応して対策してくるだろう。そもそも一対一の状況で不意を討つなんて事は基本的に不可能だ。三河の時に上手く行ったのは相手がお前を嘗めきっていたからであって、陽鞠はそこまで生温くなかろう」


 故に、勝利の二文字は遥か彼方。まるで霞を掴むような話に過ぎない。


「それでもお前が食い下がるというのなら、方法がないわけではない。遠すぎる勝ちの目を少しでも出安くする為に、出来るだけの事はしておけ。この際卑怯だなんだ言っている余裕はない。いいか、静流――」




 光を帯びて加速するシックザール。その刃の一撃はナギサネルラの切り払いと衝突したが、それを無視して強引に次のモーションへと接続する。


「おーっと、オーバードライブモードの発動だ! これは静流君勝負を決めに来たねぇ!」

「オーバードライブモード……?」

「初心者には縁のない言葉だから知らなくて当然だね。オーバードライブっていうのは、二十秒間限定で機体性能を爆発的に強化する奥の手だよ。要するに覚醒技。使用出来る機体には制限があって、しかもオーバードライブユニットっていうのを積まなきゃいけない。そしてオーバードライブ中にはアンリミテッドスキルという機体固有の特殊能力が発動する」


 周囲に説明する三河。画面の中ではクラウ・ソラスを両手持ちしたシックザールが機体を分解されながらも凄まじい猛攻を仕掛けているのが見える。


「イフリート・ゼロのアンリミテッドスキルは【インフィニティ・エナジー】だ」


 通常、エネルギー兵器の使用にはエナジーゲージという物を使う。

 実弾に比べ威力が高く、チャージ攻撃も可能なエネルギー兵器だが、弾数の他にこのエナジーゲージという物を気にしながら戦う必要性を持つ。攻撃すれば攻撃するほど、防御すれば防御するほどエナジーゲージを消費するのだ。


「限界突破した機体はこのエナジーゲージが無限になる。つまりどれだけ消費量の多いエネルギー武器を連打してもオーバーヒートを起こさないって事さ」


 それが可能にする高出力武器の連打。本来二回も連続で放てばオーバーヒート確実であるクラウ・ソラスを幾ら使った所で何の問題もない。それどころか本来は数秒を要するチャージ攻撃に必要な時間もゼロになり、スーパーアーマー化により切り払いを受けても決して怯む事無く連続攻撃を繰り出せる。


「フルチャージのクラウ・ソラスは直撃すれば恐らくナギサネルラでも落とせる……だけど」


 驚愕すべきは陽鞠の技量である。先程までの意趣返しと言わんばかりにフェイントを織り交ぜ乱舞攻撃を繰り出すシックザールだが、ナギサネルラは全ての斬撃を見切り、必要な攻撃だけを切り払い決して隙を見せようとはしない。


「それだけじゃ勝てないぞ、神崎!」


 口元を歪める陽鞠。最後の力押しもナギサネルラには届かない。オーバードライブが持つのはたった二十秒だけ。刻一刻と過ぎて行く時間を陽鞠は悠々と数えている。


「一か八かの特攻……昔の静流ちゃんみたいで好きだけど。でもそれは愚かだよ」


 軽やかに刃を滑らせ全てをやり過ごすナギサネルラ。観客が息を呑むほど、背筋にぞくりと悪寒が走るほどその動きは正確無比。一切の緩みが介在する余地はない。


「まだ……まだあぁあああっ!」


 叫びながら右腕を前に突き出す静流。素早くコマンドを入力しシックザールが唸りを上げる。


「エナジーバースト……?」


 眉を潜める陽鞠。背後に仰け反ったナギサネルラの頭を掴みシックザールは連続でオーバードライブを発動。ブーストを全開に解き放ち、ハイウェイ上を疾走する。


「おーっと、ここで静流君がエナジーバースト連射による運送に出たが……一体これにどんな意味があるんだろうね?」

「いや意味ねえだろ! 闇雲に時間を消費するだけだ! エナジーバーストにダメージはない! わかってんのか神崎ぃっ!」


 前のめりに叫ぶ三河。エナジーバーストは本来一発使用すればゲージがカラになる代物だが、今のシックザールなら何度でも使用可能だ。アスファルトを引っぺがし、連続で爆ぜる衝撃波でビルの窓をブチ破りながらシックザールはナギサネルラを引き摺って行く。


「こいつが……最後の大勝負だ、陽鞠ッ!」


 掌を突き出し最後の一発。エナジーバーストで吹っ飛んだナギサネルラがたたらを踏みながら急停止する。そのまま直ぐに刃を構え直す陽鞠の真正面、シックザールは天高くクラウ・ソラスを振り上げている。


「フルチャージ専用のコマンド斬り……でも溜めが多すぎる。そんなの勝負にもならないよ、静流ちゃん……」

「――駄目っ、陽鞠ちゃん!」


 何故そんな声が聞こえるのか、振り返るまで陽鞠は気付かなかった。

 鳴海の叫び声が聞こえたと思ったその瞬間、ナギサネルラの背後のハイウェイが爆発した。その下から飛び出してきたのが朝比奈のフルブレイズであるという事に気付いたのは既に背後からフルブレイズに組みつかれた後で、振り払おうと考えた時には既にフルブレイズは腰から大地にアンカーを打ち込み、完全にナギサネルラを固定し終わった後であった。


「……やれ、静流!」

「うそ」

「言っただろ、朝比奈さんに力を借りるってよ……! こいつでぇ……終わりだ!」


 瞳を輝かせたシックザール。雲を突き破り空に立ち上る光の柱、それを剣と成して真正面の敵へと振り下ろす。ただそれを倒す事だけに意識の全てを集中して――。


「ぶった斬れろぉおおおお――っ!」


 光が大地を吹き飛ばすと同時、轟音がフィールドに鳴り響いた。観客はその様子を息を呑んで見守り、やがてどっと湧き出すような歓声が響き渡った。


「こ……れは……決まったかな……?」

「うおおおおっ! 神崎スゲーッ! まじでデイジーに勝ちやがった!」

「兄さん……」


 興奮して佐々木の背中を叩きまくる三河。その隣でましろはほっと胸を撫で下ろした。

 崩落したハイウェイとビル群が巻き起こす砂塵にまかれるシックザール。その身体からオーバードライブの光は失われ、その場に膝を着いていた。

 オーバードライブは高い代償を強いられるスキルだ。使用後はアンリミテッドスキルの内容に応じた代償を強いられる事になる。イフリート・ゼロの場合はエナジーゲージの使用禁止。それからライフゲージの半減である。


「機体性能も軒並み低下か……だが、一撃決まればそれでいい」


 震える拳を握り締める静流。確かにデイジーに刃が直撃したのを確認した。羽交い絞めにしていたフルブレイズも吹っ飛んだが、とにかくデイジーを倒した事は確実なのだ。


「よ……っしゃあああっ!」


 勝ち鬨を上げる静流。だがしかし次の瞬間、歓喜の叫びは驚愕に打ち消された。


「あ?」


 目の前にナギサネルラの顔があったのだ。無論瞬きをする前までそこにはなにもなかった。膝を着いたまま顔を上げるシックザールの目の前、屈むようにして黒い機体が佇んでいる。

 観客も一瞬で静まり返った。ただ一人だけ冷静な惣介が記録映像を蒔き戻しにかかる。


「少し解説しようか。先のシックザールの必殺の一撃、ご覧の通り拘束されたナギサネルラに直撃している……ように見える。が、コマ送りにしてみると……」


 一つ一つゆっくりとシーンを送っていく。すると光がナギサネルラに接触した次の瞬間、フルブレイズの腕の中からナギサネルラだけが綺麗サッパリ消え去っていた。


「はじめてだよ。この子にこの力を使わせるなんて」


 翼を広げ、黒い機体は装甲を解き放ち赤い光を放つ。額のパーツが剥がれ落ちると同時に三つ目の瞳が輝きを帯び、膝を着いたシックザールを見下ろしている。


「OPCの機体にもオーバードライブはある。そんなのは当たり前の事だろうね」


 静流がそれを知らなかったのは当たり前の事である。マニアである三河ですら知らなかった事だ。これまで一度足りとも使った事がなかったのだから、いかにネットが広大だとしてもそんな情報が残っているはずがない。

 震えながらナギサネルラの背後を見る静流。そこには大破したフルブレイズだけがある。何度確認してもナギサネルラは倒れていない。


「オーバードライブ、【インフィニティ・スライド】。固有能力はブーストゲージ無制限化と、特殊コマンドであるインフィニティスライドの開放。インフィニティスライドっていうのはね。要するに瞬間移動する技だよ」


 笑いながら姿を消す陽鞠。慌てる静流の肩を叩き少女は優しく笑う。


「一瞬完全に消えて、移動先に現れるだけのスキルだけどね。完璧なタイミングで消えるフレームレートに敵の攻撃をあわせれば完全無力化出来るし、上手く使えばこんな事も出来る」


 次の瞬間、シックザールの胸に刀が突き刺さっていた。側面から……と思った時には背後から、正面から、頭上から、次々に剣が突き刺さって行く。

 黒い残像だけを残してシックザールを切り刻むナギサネルラ。静流はまったく動きに対応出来ないまま、まるでマリオネットのように路上で機体を躍らせる。


「私と静流ちゃんの二十秒は――やっぱり意味が違うね」


 切なげに呟きながら背を向けるナギサネルラ。次の瞬間五体をバラバラに切り刻まれたシックザールがその場に倒れこみ、爆発し炎上するのであった。




 どんなに心躍る戦いも百年の恋さえも、終わる時はあっさりと幕を下ろす。

 筐体を出た陽鞠を出迎えたのはスポットライトの眩しさと観客の声援だ。気付けば客の数は何倍にも膨れ上がっていた。その目当てが自分であるという事も、カメラがシャッターを切る音も、今の陽鞠にとってはどうでもいい事であった。

 視線の先、筐体を出て項垂れている静流の姿がある。ぎゅっと唇を噛み締めながら少女は何度も頷いた。今の自分に出来る本気で、正真正銘の全力で、掛け値なしの本音でぶつかった。その結果静流が何をどう考えるのか、それを考えると怖くて仕方がなかった。だがそれを選んだのは自分自身だから、決意を胸に一歩を踏み出すのだ。


「静流ちゃん……」


 その時、静流の手が動いた。静流は陽鞠の手を掴むと顔を挙げ、力強く頷く。


「逃げるぞ!」

「えっ? えぇっ!?」


 静流はそのまま陽鞠を連れてすばるを飛び出してしまった。追いかけようとする観客達、その前に朝比奈と鳴海が立ちはだかる。


「撮影禁止と言っているのに……聞き分けの悪い大きいお友達が多すぎるようね?」

「少年少女の青春を邪魔する物ではない。どうしてもというのであれば俺を倒してからにしろ」


 拳を鳴らしながら微笑む二人にざっと観客が後退する。それを確認し、苦笑しながら惣介は大会の終了を宣言した。


「ではこれにて第十四回、クアド・ラングルすばる店内大会をお開きとしまーす。皆々様はお忘れ物の無きよう、くれぐれもお気をつけてお帰り下さいませー」




 会場が大ブーイングに包まれていた頃、静流は陽鞠と共に街を走り抜けていた。陽鞠はまだコスプレしたままだったので擦れ違う人々は一人残らず振り返っていたが今はそんな事気にもしなかった。

 まるで過去に戻ったように二人はあの頃のままだった。戸惑う陽鞠の手を引いてがむしゃらに走る静流。けれど陽鞠がついてこられるよう少しだけペースを緩め。少年の背中はあの日と変わらず優しかった。

 二人が辿り着いたのは家の近くの公園であった。走っていた時間は永遠のようで一瞬で、肩を切らして息をしながら二人してベンチに腰掛けた。


「陽鞠、大分足早くなったな」

「静流ちゃんもね……はあ、ふう……息切れもしてないじゃない」

「そりゃまあ、男だからな」


 額の汗を拭いながら微笑む静流。それがあんまりにも毒気がなく、無邪気な少年そのものだったものだから、陽鞠の胸は締め付けられるように苦しくなった。


「あーっ、くそ! 負けたー! 完璧に負けた! イケると思ったのになぁ!」

「……静流ちゃん……怒ってないの……?」

「何を怒るんだよ? お前こそ怒ってないのか? 俺が卑怯な手を使った事とかさ」


 首を横に振る陽鞠。胸に手をあて優しく笑う。


「嬉しかったよ。静流ちゃんのありったけの想い、確かに感じられたから」


 苦笑し空を見上げる静流。気付けば既に夕暮れ時。茜色の光が街へ降り注いでいる。


「やれる事は全部やった。借りられる手は全部借りて、可能な練習は全部した。想定し得る最大限の努力に卑劣な策まで交えて負けたんだ。悔いはないよ。俺のありったけ全部搾り出した物よりお前の方が上だった……それだけの事だ」


 鼻の頭を擦りながら語る静流。それから陽鞠へと目を向けた。


「俺さ……。ガキの頃、お前の事が好きだったんだ」


 突然の告白に呆然とする陽鞠。静流は照れくさそうに立ち上がり、ポケットに手を入れる。

「お前をずっと守ってやりたかった。傍に居たかった。でもお前は別に俺が守ってやらなくてもいい女だった。それが納得行かなくて……自分がお前の傍にいてもいい理由を探してた」

「静流ちゃん……そんなの……」

「わかってる、ただの下らないガキの意地っ張りだったってな。だけど小さい俺にはそれが全てだったんだ。広い世界の事なんて何も知らなかった。気に入らない事があるからって拗ねて、駄々こねて、誰かが助けてくれるのを待っていただけだった」


 夕日に目を細める静流。そうして光を背に振り返る。


「お前の事尊敬してる。どんな事にも一生懸命なお前を……誰よりも真っ直ぐなお前を……。ドジな所もアホな所も含めて全部、尊敬してる。お前は俺にとってかけがえのない存在だ。これからもずっと俺の傍に居て欲しい」

「静流……ちゃん」


 差し伸べられた手を取り立ち上がる陽鞠。その目に溜まった涙の雫が頬を伝うと、少年は黙って少女の頭を撫でた。優しく、そして少しだけぶっきらぼうに。それは昔からずっと変わらない彼の手だ。痛いほど優しさを感じ、少女の涙は余計に大粒になっていく。


「私……私……っ」

「ごめんな、陽鞠……」

「いいの。いいんだよ静流ちゃん。私が駄目だったの。私がもっと静流ちゃんの……んっ、あれ? あの……ちょっと待って。一個だけ確認していいかな?」

「な、なんだ急に?」


 涙を拭い慌てる陽鞠。そうして両手の人差し指をこめかみに当てつつ首を傾げる。


「さっき……お前の事が好き……だった、って言った?」

「お、おう」

「だった、って……過去形って事?」


 冷や汗を流しながらゆっくりと頷く静流。笑顔のまま固まった陽鞠は振り返り、ベンチの傍にへにゃへにゃと崩れ落ちた。


「どういう事なのかな……? どういう……」

「え!? いや、だってお前彼氏いるだろ? ほら、この間家に来てた……」

「あれは前生徒会長で生徒会の引継ぎとかで来てただけだし彼氏じゃないってあの時説明してるしそもそもあれから一回も静流ちゃんの前に姿を現さない時点でわかるでしょ別になんでもないただの通りすがりの人なんだよ……」


 物凄い勢いで、しかし淡々と語り出す陽鞠。その暗黒に静流は完全に気圧されていた。


「今はどうなの? 私の事好きじゃないの?」

「そ、そう言われても……よくわかんねーよ。だってついこの間までお前の事意識しすぎて避けてたんだぜ? やっとそれが少し打ち解けてきたっつーか……とにかく、好きとか嫌いとか考えてる余裕ないって。それくらいわかるだろ? っていうかわかるよな?」

「わかんないよ……静流ちゃんが何言ってるのか全然わかんないよ……。そんなだから妹にへたれとか言われるんだよ……」

「ましろは関係ねえだろ!? お前だって何だその喋り方! プレイ中とか二重人格過ぎてやばかったぞ! お前そんなキャラだったか!?」

「女の子は数年見なければ変わるものなんですそうなんです! お化粧しただけで見違えるんだからね、中身だって変わるよ! ていうかあれはキャラになりきってるのであって、そういう事を指摘する男の子は良くないと思うな!」

「先にヘタレ指摘したのはお前だろ!? なんなんだよったく、わけわかんねーよ!」


 舌打ちしながらそっぽ向く静流。陽鞠は立ち上がり静流を見つめる。そうして勢いをつけ少年の胸の中へと飛び込んでいった。


「お、おい!?」

「静流ちゃんのばかー! 私……私、死ぬほど辛かったんだからね!」

「あ、ああ……ごめん、悪かったよ……反省してる」

「ずっとずっと、静流ちゃんにだっこしてもらいたかったんだからね!」

「んなガキの時のような言い分を……」

「静流ちゃんなんかばかだよ! へたれだよ! 意気地なしだよ! どうしようもないよ!」

「んがっ、て、てめぇ……いや、す、すいません……」


 陽鞠が泣きじゃくっている事に気付き慌てる静流。大人しく陽鞠を抱きしめたままばつの悪そうな顔で夕日へと視線を移した。


「…………女はずるいよな。泣けばいいんだからよ……」

「それは静流ちゃんが優しいからだよ。泣いてる私の事、絶対ほっとかないもんね」

「卑怯だよな、お前……」

「卑怯でもいいよ。静流ちゃんとこうしていられるなら……その方がずっといい」


 涙を流しながらも柔らかく微笑む陽鞠。静流の胸に頬を擦りつけながら目を閉じた。


「俺さ……自分の人生なんて何の価値もないと思ってた。どうにも出来ないと思って諦めてた。だけどさ……全部ちゃんとしてみるよ。お前や陽鞠に笑われないように、強くなる。そんでいつかお前も倒す」

「出来ると思う?」

「やるさ。今に見てろよ。クアラン最強はこの俺様だ」

「うん……信じてる。一番近くで見てる。静流ちゃんの事、誰よりも一番……」


 名残惜しそうにゆっくりと身体を離す陽鞠。見詰め合う二人、とそこで思い出したように静流が手を打った。


「そういやお前、なんでデイジーになったんだ?」

「え? なんだその事か。別にいいじゃない、なんだって!」

「いやいや……そもそもクアド・ラングルって……」

「それより早く帰ろうよ! 私まだムラサメワークスの制服だよ? コスプレしたまま街中を走り回っちゃったんだよ? その責任は静流ちゃんが取ってくれないと!」

「……へいへい。家まで送りますよ、送りますとも」


 今度は陽鞠が静流の手を取り歩き出す。二人の歩みは行ったり来たり。寄せては返す波のように。どちらかが一方的に手綱を握る事はない。

 絡めた指先から感じる温もりは決して敵ではないと教えてくれる。ただ傍にいてそこにいる、反対側の存在が心地良い。その事実に気付いてしまえば、なんと容易い事だろうか。


「ねえねえ、久々にうちでお夕飯食べていかない?」

「お前料理作れんのか?」

「えへへ、ばかにしちゃいけませんよ? 料理の腕前、ぐーんと上達したんだから!」


 夕焼け空の下、少しずつ闇に沈んで行く帰り道。

 少年と少女はいつかと同じ様に、手を引き合って連なり歩いて行くのであった――。




「兄さん、朝ですよ。いつまでもだらしなく寝ていないでしゃきっとしてください」

「……なんでましろさんが俺の上に跨っているんでしょうか?」


 数日後の朝。神崎静流の日常は少しだけ変化していた。

 朝になると妹のましろが起こしに来るようになった。ましろの起こし方は毎回違って毎回独創的だ。今回は制服姿で兄の腹の上に跨っているというシチュエーションである。


「息苦しい……」

「勘違いしないで下さい。私は兄さんを苦しめたいわけではありません。ただ私の兄として相応しい振る舞いをしてもらいたいだけです。全て兄さんの為を思っての事なのです」

「そうですか……」


 両手をましろの脇の下に入れ持ち上げる。そのままベッドの横に置いて兄は起き上がった。


「あのね。何度も行ってるけど早起きしても俺に得はないのよ。明瞭と違って俺の学校は八時に出れば間に合うの。わざわざ七時に起こしに来なくていいの」

「それはそのぼさぼさの頭と寝ぼけた顔をなんとかしてから言ってください。さあほら、セットしますよ。兄さんはちゃんとすればイケメンなんですからしっかりしてください」

「そう言われましてもですね……はあ、仕方ねぇなあ」


 妹に無理に引っ張り出され、洗面所で一緒に顔を洗い歯を磨き髪型をセットする。そうしてリビングに向かうと既に起きている父と母が出迎えてくれる。


「あら静流、最近朝早いわねえ」

「どーも」

「こら、それが親に挨拶する言葉か? まったくましろと違ってお前は……」

「いいじゃないですか父さん。これがうちの長男なんですよ。私と兄さんは違う……そんなの誰でも分る事です。だったらそれで良いじゃないですか」


 父と母の息子を見る目は別に変わっていない。だが妹が間に入るとそれなりに家族の体裁という物が保たれる。

 四人で朝食を食べるなんて奇跡が数日続いたものだから静流はすっかり辟易していたが、玄関で靴を履いて振り返る妹があんまり幸せそうなものだから、文句は全て飲み込んだ。


「行ってきますね、兄さん」

「ロリコンに拉致られないように気をつけてなー」

「他人のコンプレックスを安易に刺激するのは愚か者のやる事ですよ兄さん。有体な言い方をすると、とっととくたばってください」


 笑顔で手を振り立ち去る妹。静流はそのまま仕方なく自室へと戻って行く。

 朝がこんな風になった以外に特に変化はなかった。以前より授業態度は少しましになったが、行き成り成績が変化するわけではない。放課後にはバイト、あいている時間にはすばるに通いクアド・ラングルをプレイする日々が続く。


「神崎さん、対戦しませんか!? 三河は卑怯な手を使うんで練習にならなくて……」

「さ、さんをつけろよデコ助野郎……戦略だって言ってんだろ! いい加減にしろ!」


 中学生と太ったオタクに囲まれながら笑う静流。その様子を遠巻きに朝比奈と鳴海が見守っている。


「静流君、明るくなったわよね。なんだかこっちまで嬉しくなっちゃうわ」

「あいつはあいつなりに過去を吹っ切ったのだろう。俺達も見習わなくてはな」


 カウンターに腰掛ける鳴海の傍で朝比奈は腕を組んで立つ。鳴海は苦笑を浮かべつつ。


「結局あの戦いでケリはつかなかったものね」

「そんな事あるものか。お前の勝ちだよ、鳴海」

「んーん。朝比奈、あんたはさ……最初から静流君を勝たせる事だけ考えてた。一対一を意識させたのも機体を変更したのもあえて卑怯な手を使ったのも、全部静流君を勝たせる為だった。なのに私はまんまとあんたの策にハマって、陽鞠ちゃんを危険に追いやってしまった。こっちは保護者失格よ」


 項垂れる鳴海。その髪を朝比奈は優しく撫でる。


「随分しおらしいな。そんなに俺を倒せなかったのが悔しかったか?」

「悔しいに決まってんでしょ! っていうかそんな変な感じに撫でるな!」

「変な感じ? 昔と同じ様にしているだけだが?」

「子供扱いすんなって言ってんのーっ!」


 鳴海が繰り出す拳を身をよじってかわす朝比奈。そこへ手を振り陽鞠とましろがやってくる。


「鳴海さん、こんにちは!」

「相変わらず痴話喧嘩ですか……もうお腹いっぱいです」

「ち、痴話喧嘩じゃないわよ! 静流君だったらプレイ中よ。観戦してきたら?」

「そうします! それじゃあまた後で!」


 走り去る陽鞠を見送る鳴海。頬杖を着いて笑みを浮かべた。


「なんていうか、まあ……なるようになったという感じね」

「ふむ? それはどういう意味だ?」

「クアド・ラングル開発者である小日向惣介さんに聞いたのよ。どうしてクアド・ラングルが出来たのか。そして何故彼女がデイジーになったのか」


 それは今から数年前の事。とある一人の少女が一人の少年と仲違いしてしまった時の事。

 少女の父親はゲームの開発者だった。次に開発するゲームの企画を何にするか悩んでいた父は娘に訊いたのだ。どんなゲームを作ったらいいかな、と。


「カオスレイダーみたいなゲームがいい!」


 さっきまで泣きべそをかいて膝を抱えていた娘が身を乗り出して言うものだから父親は驚いた。娘は涙を拭い、そのまま父に願いを伝える。


「カオスレイダーのね、フルブレイズみたいなロボットに本当に乗れるゲームを作るの!」


 それは娘のセリフとは思えなかった。娘がカオスレイダーのファンだという事は知っていたが、そんな無茶を言ってくる子ではなかった。故に父が問い質すと娘はこう答えた。


「静流ちゃんがいつも言ってたの。フルブレイズにのって悪者をやっつけたいって! 一緒にやったあのゲームあるでしょ? 静流ちゃんがね、凄く面白いっていってたの! だからあのゲームを、本物みたいにしてほしいの!」


 当時は巨大筐体を使用するなんて案は存在しなかった。故に父は随分と頭を捻った。


「それでね、そのゲームが出来たら……私、静流ちゃんと一緒にプレイするんだ。それでね、仲直りしてね……また一緒に遊ぶの! 今度は静流ちゃんを怒らせないように、うんと練習する。ずーっと強くなる。私ね、悪者やる! 悪のロボットやる! それで静流ちゃんの為にやられる役やるんだ。それでね、静流ちゃんに許してもらう……出来るかな?」


 それは少女の突飛の無い思いつきであった。運命を狂わせたのは、その夢をかなえるだけの力が父親にあったという事だ。

 彼はゲーム世界におけるヒーローとヒールという役割に着目し、OPCという概念を生み出した。そしてそのOPCに自らの娘を据える事で、その願いを叶えようとしたのである。


「本当はね……三年前に稼動した時、さっさと静流君を誘うつもりだったんだって」


 それが中々誘いをかけられないまま時が過ぎ、陽鞠はただ倒されるべき相手として腕を磨き続けた。静流が正義のヒーローであるように、倒されるべき悪役であるようにと。

 もしもあのまま静流がクアド・ラングルを始めなければその気の長い少女の願いも全ては無駄に終わっただろう。だが運命は少年をこの仮想の戦場へと駆り立てた。そして二人は出会い、正義のヒーローと悪役は望み通りに刃を交える事となった。


「その結末は予定とは少し違ったみたいだけどね」


 微笑む鳴海の視線の先、筐体から出てきた静流と陽鞠が顔を合わせている。二人は当たり前に挨拶を交わし、笑顔を浮かべた。


「実に呆れるほど、気の長い遠回りだったな」


 先の戦闘の結果をモニターで確認しながら頷く静流。そうして陽鞠に目を向ける。


「よし。陽鞠、そろそろ一戦申し込んでもいいか?」

「いいけど……手加減はしないよ?」

「上等だ。いつか吠え面かかせてやるよ、デイジー」


 二人が筐体に乗り込みHMDを装着すると、幻の世界に二つのロボットが出現する。

 片方は正義のロボットを模し、もう片方は悪のロボットをイメージしている。

 それは奇しくも巡り会った少年と少女の夢。記憶の中の絆の続き。


『これより、店内対戦を開始します』


 ガイダンスに従い操作レバーを握り締める。互いの機体を睨みながらフットバーを踏み込み加速。白と黒のシルエットは剣を手に真っ直ぐに距離を詰めて行く――。


「ゲーセンは青春だ! そう思わないか、鳴海?」

「うーん……まあ、そうね。色々な出会いがあり、偶然があり……集まる人それぞれの物語がある。だから面白いのよね、ここは」


 刃を交える二機。火花を散らしながら何度も激突し顔を突き付けあう。

 たかがゲームだ。しかし二人にとってそんな事は関係ない。人はそれを現実逃避と言うかもしれない。だがそれでも今、ここで想いを交わす二人がいる事は真実だから。


「強くなったね、静流ちゃん!」

「まだまだ……なってる途中だよ!」




 無我夢中にゲームをする二人。それは幼い頃から何も変わらない。

 大人になりきれない少年少女は、あの日と同じ様に泣いたり笑ったりを繰り返す。

 そうやって感じる事こそが、意味のある人生を作るのだと信じて……。

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