翌朝、パーティは移動を開始した。
翌朝、パーティは移動を開始した。
目的地は西方の街道沿いにある中規模の町、レグノール。冒険者ギルドの支部があり、大戦後の復興拠点として機能しているらしい。
そこまでの道のりは約三日。
問題は、その三日間をどう生き延びるか、だった。
「ヴァルゼン。道はどちらに進むべきだと思う?」
先頭を歩くエルヴィンが、振り返ってそう聞いた。
なぜ僕に聞くんだ、とヴァルゼンは思った。地図はフェリクスが持っている。方角はグリゼルダが太陽の位置で正確に割り出せる。僕に聞く意味が一ミリもない。
だが四人の視線が期待を込めてこちらを見ている。
答えなければ。何か答えなければ。
ヴァルゼンは周囲を見回した。
街道は二手に分かれていた。右は広くて整備された本道。左は細くて草が生い茂った脇道。
右に行きたい。
当然だ。広い道のほうが安全に決まっている。だが──何か、嫌な感じがした。
理屈ではない。言語化できない。ただ右の道を見たときに、胃の奥がきゅっと縮むような感覚があった。
ヴァルゼンの臆病センサーが、微かに反応していた。
「……ひ、左のほうが、なんとなく、その……安心、というか……」
我ながら頼りない回答だった。「なんとなく安心」。根拠ゼロ。論理性ゼロ。魔王どころか小学生の遠足レベルの判断基準である。
フェリクスが即座に地図を広げた。
「……なるほど。左の道は確かに遠回りになるが、地形的に見通しが良く、伏兵の可能性が低い。加えて──」
フェリクスの指が地図の上を滑る。
「右の本道は昨年の大戦で橋が落ちている可能性がある。未確認情報だが、もしそうなら大幅な迂回が必要になる。一方、左の脇道には橋がない代わりに浅瀬の渡渉点がある。増水していなければこちらのほうが確実に早い」
ヴァルゼンは目を瞬いた。
そんなこと、一ミリも考えていなかった。
「加えて」とフェリクスはモノクルの位置を直した。「この季節、右の本道沿いの森にはオーガの群れが越冬から目覚める時期に当たる。わざわざリスクの高い道を選ぶ理由がない」
オーガ。
ヴァルゼンの顔から血の気が引いた。右の道に行っていたら死んでいた。
「さすがだな、ヴァルゼン」
エルヴィンが感嘆の声を上げた。
「一瞬で最適解を導き出すとは。しかも『なんとなく』と言葉を濁すあたり、自分の判断力を誇示する気がないのが伝わる。……ふっ、謙虚な男だ」
謙虚じゃない。本当に「なんとなく」だったんだ。
怖い方を避けただけだ。動物的な、もっと言えばミミズ的な本能で。
「世界各地で空間の歪みが報告されているとも聞く」
フェリクスが地図を畳みながら、何気なく付け加えた。
「大戦の影響で魔力の流れが乱れているのかもしれん。通常の街道が必ずしも安全とは限らない時勢だ。その点、ヴァルゼン殿の判断は理に適っている」
空間の歪み。
聞き慣れない言葉だったが、今のヴァルゼンにそれを気にする余裕はなかった。
なぜなら四人が完全に「左の道」を選んだ前提で動き始めていたからだ。もう引き返せない。また誤解が一つ積み上がった。
一行は脇道を進んだ。
フェリクスの予測通り、道は見通しがよく、周囲に脅威の気配はなかった。半日歩いた先の浅瀬も問題なく渡れた。
そしてその翌日、レグノールに向かう旅商人から情報を得た。
「右の街道? ああ、あの橋は先月落ちましたよ。おまけにオーガが出たとかで、通行止めになってますわ」
ヴァルゼンの背筋を、冷たい汗が伝った。
四人の視線が、一斉にこちらを向いた。
グリゼルダの目が鋭い。フェリクスの目が輝いている。ミラベルの目がうるんでいる。エルヴィンの目が──もう完全にヤバい。
「やはりな」
エルヴィンが低く、だが力を込めて言った。
「お前は最初からわかっていた。橋が落ちていることも、オーガの存在も。だから迷わず左を選んだ」
わかってない。何一つわかってなかった。
「しかも『なんとなく安心』という言い方で、俺たちに恥をかかせないよう配慮までしてくれた」
配慮してない。語彙力がなかっただけだ。
「ヴァルゼン殿の判断力」とフェリクスが手帳に何かを書き込みながら呟いた。「入手困難な情報を瞬時に統合し、最適なルートを導く。しかもそれを直感と称して合理的思考を隠す。……実に興味深い」
書くな。手帳に書くな。何を記録しているんだ。怖い。
「ヴァルゼン様は」とミラベルが目を潤ませた。「私たちの安全を、ずっと考えてくださっていたんですね……」
考えてない。自分の安全しか考えてなかった。
ヴァルゼンは黙った。
黙るしかなかった。
ここで「違います、怖かっただけです」と言えば、四人はどう反応するだろうか。
信じないだろう。
絶対に信じない。
もう既に「天才的ルート選定」という評価が確定してしまっている。否定すれば「謙遜」で片付けられ、むしろ評価が上がる。肯定すればそのまま評価が上がる。
どちらに転んでも詰みだ。
ヴァルゼンはうつむき、小さくため息をついた。
「あ、あの……たまたまです。本当に、たまたま……」
「ほう、まだ謙遜を」
「ふっ、やはり器が違う」
「ヴァルゼン様……!」
「ハハハ! お前は本当に面白い男だな、ヴァルゼン!」
誰か助けてくれ。
心の底からそう思ったが、助けてくれる「誰か」は──このパーティの中には、いなかった。




