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最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


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攻撃魔法が使えないだけなのに「使う必要がないのだ」と結論された

 攻撃魔法が使えないだけなのに「使う必要がないのだ」と結論された


 その依頼は、本来なら簡単なはずだった。


 街の東門から半日ほどの距離にある旧魔術研究所の調査。大戦中に放棄された施設で、残留魔力が暴走して周囲の魔物を引き寄せているという報告があった。魔力の発生源を特定して無力化すれば完了——Bランク相当の、パーティにとっては日常的な仕事だ。


「フェリクス、研究所の構造はわかるか?」


「ある程度は。王立魔術学院のアーカイブに記録が残っていました。三階建て、地下一階。問題の残留魔力は、おそらく地下の実験室に設置された魔法陣が原因でしょう」


 フェリクスが簡略化した見取り図を手帳に描きながら説明した。ヴァルゼンは隣で聞いていたが、魔法陣と聞いた瞬間に胃がきゅっと縮んだ。


(魔法陣……嫌な予感しかしない)


 研究所に到着すると、建物の周囲には確かに濃い魔力の残滓が漂っていた。ヴァルゼンの肌がぴりぴりと粟立つ。魔王の血統が持つ魔力感知が、不快な信号を送ってきている。


「なんか……嫌な感じがします」


「嫌な感じ、ですか。もう少し具体的にお願いできますか、魔王殿」


 フェリクスがモノクルを調整しながら言った。目が輝いている。研究者の目だ。


「えっと……なんというか、魔力の流れが……不自然? 建物の中心に向かって渦を巻いているような——」


「渦を巻いている」


 フェリクスが手帳にさらさらとメモを取った。


「なるほど。つまり魔法陣が周囲の魔力を吸引し続けている。それが魔物を引き寄せる原因ですね。——ちなみに魔王殿、この距離で魔力の流向を感知できるということは、感知精度は半径どれくらいですか」


「え? いや、ただなんとなく嫌な感じがするだけで、精度とかそういう——」


「百メートル以上。下手をすれば二百メートル。僕のモノクルでも建物に入らなければ内部の魔力流は読めないのに」


 フェリクスがモノクルを持ち上げて自分の目で確認し、ため息をついた。


「やはり次元が違う」


(次元は同じだ! ただ嫌な予感がするだけだ!)


 研究所の内部は荒れていた。大戦中に急いで撤収した形跡があり、書類や器具が散乱している。天井のあちこちに亀裂が走り、壁には焦げ跡のような魔力痕が残っていた。


 地下への階段を降りると、魔力の濃度が一気に跳ね上がった。ヴァルゼンの全身の毛が逆立つ。


「うっ……」


「魔王殿?」


「だ、大丈夫です。ちょっと気持ち悪いだけで——」


「魔力酔いか。この濃度であれば無理もない」


 フェリクスが何かを計算するように目を細めた。


「——いや、待ってください。魔力酔いが起きるということは、魔王殿は自身の魔力で防壁を張っていない?」


「え? 防壁って——」


「通常、高位の魔術師は濃密な魔力環境では自動的に防壁を展開します。それをしていないということは——」


 フェリクスの目が、また輝いた。あの目だ。何かを「発見」した時の目。


「あえて、生の魔力を直接感じ取っているんですね。防壁を張れば感知精度が落ちる。だから——」


(違う。防壁の張り方を知らないだけだ)


 地下の実験室は、広い円形の空間だった。


 床一面に巨大な魔法陣が刻まれている。青白い光を放ち、周囲の魔力を吸い込み続けていた。陣の中心には水晶球が据えられており、内部で光が不規則に明滅している。


「これは……術式が複雑ですね」


 フェリクスがモノクルで魔法陣を解析し始めた。眉間に皺が寄っている。


「三重の入れ子構造。外周が吸引陣、中間が蓄積陣、内核が——何だこれは。見たことのない術式体系だ」


「フェリクス、解除できそうか?」


 エルヴィンが聖剣の柄に手をかけながら聞いた。


「時間をください。術式の構造を完全に把握しないと、下手に触れれば暴発する可能性がある」


 フェリクスが魔法陣の周囲を歩きながら解析を続けた。ヴァルゼンは部屋の入口で立ち尽くしていた。


 気持ち悪い。魔力の渦が肌を撫でるたびに吐き気がする。でも同時に、魔法陣の構造が——なぜか、見える気がした。


 見える、というのは正確ではない。「感じる」に近い。魔力の流れが身体の中に染み込んでくるような感覚。外周の吸引が、中間の蓄積に流れ込み、内核で——。


「あの」


 口が勝手に動いた。


「内側の術式、たぶん変換陣です。吸った魔力を別の性質に変えてる。それで水晶球に溜まってるんだと思います」


 沈黙が落ちた。


 フェリクスが、ゆっくりとこちらを振り返った。


「……今、何と?」


「え? あ、いえ、なんとなくそう感じただけで——」


「変換陣」


 フェリクスがモノクルに手をやった。再びレンズを覗き込み、魔法陣の内核を凝視する。数秒後、大きく息を吐いた。


「……正解です。確かに内核は属性変換の術式だ。魔王殿、僕のモノクルでも三分かかった解析を、目視で——いや、感知だけで看破しましたね」


(看破してない。なんとなく感じただけだ)


「これで解除の手順が見えました。外周の吸引陣を停止させ、蓄積された魔力を安全に放出してから内核を分解する。——ですが、蓄積陣に溜まった魔力量がかなり多い。安全に放出するには、攻撃魔法で段階的に消費させる必要がある」


 フェリクスがパーティを見回した。


「エルヴィン、聖剣の魔力斬で。グリゼルダ、闘気で。僕は中位の攻撃魔法を使います。——魔王殿も、攻撃魔法をお願いできますか」


 ヴァルゼンの血の気が引いた。


「あ、あの……攻撃魔法は……」


「はい?」


「使えない……んです」


 フェリクスが目を瞬かせた。


 嘘ではなかった。ヴァルゼンは攻撃魔法が使えない。何度も試した。火球は不発に終わり、雷撃は自分に跳ね返り、風刃は明後日の方向に飛んでいった。魔王の血統を引いていながら、攻撃魔法の適性がゼロ。それが最弱の魔王の現実だった。


「使えない」


 フェリクスが復唱した。モノクルの奥の目が、何かを計算している。


(頼むから額面通りに受け取ってくれ)


「なるほど」


 フェリクスが手帳に何かを書き込んだ。そして顔を上げた。


「使えないのではなく——使う必要がない、ということですね」


(だから違うんだって!)


「魔王殿クラスの存在が攻撃魔法を使えないはずがない。使わないのは、それが魔王殿の戦闘哲学だからだ。——考えてみれば当然です。指揮官は自ら剣を振るわない。将棋で言えば、王将は動かないことに意味がある」


「い、いや、本当に使えないんです。火球を撃とうとしたら不発になって——」


「意図的な不発。実演までして偽装を維持するとは、徹底していますね」


(実演じゃない! 本当に出なかったんだ!)


「フェリクス、そうだったのか!」


 エルヴィンが目を輝かせた。


「ヴァルゼンは自分で戦わないんじゃなくて、俺たちを信じて任せてくれているんだな!」


「そういう解釈も可能です。むしろ、部下の成長を促すために——」


「やめてくださいお願いします」


 ヴァルゼンの声は小さかったが、切実だった。


「攻撃魔法は本当に使えないんです。魔力感知ができるだけで、それ以外の魔法は——」


魔力感知だけができる」


 フェリクスが復唱した。その目が、怖いほど真剣になった。


「攻撃魔法を捨てて、感知に全振りしている。——なんという割り切り。いえ、これは割り切りではない。到達たどりついたんだ。攻撃という手段を超えた先の——」


「フェリクス、お願いだから——」


「失礼。興奮してしまいました」


 フェリクスが咳払いをして手帳を閉じた。が、目はまだ輝いていた。


「攻撃魔法は僕たちで分担しましょう。魔王殿には、魔力の流れの監視をお願いします。暴走の兆候を最速で感知できるのは、あなたしかいない」


 それは——まあ、確かにそうかもしれない。魔力感知だけは、なぜかできる。嫌な感じがわかる。それが役に立つなら。


「わかりました。嫌な感じがしたら、すぐ言います」


「嫌な感じ。——魔力暴走の前兆を体感レベルで捉えるわけですか。やはり常人とは感覚の次元が違う」


(嫌な感じは嫌な感じだ。次元は関係ない)


 魔法陣の解除作業は、一時間ほどで完了した。


 エルヴィンの聖剣が蓄積魔力を斬り裂き、グリゼルダの闘気が余剰を燃やし、フェリクスの攻撃魔法が残りを消し飛ばした。ヴァルゼンは隅で魔力の流れを「感じて」いた。二度ほど「なんか変です」と言って作業を止めさせたが、そのたびにフェリクスが確認すると確かに術式が不安定化しかけていた。


「完了です」


 フェリクスが最後の術式を分解し、水晶球の光が消えた。


 地下室に静寂が戻る。肌を刺す魔力の圧迫感が消え、ヴァルゼンは深く息を吐いた。


「お疲れ様です、皆さん」


「いや、お疲れ様はヴァルゼンにこそ言うべきだ」


 エルヴィンがヴァルゼンの肩を叩いた。


「お前の感知がなければ、二度は暴走していた」


「偶然です。たまたま嫌な感じがしただけで——」


「はいはい、偽装偽装」


 エルヴィンが笑った。もう「偽装」が合言葉になっている。


 地上に出ると、夕暮れの風が心地よかった。


 帰り道、フェリクスが隣に並んだ。


「魔王殿」


「はい」


「今日の件で、僕の仮説がまた一つ補強されました」


 ヴァルゼンは黙って歩いた。反論しても無駄だということを、今日一日で痛感していた。


「攻撃魔法を使わない。しかし魔力感知の精度は僕のモノクルを遥かに凌駕する。——これは偶然の才能ではない。意図的な特化です。あなたは戦場の全てを把握し、最適な判断を下す。攻撃は部下に任せる。それが魔王殿の戦い方だ」


 違う、と言いたかった。


 でも言えなかった。


 なぜなら——ほんの少しだけ、今日は役に立てた気がしたから。


 攻撃魔法は使えない。でも「嫌な感じ」を伝えることで、仲間が危険を回避できた。それは——本当に、ほんの少しだけ——嬉しかった。


(でもこれは、フェリクスが言うような大層なことじゃない。ただ、嫌な感じがしたから声に出しただけだ)


「魔王殿」


「はい」


「あなたは、自分が思っているより——遥かに有能ですよ」


 フェリクスの声は、いつもの分析的な口調ではなかった。穏やかで、どこか温かい声。


 ヴァルゼンは、何も言えなかった。


 夕暮れの道を、五人で歩いた。影が長く伸びていた。


 最弱の魔王は攻撃魔法が使えない。それは事実だ。


 でも「嫌な感じがする」と言うことはできる。


 それだけで——もう少しだけ、ここにいてもいい理由になるだろうか。


 ヴァルゼンには、わからなかった。


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