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最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


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子供と遊んでいただけなのに「孤独な魔王の癒し」という解釈が生まれた

子供と遊んでいただけなのに「孤独な魔王の癒し」という解釈が生まれた


 町の広場には、噴水がある。

 昼下がりの陽光を受けて水しぶきがきらめく、穏やかな場所だった。


 エルヴィンたちがギルドで次の依頼の打ち合わせをしている間、ヴァルゼンは広場のベンチに座って待っていた。

 ギルドの中にいると冒険者たちの視線が痛い。「計測不能」の噂は既に広まっていて、すれ違うたびにひそひそ声が聞こえる。それが怖くて、外に逃げてきたのだ。


 噴水の音だけが響く、静かな午後。

 ヴァルゼンは、ようやく肩の力を抜いた。


 ——平和だ。

 こういう時間が、一番ありがたい。誰にも注目されず、誰にも誤解されない、ただの静かな時間。


「ねえ、おにいちゃん」


 平和は三分で終わった。


 見下ろすと、小さな女の子がヴァルゼンを見上げていた。栗色の髪をお下げにした、五歳くらいの子供だ。

 その後ろに、さらに四人ほどの子供たちが固まっている。


「おにいちゃん、つのがある」

「う、うん……あるね」

「さわっていい?」

「え」


 額の小さな角に、子供の手が伸びる。

 ヴァルゼンは反射的に身をかがめた。


 子供の指が、角の先端に触れた。

 くすぐったい。


「ちっちゃい!」

「うん……小さいんだ、これ」

「かわいい!」


 かわいい、と言われたのは生まれて初めてだった。

 魔王軍にいた頃、この角は「情けない」「魔王の威厳がない」と嘲笑の的だった。それを「かわいい」と言う存在がこの世にいるとは思わなかった。


「ねえねえ、おにいちゃん、まぞくなの?」

「う、うん。そうだよ」

「まおうなの?」

「……一応」

「すごーい!」


 子供たちの目が、きらきらと輝いた。

 恐怖はない。純粋な好奇心だけがそこにあった。


 ヴァルゼンの胸の奥で、何かが緩んだ。


 気がつけば、子供たちと一緒に噴水の周りを歩いていた。

 花を摘んで冠を作り、石を積んでお城を建て、追いかけっこをして転びそうになった子供を慌てて抱き上げた。


「まおうさま、つよい?」

「い、いや、全然。すごく弱いよ」

「うそだー! だっておにいちゃん、ゆうしゃさまのなかまでしょ?」

「それは……まあ、一応……」

「じゃあつよいんだよ!」


 子供の論理は単純で、そして反論のしようがなかった。


 ヴァルゼンは笑った。

 心から、笑った。

 魔王軍にいた頃、こんなふうに笑えたことがあっただろうか。


「あら、あら……」


 広場の隅で、その光景を見つめる瞳があった。

 ミラベルだった。

 ギルドでの打ち合わせが終わったらしく、パーティの四人が広場に戻ってきていた。


「ヴァルゼン様が……子供たちと……」


 ミラベルの翡翠色の目に、みるみるうちに涙が溜まっていった。


「あの方は……ずっと孤独だったんですね。魔王として、誰にも心を許せず、誰にも甘えられなかった……」


 そんなことはない。単純に子供と遊ぶのが楽しいだけだ。

 しかしミラベルの共感フィルターは、既に全力稼働していた。


「無垢な子供たちの前でだけ、あの方は鎧を脱げるんです。……ああ、なんて切ない……!」


 ミラベルが両手で口を覆い、涙をこぼした。


「おい、ミラベル。また泣いているのか」


 グリゼルダが呆れた声を出したが、その蒼灰色の瞳もまた、広場の光景をじっと見つめていた。


「……しかし、確かに。あの表情は、我々の前では見せないものだな」


 グリゼルダの声が、わずかに柔らかくなった。


「強者であるがゆえの孤独、か。……私には、わかる」


 わからないでくれ、と言いたい。

 だがヴァルゼンは噴水の向こう側で子供に花冠を乗せられている最中で、仲間たちの会話など聞こえていなかった。


「興味深いですね」


 フェリクスがモノクルを押し上げ、手帳を開いた。


「魔王殿は子供たちの中にいるとき、魔力の波長が安定する。普段は常に微細な揺らぎがあるのですが……無防備な状態、つまり『素』のときだけ安定するということは——」


「フェリクス」


 エルヴィンが静かに遮った。

 いつもの熱血とは違う、穏やかな声だった。


「分析はいい。ただ見ていよう」


「……珍しく、まともなことを言いますね」


 フェリクスは手帳を閉じた。しかし目だけは、ヴァルゼンの姿を追い続けていた。


 四人は広場の入口に立ったまま、しばらくその光景を見守っていた。

 子供たちに囲まれて笑う、小柄な魔族の青年。

 額の小さな角に花が挿され、ローブの裾を子供に引っ張られ、それでも嬉しそうに笑っている。


「まおうさま、またあそんでね!」

「う、うん。また来るよ」

「やくそく!」

「約束」


 子供たちが手を振って走り去った後、ヴァルゼンはベンチに座り直した。

 花冠が頭に乗ったままだ。額の角に花びらが引っかかっている。


「あ」


 仲間たちの視線に気づいて、ヴァルゼンは慌てて花冠を外そうとした。


「す、すみません、子供たちが話しかけてきて、つい——」

「謝ることはない」


 グリゼルダが、珍しく穏やかな声で言った。


「ヴァルゼン様。その花冠、よくお似合いです」


「えっ」


「ヴァルゼン様……!」


 ミラベルがとうとう堪えきれなくなったように駆け寄り、ヴァルゼンの手を握った。涙が頬を伝い落ちている。


「あなたは、もう一人じゃないんですよ……! 私たちがいます……!」


 何が起きているのかわからなかった。

 子供と遊んでいただけなのに、なぜミラベルが泣いているのか。なぜグリゼルダが優しい顔をしているのか。なぜフェリクスが手帳に猛然と書き込んでいるのか。


 そしてなぜ、エルヴィンが感極まった表情で空を仰いでいるのか。


「ヴァルゼン……お前は、人の心がわかる男だ。それが、お前の本当の強さなんだろうな」


 違う。

 子供と遊ぶのが楽しかっただけだ。


 しかしその言葉は、いつものように喉の奥に引っ込んでしまった。

 代わりに出てきたのは、困惑した微笑みだけだった。


 その微笑みを見て、ミラベルがさらに泣いた。


「ああ、あの儚い笑顔……! 全てを受け入れて、全てを許す、魔王の微笑み……!」


 ——僕、ただ困ってるだけなんですけど。


 花冠を胸に抱えたまま、ヴァルゼンは小さくため息をついた。

 しかしほんの少しだけ、ため息の中に温かいものが混じっていたことには、本人も気づいていなかった。


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