一章 ある村の仕事 間休
目の前に鎮座する巨大な肉の異物に、その態度でもって嫌悪を示していた。引き攣ったような顔でソレを見続ける。引き金にかけた指には葛藤がみえた。
「カムパネラ、辞めといた方がいいと思うけど。私たちの依頼は調査なんだからさ。”解決”は正式な魔術協会の人らがやるんじゃない」
「この子が原因かはわからない。私たちで処理しても問題ないだろう」
「それ本気? まぁ止めはしないけどさ。ほいっと」
そう言って突き放したチェリッシュは、小石サイズの何かを肉の塊となった少女へと投げ捨てる。それを見ても何かはわからない。わからないが、大方発信機の類だろう。魔術協会へ、位置を特定させるためであった。それからチェリッシュは
「巻き込まないでね、私のこと」
と言って地下室を出て行った。協会員が到着するまで数十分はあるだろう。その間に、決断しなければならない。目の前の少女を手を尽くして救うのか。それとも異常として処理するのか。どうするべきなのだろうか。すぐにそれへの答えを出すの無理だった。迷った。少女として救うことは、カムパネラには不可能に近い。魔術師としては、基本的で普通の範疇の魔術しか使えないのに加え、解呪師の技術なんてのは、そもそも持ち合わせていない。魔術的な手法で肉を剥がすのは困難極まりない。
かといって物理的に肉塊を剥がすのも、それはそれとして現実的とは言えないだろう。あまりにも強く合着しているため、カムパネラの力だけでは剥がせない。それに、無理に剥がしても一面血の海に染めるだけだろう。
それならせめて楽にしてあげるべきだろうか。いや、そもそもこの少女は苦しんでいるのだろうか。神子と呼ばれた少女は一言も発さないし動こうともしていなかった。突き付けた拳銃を下ろして、そのまま地面に座り込む。頭を抱えても解決策は出てこない。そうして悩み続ければ、他にも何も考えなくても済む。一番楽な"結果"だ。だがこのままずっと、というわけにもいかないだろう。抱えてばかりいても時間が過ぎるだけだし、何よりも協会員が到着してしまう。決断するべきだ。この子にとって、カムパネラが何か出来ることを。
するとおもむろに立ち上がる。少しフラッとしながらも、立ち上がった。カムパネラの出した答えは逃避だった。その場から逃げ、目を逸らす。そうすれば見たくない知りたくないものに蓋をできるから。
「あとは、あの人らがやってくれる。それに、私の仕事はあくまで調査。解決じゃないし。別に殺さなくても誰かがやるんだ。私じゃなくていいんだ。そうだ、そうだよね。私にはもう関係無い」
「本当かな?」
心の中を見透かされたような気がした。誰かもわからないその声は、カムパネラの頭の中だけにあるように見える。神子の少女とカムパネラ、この空間には、二人しかいないのだから。振り向いても気味の悪い肉の塊でしかない少女。そんな少女が言葉を発せるとも思えない。不安に身を任せあたりを見回す。何の変哲も見つけられなかった。何よりも不気味なのはその声が以来、しなかったことだ。階段を上り切ってもまた、聞こえてくるなんてことはなかった。神子の母親には何もできなかったと謝罪をする。落胆も怒りもなく、ただ静かに「そうですか」と一言だけ言って、椅子に座りこんだ。外に出て自分の車に向かう。車を停めた場所に近づくと、何やら言い争うような勢いの強い言葉の応酬が聞こえてきた。
「そりゃあないでしょ!」
「今までの行動も鑑みての結論です。貴方は自分本位過ぎます。これ以上、貴方に依頼を回してもいい事はないでしょうから」
「だからって何も契約の完全打ち切りなんてさ! これからどうすればいいのさ!」
「それは貴方自身が考える事です。我々の仕事ではありません」
「それは……、あっ! ちょっと来て、カムパネラ!」
「.........カムパネラさん、地下の異常物体の処理はどうしましたか?」
「何もしてません。何も出来ないので」
「結構。身の丈に合った選択です。チェリッシュさん、結果として何事もなかったから良いですが、貴方が止めていればこの無駄な問答をせずとも良かったのです。そういったところでも、信用ならないのですよ」
「ならカムパネラもじゃんか! 私だけに責任がある? 違うでしょ!」
「カムパネラさんは、過去には依頼を完璧な形で達成しています。少なくとも我々やクライアントの意思に反する行動を取ったことはありません。まぁ結果論かもしれませんがね。さて、話はここでお終いです。紹介状ぐらいなら用意できますので、暇なときにでも協会に受け取りに来てください。それでは」
長い髪を一本に束ねた眼鏡の青年は、数人の部下を引き連れてクランブの中に入って行った。その場に残ったチェリッシュには睨まれたが、それもすぐに終わって気の抜けたような、舐めたようなあの口調に戻った。一つの溜息のあと、チェリッシュが口を開いた。
「はぁ、これからどうしようかな。個人の取繕者なんて需要ないしなー」
「なにかあったの?」
「カムパネラのせいだよー。カムパネラが神子を殺そうとしたときに止めなかったからだってさ。私に関係ないのにさぁ。ま、しょうがないか」
そういって、チェリッシュは手を振った。これでいいのだ。チェリッシュの今後についてはどうでもいい。一度、それも短時間しか一緒にいなかった仕事仲間。偶々目的が一緒だっただけの関係。その糸は、既に断たれたのだ。忘れてしまおう。神子も、チェリッシュも、クランブも。そうすればいつものくだらない、刺激の無い一日になる。成ってしまうのだから。車に乗り込み走らせる。変われない街の風景を見ながら自宅へと戻った。鍵を開けて家に入って、シャワーを浴びてリセットする。報告書は...明日でいい。報酬の確認もどうでもいい。とにかく今は寝よう。疲れた。視界が辺りの景色に溶け込むような不気味な暗転。
気が付くと椅子に座っていた。というより、縛り付けられていた。腕は拘束されていない、脚も自由に動く。周りを見渡せるほどの首の可動域。立ち上がれるはずだ。だがそれをしなかったのは、この身体が自分の物じゃないからだ。指先は冷たく喉は焼けるような痺れる痛み。それを感じるだけだ。それだけしかなかった。この場に、"カムパネラ"は居なかった。パチッと目が覚める。誰かの手が、目を覆った瞬間に目が覚めたのだった。しばたたく瞳を開けては閉じた。まだ寝たい。頭が働かない。でも、インターホンが鳴った。2回。3回、4回。ノイローゼになりそうだった。玄関まで行ってドアを開けると、そこにはチェリッシュが居た。何かの紙を一枚持って。
「紹介状貰ったんだ。ここ、事務所でしょ? ここで雇ってもらえる? 助手でいいからさ」
「誰の権限で......って、ヨリノブさんの印。あの野郎………」
書面には丁寧な文字が埋め尽くされていた。ヨリノブの判子が押されているのを見るに、意図的だろうか。
「てことでさ、これからよろしく、魔術先生!」
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