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リペレイター  作者: 宿明朱里
一部
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一章 ある村の仕事②

 バタンと、と車のドアを閉める音が、駐車場に響いた。大して広くなく車も数台しか見当たらない。その中の一つがカムパネルラの物であった。周りに比べて一回り程小さく見える車体に、カムパネルラは吸い込まれるようにして乗り込んだ。シートに座るとハンドルにもたれるように額を付けた。それから瞳を閉じる。

 見えるのは暗闇。何でもないはずのその暗闇から、誰のものか判別つかない記憶が流れてきた。いつも、いや、正確に言うと夢を見るときだけだ。夢を眺める夜、いつもこの景色を見る。その先もその前も、起こったことも起こることも。その全てを知らない。これは本当に自分の記憶か? 何度聞いても答えなんて返ってはこない。カムパネルラの頭の中には、カムパネルラしか存在していないのだ。本人が知らないはずの記憶(それ)を、脳が、心が覚えている筈も、持ち合わせる答えもある筈がなかった。だから忘れた。忘れたように振舞っているのだ。

 たとえ答えを覗けてもそれは、カムパネルラの違和感と心穴を埋めてはくれないだろうね。

 記憶に耽っても見えてくるのは虚しい模造の彩りだけ。なぜだか、いつもそう思ってしまうのだ。自分は本物なんだろうか? 仮に自分が模造者(スワンプマン)なら、何が本物と認められて、また誰が本当の自分を生きていると言えるのだろうか。思想的な考えならいつでもできる。だから、これはまたの機会にしよう。問題は直視しない限り問題として認識されないものだ。

 胸ポケットに手を入れた。少し頭をずらすが依然としてもたれたまま、下を見ている。手のひらサイズの手帳に、先ほど吸い込まれたA4紙が見える。サイズをそのまま小さくしたみたいで、文字なんてとても見れたものじゃあない。


「見づらいな。一旦とり出すか」


 手帳のページを開くと重ねるように手をかざした。するとA4紙は、押さえつけていた拘束が解かれたように罫線の中を飛び出した。ひらひらと宙を舞うようにしてカムパネルラの膝元に降りた。空中で拾うこともできたであろうが、重力に身を任せた潔いその意思を尊重したらしい。


「"クランブ"。ご丁寧に記号で囲んじゃってさ。何キロぐらい走らせないといけないのかな。すぐは……着かないよね。この距離じゃ」


 受け取った資料にはクランブの簡単な地図が載っていた。粗い画像処理かげんから察するに、どこかのサイトから拾ってきた物をそのまま張り付けたのだろう。ヨリノブはこういったところがある。もう少し綺麗で鮮明な画像を張り付けてほしいものだ。あの手動派(アナログ)人間め。

 それ以外には簡単な村の特徴が付いていた。人口は1300人程度と無名の村落にしてはかなり多いように感じる。載っているのは異常現実度に関する報告がほとんど。


「『村人が不幸を感じるようになったと述べている』か。舐めてるのか、人生? 不幸の連続でしょうが」


 溜息混じり、いや呆れだろう。不条理で歪な毎日に、それでも踏ん切りと境界線を引いて生き続ける。歩けなくなっても見えなくなっても、否が応なく押し寄せてくる「日常」から逃げおおせる術は、人間にはない。だから皆なんとなくを生きている。なんとなくの世界を、なんとなく生きるしかない。それに気が付かない程の楽観主義者の村。紙面上での判断だ。そしてその資料をまた仕舞う。もちろん手帳にだ。エンジンを掛けたら楽しい楽しい仕事の開始である。

 今じゃ珍しいキーを差し込むタイプ。安心の構造設計で、車が雄たけびを上げた。文字通りエンジンを温めてからじゃないと発進できない。はぁ、やっぱり自動運転車(オートメイションカー)が欲しい。このエンジンの始動時間が良いと言う物好きも居るには居るが、残念ながら、カムパネルラはそっち側の人間ではない。

 まあ嗜好は人それぞれだからね。

 街の中を走っていた。背の高いビルがいくつも見える。カムパネラの住むこの街は、世界でも有数の繁栄を見せる都市で、今じゃ珍しい純国家だ。メガコーポの政治的介入の少ない前時代的な国家。その中に佇む主要な都市、そこにカムパネラのホームがある。だが、純国家といえどメガコーポが根を下さない理由にはならない。宇宙に向かって背伸びする細長いビルの内、いくつかはメガコーポの物だ。無論、この中に本社は無いだろうが。首都だとしても、ここは端っこに近い。

 慣れた景色なのだ。この街に、いやこの世界に住んでいると、多くの人は企業による発展を実感する。過去の大戦や大規模災害にも負けず、人々を導いて来たのは、他でもない企業であると言える。利益を追求する企業は国家と違って綺麗な言葉は使わない。その代わり、即自的な行動で世界を変える。長い時間の積み重ねが、今の企業体制を築いていた。もっとも、過去はどうでもいい話だ。カムパネラにとって、歴史の授業は無意味なのだから。

 一時間以上をかけてようやくクランブにたどり着いた。長い時間シートにお尻をくっつけていたために腰が悲鳴を上げている。背中を伸ばすとポキポキと音の感触を感じた。これでマシになっただろう。車を降りてみたが、やはり都市部よりは閑散としている。歩行者が一人も見当たらなかった。これが入り口だからか、それともインドア派が多いのか。理由はわからないが賑やかさは今のところ、微塵も感じない。土の地面につま先を立ててえぐるようにして遊ぶ。硬い地面に慣れた現代人にとって、こういった遊び心は偶に生まれてくるものだ。足が引っかかる程度の穴を掘ってから、カムパネラは歩き出す。

 村の内部は然程変わった様子はなかった。車を停めた入り口と違って、ここには多少の活気がある。心なしか元気は無いようだが。俯いている人がかなりいるように感じる。街から外れた集落というと木や石造りなど前時代的な住居をイメージするが、その通りでもないようだ。さすがにビルは建ってなどいないが。


「あ。あの少しお話聞いてもいいですか?」


 カムパネラは一人の青年を引き止めた。他の者らと違って気落ちしていなかったからだ。腰に付けた鞄からカセット型の何かを取り出し、それのスイッチを押していた。


「はい、なんですか? 観光客の方ですか? 残念ですけど、今はシーズンじゃないですからまた後で来た方がもっと楽しめると思いますよ」

「いえ、そういう者じゃなくて。村からの依頼があって来たんです。調査をしろって」

「調査? 何かあったんですか? というか、あなたは一体どちら様ですか」

「私は取繕者(リペレイター)です。これが免許です」

「ああ、本当ですね…。村長あたりですかねぇ依頼を頼んだのは」


 青年の態度は疑心から多少の嘲笑に変わった様子。まぁ、取繕者は憧れの職業とは言えないものだから仕方が無い。


「すみませんが仕事で少し疲れているので座りながらでいいですか?」

「ええ、構いません。ですが、椅子がありませんよ」

「まぁ草の上が自然の椅子みたいなものですから」


 すると青年はどかっと草原(くさっぱら)に座ると首にかけたタオルで顔の汗を拭って息を吐く。


「それで聞きたいことってのは、その依頼に関係することですよね? 先に言っておきますと、それほど変わったことは無かったと思いますが」

「まあ異常現実度は通常意識しませんからね。普通なら近づかないでしょうしね」

「ええ、その通りですね。さて、本題に入りましょうか」

「はい、依頼書には『不幸が起き続ける』と、そのような趣旨のことが。貴方はどうですか? ここ最近」

「恥ずかしながらですけど、私もここに戻ってきたのは丁度一か月前でしてね。私自身としてはそんなこともなく毎日が楽しいですよ?」

「周りの人間はどうですか? 騒いだりとかは」

「うーん、お年寄りの人とかですかね。この村って幸運の村と呼ばれてるじゃないですか。そんなに不幸に慣れてないだけな気もしますね、なんだか。はぁ、メガコーポ勤務よりは、どこでも楽だとおもうんですけどねぇ……」

「メガコーポに勤務してたんですか! そんなとこからここに!? 勿体ないですね!」


 あまりにもビックリしてして失礼な言葉を吐いてしまった。青年も目を丸くしている。だがすぐに取り直して謙遜するように言った。


「よくある話じゃないですか、メガコーポなんて。腰と目をやってしまいましてね。セカンドライフってやつです」

「はあ。そういうことでしたか。他には何かありますか?」

「特には何もないですよ。毎日が同じで、農作業ばかりです。まあ、それが楽しいのですけど」

「そうですか…...。ありがとうございます」

「お役にたてましたか?」

「正直に言うと、情報は1でもあればすごく助かりますから」

「助けになれたらよかったです。そうそう、噴水はあちらにありますよ」

「噴水とはなんですか? 村の名物ですか」

「そうです。噴水にコインを投げ入れるんですよ。昔話がずっと続いてるんですね」


 その言葉を最後に青年は腰を上げ、その場を後にした。それからカムパネルラは指さされた方向に歩き始める。噴水の前には人だかりができていて、腰の曲がっている人間が多いような。壊れた塀に腰を下ろした。座り込んだカムパネルラの手には、ある機器が握られていた。それは、時代遅れのスマホなんてものではなく、マジックステレオテープと呼ばれる製品だった。それを弄りながら哀れな群衆を尻目で見ていた。


「そ、そ、それって…。まさか、”ファクトリー”の…! お願い、少しだけ触らせて!!」


 振り向くとそこには大きな女性が立っていた。年齢は二十代前半に見える。身長はカムパネルラより圧倒的にデカい。影にすっぽりと収まるほどだ。そんな彼女から、断り切れない圧を感じて思わず頷いてしまった。


「うわぁああ初めて見ちゃったよ、マジックステレオテープ。いいなぁ。私じゃ絶対かえないもんなぁ。うん、十分見たし、そろそろ返すよ」

「全然触ってないけどいいの?」

「だって色覚デバイスに記録してるからね」


 そう言うと、その巨体な女性は目を指さした。インプラントを装着しているのだろう。おそらく安物だ。それと違ってこのマジックステレオテープは高価物だ。個人事務所の取繕者では手が出ない。二つ名の取繕者ならまた話は変わってくるだろうが。


「そうそう、私はチェリッシュ。君は?」

「私はカムパネルラ。チェリッシュさんはなんでこの村に? 観光?」

「うんん、依頼。なーんか異常の事前調査? 的な。私、こういう依頼苦手なんだよねー。ドンパチやる方が好みなんだけどさ、魔術協会が行けってさ」


 あのクソ協会め。失敗の可能性をはじめから考慮した次善策を走らせてるなんてな。うざったるい。


「カムパネルラは? そっちこそ、観光?」

「いや、私も依頼で来てる。多分、同じ依頼だろうね」

「………あの協会め。じゃあさ、協力しようよ。私は荒事担当、カムパネルラは頭脳担当。うん、わかりやすいね」

「私の得意は考慮しないの?」

「うーん、私は自分がやりやすいほうがいいかな。それに、ほら、頭よさそうじゃん」


 サルもおだてりゃ木に登るとは言うが、あまりにわかりやすいと逆効果だろう。正にそれが今だった。


「わかったよ。二人の方が楽だろうし。じゃあ、よろしく、チェリッシュ」


 二人は握手を交わした。こうして短い共同作戦が始まったのだ。

読んでいただきありがとうございます!

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