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電装戦記クアド・ラングル  作者: 神宮寺飛鳥
【クイーン・オブ・ソード】
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 ――状況は芳しくなかった。

 最初から勝ち目の薄い戦いである事は明白だったし、勝つという気概で挑んでもいない。

 だが実際こうして追い詰められてみると、何とか打開しようと思うのが彼の性格である。とりあえず深呼吸を一つ、状況を再確認してみる。


「フォゾンライフルが残り八発……スタンマインは打ち止めか。エリミネーターで白兵戦に持ち込むのも手っちゃ手だけど、近づけないからこうなってるわけだしな……」


 そこは廃墟の街。嘗て栄えた世界の文明の高さを象徴する高層ビルの森。

 町中に張り巡らされたハイウェイの下、ビルの陰に隠れるようにして彼は息を潜めていた。

 少年の瞳には街の情景がまるで己の目で見たかのように映る。まるでというのは、要するに彼は実際には己の瞳で世界を見ていないという事を意味している。

 ビルの陰に身を潜める姿は少年の姿ではない。全長八メートルの人型兵器、通称【ウォードレッド】。白いカラーリングに青い炎のペイントを施したその機体が彼の視界を代理している。

 コックピットの中には頭部にヘルメットのような装置をつけた少年が座っている。彼はこの機動兵器のパイロット。こうしてシートに腰掛け、汗ばんだ手で操縦桿を握るのが役目である。

 拮抗状態は長いようで僅かな時間であった。ビルの陰からそっと顔を出そうとした所へふわふわと小型の銃座が飛んで来た。まるで花のような、丸みを帯びた形状の自立兵器。ばったりと目が合ってしまった瞬間、少年は操縦桿を引きながらフットバーを思い切り蹴飛ばした。

 背後に跳ぶ機体。それがつい先ほどまで立っていた場所を薔薇が銃撃する。花の中央部分から放たれた紫色の閃光は大地を穿ち、そのままビルの壁を切り崩した。


「バレたな……」


 否、元々ここにいる事はわかっていただろう。それでも攻撃してこなかったのは考える時間でも与えたつもりなのか。


「ナメられてんねー。ま、実力差は承知の上だけど」


 高速移動でビルの間をすり抜けながらライフリングに目をやる。視界の外側にうっすらと見えている円形のゲージ、それが自機の耐久力を示す表示だ。

 残りライフは三分の一程度。作戦可能時間は五十秒を切っている。時間切れに持ち込めば勝算が見えるかもしれないという甘い考えは捨てる必要があるだろう。

 進行方向上、大通りに出た瞬間に薔薇に囲まれる。すかさずバーを小刻みに蹴りクイックブーストを行なう。機体の状態を前のめりに倒しつつ素早く前進。銃撃を回避しつつライフルのトリガーを引いた。

 右手に装備したフォゾンライフルが閃光を放つ。しかし高速機動中に闇雲に放った銃撃は薔薇には掠っただけ。破壊には至らなかった。


「ですよね……!」


 すかさず二度目のクイックブースト。今度は側面に移動し、そのまま機体を反転させる。

 クイックブースト後の硬直はタイミングよくブーストを噴かす事で無効化が可能だ。背面に向かって滑るように移動しつつ、もう一度ライフルを構えて狙いを定めた。

 基本的に銃撃戦ではロックオンを使用する。だが精密狙撃をする場合、ロックを外した方が功を奏する場合もある。ロックオン精度は完全に機体性能に依存している為、性能の悪い機体の場合、高速移動するターゲットを正確に狙い撃つのは困難なのだ。

 彼の機体のロックオン性能は決して悪くはない。むしろ標準よりは上だ。それでも小型かつ高速浮遊を続ける自立兵器に対しては十分であるとは言えない。

 自立タイプの誘導兵器は攻撃後、必ず一度本体に戻るのが仕様だ。故に兵器が戻っていく方向を見れば本体がどこにいるのかも検討がつくし、移動先を読んで狙撃する事も可能だ。

 しかしそれは理論上の事。ノーロックで放ったフォゾンライフルは見事にはずれ、自立兵器はふわふわとどこかへ姿を消していく。

 思わず何度目かわからない舌打ち。ライフルの斬弾を確認しつつ反転、移動方向を向きながら加速する。向かう先はハイウェイ、見晴らしの良い環状線だ。

 幾つか街の中を交差しているルートの中でもこのハイウェイは最も開けている上に広さも十分にある。ゲリラ戦では姿を隠したまま攻撃してくる相手に利があると考えての行動であったが、真っ向勝負で勝ち目があるのかというとまた微妙な線ではあった。


「こうなりゃ一か八かだ。顔を見せた瞬間、チャージショットで……!」


 フォゾンライフルのトリガーを引いたままの状態にすれば、エネルギーチャージが可能。フルチャージ状態にする事で威力は何倍にも跳ね上がるが、過剰チャージを行なえばオーバーヒートを起こしてしまう。

 故にこれは最初から賭けとしては非常に分の悪い類であった。相手がすぐ顔を見せれば良いがそうでなければただオーバーヒートを起こし無抵抗になってしまう。しかし元々一か八かなのだ。ここまできたら一発逆転を狙うのは彼らしい選択だったとも言える。しかし……。


「……のわっ!? な、なんだ!?」


 突然の事であった。機体のカメラに強烈なノイズが走り視界が全て砂嵐に掻き消されてしまう。機体の状態は一切チェック出来なくなり、少年は慌てて移動を停止した。


「ECM……って」


 視界不良はほんの数秒の効果であった。それが回復した瞬間、少年は全てを悟った。

 眼前に立っているのは紫色の敵機。それが右手のレーザーブレードを展開しているのだから、もう成す術もない。


「結構頑張ったけど、勝負ありだね。少年」


 笑い混じりの明るい声が響く。次の瞬間ブレードは少年の首を刎ね飛ばし、今度こそ間違いなく視界は完全な闇の中へと飲み込まれていった。




「だーめだこりゃ……勝てねーわ……」


 がっくりと肩を落としたまま椅子にかける少年。そのままぐにゃりと崩れるようにして前のめりにテーブルへと身を投げ出した。


「はいはーい、お疲れ様! これで通算六勝零敗なわけですが、感想はいかが?」

「無理ゲー……。さっきの何? ECM? いつ仕掛けたの?」

「君が隠れてる間にハイウェイにクラックマイン置いといたのよ」

「ピンポイントに? 俺が通る所わかってたの?」

「そりゃわかんないけど、マップ的に通りやすい場所には一通りね。はいこれ、オゴリ」


 背後からの声に続き目の前に差し出される炭酸飲料。少年はゆっくり身を起こし、溜息混じりに缶を受け取った。

 広々とした空間には昼夜を問わず騒々しい音が飛び交っている。二人が腰掛けているのはゲームセンターの片隅にある休憩スペースだ。自販機の明かりに照らされつつ、これから反省会を始めようという所である。


「静流君も随分機体を動かせるようになったと思うけどねー。すぐ一か八かの賭けに出てくる性格さえなんとかなれば、一段と上達するのに……勿体無い!」

「あのねえ、最初から勝てない奴と戦ってる俺の身にもなって下さいよ。初めて一ヶ月そこらの素人が全国ランカーに一矢報いる為には、それなりの無茶ってもんが必要なんです」

「まあねー。やろうとしてる事はわかるんだけど、技量がついてきてないよね。でもほんと、初めて一ヶ月未満とは思えないわよ。まずまともに機体を動かすのに時間かかるもの、普通」


 彼らが一体何の話をしているかと言えば、それは視線の先にあるゲームの話である。

 【クアド・ラングル】と呼ばれるそのゲームは、小さな個室にも似た大型筐体でプレイする最新鋭のロボットアクションゲームである。

 彼らが通いつめているここ、ゲームセンター【すばる】には値の張るクアド・ラングルが計八基も設置されている為、近辺のゲーマーではホームにしている者も多い。

 元々はパチンコ店だった建屋を改装、増築して作られたすばるは広さ、防音、品揃え、ついでに治安もばっちりの優良店だ。平日の夕方にもなれば制服姿の学生達がわんさか足を運び、この少年もそんな制服勢の一人だったりする。

 神崎静流十六歳、高校二年生。友人がいないわけではないが、帰宅部な上にそもそもレベルの低い高校に通う彼にとって時間とはこれといって惜しみあるものではなかった。ゲームセンターに通ってバイト代を散在する事にも、一ヶ月も経てばすっかり慣れてしまった。


「鳴海さんのお陰で財布が軽いっす。またATM行かないとなあ」

「ごめんねー。ワンプレイ二百円でもかなーり頑張ってるのよ。筐体が鬼のように高くてさ」

「この間向こうから来てる人に聞いたけど、隣町だとワンプレイ三百円らしいっすね」

「おっ? 孤独を貫きます主義の静流君がついにゲーセン交流デビューしたの? やっぱり好きな物の話をするのって楽しいよね! 同士っていうかさ!」

「暑苦しいですね……ていうか店員がいつまでもサボってていいんすか?」


 握り拳で爽やかな笑みを浮かべているのは小野寺鳴海、二十一歳。一応大学性なのだが、すばるの制服を着てこの店に居座っている時間の方が多いという不真面目な女性だ。

 全くゲーセンに興味がなかった静流をこの道へ引き込んだのも彼女である。その辺は紆余曲折あったようななかったような感じなのだが、本人はもう覚えてもいないだろう。


「今日も一人寂しくゲームしてる静流君に声をかけてあげただけじゃない。お客様を楽しませてあげるのも、ゲーセン店員の仕事の一つなのよ」

「とかいって自分がクアランやりたかっただけでしょ」


 白い歯を見せ笑う鳴海。そんな無邪気さを前にしては静流も何も言えなくなってしまう。


「それじゃ本当にサボりすぎだから戻るわ。またね、静流君!」


 手を振りながら立ち去る鳴海を見送る静流。ひらひらと手を振り一息つくと、足元の鞄を持ち上げ空き缶をゴミ箱に投げ込んでから歩き出すのであった。


 すばるを後にした静流は隣接しているコンビニエンスストアのATMで現金を下ろし、ついでにパンとパックのジュースを購入してから帰路についた。

 移動は専ら通学にも使用している原動機付自転車を使っている。鞄は背負い、コンビニの袋はハンドルに引っ掛けて車に追い越されながら道の脇を走って約十五分。彼が暮らしている集合住宅地へと到着する。

 家の傍まで来た所で原付を降り、袋を漁りパンを取り出しながら歩いていた時だった。


「静流ちゃん?」


 懐かしい声を聞いた気がして顔を上げると、そこには一人の少女が立っていた。

 制服は静流とは異なり、偏差値の高い私立高校の物。それ相応とでも言うべきか端正な顔立ちで、姿勢の良さやはっきりとした滑舌からも育ちの良さが滲み出ている。

 何より彼女が普通の女子高生とは違う部分。それは髪と目の色であった。金色の髪は決して染めた物ではなかったし、青い瞳もコンタクトレンズではない。


「久しぶりだね……静流ちゃん」

「小日向か……」


 会話らしい会話はここで打ち止めになってしまった。少女は静流を見つめ、少し固い笑顔を作っている。一方静流はと言えば、彼女の隣に立つ人影を一瞥し歩き出してしまった。


「あ、あの……っ!」

「小日向さんの友達?」


 少女は一人ではなかった。隣には背の高い、眼鏡をかけた少年が立っている。その制服はやはり彼女と同じ物で、静流と比べると頭の出来が良い事を表していた。


「友達っていうか、その、幼馴染で……」

「ああ、この家の人か。そっか、道を挟んで向かいの家なんだね」


 眼鏡の少年が説明したように、二人の家は道を挟んで相い向かいにある。この集合住宅地が出来たばかりの頃、ほぼ同時期に引っ越してきた二つの家庭で育った二人は、その当時はとても仲の良い友達であった。

 だが今は違う。静流は特に表情もなく足を止め、青年に向かって軽く手を挙げた。


「ちわーっす。小日向の彼氏かなんかっすか?」

「かれ……ち、違っ! この人は生徒会の先輩で、今日は仕事があれで、放課後で……!」

「そんなに必死に否定されると少し傷付くけど、確かに僕はただの先輩だよ」


 両手を上下させながら慌てふためく少女。その様子を眺め静流は僅かに微笑む。


「お勤めご苦労様っす」


 敬礼のような動きをしてから原付を駐車場に押し込む。そのまま静流は一度も振り返る事なく、玄関の扉の向こうに姿を消してしまった。


「静流ちゃん……」

「さてと、こっちも仕事を進めようか。あまり遅くなると悪いからね」

「あ、はい……とりあえず鍵開けますね。うち、両親の帰りが遅いので……」


 玄関の扉に背をつけたまま静流は聞き耳を立てていた。勿論聞き耳を立てるつもりなどなかったのだが、結果的にそういう行動に出てしまったのは否めない事実であり。


「生徒会の先輩、ねー」


 パンを齧りながら靴を脱ぐ。そのまま階段を上がって自室に向かい、ベッドの上に倒れこんだ。パンを咥えたまま天井を眺め、そのまま視線を窓の向こうへとずらす。

 小日向陽鞠という幼馴染と言葉を交わしたのは随分久しぶりだった。今回は陽鞠の隣に人が居たので出来なかったが、普段は偶然出くわした場合、無視してやり過ごしていたからだ。

 昔は何をするにも一緒だった幼馴染だが、いつからか疎遠になり顔すら合わせなくなった。その理由は明確に自分にあると知りながら、静流はその事実から目を背け続けていた。

 一流の私立高校で生徒会に入っている優等生の陽鞠と、三流高校でぼんやり過ごしているだけの自分。その間にある差を思うと、胸中穏やかではいられなかった。


「でもまー、仕方ないわな。それが自分の選んだ結果なんだから」


 いい高校に入りたかったら勉強すりゃあよかったじゃないか。

 彼女と仲良しのままでいたかったなら、ちゃんと毎日挨拶でもすりゃよかったじゃないか。

 そうしなかったのは自分だろ? そう言い聞かせ、納得し、心のざわつきを閉じ込めた。


「……クアランの反省会でもしますか」


 携帯を取り出して紙パックのジュースを開封する。

 ゲームは本当にいい暇つぶしになる。駄目な自分と向き合わずに済むから。

 何も考えず無心でプレイしている間だけは、胸の中のもやもやから目を逸らす事が出来た。

 夕焼けの光が沈み、徐々に夜がやってくる。

 薄暗い部屋の中、少年は一人で光るディスプレイを見つめていた――。

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