表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/8

史上最凶の魔王──と呼ばれた男は、戦場跡で盛大に転んだ。

 史上最凶の魔王──と呼ばれた男は、戦場跡で盛大に転んだ。


 顔面から地面に突っ込んだ。口の中に砂利が入った。痛い。非常に痛い。

 これが魔王の最期か、とヴァルゼンは本気で思った。


 大戦が終わった。

 魔王軍は瓦解し、四天王は散り散りになり、残された兵士たちは我先にと逃げ出した。当然だ。負けたのだから。

 そして魔王であるヴァルゼン自身も、逃げた。

 いや、正確に言えば「逃げた」のではない。「追い出された」のだ。配下のゴブリンに。


「あの魔王、弱くね?」

「つーか邪魔じゃね?」

「飯の分け前減るし」


 ゴブリンにである。

 魔族の最底辺、知能も戦闘力もお察しのゴブリンに、である。

 その程度の存在に追い出される魔王とは何なのか。ヴァルゼンは自分でもよくわからなかった。


 とにかく今、彼は一人だった。

 荒れ果てた戦場跡を彷徨い、空腹と疲労で足元がおぼつかない。魔力で体を強化する? できない。攻撃魔法で獣を狩る? 暴発して自分が死ぬ。火を熾す初級魔法すら三回に一回は失敗する。

 これが魔王である。

 額の左右にある小さな角──前髪に隠れて見えないほど矮小な角だけが、彼が魔王家の血を引く唯一の証だった。


 死ぬかもしれない、と思った。

 いや、死ぬだろう。このまま行けば確実に。

 せめて人里に辿り着ければ──いや、魔王が人里に行ってどうする。殺されるに決まっている。

 では魔族の集落は? もう残っていない。大戦で壊滅した。

 詰んでいた。完全に詰んでいた。


 そんなとき、足音が聞こえた。


 重く、力強く、まっすぐな足音。

 ヴァルゼンの背筋に氷柱が突き刺さった。


 振り返ると──光が、あった。

 文字通りの光だった。夕暮れの逆光を背に、金色の髪が燃えるように輝いている。白銀の鎧。背中に負った大剣。左頬に走る一筋の傷痕。

 身長差は頭一つ以上。見上げるしかないその男の碧い瞳が、ヴァルゼンを捉えた。


 勇者エルヴィン。

 人類連合の英雄。聖剣の使い手。四天王のうち二人を単騎で屠った化け物。

 大戦を終結に導いた、正真正銘の「最強」。


 死んだ。

 ヴァルゼンの脳内で、即座に結論が出た。

 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ! 勇者だ! 本物の勇者がいる! なんでこんなところに!?


 逃げなければ。

 その一心で踵を返した瞬間、足がもつれた。

 そして冒頭の場面に戻る。顔面から転倒。口に砂利。痛い。


 終わった。完全に終わった。

 うつ伏せのまま、ヴァルゼンは人生を振り返った。短かった。二十二年。魔王として即位してからわずか一年。何一つ成し遂げていない。墓碑銘があるとすれば「ゴブリンに追い出された魔王、ここに眠る」だろう。泣きたい。


「──お前が、魔王ヴァルゼンか」


 頭上から降ってきた声は、驚くほど穏やかだった。

 殺気がない。怒りもない。むしろ──感嘆?


 恐る恐る顔を上げると、勇者エルヴィンが片膝をついてこちらを見下ろしていた。

 碧い瞳が、真っ直ぐにヴァルゼンを射抜いている。


「噂は聞いている。大戦の裏で魔王軍を終結に導いた──影の立役者」


 は?


「お前が魔王軍を内側から崩壊させたと聞いた。将軍たちの暴走を止め、無駄な血を流させず、大戦を終わらせた真の功労者だと」


 はああ?


 何の話をしているんだこの人は。

 ヴァルゼンは混乱した。内側から崩壊? 止めた? 何も止めていない。将軍たちが勝手に暴走し、勝手に負け、勝手に逃げただけだ。ヴァルゼンは玉座の上でガタガタ震えていただけである。


「そして今──こうして一人、戦場跡に佇んでいる。勝者の凱旋でも敗者の逃走でもなく、ただ静かに戦いの終わりを見届けている。……やはり、器が違う」


 見届けてない。彷徨ってただけだ。空腹で。


「しかも俺が近づいても動じないとは。この距離で背を向け、泰然と地に伏す──殺気を向けられても意に介さない、か。大した胆力だ」


 動じてないんじゃなくて転んだんです。

 盛大に転んだんです。

 足がもつれて顔面から。


 ヴァルゼンの口は、しかし動かなかった。

 動かせなかった。

 なぜなら勇者エルヴィンの目が、あまりにも真剣だったからだ。あまりにも真っ直ぐで、あまりにも確信に満ちていて、「違います」の一言が喉に張り付いて出てこない。

 この人は本気で言っている。本気で信じている。


 怖い。

 この真っ直ぐさが、怖い。


「俺の名はエルヴィン。聖剣の勇者だ」


 知ってます。知ってるから逃げたんです。


「大戦は終わった。だが世界にはまだ、俺たちがやるべきことがある」


 エルヴィンが立ち上がり、手を差し伸べた。

 太陽を背にしたその姿は、英雄譚の一幕そのものだった。


「ヴァルゼン。お前の力を──いや、お前の知恵を貸してほしい。俺と共に来てくれないか」


 断れ。

 今すぐ断れ。

「僕は最弱の魔王です、何かの間違いです」と言え。それだけでいい。たった一言だ。


 ヴァルゼンは口を開いた。


「……あ、あの、僕は、その……」


 エルヴィンの目が輝いた。


「やはり──言葉を慎重に選んでいるな。魔王としての矜持きょうじか。わかる、わかるぞ。簡単に首を縦に振れないのは当然だ。お前にはお前の立場がある」


 ない。立場なんてない。ゴブリンに追い出されたんだから。


「だが聞いてくれ。俺は信じている。お前となら、この世界をもっと良くできると」


 眩しい。

 笑顔が眩しすぎて直視できない。歯が光っている。なんで歯が光るんだ。物理法則に反している。


 ヴァルゼンの思考は完全に停止していた。

 断りたい。断らなければならない。だが──この手を払いのけたら、この人は怒るのではないか。聖剣で斬られるのではないか。四天王を二人屠った剣で。


 死にたくない。


 その一心で、ヴァルゼンは差し出された手を取った。


「……よろしく、お願いします」


 声は震えていた。目には涙が滲んでいた。

 それは恐怖の涙だった。これから始まる地獄への、絶望の涙だった。


 だがエルヴィンは、その涙を見て──笑った。

 どこまでも晴れやかに、どこまでも真っ直ぐに。


「ああ。こちらこそ──光栄だ、魔王殿」


 こうして最弱の魔王は、最強の勇者の隣に立つことになった。

 誤解を正す機会は、もう二度と訪れない。

 なぜならこの勇者は──一度信じたことを、絶対に疑わない男だったからだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ