二章 幽霊の屋敷
「ほわあぁぁ...!」
目を輝かせたチェリッシュ。その視線の先には何の変哲もないタイプライターが一つ置かれていた。場所はカムパネラの事務所、もとい自宅だった。ありきたりなマンションに居を構えているその事務所に、初めて同業者が立ち入った。子供のようにはしゃぐチェリッシュは、そのタイプライターに触れようか、そうしまいか、どうやら迷っているようだった。カムパネからすれば大した価値の見出せないその大昔の物品。よくある親切心と単純な疑問心から言葉を投げかけた。
「気になるならイジってもいいよ。それと、そんなに貴重な物なの? それ」
「貴重なんてものじゃないよ。普通はこんなもん持てないよ」
「そんな貴重なんだ、それ」
「メガコーポの、それも”ファクトリー”の企業向け商品なんて、高すぎて手が出るわけがないんですよ! .........って、あっちにあるのは、特一級煌石! しかも急式成長結晶増幅器! いやー輝きが安物とは違うな~。すっごくきれいだ」
「もしかしてそれも貴重なもの?」
「もちろん。これだけでいくらになると思う?」
「知らない」
「つまんなーい。ちゃんと答えて!」
きょとんとして言ったいた。チェリッシュ的には、世間的にはとても貴重なものだから、当然だ。タイプライターも輝く石ころも、その価値を毛ほども理解出来ないで使っていたカムパネラは、これ以上聞くのをやめようと思った。質問すればするほど、己の無知を晒すと同時に、ちゃらんぽらんに見えるチェリッシュの秘めたる知性が爆発してしまうからだった。カムパネラズ・ハウスツアーも、そろそろ終わりにして欲しいところだが、何か特別なアクションがない限り不可能だろう。自分の好きが満載の空間は、それだけで人を最上に興奮させてしまうのだから。ほら実際、チェリッシュは今、ドタドタと下の階に居る人間のことも気遣わずに行ったり来たりしている。そんな彼女を尻目に硬い、安物のソファに腰を下ろしながらスマホの画面を覗いていた。数日前のクランブでの依頼、それについての報酬を見ていた。給料明細のようにスマホに送信されてきたそれを見て、カムパネラは溜息も吐かず「こんなものだよな」と眺めていた。一度の依頼で大金を獲得できる確率の方が少ないだろう。
「ねぇ、なんでそんな使いづらいの持ってるの? 眼底インプラントとか入れちゃえばいいのに」
「それはちょっとね。ほら、拒絶反応とかの事件が怖いから」
「それはちゃんと手術前に説明されるでしょ。てかそもそも、適合率が低いと手術させてもらえないんじゃなかったっけ」
「色々と外に出るより家にいた方が楽だし」
「身体改造はする癖に?」
「それは仕方がないからね。まあ色々あるよね」
チェリッシュが画面をのぞき込む。細々とした文字の羅列はカムパネラの目には少しずつしか追えないが、隣の大きな影は、その自慢の瞳で一瞬にして読み終えた。と言っても、簡単な事柄しか記載されてはいないが。報酬金の差がそれなりに大きいことをチェリッシュに非難されるがどうしようもない。報酬金は自分が決めているわけではないのだから。ぶーぶーと不満を垂れている。聞こえないものとして割り切るにはあまりに鮮明な為、なんとか落ち着かせる方法を探す。眉間に軽く皺を寄せてどう宥めるか考えていると、チェリッシュが憧れていたあのタイプライターが独りでに動き始めた。
カタカタと、キーボードを叩くよりも大きく特徴的な音色でキーを打ち込んでいる。著名な奏者でも居るのか? と、そう思ってもやっぱり部屋には二人。勝手に人の私物を動かしているのは、一体どこの誰だ? というか、そもそも何故勝手に動いているのか。疑問が浮かぶ光景に、二人は至って平静であった。いや、チェリッシュは興奮を抑えきれていなかったが。紙が持ち上がっていくにつれ、前方に倒れていく。カムパネラが印字された紙を手に取るため近づくと、その内容が読み取れた。最後に書かれた、手紙で言う差出人の位置には魔術協会の文字と、知らない人名が載っかっていた。
「チェリッシュ、『マルコス』って誰かわかる? 協会にこんな人居たっけ?」
「マルコス? あぁ、私と言い争いしてた奴だよ。ほんと嫌な奴だよ、あいつはさ! なーにが元法王庁だよ。ちょっと良いところに居たからって生意気なんだよ」
「最近になって入ってきた人なの?」
「いんや前から居たと思うよ。これまでは仕事の関係上、面識が無かっただけじゃないかな。マルコスって裏方で支援とかしてるから」
「そうなんだ。いつもはヨリノブさんから依頼の話が来るから。珍しいなって」
「人手不足? ないか。結社だもんねーあの事務所。で、依頼内容は?」
「クライアントがここに来るらしい。それと簡単な内容、それの連絡だね。で、肝心の依頼内容としては『幽霊が出る屋敷の調査』らしい」
「幽霊かー。なんだか面白そうだね」
マルコスから差し出されたと言っていいのか分からないが、今はそうしておこう。その手紙には、クライアントが訪ねてくる時間が記載されていないという致命的な欠陥があった。全く、深夜にでも訪ねてきたら、こちらが幽霊になって化けてやろう。とそう思った矢先、インターホンが鳴る。まさか…
「チェリッシュ、対応してきて」
「えぇーなんで私ぃ?」
「助手でしょ? 私の」
「.........そうだった。諦めていってきまーす」
歩いて玄関まで行くと、取手を掴み内側に引いた。するとそこには鞄を両手で握った女性が立っていた。頭の上に長く丸まったような耳のついた女性だった。その女性を、チェリッシュは中に招き入れた。テーブルを囲むように置かれた安物のソファに、一人かけの椅子。依頼主は一人かけの椅子に腰を下ろして話を始める。チェリッシュはソファには座らず、背もたれに寄り掛かって耳を傾けた。頭に可愛らしい耳のついた女性は、静かに語りだす。
「あの、わたしはグラタと申します。その、依頼を出せば解決してくれると聞いたので。なんでも」
「あーグラタさん、敬語じゃなくてもいいよ。堅いと逆にやりづらくてさ」
「そうなんですか? ならお言葉に甘えさせてもらいます」
「簡単なことしか報告されていないので依頼について教えてもらえますか? 聞いた話だと、屋敷に幽霊が出るとか」
「屋敷というほどではないですけど、はい。父の家に幽霊が出るのです。何か悪いことが起きるわけでも、起きたわけでもないんですが、なんだか気味が悪くて……」
「心当たりとかないの?」
「いえ。恥ずかしながら、父が入院するまで、父の家にはあまり出入りしてこなかったんです。私も妹も家を出てからは、もうそれっきりで。母が亡くなってから数年間、大きな家で父は独りを過ごしていたようなんです。心細かったろうに」
「じゃあお父さんの生き霊とかかな」
「チェリッシュ、怖がらせるようなことを言わないでくれ。コホン、それではグラタさん、その屋敷のことですが、少し他に当たってみます。もっと適任な者が居るかもしれないので。少し時間をもらいますね」
そう言うとカムパネラは立ち上がり、寝室に消えていった。本心は仕事をしたくないところもある。グラタからすると書斎に見えたことだろう寝室。他と違った扉ではなくフラットな、ただのドアでしかないため寝室といった感じでもない。人による感覚の違いでしかないが。引きはなったドアの隙間からスルリと入り込んだ。一人となったその部屋で、カムパネラは耳にスマホを当てた。呼び出しの軽快なリズムが鳴っている。十数秒待ってから、相手側が受話器を取ったようだ。
「どうしました、カムパネラさん。連絡してくるなんて珍しいですね」
「少しね。幽霊屋敷の調査をして欲しいと頼まれたんだけど、君の方が適任かなと思って」
「うーん、適任も何もないと思いますが。どんな内容なんです? 正体を明かして欲しいとか、何故棲みついてるのか明かして欲しいとかですか? それなら私が担当すべきかもしれませんね」
「そこまでは聞いてなくて……」
「あの、要件とかは聞いてから連絡しましょうよ、カムパネラさん」
「すみません…」
「それならこうしてください。依頼主に要件を聞いて、それから決めましょう。謎を明かして欲しいのなら私にもう一度連絡を。それ以外ならカムパネラさんが自分で解決を。どうでしょう?」
「はい、そうします。ごめんねアスター、急に連絡して」
「いえいえ、ですが要件はしっかり聞いてからにしてくださいよ」
そうして通話を終了した。アスターが受話器越しに、人差し指を立てて注意する光景が目に浮かんだ。スマホをしまって応接室兼リビングである八畳ほどの部屋に戻った。残された二人が意気投合して勝手に話を進めていてくれればいいのだが、そうもいかない。変わったことと言えば、さっきまで無かったお茶がその場に一つあるだけだった。チェリッシュの方に。
「どうなりましたか? 依頼は受けてもらえますか?」
「ええ、大丈夫です。内容を聞いてからになりますが」
「ああ、そうでした! 父の家に棲みついた幽霊を取り祓ってほしいんです。幽霊がずっと居たら、父も帰ってきたら不安になると思いますので」
「なるほど。わかりました、依頼を受けましょう。住所や注意点をここに書いていただければと思います」
カムパネラが、一枚の紙とペンを手渡す。
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