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最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


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酒場で世間話しただけなのに「情報収集の手腕が玄人級」と評価された

 酒場で世間話しただけなのに「情報収集の手腕が玄人級」と評価された


 次の依頼先の町に着いたのは、翌日の昼過ぎだった。


 レナート——交易路の要衝に位置する中規模の町で、商人と冒険者が入り混じる活気のある場所だ。パーティはまず冒険者ギルドに立ち寄り、依頼の詳細を確認することになった。


 依頼内容は、周辺の街道で頻発している魔物の出没調査。討伐ではなく調査が主目的という、比較的穏やかな案件だった。


(調査なら戦闘は少ないかもしれない。ありがたい)


「まずは情報収集だな」


 エルヴィンが腕を組んで言った。


「ギルドの掲示板だけじゃ足りない。街道を使う商人や旅人から、直接話を聞いた方がいいだろう」


「合理的な判断です」


 フェリクスが頷いた。手帳は、もちろん開いている。


「では手分けしましょう。エルヴィンとグリゼルダはギルドで公式記録の確認を。ミラベルは神殿で治癒院の記録を——街道で襲われた負傷者の証言があるかもしれません。僕は図書館で地誌と魔物分布の資料を当たります」


「お前は?」


 エルヴィンがヴァルゼンを見た。


「僕は……その、皆さんの邪魔にならないところで——」


「酒場だ」


 フェリクスが即座に言った。


「魔王殿には酒場での情報収集をお願いしたい。商人や旅人が集まる場所で、生の情報を集めるのが最も効率的です」


(酒場で、一人で? それは普通に世間話をしろということでは?)


「わかり、ました」


 ヴァルゼンは町の中心にある大きな酒場に入った。


 昼時とあって、店内はそこそこの賑わいだった。商人風の男たちがテーブルを囲んで商談をしている。隅のカウンターでは旅人らしき老人が一人で昼酒を飲んでいた。


 ヴァルゼンはカウンターの端に座り、おそるおそる温かい茶を注文した。


(情報収集……どうやるんだ、情報収集って。話しかければいいのか? でも何を聞けば?)


 隣の席で、商人風の男が溜め息をついた。


「参ったよ。東の街道、また出たらしいぜ」


 ヴァルゼンの耳が反応した。


「あの、すみません。東の街道で、何か出たんですか?」


 声をかけたのは、情報収集のためではなかった。単純に、自分たちがこれから行く場所の安全が気になったからだ。臆病者の本能だった。


「おう、あんた冒険者かい?」


 商人が人懐っこい目を向けた。ヴァルゼンの小柄な体格と怯えた目つきが、警戒心を解いたらしい。


「ええと、一応……」


「東の街道の第三橋のあたりでな、荷馬車が襲われたって話だ。俺の知り合いの商人も被害に遭った。積荷の半分がやられたってさ」


「それは大変ですね……。お知り合いの方は、お怪我は?」


「いや、命は無事だった。馬車を捨てて逃げたんだと」


「よかった。荷物は大変でしょうけど、命があれば取り返せますから」


 ヴァルゼンは心からそう言った。商人の知り合いのことが、純粋に心配だったのだ。


 商人が目を丸くした。


「あんた……いい奴だな」


「え?」


「いや、冒険者って大抵、被害の内容とか魔物の種類とか報酬の話ばかり聞いてくるもんだけど。最初に怪我の心配をする奴は珍しいよ」


 商人の警戒が完全に解けた。カウンターの向こうから自分の杯を持ってきて、ヴァルゼンの隣に座り直した。


「実はな——」


 そこから、商人は堰を切ったように話し始めた。


 東の街道で魔物が出没し始めたのは約二週間前。最初は小型の魔獣だけだったが、日が経つにつれて大型化している。第三橋の付近が特に危険で、夜間の通行は事実上不可能になっている。商人ギルドでは護衛の増員を検討しているが、費用の問題で折り合いがつかない。


 ヴァルゼンはただ頷きながら聞いていた。


「怖いですね……。第三橋のあたりって、何か魔物が集まりやすい理由があるんでしょうか」


「さあな。ただ、古い連中は言ってるよ。あのへんには昔、魔術師の塔があったって」


「魔術師の塔?」


「ああ。百年くらい前に廃墟になったらしいが、たまに変な光が見えるって話もある。眉唾だと思ってたが、最近の魔物騒ぎを見るとな……」


「なるほど……」


 話が一段落した頃、別のテーブルにいた旅人が声をかけてきた。


「あんたら、東の街道の話してるのかい? 俺も先週通ったんだけどよ——」


 旅人も話し始めた。彼は実際に魔物を目撃しており、その種類や行動パターンについて詳しく語った。ヴァルゼンが「それは怖かったでしょう」「無事でよかったです」と相槌を打つたびに、旅人の口はますます滑らかになった。


 気がつくと、カウンター周辺に五人ほどの人間が集まっていた。全員が自発的に情報を提供してくれている。商人、旅人、地元の農夫、街道の関所番、そして酒場の主人まで。


 ヴァルゼンは何も特別なことをしていなかった。ただ相手の話を聞き、心配し、共感しただけだ。


 二時間後。


 パーティが酒場に合流した時、ヴァルゼンのテーブルには茶菓子の皿が三枚積まれ、地元民から「兄ちゃん、また来いよ」と背中を叩かれる状態になっていた。


「あ、皆さん、おかえりなさい」


 ヴァルゼンが手を振ると、フェリクスが足を止めた。


「魔王殿。状況を聞かせてもらえますか」


「え、えっと。東の街道の第三橋付近が危険みたいです。二週間前から魔物が出始めていて、日に日に大型化しているとか。あと、そのあたりに百年前に廃墟になった魔術師の塔があるらしくて、最近変な光が目撃されているそうです。それから、魔物の種類は主にゴブリンの変種と大型の蜥蜴竜で、夜間に活動が活発化するパターンがあるみたいです。商人ギルドでは護衛の増員を——」


「待ってください」


 フェリクスが手を上げた。モノクルの奥の目が、見開かれていた。


「それは……どこで?」


「ここで。隣の方に聞いたら、いろいろ教えてくれて」


「いろいろ?」


「はい。あと、関所番の方が通行記録を見せてくれて、被害が集中している時間帯のデータも——」


「通行記録を見せてもらった?」


 フェリクスの声が、僅かに上ずった。


「ええ。お願いしたわけじゃないんですけど、話しているうちに『そういえば』って出してくれて——」


「……僕が図書館で二時間かけて見つけた情報を、あなたは酒場の世間話で全て集めた上に、僕が見つけられなかった情報まで入手している」


(え?)


「しかも通行記録。あれは本来、一般には開示されない準公文書です。関所番が自発的に見せたということは——」


 フェリクスが手帳を開いた。ペンの走る速度が、いつもの倍だった。


「情報収集の手腕が、玄人級だ」


「い、いえ、手腕とかそういうのでは——」


「いいえ。これは技術です」


 フェリクスがヴァルゼンを真正面から見た。


「情報を引き出す際の最大の障壁は、相手の警戒心です。それを解除するには信頼関係の構築が不可欠であり、通常は時間と実績を要する。しかし魔王殿は、初対面の人間から二時間で準公文書レベルの情報を引き出した。しかも相手に『情報を提供させられた』という感覚を一切与えずに」


(与えてない、じゃなくて、させてないんだ。ただ心配して話を聞いていただけで——)


「おい、何があった!」


 エルヴィンが駆け寄ってきた。グリゼルダとミラベルもその後ろにいる。


「ヴァルゼン殿が、酒場での世間話で我々の二時間分の調査を上回る情報を入手しました」


「やっぱりな!」


 エルヴィンが拳を打ち鳴らした。


「ヴァルゼンに情報収集を任せて正解だった! お前には人を惹きつける力がある!」


(惹きつけてない。怖がって挙動不審だっただけだ。それが逆に警戒を解いたんだとしたら、それは……なんだろう、臆病の副産物?)


「記録します」


 フェリクスが手帳に向かった。ペンの音が、妙に楽しそうに聞こえた。


『V行動記録——情報収集能力。対人コミュニケーションにおいて、無意識に最適な信頼構築プロセスを実行。相手の感情的ニーズ(共感・承認)を正確に把握し、それに応答することで警戒を解除。結果、通常では入手困難な情報まで自発的に提供される状態を構築。

注目点:本人に技術の自覚がない。「ただ心配しただけ」と認識。

仮説:全ての能力が無自覚であることこそが、偽装の完璧さの証左ではないか。意識的に装うのではなく、無意識レベルで能力を隠蔽している——? あるいは、そう見せかけている——?

追記:分析の深度が足りない。さらなるデータが必要。』


 ヴァルゼンは温かい茶をすすりながら、フェリクスの手帳がまた一ページ埋まっていくのを見ていた。


(この人のノートが分厚くなるたびに、僕の胃が薄くなっていく気がする)


 酒場の主人が「兄ちゃん、おかわりいるかい?」と声をかけてきた。


「あ、はい、お願いします」


「いい茶葉が入ったんだ。サービスだよ」


 主人がにこにこしながら茶を注いでくれた。


 フェリクスのペンが、また動いた。


(やめて。茶のおかわりまで記録しないで)


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