4章 魔術儀式の参加者たち②
地上班、地下班と分かれて処理作業を開始する。祭壇の奥に隠された暗い階段を下りていくと、目まいがしてくる。腐臭が鼻を突いて脳を直接揺さぶるような、そんな不快感。一段ずつ足を踏み出すが同時に顔色が青くなる。等間隔でえずいていると、見かねたアスターが、革で出来たショルダーバッグから防護マスクを取り出し手渡す。
「カムパネラさん、これつけてください。ずっとその調子じゃあ、作業になりませんよ」
「さっき拒否したからなんとなく受け取りづらいっていうか。そのね……」
「わがまま言ってないで早くしてください」
アスターがそう言うと、しぶしぶと言った様子でマスクをまで持っていく。これはすごいと、カムパネラは感動した。さっきまで鼻の入り口でタップダンスを披露していた腐臭たちが、一斉に静まり返った。舞台裏に退散したように、じわじわと臭いが消えていく。まだ肺いっぱいに吸い込める程、劇場の空気は澄んでいないが、これなら身体を動かしても大丈夫だろう。
緩いらせん状になっている階段は、もう暗くて足元もおぼつかなくなっていた。それを危惧して、アスターがバックからまた、何かを取り出した。それは儀礼用の手持ち燭台のような見た目だった。片手をかざすと、その蝋燭に火が点る。フラッシュライトの方が幾分もマシだと言うのに、なぜこのような物を使うのか。理由は、まあアスターにしかわからないだろうし、知る必要もない。明るくなればそれで十分だ。チェリッシュも、黙ったまま後ろをついてくる。
振り向いてちらと見ると、オレンジ色のチェリッシュは、なにやら怪しい組織の人間にしか見えなかった。顔まで覆った防護服は、表情を覗かせてくれなかった。
地面が平坦になった。どうやら階段を抜けたようだ。燭台を前方に向けると、壁にへばり付いた脈動する赤い物体が見えた。これが、今回の現場処理班長が言っていた肉線だろうか。青いように見える線と、赤黒い線の二つが見える。静脈と動脈。そのように見える肉線は、触れてみると温かく、中には何かが流れているのを感じる。アスターが小声で「気持ち悪い」と言って身を一歩引いた。奥を照らしても、その先は闇しかなく恐ろしいばかり。
「この肉線は、最後に除去しよう。まずは参加者の融合体を運び出して、それからだね」
「奥がどれくらい深いかわかってますか? 私は何も聞いてませんので」
「来たばかりだよ? 知らないって」
「進めばわかるだろう。それに危険もなさそうだ。処理部隊も非武装だったから、まあ、大丈夫だろう」
曖昧な答えだった。慎重派なカムパネラらしくもないその発言は、短いながらも共に行動していたチェリッシュに少しの違和感を覚えさせた。それでも奥に進まなければ始まらない。幸い、地下空間の横幅は広く、三人がうまく位置調整をすれば横並びになれた。
燭台を持つアスターを一番前に配置し、背後はカムパネラとチェリッシュが固める。完璧に見えるその布陣に、アスターは文句があるようで勢いよく振り向くと苦情を呈した。
「あの、私が前なのおかしいと思うんですけど。私何も武器持ってないんですよ? どうするんですか、
ゾンビみたいのが出たら。私が真っ先に死んじゃいますよ!」
「私たちなら先に死んでもいいみたいな言い方じゃないか。いいかいアスター、この布陣には意味があるんだ。もし君が後ろに引っ付いて襲撃されたとしよう。そうしたら、チェリッシュが動けないだろう? 戦闘できない君が前にいたら、逆に後ろに引っぺがして戦えばいいんだから」
「納得いきませんよそんな答えじゃ! いやです! こんな暗いジメッとした所で一番危険な位置だなんて! 私本当に戦えませんからね」
「ねー先生方? 私には聞かなくてもいいの? 手持ち無沙汰だよ、このままじゃあ」
オレンジ色に身を包むチェリッシュが両手を外側に開いて言った。
「チェリッシュはこの中で一番動けるだろ? だからどこでもいい。というか殿を務めてくれ」
「カムパネラさん、交換しましょう。立ち位置。嫌です私。怖いので」
「いや、その魔道具? の使い方わからないし。君しかいないよ、それ使えるの」
「魔道具じゃないです。普通に通販で買ったライトです。明るさの調整がかなり細かくできるんですよこれ。ほら、持ち手についてるねじりで調節できますからこれ持ってください」
そう言って、やや強引に手のひらを開かせると、アスターが燭台をそこに押し込んだ。無理矢理、握らされたと思ったら、今度は手首を引かれる。気が付いたらカムパネラは一番前で明かりを点していた。これ以上やっても嫌々合戦が続くだけだ。燭台を掲げて、カムパネラは歩き出した。
肉線がこびりついた壁面だが、辛うじて覗かせる本来の姿から多少の考察は出来る。二段ベッドみたいに掘り出された形に、そこに置かれた箱を思わせる意匠。おそらく死体安置所だ。大昔の、それこそ古代の宗教徒たちが作り出した、遺体や聖遺物を保管するための空間。そんな場所で、生きた人間の合成儀式とは。なんとも皮肉が効いた事件である。
あちらこちらに視線を動かして注意が散漫と向いていた。が、どれも同じ棺桶のような石櫃ばかりだ。すると、カムパネラが肩を叩かれる。
「カ、カムパネラさん、気のせいでしょうか。あ、あちらで、死体が動いているように見えるんですが」
アスターが前方を指さした。その先には、下腹部が異常に膨らんだ人間ともバケモノともとれる存在がうろついていた。一人ではなく、見える範囲だけで三人。つまりはそれ以上いるだろう。
「明らかに”儀式参加者”だよね。どうする、話しかけてみない?」
「おい、話が分かるか? 話せるか? 反応してくれないか」
手をメガホン代わりに声を送る。すると、少しのラグの後にこちらに振り向く。その顔は崩壊しているように見えた。やせ細って骨と皮だけに見えるその顔は、肉付きが非常に悪かった。膨らんだ下腹部を突き出しながらフラフラとこちらに近づいてくる姿は、ANIと呼ばれる現実異常実体に見える。平たく言えば、モンスターの類だ。苦しむように掠れた声で助けを懇願する人物。
「た……すけ......。け、て...。、も、無リ」
そう言うと体を小刻みに震わせて腹部を抱え始める。頭の振動が尋常ではない。下腹部を一層膨張して見せる。そうして耐え切れなくなった皮膚は、腹の中身をまき散らした。爆弾のようにはじけ飛んだ人体。辛うじて生きていた人物は、この一撃で確実に死んだだろう。肉線のせいで不気味だった地下は、今や血液で真っ赤に染まっていた。そして一番前のカムパネラはケチャップを浴びたみたいに全面に血生臭い液体を被る。
アスターがギョッとして、距離を離す。顔に掛かった血液を真っ先に取り払い、視界を確保した。すると同じように、こちらに向かってくる”失敗した”参加者たち。同じように下腹部の膨らみを確認すると、カムパネラは容赦なく拳銃を引き抜く。あの村で見せたような躊躇いは一切なく、無慈悲に弾丸を四発撃ち込む。一発は頭、もう一発は膨らんだ腹。正確に貫く弾丸。躊躇いのないその動作は機械的で、どこか冷たい。
脳を破壊する銃弾で命を奪い、腹を貫通する弾丸で破裂させる。ばちゃん! と肉がはじけ飛ぶ音は、あまり精神的に良いものではなく、アスターはマスク越しに口元を押さえて腰を折った。
あと少し撃つのが遅かったら、同じ轍を踏んでいただろう。そんなのは御免だ。そう思いながら、カムパネラは拳銃のマガジンを引き抜いた。
「今回は躊躇しないの?」
少しキツイ言い方だった。腕を組んだチェリッシュが、そう口にしている。前回の依頼から、なにやらカムパネラは焦っているのか、それとも物事に興味を失ったのか。とにかく、今までのような人間的な優柔不断さをなくしているように感じる。
「どういう意味で? まあ、追及しても意味ないね......。こっちに来てまた破裂されたら最悪だろう?」
マガジン内の残弾を確認するとホルスターに拳銃を戻した。アスターが落ち着きを取り戻すまで待って、それから破裂した人間たちの死体を検証し始める。破裂して散らばった肉片にでは無く専ら、動かなくなった肉体に興味深々である。
「人の体組成として不思議なところは何もないですね。ごくごく普通です。脂肪分が異常に少ないことを除いてはですが」
「皮と骨だけだね。これで生きているって言えるのかわからない域だね」
「いや死んでるでしょ。さっき爆発したんだから」
「比喩みたいなものさ。それに、さっきまでこの状態で動いていた。それが異常だっていうことだね」
カムパネラとチェリッシュが話していると、アスターが試験管のように細長い物を取り出す。中にはこれまた細長い綿棒のような物が入っており、それを容赦なく死体に突き刺した。ぐりぐりとかき混ぜるようにして、組織を採取する。
「何してんの? やめた方がいいよ、病気持ってるかもしれないじゃん」
「一応採取しておいた方がいいのかなと思いまして。これで収穫無しで帰っても上司に『仕事をした』って証明できますから」
「もしかして、アスターって結構大雑把?」
「この仕事に精を出すほど好きではありませんから。頑張った証明を出せば上司にも責められないでしょうし」
パチンと試験管に蓋をして、アスターはそれを鞄に仕舞った。テキパキとした動作の裏にそんな理由が隠されていたとは。
触る、引く、裏返す。色々と試したが、体を炸裂させた儀式参加者たちに異常は大して見当たらない。文字通りの失敗作。理由はどうあれ、それが彼らだろう。”彼ら”と言ったがまぁ、性別の判断ができる状態ではなかったが。
すると血の臭いにつられてか、何か大きな物を引きずるような音が響いた。人の息遣いと言葉にならない声の集合体が、何層にも折り重なった不快極まりない音が、耳に薄っすら届いてくる。
左右に分かれた道の、左から聞こえてくるその音。そちらに燭台を向ける。明るさはマックスだ。まだ姿は見えない。だが、徐々にその姿が露わになる。昆虫のように複数の脚を別々に動かし、触手のように混ざり合い蠢く腕部。頭と思しきてっぺんには、複数の人間が無理矢理に接合されたかのように繋がっている。いや、実際には、身体を構成しているその全てが人間のものだった。
一つの確立した意識の元に動く生物ではなく、集団が固まった肉の融合体。それは巨大で、地下の通路空間すべて食らいつくすほどだった。
「逃げた方が良さそうだ。走ろう!」
カムパネラがそう叫ぶと、気持ち悪い肉の塊とは逆の、右の通路を疾走し始める。唯一遠距離の攻撃手段を持つカムパネラが拳銃のトリガーを引く。何発撃ち込んでも効果は期待できない。口径が、あまりにも小さい。それに拳銃ではそもそも威力不足。防衛用ハンドガンで相手にできる存在ではないと悟る。マガジンは空だった。
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