一章 ある村の仕事③
「それでさカムパネラ、なんか収穫あった?」
「なにも。話を聞いたのもまだ一人だけ。でもその人いわく、噴水の周りに集まってる住民に聞いた方がいいらしい」
「それってあそこの人たち? なんか、変だよ。噴水に集まってる人たち。さっきからずっとコイン投げ入れてるもん」
目を細めてチェリッシュは言った。軽蔑の視界の先には噴水と、それに群がる幸福を願う多くの人間がいた。ある者はブツブツと唇を動かし、またある者は硬貨を水に投げ入れるだけで帰る。同じなのは活力を感じないことと皆、噴水に向かって何かを祈っていることだろう。チェリッシュの言ったとおり、状況だけ見ると異常と表さざる得ない。クランブにとって、この光景はありふれた日常のワンシーンなのか。崩れた塀から下りたカムパネラが一人の老人へと近づいた。手を合わせてお願いをしている、あの老人だ。無造作な足音を響かせ背後に接近する。水がぶつかり合う小さな音ではかき消せない足音に、老人は握った両手を解いて振り向いた。
「あんたら観光か? 珍しいもんだねぇ今の村に来るだなんて」
「ええ、そうです」
「え? 依頼で来てるんじゃ……ムゴッ!」
チェリッシュの言葉が途切れた。口を手で、物理的に塞がれては音の波は届かない。無駄なひと言を付け加えられては面倒になるだけだ。どんな理由であれ、カムパネラは押し問答に答えるつもりなどないのだ。
「クランブって幸運が舞い込むと聞いてきたんです。最近良いことがないので、どうにかできないかなって」
「本当に残念だが、今はこの村に幸運を呼び寄せる力は無くてな。”神子”が機能不全なんだ。”神子”ともあろう者が……。クランブの村人として情けない」
「その神子とは一体なんなんですか? その人のところに行けば、幸運が舞い込むんですか!?」
カムパネラが前のめりになって聞いた。食ってかかるようなカムパネラに老人は気圧されることなく言った。
「全然人前に顔を出さん。具合が悪いのかなんなのか。理由が全くわからんのだ。はぁ、”神子”が現れなくなってからというもの、この村は不幸続きでな。”神子”も”神子”だ。自分の役割りというものがわかっておらんのだ。あいつは」
「役割って。人は道具じゃないでしょ。で、頑張ってこの仕打ちじゃあ職務放棄も仕方がないんじゃない? 原因は自分たちにあると思うんだけど」
「チェリッシュ、黙って。それでその、神子は何処に居るんですか。教えてください、お願いします」
「頭を下げられてもな。実際、俺にはわからないしな。家の中に居るかもしれんし、森の中かもしれん。既に死んでるのやもしれない。俺には見当も付かない」
「なら知っている人は? 何か手掛かりを知っている人をご存知ではないですか?」
「村長なら知ってるだろう。ほれ、今あっちで手を合わせている奴だ。あれが村長だ。噂じゃ、村長の娘だとか」
言い終わる前にカムパネラはその場から離れた。その後、村長らしき人物に接近する。健康的な肌色をしているのを見るに、生活に困窮している様子はない。流石村長と言ったところだろう。努めてフランクで接しやすく。
「あの、あなたがこの村の村長さんですか?」
「ええ、そうですが、なにか?」
振り向きざまにそう言った。瞳に影が宿っているようにも見える。
「私は三級の取繕者です。依頼の解決および調査に来ました。神子と呼ばれる方に会わせてほしいんです」
「身分明かしていいの? さっき邪魔してきたじゃん」
「村長なんだから隠しても意味ないと思う」
クランブから依頼書が提出され、それが統括協会に。それから最後に魔術協会に回ってきた。つまりは、依頼の発端はクランブだ。そして村の名前を使って依頼のできる人物は、村長ぐらいしか存在しないだろう。
「なぜ取繕者が? それに依頼だと。一体誰がこんな真似を」
この反応を見るに十中八九、依頼主ではないのだろう。失敗した。
「君たちは依頼で来たのか? どんな内容なんだ。ああすまん、村長として悪戯に対処せねばならないんだ。これがもしタチの悪い悪戯なら、相応の対応が必要だからな」
「神子に関してです。最近、神子の体調が悪いとかで、何か呪法のようなものが憑いてるのでは? とね。それで我々、魔術協会に依頼が来たのです」
「依頼主について教えてもらえんか?」
「出来ません。我々には守秘義務があります。許可無しに開示できる情報じゃないので」
「そうか。わかった、君たちを信じるよ。何か問題を起こした訳でもないし。それで、神子の家だったか? ついてきなさい案内しよう」
そういうと噴水を背にして歩き始めた。村長の娘だとかどうたらこうたら言っていたが、完全に間違えているようだ。赤の他人同士だったのだ。歩くと村の内情が見えてくるようだった。老人だけではない、幼い子供に働き盛りの若者。井戸端会議に熱を出す婦人たちもいた。それら全員が、カムパネラたちに興味がないようで各々の生活に没頭している。村長も村長であいさつすらされていない。
あまり仲が良くないのかもしれないね。
「ここだ。それでは私はこれで」
「仲介とかしてくんないの?」
「あまり干渉したくなくて。”神子”は村に不干渉なことも多いのでね。私も、あまりな」
「そうですか。ありがとうございます、ここまで連れてきてもらって」
「ああ。用が済んだら早く帰るといい。この村の老人たちは、あまり外の者が好きでは無さそうだから」
そう言うと村長はその場から逃げるように去っていった。神子の家は木造だった。現代的な建築理論を用いた家屋ではなく、人の手と工夫で形作られた暖かな印象がある。伸び放題な蔦や植物を除けばだが。カムパネラがドアをコンコンと数回ノックした。と、そのあとに横のインターホンに気が付いた。無駄な嫌がらせを一度挟んだだけになってしまったわけだ。少し待っていると、ドタドタと床を踏む音が響いてきた。ガララと横開きの戸が開くと、エプロンを付けた初老の女性が出てきた。やはり、この村に住む者はどこか疲れているように見える。
「私たちは取繕者です。調査の途中神子さんに会いたくてですね。今、会うことはできますか?」
「あの子はここの所具合が悪いようでして。私でいいならお話できます。とりあえず中にお入りください」
「え、いいの? それじゃお邪魔しまーす」
チェリッシュが遠慮なく家の中に上がり込んだ。神子の母親と思しき人物についていくとリビングに着いた。そこには長テーブルとイスがある。シンクや小さなお手製のカウンターもあって、生活感が漂っていた。並んだ小瓶には、塩、砂糖、ペッパーなど種類毎に紙が貼ってある。足りない分の椅子、正確にはカムパネルラの分だ。チェリッシュは先に席についていたから、カムパネルラの分が足りなくなっていた。頼りない細さの脚はチェリッシュを支えられるだろうか。先ほどからギィと音を立てている。三人が席に着くとまずはカムパネルラが口を開いた。
「魔術協会からの依頼で調査に来ている、カムパネラと申します。こちらが免許になります。単刀直入に、神子さんには会えないんですよね?」
「ええ。あの子、本当に具合が悪いの。危篤と言ってもいいぐらいにね。なんとか、してあげたのだけれど......私にはどうしようもないの」
「それは辛いね。わかるよ、その気持ちは。慰めじゃなくて本気でね」
「そうですか。神子さんは何をしていた方なんですか? 体調が悪いと言ってましたが具体的にはどういった風にですか? もしかすると力になれると思いますが」
「あの子はこの村を守る存在なんです。この村と、この村の人々全員を。それと、直そうとかは止めた方がいいと思います。結局、同じでしょうから」
「やってみないとわからないよ? ほら、私たちは魔術協会から派遣されてるし。あ、魔術協会ってなにが得意か知ってる?」
「いえ、こういったことは過去になかったので」
「魔術協会はね、歪曲性現実曲解度がらみの依頼にめっぽう強いんだ。つまり周波数異常とかだね。だから、きみらが解決できない『奇妙な事象』を解決できるのさ。どう?」
「それが本当ならいいのですが」
「本当ですよ。娘さん、でいいのですか? 娘さんの体調の原因が現実度異常なら、我々は対処できる確率が高いでしょうね」
「本当に、信じてもいいのですか、その言葉を」
「ええ、取繕者にとって嘘はあまり重要ではないですから。それも一般の方に対しては特に」
「………少し考えさせてください」
そう言うと彼女は席を外した。一人で考えたいのだろうか。
「完全に隠してるよね、あの感じ。絶対会わせないぞ! って感じ」
チェリッシュが背もたれに深く寄り掛かった。ギィという音が悲鳴に変わった瞬間だった。
「間違いないね。あの感じは隠したがってる。でも、何を隠す理由があるんだろうか?」
「さぁね。ま、とにかく、あのオバさんが帰ってくるまで待とうか」
すると「お待たせしました」と言い、神子の母親が戻ってきた。
「ついてきてください。あの子のところに案内します」
「いいのですか?」
「ええ、あなた達に賭けてみます。このままでいても、いいことは、ないでしょうから」
手には蝋燭があった。この家には懐中電灯がないのかもしれない。短い廊下を進み、地下に通じる扉の前で立ち止まった。神子の母親は、扉の前で息を一つ吐く。恐る恐ると言った様子でその扉を開くと階段が姿を現した。一段一段下りていく。それと同時に、何か生物が蠢くような不愉快な音が近づいてくる。いや、カムパネラ自身がその音に近づいていたのだ。そして階段を完全に下りきった三人はそこにある物を見た。それは、無数の皮膚と肉がでたらめに繋ぎ合わさったような醜悪な外見をしている。元々あったであろう少女の顔と腕、それから脚は辛うじて形を保っていた。けれどそれ以外のすべての部分は、人間とは呼べないナニカになっていた。少しだけ残された「人間性」が、その醜悪さを一段と際立たせていた。
「うっ、これは......。い、今から、この異物を取り除きます。できれば、この部屋から出ていった方がいいです。さもなければ貴女も被害を受けてしまいかねません」
「そんな! この子を置いていくのはできないわ。あ、あなた達、余所者でしょ!」
「気持ちはわかるって言ったでしょ? どっちにするの。このまま肥大させるかここの魔術先生に賭けてみるか」
「それでも.........わかりました。もう、疲れましたから。この子を、お願いします。なんとか、”直して”あげてください」
俯いて、神子の母親は出ていった。バタンという音と階段を上がっていく音。それらが完全に止んでから、カムパネラはジャケットの裏に手を入れた。ホルスターに伸ばした手は、完全に自動式拳銃のグリップを握りこんでいた。勢いをつけてそれを外に出す。銃口は、肉の塊に向いていた。
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