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リペレイター  作者: 宿明朱里
第一部
8/13

三章 二人の愛

 首が、地面に落ちた。二つの人間の首と薄黒い鮮血が、弧を描いて地面に落着した。その二つは未だ、瞳を閉じられてはいなかった。信じられないものを見たチェリッシュはただ、その場で目を見開くしかできなかった。実際、傷ついて地面を這うだけの身体に、何ができるというものか。

 そして視線の先には、二つの生命(いのち)を同時に切り飛ばした張本人が佇んでいた。

 手に握った、片刃の刀剣が無慈悲にも輝きを放っていた。それが生命の輝きなのか落命の鈍光なのか、当の本人には判別がつかなかった。刃を握る手には力が籠っておらずその表情にも一切の曇りは無い。不気味なほど無表情で、いや、薄く笑うような表情だった。張り付いた、自分の表情もわかっていなさそうな人物は、口を開く。


「カムパネラは...この娘は上手く動けないんだ。だから、私がこの娘を助けるしかないんだ。愛おしいこの娘(カムパネラ)は、自分をよく、わかってないのかもしれないから」


 遠くを見るように語り掛ける人物。チェリッシュの目に映るその髪も、顔つきも、佇まいも、見知ったカムパネラのそれではなかった。それでもその声はカムパネラのものだったし、いつも着ている仕事着のスーツは、いつも難癖をつけていたものだった。


「一体誰だよ......なんなのよ...これ」


 瞼が重たい。身体も動かない。死には...しないだろう。だけれど、身体に走る悪寒は、生命活動(いのち)に関わる何かじゃあなかった。心を通り過ぎる冷たい真空の風はこれから、チェリッシュに付きまとうことになるだろう。そして意識は混濁の中に溶けていく。


「パンはフルサイズで。あっ、マスタードは少なくて、アボカドソースは多めにお願い」

「マスタードは調節できますがアボカドソースの方はちょっと......」

「えぇ~。追加料金で出来たじゃん」

「その、あちらは期間限定でして……。今は増量とかできないんです」

「そんなぁ…って言っても無駄か。じゃあ仕方がない。ならアボカドをトッピング追加で!」

「はい、そちらはプラス500グロスになります。お会計はどうされます? 現金ですか?」


 傍のカムパネラに首を寄せる。


「カムパネラって現金派?」

「ずっとね。これでお願いします」


 差し出した手には数枚の紙幣が握られていた。消して安くはないその枚数に、サンバイザー型の帽子を被った店員が好奇の視線を向けた。料金を支払った後、今の時代に、現金派は多くないのかなと内心すこし傷ついた。トレーを両手で持つと空いている席を適当に見繕い、チェリッシュが羨望と共に指さした。


「それじゃあいただきますねー。うんうんやっぱりサンドイッチにはこれだよねぇ」


 緑色の、野菜か果物かも判断つかないトッピングをちょいちょいと指差しながら頬張る。顔が緩んで幸せが外に漏れ出ていた。その巨体に見合ったパンの大きさ。切り分けのしないフルサイズのパンだった。一方のカムパネラは、半分に切った食べやすい、オーソドックスな大きさを注文していた。具材も、ありきたりなハムとチーズに申し訳程度の葉物と、どこをとっても安牌な布陣。無表情なまま口に運ぶ姿は一見不機嫌そうと見まがえるが、美味しい物を食べると自然と気分は良くなるものだ。


「カムパネラってさ普段、どんなことやってんの? ほら、暇なときとかさ。なんかないの?」

「本を読んでる。ほかには特になにも。ぼーっとしたり眠ったり。でもまぁ、時間があれば読書が多いかな。逆に、チェリッシュは何してるの?」

「私はね、ゲームしたりカタログ読んだり。メガコーポのカタログってね意外と面白いんだよ。特に”ファクトリー”とかハインラインエクスプレスとかの企業紹介! あれは面白い! トップ企業の更にトップはもうすんごいの!」


 頭に腕と、忙しなく動かすチェリッシュは随分と口数が多くなっていた。パン屑が口から出てこないのは素直に凄いと思う技能だろう。大きさのあるサンドイッチが一口、二口とチェリッシュの口に吸い込まれると体積が減っていき、数分後にはすでに無くなっていた。全てを流し込むようにカップの水を飲み込んだ。これにて食事タイムは終わった。手を合わせて、ご馳走様! と満面な笑顔をこちらに向けてくる。カムパネラも負けじと放り込むと、空になった紙をくしゃくしゃに丸めてトレーに乗せた。

 食後の眠たい瞼を引きずって運転席につく。家まで数分の距離。だが油断はできない。睡魔に負けぬよう気合いを入れる。

 事務所に戻るとチェリッシュがボスっとソファに寝転んだ。伸びをしている。足が完全にはみ出して膝を直角にしてだらける。呆けたような顔は今にでも寝入ってしまいそうであった。

 文句の一つでもつけてやろうと口を開きかけたその時、同時にインターホンが鳴った。チェリッシュには数分間の猶予を与えることにしよう。握った拳を解いて玄関に向かう。うとうと意識がふわりと浮かぶ中、ドンッという振動で目が覚めた。身体を起こしてみると、そこには、ダンボールを叩きつけるカムパネラの姿があった。


「これ、なに。チェリッシュの荷物でしょ。なに頼んだわけ? 重いんだけれど」

「おぉ! やっと来たね。待ちわびたよ相棒〜」


 急激に元気を取り戻していくチェリッシュ。みるみる内に身体が起き上がる。子供のようにはしゃいでダンボールに飛び付いた。貼り付けられたテープを剥がして封を開けると、中には雑多に物が詰め込まれていた。


「で、なんなの? それ」

「生活必需品」

「なんで私の家に届くわけ。自分の家に届けてよ」


 自分で言いながら嫌な予感がした。背筋(せすじ)を悪寒が走り抜ける、とはこういうことだろう。


「新しい家が見つかるまでここに住もうと思ってさ。大丈夫、私はソファでも寝れるから。安心して!」


 ウィンクする相手を間違えてる気がする。いやそもそも、ウィンク自体この状況にあっているのだろうか。


「この部屋に二人が暮らすスペースはない。大人しく他の部屋を借りてくれ」

「まあまあ。ほーんと少しの間だけ、新しい家が見つかるまでだから。ね」

「隣の部屋でも借りたらどうだ? 空き部屋なら大量にあるぞ」

「え、そうなの? じゃあそうしょうかな。てっきりギチギチに詰まってるかと思ってた」

「今すぐ大家と交渉してきてくれ。そして今日中、いや三日以内に荷物を持って違うところに行ってくれ。でなけりゃ私が新しい部屋を借りる羽目になる」

「私もシェアハウスは好きじゃないからね。苦肉の策でだよ、苦肉の策で。それで、ここの家賃はどれくらい?」

「依頼金で十分まかなえる。言い方が悪いけど、オンボロアパートって呼んでも良いくらいの築年数だった気がする」


 へいへいと言いながら手を振るチェリッシュ。さっさと出て行ってほしいものだが、実際に部屋を出ていくまでは一週間も掛かった。それまでに汚された部屋を片付けるのには、苦労した。ま隣の部屋に越したチェリッシュは、依頼がなくともカムパネラの部屋に訪れていた。律儀にも毎日だ。そんな日々に嫌気が差したのか、カムパネラが仕事着を羽織り言った。


「統括協会に行こう。あそこの斡旋所なら、何かの依頼があるだろう」

「えぇ、めんどくさいよ。それにまだ依頼をしなくても余裕、あるでしょ?」

「待ってても仕方がない。それに暇なのは、なんとなく嫌なんだ。不安が頭に浮かんでずっと沈まないから」

「どうしても行かなきゃいけないの?」

「なら、チェリッシュは来なくていい。私が依頼を受けに行ってくるから。でも、私が持ってきた依頼に文句はつけないでね」

「りょーかいです。カムパネラ先生! それではいってらっしゃいませ」


 ひらひらーっと手を振ってカムパネラを送り出したチェリッシュ。この部屋は彼女の物ではないが、どうも自分の家だと思ってくつろいでいる。自分の部屋に戻ればいいのに、とカムパネラは眉間を押さえた。でもまあ、鍵をかける手間がなくなるのはいい事、なのだろうか。

 そうして統括協会(正確にはその支部だが)に着いた。さすがに一番大きな結社ともあれば、壮大な建物だった。働く職員も、依頼者も、想像できないほどの人数がいるのだろう。自動ドアをくぐってメインロビーに入る。銀行の受付待ちのような時間を待ったあと、窓口で依頼について質問した。


「依頼ですか。うーん、3級の取繕者(リペレイター)ですとこのセクターの依頼が向いていると思いますが」


 液晶パネルを指でスクロールすると唸ってじっくり観察する。ビックなスポンサーや割の良い依頼はそうそうないようだ。流し見で下に進んでいくと、どこかで見た依頼主を発見した。


「『悪魔派』......。これって、結社の『悪魔派』ですか?」

「それ以外にこんな不吉な名前使う組織いませんよ。でもこの依頼は複数人が動員されるらしい危険なものですよ? 本当にこれでいいんですか?」

「これにするなんて言ってませんよ」

「ですよね。こんな割にあわない依頼、誰が受けるんだって話ですよね。報酬が『貴方の望む答え』~、ってバカにするのも大概にしろって感じですよね」

「これ受けます。手続きお願いします」

「は? いやいや、本気(マジ)ですか?」


 目を見開いた受付のお姉さんは驚いていた。目の前に座る、如何にも騙されやすい利用客に、度肝を抜かされたのだった。


「ええ。ですから手続きを」

「は、はい。わかりました。それでは、こちらの紙にサインと印鑑をですね」


 焦りながら机に収納していた紙を取り出した。まさか本当にこんな詐欺まがいの依頼を受けるとは。控えめに言って正気を疑う。差し出された用紙に、汚く不安定な文字でサインをし、そして印鑑も押した。数箇所に同じ動作を求められ、何の意味があるのだろうと思いながらも従うほかなかった。


「......それでは、これで手続き終了です。最後に確認しますが、本当にいいんですか? もしあれならこちらで用紙を処分もできますけど…」


 遠慮するような物言いに、カムパネラはきっぱりとNOを突き付けた。


「いえ、いいんですこれで。『悪魔派』には聞きたいことがありますから」


 そう言うと荷物を持って協会を後にした。といっても、脱いだ上着以外に持ち物など無いのだが。


「『悪魔派』か。”顔の無い”あの神文官(しんもんかん)、まだいるといいけど」


 顔に影が掛かった。太陽が丁度、雲の中に隠れたからだった。そのせいか、カムパネラの顔はどこか沈んだようで、心ここに在らずと言ったように見えた。『悪魔派』と呼ばれる組織と、カムパネラに何かの関係があるのだろうか。重い足取りと共に車へと戻った。

読んでいただきありがとうございます!

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