ステータスが「計測不能」って、壊れてるだけなんですけど
ステータスが「計測不能」って、壊れてるだけなんですけど
冒険者ギルド・レグノール支部。
石造りの大きな建物で、入口の上には交差する剣と盾の紋章が掲げられている。中に入ると、広い受付ホールに冒険者たちがたむろしていた。依頼の掲示板を眺める者、酒を飲む者、仲間と談笑する者——活気に満ちた空間だ。
ヴァルゼンは入口で立ち止まった。
(なんでこんなところに来てしまったんだ)
エルヴィンが「まずはギルドに登録しよう」と言い出したのが事の始まりだ。冒険者として正式に登録すれば、依頼を受けて報酬を得られる。パーティの活動拠点としても便利だ——と、理屈はわかる。
だがヴァルゼンにとっては、ギルド登録とは「自分の実力が公式に記録される」ことを意味していた。
(ステータスを計測されたら、僕が最弱だとバレる。バレたら終わりだ。完全に終わりだ)
心臓が喉元まで跳ね上がっている。引き返したい。だがエルヴィンが背後に立っていて、退路がない。
「さあ、行こう。受付はあっちだな」
エルヴィンに背中を押され——物理的に押され——ヴァルゼンは受付カウンターの前に立った。
受付嬢はモノクルをかけた真面目そうな女性だった。カウンター越しにヴァルゼンを見て、小さく首を傾げる。
「冒険者登録ですか?」
「は、はい……」
「お名前をどうぞ」
「ヴァ、ヴァルゼン……です」
「種族は?」
「ま、魔族……」
受付嬢のペンが止まった。ちらりとヴァルゼンの額を見る。前髪の隙間から覗く小さな角。
「……魔族の方の登録は珍しいですが、規約上の問題はありません。では、ギルドカードの発行にあたって、ステータスの計測を行います」
来た。
ヴァルゼンの顔から血の気が引いた。
「あ、あの、ステータスの計測って、省略とかは……」
「申し訳ございません。全登録者に義務づけられております」
逃げ場がない。
受付嬢がカウンターの下から水晶板を取り出した。手のひらほどの大きさで、淡い光を放っている。
「こちらに手を触れてください。魔力を読み取り、各ステータスを数値化します」
ヴァルゼンは震える手を伸ばした。
(終わった。完全に終わった。戦闘力Eが白日の下に晒される。エルヴィンたちの顔が失望に変わる。『やっぱり最弱じゃないか』と言われて——)
指先が水晶板に触れた。
淡い光が指先から水晶板に流れ込む。
一瞬、水晶板が明るく輝いた——
そして、何も表示されなかった。
「……あれ?」
受付嬢が眉をひそめた。水晶板の表面は白いままだ。数値もランクも、何も浮かび上がっていない。
「少々お待ちください。接触が不十分だったかもしれません。もう一度——」
ヴァルゼンがもう一度手を置いた。
水晶板がびりりと震え、一瞬だけ淡い紫の光を放った。
そして——数値の代わりに、三文字が浮かび上がった。
『計測不能』
受付嬢の顔が凍りついた。
「け、計測……不能……?」
その声が予想以上に大きかった。
受付ホール中の冒険者が一斉に振り返った。
「計測不能だと?」
「あのギルドカードの水晶板で計測不能って……」
「聞いたことねえぞ。Sランクの冒険者だって普通に計測できるのに」
ざわめきが広がっていく。
ヴァルゼンは呆然としていた。
(計測不能? なんで? 普通にE判定が出ると思ったのに。壊れた? 水晶板が壊れたのか?)
魔王の血統は、通常のステータス計測装置と相性が悪い。魔王家の魔力は質が特殊で、人間向けに調整された計測器では正確に読み取れないのだ。数値が低すぎて読み取れないのではなく、魔力の「種類」が計測器の想定外なのである。
だがそんな事情を知る者は、この場には誰もいなかった。
受付嬢が立ち上がった。モノクルの奥の目が見開かれている。
「し、支部長を呼んでまいります。少々お待ちを——」
「い、いえ、そんな大げさな。壊れただけだと思うので——」
「壊れて『計測不能』が出ることはございません」
受付嬢の声が震えている。
「この水晶板は、理論上あらゆるステータスを数値化できます。計測不能が出るとすれば——計測の上限を超えている場合だけです」
(超えてない。下限を突き抜けてるだけだと思う)
だが誰もそうは解釈しなかった。
「上限を……超えている……」
エルヴィンが低く唸った。碧眼に深い感動が宿っている。
「やはりな。お前の力は、人間が作った尺度では測れないということだ」
(測れてないのは事実だけど、理由が全然違う)
受付ホールの空気が一変していた。
さっきまでヴァルゼンを好奇の目で見ていた冒険者たちが、今は畏怖の表情を浮かべている。
「おい、あの角……魔族か?」
「計測不能の魔族って……まさか」
「勇者パーティに魔族がいるって話、本当だったのか」
ひそひそ声が四方から聞こえてくる。ヴァルゼンは耳を塞ぎたかったが、両手は水晶板の上に置いたままだ。
フェリクスがカウンターに歩み寄り、水晶板を覗き込んだ。
「興味深い。僕のモノクルでも魔力の全容が読み取れなかったが、ギルドの計測器でも同じ結果とは」
モノクルの奥で、フェリクスの瞳がぎらりと光った。知的好奇心に火がついている。
「これは隠蔽ではありません。魔力そのものの位相が、既存の計測体系の外にある。……魔王殿、あなたの力は我々の理解の及ばない領域に存在しているということです」
「いや、そんな大層なものでは——」
「ご謙遜を。この結果が何よりの証拠ですよ」
手帳にペンが走る。
「ステータス計測記録。結果——計測不能。推定原因——既存の魔力体系を超越した力の保有。あるいは、意図的に計測を拒否した可能性も排除できない」
(意図的に拒否とかできない。したくてもできない)
支部長が奥から駆けてきた。恰幅のいい中年男性で、禿げ上がった頭に汗が光っている。
「これは……本当に計測不能が出たのか」
水晶板を確認し、ヴァルゼンの顔を見て、また水晶板を見る。
「前代未聞です。このギルドの百年の歴史の中で、計測不能が出たのは——記録にありません」
「あの、壊れているだけでは……」
「計測器は三ヶ月前に整備済みです。正常に稼働しています」
支部長がごくりと唾を飲んだ。
「……ギルドカードには『計測不能』と記載させていただきます。ランクは——暫定でAとさせていただいてよろしいでしょうか。本来ならば実績に基づいて判定するのですが、この結果を見る限り、低ランクでの登録は適切ではないと判断いたします」
(Aランク!? 何もしてないのにAランク!?)
「い、いえ、最低ランクで結構ですので——」
「ご謙遜なさらず」
支部長が深々と頭を下げた。
「勇者エルヴィン殿のパーティメンバーであること、そしてこの計測結果を総合的に判断した上での措置です。どうかお受けください」
エルヴィンが横から「当然だ」と頷いている。グリゼルダが「むしろSでもおかしくない」と呟いている。ミラベルが「ヴァルゼン様すごい……」と目を潤ませている。
ヴァルゼンは受け取ったギルドカードを見つめた。
名前の横に『計測不能』の文字。ランク欄には金色のAが刻まれている。
(これ、絶対おかしいだろ。何もかもおかしいだろ)
だが抗議する気力はもう残っていなかった。
ギルドを出る時、背後から冒険者たちのひそひそ声が追いかけてきた。
「計測不能のAランク冒険者……勇者パーティの魔族……」
「あいつ、何者なんだ?」
「触らぬ神に祟りなし、ってやつだな」
ヴァルゼンはギルドカードをローブの内ポケットに押し込んだ。
計測不能。実態は、計測器が対応していなかっただけ。魔力が強すぎるのではなく、種類が違うだけ。
だが真実を知る者は誰もいない。
レグノールの町に、新たな噂が生まれた。
「計測不能の魔王」。
その呼び名がヴァルゼンの耳に届くのは、もう少し先の話だ。
届いた時、彼の胃痛はさらに一段階悪化することになる。




