3-4
静流と朝比奈は店内大会を順調に勝ち進んで行った。
危なげなく二回戦、三回戦を突破。結局の所この大会に参加している上級者は初戦のチームリベンジャーともう一組、チームリベンジャー2だけである。こちらも朝比奈に何か色々言っていたようだが、結局彼が嘗ての部下の事を思い出すことはなかった。
朝比奈の実力は言わずもがな、そして静流の腕前も既に他の上級者に引けを取らない。このタッグバドルのルールでは二機共に撃破された方が敗北という条件設定になっているが、そもそもどちらも一度足りとも撃破される事はなかった。
こうして決勝戦を迎えるまで開催から一時間余り。いよいよ【本番】の時が訪れる。
「それではこれより決勝戦を行ないます。決勝戦は私ともう一人、特別ゲストで組んだチームになります。というわけで、スペシャルゲスト入場でーす! おいでおいで!」
「スペシャルゲストっていってもね……相手が朝比奈さんだし。鳴海さんなら神崎には勝てるだろうけど、パートナーが強くないと……んん?」
眉を寄せながら呟く三河。スペシャルゲストはずっと事務所に隠れていた。呼び出しを受けた彼女は人混みを掻き分け壇上へと上がり、颯爽と振り返る。
「あれぇ!? 僕の見間違いじゃなければ彼女は……!?」
眼鏡を外し何度も目を擦る三河。しかし再度確認して見ても、そこにいるのはやはり彼女。
「初めまして皆さん。こうして人前に立つのは初めてなので、恐らく誰もご存知ないとは思いますが……名乗らせていただきます」
一度目を瞑り、そして少女はその青い瞳を開く。
「私に与えられた名前はデイジー。ナギサネルラのプロクシー、デイジーと申します」
静まり返る会場。その中には三河も含まれていた。あんぐりと口を開けたまま目を見開き、壇上に立った陽鞠を指差し打ち震えている。
「ど、ど……どういう事ぉ!?」
「デイジーって、あのOPCのデイジーですよね!?」
三河と佐々木が声を上げたのを引き金にどよめきが広がっていく。
それもその筈。デイジーはOPCの中でも全く露出がない存在だ。それがこんな小さな大会に唐突に現れれば騒ぎにもなる。それに何より陽鞠は美人である。OPC用にOZ社が支給しているムラサメワークスの制服も一般人ならただのコスプレに過ぎないが、陽鞠が着ればまるでゲームの中からキャラクターが飛び出してきたような印象を受ける。
「はいはーい、カメラ撮影は禁止となっておりまーす……禁止だって言ってんでしょ!? 勝手に撮るんじゃないわよ! ユニフォンぶち折るわよ!」
慌ててユニフォンを翳し始める観客。そのフラッシュライトから陽鞠を庇いつつ鳴海は大声を上げるが、シャッター音は一向に止まる気配がなかった。
「こら下から撮るなSNSに画像上げるな! 人呼ぶな! まったくもう……このままじゃ大騒ぎになっちゃうわね。静流君、朝比奈! さっさと決勝を進めるわよ!」
喧騒の中壇上で向き合う静流と陽鞠をスポットライトの光が照らしている。二人は全く目を逸らさず互いを見詰め合う。まるでその瞳に何かを訴えかけるように。
「え、何でそこ見詰め合ってるの……? ひ……デイジーちゃん早く筐体に入って!」
「その前に鳴海、一つルールの確認を行ないたい」
「このクソ忙しい時に何よ!?」
挙手する朝比奈に振り返る鳴海。朝比奈は身体を寄せ鳴海に耳打ちする。その内容よりも行為そのものにこわばっていた鳴海だが、直ぐに顔色が変わった。
「どういう事、それ?」
「言葉のままだ。ルール上は問題ない筈だぜ」
「……なるほど、そういう事ね。いいわ、認めましょう。それが二人の為でしょう」
「決まりだ。行くぞ静流! 決着をつける時だ!」
四人はそれぞれ筐体へと向かう。こうして決勝戦はほぼ滞りなく開催される事となった。
「はいはい諸君、デイジーちゃんが可愛すぎてうっとりしちゃってるのはわかるけど、騒ぎはそれくらいにしてもらおうかな。これより決勝戦を開始するよ! 機体の紹介は……いらないかな? 何せ君達にしてみれば既に馴染みの顔ぶれだ!」
観客を鎮めつつモニターへと視線を誘導する惣介。そこにはそれぞれの機体の画像が順番に映し出されている。
「やっべ、ナギサネルラだ! ガチじゃん! え、でもなんで? どうなってるの?」
「三河さん、その話は出来るだけ内密にしてください。後々厄介です」
「あ、そっか……秘密にしとかないとね。でもうーん、そういう事だったのか。それで神崎の奴あんな事……やっと納得が行ったよ」
一人で頷く三河。ましろはそれを無視して画面に注目する。四体の機械の巨人はステージへと降り立った。フルブレイズ、シックザール、そして鳴海の愛機【フロリバンダ】と陽鞠の【ナギサネルラ】。四機はハイウェイ上で向かい合う。
「ここで一つだけ説明事項があるから伝えさせてもらうよ。今回チーム【師弟(仮)】の方は、どうやら互いの機体を入れ替えて戦闘を行なうようだよ」
首を傾げる観客達。モニターの中に広がる仮想空間では四つの機体が向き合っている。だがそこに搭乗しているプレイヤーは少しだけ異なっていた。
「つまり、【フルブレイズ】には朝比奈君が。そして【シックザール】には神崎君が乗っているわけだ。二人は直前、搭乗機を交換したいという申請をしてきた。ルール上、アセンの変更は禁止されているが、搭乗機を逆にしてはいけないというルールはないからね」
そう、今静流は朝比奈がフルカスタムしたイフリート・ゼロに搭乗している。何度もレバーを握り返し感触を確かめ、HMDに映し出される世界へと意識を研ぎ澄ます。
「静流ちゃんがシックザールに……? 流石朝比奈さん、面白い事してくるね」
「ナギサネルラはOPC専用のオーダーメイド機。機体性能で大きく劣る改造の甘いイフリートMl-2で戦うには荷が重過ぎる相手ね。だけど朝比奈、あんたがそのフルブレイズに乗るって事は、私には初期機体で勝てるっていう事かしらね?」
気迫の篭った鳴海の言葉。朝比奈がそうした理由については納得が行くのだが、だからといってそれとこれとは話が別。鳴海の【フロリバンダ】とて決して嘗めてかかれる相手ではない。ステレオグラムのエース専用機をカスタムした紫色の飛行型ウォードレッド。その性能は決してシックザールに引けを取らない。
「随分と甘く見られたもんね。引退しっぱなしのあんたとあれからも研鑽を重ねてきた私、今や実力は逆転しているわよ」
「別に俺は鳴海を嘗めているわけではない。フルブレイズは同じイフリート系、乗り心地はそう悪くないぞ。静流がデイジーを倒して来るまで持ち堪えるには十分だ」
ウィンクしながら微笑む朝比奈。鳴海は目を細め静かに問いかける。
「……静流君一人にデイジーの相手をさせるつもり?」
「最初からこの戦いはその為にあったものだろう。俺とお前、そして静流と陽鞠……それぞれ戦うべき相手は決まっている。ならば俺のやるべき事は一つだけだ」
瞳を輝かせたフルブレイズが右手を振り上げ、びしりとフロリバンダを指差す。
「俺は全力で鳴海を引き付ける。確かにこの機体でお前に勝つのは厳しいが、時間を稼ぐくらいは出来るさ。その間に静流がデイジーを倒せば良いだけの事!」
確かに元々鳴海も静流は陽鞠に任せて自分は朝比奈を狙うつもりだった。その考えも朝比奈は読んでいたのだろう。であれば確かにこれは二体二の戦いというよりは、どちらが先に相手のパートナーを奪えるか、という決闘に近い。
「朝比奈さんは信じてるんだね。静流ちゃんが私に勝つって」
「あの人らしいわな……ま、一つお手柔らかに頼むぜ、デイジーさんよ」
「――お手柔らかに? 何かの冗談だよね?」
いつも通りに声をかけたのに帰って来る言葉は明らかに違う。重苦しいプレッシャーすら感じさせる陽鞠の軽やかな声に静流も表情を変えた。
「私は本気で行くよ、静流ちゃん。そして必ず勝利する。私は伊達や酔狂でナギサネルラを持ち出したわけじゃない。徹底的に静流ちゃんを叩きのめす為にこれに乗ってるんだよ」
黒き剣のウォードレッド、ナギサネルラ。それは単機で集団すら蹂躙する怪物。誰がどう考えたって一対一の決闘なんて避けたがる、超常の華。わざわざこの機体に乗ってきたのは陽鞠なりの礼節である。自分の出せる力の全てで静流を壊し尽す。それが彼女の決意。
「私ね、やっぱり静流ちゃんと離れ離れなんて嫌だよ。また昔みたいに仲良くしたい。でもね、今はもうそれだけじゃ満足出来ないの」
HMDの視界を閉ざし小さく息を吸う。少しずつ少しずつ、自分の中にある弱い自分を殺し、心の奥底に渦巻いている本当の自分を目覚めさせて行く。
無力な自分を呪った少女は強く成る為にどんな自分だって受け入れた。勝ちに貪欲な自分。時には他人を蹴落とす事も厭わない自分。目的の為には手段を選ばない自分。
「ねえ、結局この世界は勝たなきゃ意味がないと思わない?」
切なげな声で微笑む陽鞠。ナギサネルラは刃を抜き、切っ先を少年に向ける。
「もう静流ちゃんが私に変なコンプレックスを抱いたりする事がないように、徹底的に躾けてあげる。静流ちゃんが私に勝つのは無理だって事、教えてあげる。もう私は誰にも守られなくても生きていけるんだって事……その身体に刻み込んであげるね」
ごくりと思わず生唾を飲み込んだ。これがあの小日向陽鞠なのか。自分の後ろにくっついて回っていただけの泣き虫だった少女なのか。
人を変える為にそれほどの時間は要らない。要はどれほど己の中に決意を刻めるかどうか。たった数年だってそれは可能だ。そうさせるだけの強い思いがあれば。
「――上等じゃねえか」
口元を僅かに緩め、少年は敵を見据える。
そう、あれは敵。あれこそが敵。自分が倒すべき相手。この短い人生の中でどうしてもと勝利を渇望して咽び泣いた相手だ。負けてもいい? そんな訳がない。
「勝ちてえに決まってんだろ……! お前にだけは、何度だってよ!」
「……かわいいね。静流ちゃんのそういうとこ、好きだよ」
四人の会話は観客には聞こえていないが惣介には聞こえている。男は小さく溜息を吐くと空気を読んでストップしていた戦闘開始の合図に移る。
「それでは話も纏まったようなので……これが皆にとって忘れられない一戦になる事を祈りつつ。決勝戦を開始したいと思いまーす! 用意はいいですかー! レディー……!」
惣介が手を振り下ろすと同時に四つの機体は同時に動き出した。ナギサネルラとシックザールはハイウェイ上を真っ直ぐに突き進み、フルブレイズとフロリバンダはコースアウト、仮想市街地へと降り立ち距離を詰めて行く。
「静流君を信じたあんたの判断を尊重してあげたい所だけどね! 手加減してやれるほど大人じゃないわよ、私は!」
遠距離からフルブレイズをロック、すぐさまガン・スレイヴを肩から放出する。
高速で左右のレバーでコマンドを入力し、六機分の操作を終えるまで二秒。フロリバンダが瞳を輝かせ片腕を突き出すと六機のガン・スレイヴは四方からフルブレイズを狙う。
「俺があいつを信じずに誰が信じるというのだ。この会場の誰も静流を信じなかったとしても俺だけは信じ続ける。そしてあいつが来るまで持ち堪えるのが俺の役目だ!」
周囲から繰り出されるガン・スレイヴの射撃をコマンドステップで回避する朝比奈。跳躍からビルの壁を蹴り空中で側転。上下反転しつつライフルで鳴海を狙う。
放たれた閃光を鳴海は戻って来たガン・スレイヴにコマンドを入れて防ぐ。四機のスレイヴが光の四角形を描き、それがライフルの光を弾き飛ばしたのだ。
「スレイヴユニットを使わせたらお前以上の奴はナンバーズにもそう居ないだろうな」
「そんな事言われるほどまだ力は見せてないつもりだけど!?」
青い光を放ちながら舞い上がるフロリバンダ。フルブレイズは空中でブーストを吹かし移動、ビルの屋上に一度足を着け、再び別のビルへと跳躍しつつライフルで攻撃を加える。
「ウォールライドをコマンドに組み込んでるか……大方遮蔽物を利用してスレイヴを撒く機動戦を演じるつもりなんでしょうけど」
身体に纏った無数の華を回転させながら放つ。朝比奈は繰り出される閃光を回避しつつライフルでスレイヴを撃ち落しにかかるが、そこへ突然背後から現れたフロリバンダがブレードを繰り出してくる。
「迷彩か……!」
左手に出した盾で防ぐ朝比奈。鳴海は直ぐに後退しつつ腰部から強烈な光を放つ。次の瞬間朝比奈のHMDに砂嵐が発生し、視界の一切が塞がれてしまった。
多方向からの同時ロックオン攻撃に乗じた迷彩からの奇襲、そしてECMによる目潰しから更にマルチ攻撃を畳み掛ける。かつ本体は攻撃に乗じて奇襲のタイミングを伺う……。
「お前の得意戦術は変わらんな、鳴海」
「大した装備も持たないその機体で私の攻撃を凌ぎきる事は不可能よ!」
右手のライフルを消し左右の手に盾を装備するフルブレイズ。それで身体を覆う様に縮こまり一斉攻撃を防ぐが、側面から現れたフロリバンダの斬撃に対応出来ず弾き飛ばされてしまう。
舌打ちしつつビルの壁に手を伸ばしブレーキングしつつ落下。すぐさまECMが回復した瞬間にブーストを吹かし、頭上から降り注ぐレーザーをかわしながら移動を開始する。
「どこまで逃げ切れるかしらね、朝比奈!」
「これでも師匠でな……! 静流の前で無様な姿は晒せんよ……!」
二人の戦闘を背景にハイウェイを駆ける静流と陽鞠。距離を詰めた二人は一度足を止め、互いの機体をロックオンする。
「約束、覚えてるよね?」
「ああ」
「そっか。それじゃあ始めようか、静流ちゃん」
腰から生えた無数の剣の翼を広げるナギサネルラ。その中から刀を一振り抜き構える。
「動きをよく見て考えるんだよ。リラックスして持てる力の全てを出し切るの。そうじゃないと……ね? すぐ終わっちゃうよ――」
赤く瞳を輝かせたナギサネルラが大地を疾駆する。その機動力は並のウォードレッドとは比較出来ない。静流は集中を高めながら左右の手に別々の種類の剣を取り出し装備する。
右手には朝比奈が先の試合で見せた大剣。そして左手には高性能エネルギーブレードであるクラウ・ソラス。正面から斬りかかるナギサネルラの剣に対し、静流は大剣を繰り出した。
激突し衝撃を迸らせる二つの刃。それは甲高い音と共に同時に背後に弾かれる。
切り払いだ。静流はナギサネルラの斬撃を切り払いコマンドで弾き飛ばした。彼が左手に持っている大剣はガード、切り払い判定に強力なボーナスを得る事が出来る。元々切り払い判定は切り払いモーションと相手の攻撃モーションが接触しなければ成立しない。だがこれだけの大きさの剣だ、かなり広い角度をカバーし、斬撃を弾く事が出来る。
ノックバックは一瞬の出来事。陽鞠は直ぐに機体を側面に滑らせる。コマンドステップからコマンド斬りへのスライドで回り込みから横に薙ぎ払う攻撃を放った。
静流はそれを振り返らずに大剣を置いて防ぐ。大地に剣を突き立てるという切り払いモーションだ。一瞬驚きつつ陽鞠は更に機体を回転させ次なる斬撃を放った。しかしこれも静流は殆ど見ないままで切り払う。そこから反撃のクラウ・ソラスがナギサネルラの頭部をかすめ、陽鞠は咄嗟に背後へと跳躍し回避を果たした。
「…………えっ?」
モニターを見ていた佐々木が唖然としたまま呟く。会場の面々も大体似通った様子で、あの三河も開いた口が塞がらないままでいた。
「今あいつ……ナギサネルラのテク斬り三連発、全部切り払いで返さなかったか?」
三河の言葉にどよめく会場。シックザールはマントをたなびかせながら振り返る。ナギサネルラと対面するその機体に損傷は見られない。つまりガードではなく切り払ったという事。
「うーん、素晴らしい反応だったねぇ。というか反応できるような攻撃ではなかったんだけど……これは静流君、何か仕込みを入れてきたかな?」
惣介の解説通り、先のナギサネルラの連続攻撃は普通に考えて防げないような代物である。まず攻撃速度が速すぎるし、攻撃モーションは三回とも違うのだから当然別の切り払いモーションをあてがう必要がある。かつ、側面、背後からと角度を変えた連続攻撃だ。それを見もしないで防ぐというのは尋常の出来事ではない。
「い、いや……まあ、一応理屈はわかる……神崎が何をしたのか……」
「え、わ、わかるんですか?」
冷や汗を流しながら眼鏡を光らせる三河。佐々木の言葉に彼は二週間前事を思い返す。
「神崎と朝比奈さんに言われて、僕が持ってるデイジーたんの動画コレクション、全部渡したんだ……多分それでデイジーたんのテクステとテク斬り、全部予習したんじゃないかな」
「じゃあ、見ないまま先行入力で弾いたって事ですか!? そんな事!」
「ふ、普通に考えて無理ゲー。なんでそんな事出来るのかわからんけど、でも他に理屈が思い当たらないっつーか……神崎の奴、まじで何しやがったんだ……?」
風の中佇むシックザール。ナギサネルラは停止したままじっとその機体を見つめていた。
「すごいね……静流ちゃん。本当に凄いよ……」
会場の誰もが静流の事を信じていなかった。出来る筈がないと思っていた。だが彼女は違った。静流がどうしてあんな芸当を可能にしたのか、それがまるで手に取るように分かった。
「頑張って練習したんだね。私の動きを研究して、何度も何度も確認して……」
この二週間、静流はとにかくナギサネルラの動きだけど研究してきた。クアド・ラングルは所詮ゲームだ。いかにナギサネルラがずば抜けた動きをすると言っても、その動きには必ず法則性がある。派生する無数のコマンドの中、そこには必ず操縦者のクセが顔を出す。
状況を限定し、動きを絞れば更にクセは露骨になるだろう。無論それは一般人は見落として当然のサインだ。だが彼と彼女の間柄ならばそれだけで十分な事もある。
子供の頃からずっと一緒だったのだ。惣介が作った同じゲームを何度も何度も繰り返し繰り返し共にプレイした仲だ。陽鞠が変わったといっても完全な別人に変貌を遂げたわけではない。その根底となる部分には、間違いなくあの日の少女が座っているのだ。
「嬉しいよ……静流ちゃんがこんなにも私の事を見てくれて……」
それが少しだけ歪んだ感情である事は理解している。だが感情を封じ込める事は出来ない。HMDの隙間から涙が頬を伝い、陽鞠は笑顔で操縦桿を握り締める。
瞳を輝かせナギサネルラが舞う。シックザールはその斬撃を受け止め、何度も何度も受け止め、二つの機体は位置を入れ替えながら繰り返し火花を散らした。
「凄いよ……静流ちゃん凄いよ! まるで私の考えてる事がわかってるみたい!」
静流は無言でコマンドを入力し続ける。笑顔のまま異常な速度で、かつ一切のミスなく斬撃を繰り出す陽鞠について行く為には兎に角集中を切らすわけにはいかなかった。
だが静流も感じていた。こんなにも切り結ぶ時間が続くのは決して自分が陽鞠の動きを読めているからではないと。陽鞠もまたこちらの動きを読み、読みやすいように攻撃を繰り出している。
二人はまるで気持ちを通わせるように刃を交える。互いの心の隙間、記憶の空白に気持ちを注ぎ込むようにして舞う。まるでそれはとても濃密な会話のようで、とても深く互いを愛し合う行為のようですらあった。
「感じるよ、静流ちゃんの気持ち……静流ちゃんの本気 なんだかくすぐったくて、気持ちよくて……ぞくぞくする! ねえ、もっと見せて! 静流ちゃんの本当の気持ちを!」
大きく跳躍し、空中を回転しながら腰から刃を投擲するナギサネルラ。剣の雨が大地を穿ち、漆黒の獣はソードアンカーを手繰り寄せながらシックザールを強襲する。
「――あっは!」
衝撃で崩壊するハイウェイ。少しずつ動きの難易度を上げながら、落下していくシックザールに連続攻撃を仕掛ける。
「おいおい……まじかよ。そういうゲームじゃねえからこれ……」
「お互いのライフリングはマックスのままですよ!? いつまで続くんですか、これ!」
騒ぎ出す観客の中、ましろはぎゅっと掌を握り締めて二人の戦いを見つめる。
「全く、あの二人は……」
激しい戦いの中で、それでもあの二人が少しずつ心を通わせているのがわかる。ましろは呆れながらも少しだけ羨ましいような、妬ましいような気持ちに息を呑んだ。
「こっちから……すごい、これも……じゃあ……あは! あははっ! すごいすごーい! 静流ちゃんすごいよ! やっぱり静流ちゃんはかっこいいなぁ……!」
「ゴチャゴチャ言ってねぇで本気で来いよ! まだ全力じゃねえだろ!」
口元を緩めながら刃を構え直すナギサネルラ。その構えはこれまでとは違う。
急加速から一瞬で距離を詰め襲い掛かる陽鞠。静流はこれまで通り切り払いを行なうが、ナギサネルラは直前で攻撃を中止。空振りの剣を屈んでかわし、シックザールを蹴り飛ばす。
「勿論本気なわけないでしょ? ただ付き合ってあげてるだけだよ」
「ああっもう! 当たり前だ! あんなのフェイントの餌食だよ!」
ナギサネルラの攻撃速度は常軌を逸している。故に殆ど仕掛ければ攻撃は命中して当然。故に陽鞠はあまりカウンターや切り払いを警戒していないし、する必要がない。だがこうやって切り払ってくる特殊な相手がいるのなら、そのつもりでフェイントを織り交ぜるだけの事だ。
「ていうかあの速度で攻撃コマンドとフェイントを打ち分けてるんだ……すご」
陽鞠がその気になった途端切り払いは一切成立しなくなった。フェイントから読みの難しいコマンドでの攻撃が入れば静流に対応する術はない。一方的に弄られ、徐々にシックザールのライフリングが減って行く。
「静流ちゃんが私を見てくれたのは嬉しかったよ。うんと練習してくれたのもわかった。だけどね静流ちゃん、所詮はお遊戯だよ、それは」
ナギサネルラの刀を受け仰け反るシックザール。まだシックザールが持ち堪えているのは肩から装備しているマントのお陰だ。防御力上昇と一定確率でのダメージ無効化、スーパーアーマー化の効果を持つ法衣アイギア。これがなければ既にダウンしていてもおかしくはない。
サブウェポン扱いとなる為これを装備している間は手持ち武器しか使えないというデメリットもあるが、デイジー相手には有効な装備である。
「もう打つ手なしなら終わりだけど……どうする?」
「打つ手なしだぁ? こんなもんで終わりなわけねえだろ!」
マントを掴み勢いよく剥ぎ取るシックザール。そうして改めてナギサネルラへ向かう。
繰り出す大剣と光剣による斬撃。しかしナギサネルラはそれを切り払いで返す。すぐさま身体を捻り反撃を繰り出すが、次の瞬間シックザールが光を放ち、それを浴びたナギサネルラは大きく後方へと弾き返された。
「エナジーバースト……」
サブウェポンとして装備可能な緊急回避武装。エネルギーゲージを大量消費し、自機の周囲に強力な力場を形成する。接触した機体は敵味方無差別にモーションをキャンセルされ弾き返されるが、ダメージを与える事は出来ない。
すぐさま左右の武器を持ち変えマシンガンとフォゾンライフルを装備。マシンガンを連射しながらフォゾンライフルのチャージを開始する。
陽鞠は二刀を手に取りマシンガンの弾を次々に切り払う。左右の腕が残像を残しながら動き回り、飛来する弾丸を片っ端から無効化していく。
「なんですかあれ……」
「う、うん。理論上は可能……。切り払いって、判定が成立した一瞬無敵になるんだよね。マシンガンの弾はほぼ常時ナギサネルラにヒットしてるけど、交互に切り払いを切れ目なく出せば理論上はずーっと無敵でキャンセル出来るぜ。まあ言う程楽じゃないけど」
瞬きもしない陽鞠の瞳はずっとシックザールを捉えている。左右の手は休まずコマンドを入力し続け、その正確さはまるでプログラムを組まれた機械のようですらある。
マシンガンにも弾切れはある。その瞬間マシンガンを投げ捨て両手持ちでフルチャージしたライフルを発射。図太い閃光がナギサネルラを襲うが、陽鞠はこれも一刀両断して薙ぎ払ってしまう。
爆発を背後に佇む剣の怪物。静流は舌打ちし敵を睨む。
「やっぱ正攻法で勝つのは無理か……」
「うん、無理だね。というかどんな手段を取っても勝つのは無理だよ。イフリート・ゼロは確かに優秀な機体だけどナギサネルラには及ばない。そしてそのプロクシーである私達も実力差は圧倒的。最初から静流ちゃんに勝ち目はなかったんだよ」
優しい声で語りかける陽鞠。ナギサネルラは刃を手放し両手を差し伸べる。
「それでも静流ちゃんは頑張ったよ。いっぱい練習していっぱい考えて、私の為に戦ってくれた。それだけで十分この戦いに意味はあったんだよ」
「…………確かに全部、お前の言う通りかもな……けどよ、それだけは違ぇわ」
ゆっくりと顔を挙げ微笑む静流。彼はまだ微塵も戦いを捨ててはいなかった。
「勝ち目がないのはわかってた。どんな卑怯な手段を使ってもお前には勝てないよ。だけどな……それでも戦いに挑んだのはお前の為じゃない。俺は俺の為に戦ってんだ。俺自身の不甲斐なさにケリをつける為にな」
モニターを見つめながら祈るましろ。瞳を潤ませながらそっと囁く。
「兄さんはリトルチームのエースストライカーでした。ケンカでは負けなし。テストはいつも百点で、私達の自慢の兄さんでした。誰もがあなたを天才を呼びました。ねえ兄さん、いつも二番手のあなたは……何をやっても二番手のあなたは……」
幼い少年は知っていた。自分が特別な人間だと。
だからこそ奢っていた。努力なんかしなくたってなんでも大抵の事は出来たから。
いつでも二番手に過ぎなかったのは自分より上の存在がいたからだ。
どんな事にでも本気で、命懸けで打ち込む陽鞠がいたからだ。
そんなもの、勝てなくて当然。何もかも投げ出して全力で打ち込む凡人を相手に、怠惰な天才に何が出来るというのか。
だから負ける度に自信を失い余計に本気を出さなくなる兄を、妹は随分やきもきしながら眺めていた。本当の彼はそんなものではないと、誰より理解していたから。
「がんばれ、兄さん。がんばれ……がんばれ!」
目を見開き陽鞠を睨む静流。そうして意を決し口を開く。
「朝比奈さん、力を借りるぜ……! シックザール……オーバードライブモード!」
『オーバードライブ要請を確認。承認しますか?』
「承認――ッ! 陽鞠ぃいいいいいっ!」
シックザールの装甲一瞬で解き放たれフレームが露になる。淡い光を帯びた機体のコックピットにはオーバードライブモードの文字が表示され、全ての計器が歪んで行く。
「オーバードライブ……そう、一か八かって事」
手にしたクラウ・ソラスがこれまでの倍以上の大きさにまで光の刃を拡大する。その刃を握り締め、シックザールは真っ直ぐにナギサネルラへと襲い掛かった。




