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ツユクサ

 体育館裏に通うようになってから、数日が経った。

 俺は邪魔にならないように、蒼井さんの傍で本を読み、蒼井さんは俺があげたノートにひたすら藍色を描いては、時々俺に意見を求めてくる。そんな日々が続いた。

 会話こそ少ないが、俺はこの時間が好きだったし、蒼井さんも最初のころよりは俺に対して打ち解けてくれてるように思う。

「浅羽君。この色どう思う?」

 読んでいた本に区切りをつけて、蒼井さんが指差しているページの藍色を眺める。

 しばらく見た後、感想を言わねばならないのだが、注意しなくてはいけないのは適当に『いいんじゃない』とか言ってはいけないことだ。

 最初に意見を求められたとき、色のことなんてよくわからなかった俺がそう返事をしたとたん、彼女が表情こそ変わらないものの、不機嫌になるのを感じた。

 どうにかしようとあわてた俺がこれまた適当に『で、でももう少し明るいほうがいいかな』なんて言ったら、彼女の頬が少し緩み『善処するわ』ちょこっと嬉しそうにはにかんだ。

 それ以降、よく分からないなりに、一生懸命感想を考えるのがここでの俺の仕事のようなものだった。

 でも。

「そういえば俺、よく考えると蒼井さんが描こうとしてる花、実物見てないな」

 そう、藍色だけ見ていても素人としては適当な感想しか言えない。

「蒼井さんが描こうとしてる花ってどこにあるの?よかったら、案内してくれない?」

「わ、私が!?」

 いつも冷静でおとなしい彼女がものすごく驚いて、すっとんきょんな声を上げる。

「ま、迷惑だったかな?迷惑だったら、無理しなくていいよ」

 まさか、ここまで驚かれるとは思っていなかった。そんなに嫌なのかな?

 蒼井さんが深呼吸をしている。ようやく落ち着いたのか、いつもと同じ、あまり抑揚のない声で。

「無理じゃないわ。行きましょう」

 そういって立ち上がった。

 立ち上がると夕焼けに照らされてか、頬がほんのりと赤いのが印象的だった。


 蒼井さんの案内で学校から少し歩いたところにあるとても広い空き地へとやってきた。

「ここ?」

「そう、ここ」

 その空き地は何年も手入れされていないのか、草木が伸び放題だった。

「ちょっと待ってて」

 蒼井さんが、草を掻き分けて奥へと進んでいく。

「あった」

 しばらくして、蒼井さんが戻ってきた。制服は草まみれである。

「ついてきて」

 その言葉に従い、蒼井さんの後をついていく。

「これが、私が描こうとしている花。朝にしか花は開かないから、今は閉じてしまっているけど」

 鬱蒼と茂る雑草の中、その植物はあった。

 蒼井さんが言ったように花は閉じているものの、その閉じた花はきれいな藍色に染まっている。

 昔、植物図鑑で見たことがある。これはツユクサだ。

 だけど、ここに生えているツユクサは通常のツユクサよりもより深い藍色の花をつけているように見えた。

「きれいなツユクサだね」

 お世辞でも何でもない、俺の素直な感想だ。

「私もそう思う」

 そう、肯定してくれた蒼井さんの表情は嬉しそうで、でもどこか寂しそうなそんな感情が入り混じっていた。

「ここへはよく来るの?」

 絵を描くことに関して、あれほど熱心な蒼井さんだ。当然何回も来ているものと思ってそう聞いたのだが。

「久しぶりに来た。……2年ぶりくらい」

 かえってきたのは予想もしなかった答えと、悲しそうな横顔。

 嫌な空気が俺と蒼井さんとの間に流れた。

「ねぇ、浅羽くん。聞いてくれる?」

「あ、あぁ」

 そんな空気を断ち切ったのは蒼井さんだった。

 彼女は空を見上げて、懐かしむような顔をした後、語り始めた。

「ここ、お母さんとの思い出の場所なの…」


「私、昔この街に住んでたの」

しゃべり始めた蒼井さんは、いつも以上に落ち着いていて、穏やかな声だ。

「お父さんとお母さんと私の三人家族で毎日楽しく暮らせてた」

彼女の目線は遠くに向いている。何を見ているのか、俺には計り知れない。

「私が五歳くらいのころにお母さんがここに連れてきてくれたの。今みたいに荒れてなくて、一面がツユクサだった。お母さんが好きだったこの場所を私も好きになっていた」

けどね、と蒼井さん話を続ける。辛さを堪えるかのように、うっすらと笑みを浮かべているのがなんだか余計に痛々しかった。

「お母さん。死んじゃったんだ、7年前に。それからお父さんの転勤とかもあっていろいろなところに行ったけど…結局、どこでも私はなじめなかった」


「私、昔この街に住んでたの」

 しゃべり始めた蒼井さんは、いつも以上に落ち着いていて、穏やかな声だ。

「お父さんとお母さんと私の三人家族で毎日楽しく暮らせてた」

 彼女の目線は遠くに向いている。何を見ているのか、俺には計り知れない。

「私が五歳くらいのころにお母さんがここに連れてきてくれたの。今みたいに荒れてなくて、一面がツユクサだった。お母さんが好きだったこの場所を私も好きになっていた」

 けどね、と蒼井さん話を続ける。辛さを堪えるかのように、うっすらと笑みを浮かべているのがなんだか余計に痛々しかった。

「お母さん。死んじゃったんだ、7年前に。それからお父さんの転勤とかもあっていろいろなところに行ったけど…結局、どこでも私はなじめなかった。お父さんの仕事が落ち着いてこの街に戻ってくることになったけど、私はこの場所に来るのが怖かった」

 家族を失った悲しみ、俺は経験がないので分からない。けど辛そうな蒼井さんを見ると俺まで悲しくなってくる。

「ツユクサの絵を描くのはお母さんのため。お母さんに、お母さんの好きだったツユクサを一年中見せてあげたいと思った。…けどうまくいかなくて。でも、今日はここにこれて本当によかった。全部浅羽くんのおかげ」

「お、俺!?」

 急に自分の名前が出てきて驚く。

「きっと一人じゃここに来ることなんてできなかった。でも浅羽君となら行ける、そう思ったの。……迷惑だった?」

「迷惑だなんて!そんなわけないじゃないか!」

 案内してくれ、と頼んだのは俺のほうだしそんな風に言ってもらえるとなんだか蒼井さんから信頼されてるみたいでうれしかった。

「そう。よかった」

 心底うれしそうにほっと胸をなでおろす蒼井さん。そうして俺を真正面から見つめる。

「もしよかったら…明日からも体育館裏に来て。……待ってるから」

 そう俺に告げた後、足早に帰っていてしまった。





 答え?もちろん決まっている。


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