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リペレイター  作者: 宿明朱里
第一部
11/13

三章 二人の愛④

 背後を何度も振り向きながら疾走する少女が一人、路地裏に入っていく。様々な建物の裏側が見える空間で、息も絶え絶えになって脚を必死に動かす。表通りと違って人の往来は少ないが、それでも決してゼロではなかった。

少なくない人の視線を受ける少女は、そんなのお構いなしに何かを振り切ろうとひた走る。少女の存在を証明する残った風を追うように、今度は傷だらけの大女がやってきた。


 路地裏とは言っても、ここは日常のワンシーン。そんな日常に、逃げる少女と傷だらけの追跡者ときたら誰もが目を逸らすことだろう。実際、チェリッシュを目にした通行人たちは出来るだけ目を合わせないようにその場を去っていく。


 決して万全ではない、それどころか傷だらけのチェリッシュは、常にナディアンの背中を追っていた。怖いくらいに正確に。路地裏に明るいわけでもないのにここまで正確なのには、もちろん理由があった。眼底に装着したインプラントのお陰だ。予測して先回りでもできればいいが、今のままでは見失わないように背中を追いかけるしかない。何処かに袋小路でもあればと、淡い期待を抱きながら走る。


 爆発の衝撃でへし折れた骨が、呼吸と走行のリズムで痛みを生み出す。それで止まれればいいが、生憎依頼を失敗するわけにもいかない。責任感とは無縁に思えるチェリッシュだが、取繕者(リペレイター)という人種は、往々にして土壇場で往生際が悪いものだ。目の前の食い扶持をみすみす逃すのは、彼女の性に合わなかった。

 だが追い付けないチェリッシュ。すると急カーブをしてビルに入った。こんなことをしている間にも、ナディアンとの距離はぐんぐん離される。


 ナディアンが数多の角道を曲がる一方で、チェリッシュは屋上に通じる階段を全力で上る。段々が、折れた肋骨には厳しい痛みを生んでいた。やっとこさ階段地獄を上り切ると、影のない明るい空が頭上に広がっていた。両の手にガントレットを装着する。


 そして脚の力を使ってビルからビルの屋上へと飛び移る。死角を探し回るよりも上から見下ろした方が効率的だったわけだ。何度かビルを変えて裏路地を見下ろすと、怯えながら走る少女を見つけた。もう後ろを警戒していないのか振り向く素振りは全く見えない。ビルを飛び移って追跡するチェリッシュと、未だ地べたを駆けるナディアン。追跡劇に飽き飽きしていたチェリッシュは上空からうまく誘導し、ナディアンを完全な袋小路に追いやった。


 行く手を完全に遮る建物の無慈悲な壁を前に、ナディアンは硬直している。踵を返そうにも、衝撃音と共に降ってきたチェリッシュがそれを許さなかった。

 一歩一歩、ゆっくりと近づいてくるチェリッシュも限界は近い。戦闘になれば長期戦になるだろう。チェリッシュは間合いを詰めると同時にいつでも戦闘を始められるよう、構えを取る。じりじりと後ろに下がっても意味はないことは分かっている。それでも、恐怖を前にした人間の反応は顕著で変えようがない。覚悟が決まるのを待つのみだ。


「落ち着いてよ。別に、取って食おうってんじゃない。いっしょに、来てくれれば済む」


 チェリッシュにできる最大限の譲歩案。それに対する答えは、銀色のスパイクだった。言葉を言い終わる前に飛ぶが難なく回避する。そして頭を低く少しだけ逸らすと、先ほど避けたスパイクがするりと通り抜ける。自在に操れるであろうそれは、使用者の手元に戻ることなく握りつぶされた。

 チェリッシュのガントレットの中で潰されたスパイクが、銀色の液体となって地面にたれる。


「! どうして、なんで効かないの......!」


 目を見開いて声を震わせるナディアン。瞳も同じくぶるぶる震えて、その姿は子羊のようだった。


「自慢の身体改造置換(アップグレード)でね」


 軽口もこれで終わりにしたい。というか、ここで素直に連行されてほしい。そうでなければチェリッシュの身も、そろそろ本気で危ないのだ。それでも逃げ場のないナディアンは抵抗を続けるだろう。両手を合わせて握って、次の攻撃を準備しているようにも見える仕草。

そうはさせまいと、格闘技のステップにも似た動きで間合いを詰めたチェリッシュが渾身の一撃を放つ。が、手応えは少女のように柔らかい肉を殴った感触ではなかった。


金属を殴った時のような鈍い感触。それでも攻撃の手を緩めるわけにはいかない。言ってしまえば、ラッシュで壊せばいいだけ。相手が防御している今がチャンスなわけだ。


 切れ目のないラッシュだが、危険を察知してその手を止める。危なかった。あと一歩遅かったらガントレットごと腕が貫かれていただろう。少女の持つ銀色に輝く鏡面のような円の表面には、棘がびっしりと生えていた。だが、ラッシュを止めただけで、チェリッシュの猛攻を止めるには効果が今一つだった。

手のひらを開くと、鋭い爪で表面をこそぎ落とす。衝撃と恐怖でナディアンが防御を解いた。というより、はじけ飛んだ。


 四方に飛んだ銀色は、集まって数本、刃の形を成した。ナディアンは瞳を目一杯に閉じている。自動防衛(オートマ)だろうか。がら空きの胴体目がけて刃が飛んでくる。が、チェリッシュはガントレットの付いてない脚で蹴り壊す。パンチするよりもキックの方がダメージがはるかに大きい。銀色液体で生成された刃の群体は、チェリッシュの蹴りで形を失った。地面にまた、銀色の液体が増えるばかりだ。ナディアンは今にも失神しそうなぐらいに過呼吸になる。


 ナディアンの目には今、チェリッシュが悪魔のように映っていた。銀色の液体を脚と両腕に受けたチェリッシュ。されどそれは彼女の血液ではなく返り血だ。ナディアンの手のひらから止めどなく流れる銀色の血液。これ以上、無駄にしたら出血多量で死に至るだろう。つまり、ナディアンには打つ手がなかった。ある一つの方法を除いて。


「いぃ、いやだ......。嫌だいやだいやだ………」


 ナディアンが錯乱したように呟く。反芻的な言葉が消えると同時に、大きく見開いた瞳から、光が消えた。

 凍り付くような空気。雰囲気が変わった。殺意を悟ったチェリッシュが認識するよりも早く、こちらに飛んでくるもの。槍の形をした銀色の塊。カウンターのように殴って壊すが、対処できる物量を越えていた。身をよじり、うねうねと動く蛇のような鞭を辛うじて躱す。そうして集中していると、直剣やら槍やら円盤やらが飛んでくる。

 鞭を躱して他の再現武器を壊して。全く、嫌になるほどの重労働だった。


「どれだけ、あるのさ!」


 軽口を叩くのは自分を冷静にするため。心に宿したまま戦うのは得策じゃない。今みたいに、動きと共に発散するのだ。それでも捌ききれない攻撃で、大小様々な傷ができる。仕事用の強靭な特注ジャケットも、所々擦り切れている。


「まるで別人だねぇ......」


 地面を転がって避けるチェリッシュ。初めとは明らかに違うアグレッシブな攻撃に、だんだん追い詰められてきた。だが、チェリッシュとしてもボルテージが上がってきた。トントンと軽くジャンプをして、今まで以上に拳を動かし、蹴りに力が入る。


「アドレナリンだかなんだか知らないけど! ノッてきた!」


 とは言っても限界は近く、その証拠に銀色ではなく、普通の、赤い血液の方が地面には多かった。感覚とは別に、身体が言うことを聞かなくなっている。気付いた時には手遅れだった。


 肩に腹部。壊したと思ったら槍が、避けたと思ったスパイクが、突き刺さった。流石に、これにはどうすることもできない。膝をついて口から血を吹き出す。幾ら頑丈な取繕者でも、これでは戦闘続行は無理だ。蛇のようにしなる鞭が、身体を締め付けた。おそらく、このまま圧殺されるだろう。なんとかしようにも身体が動かない。言葉を発する余裕も無くなった。後は死を待つばかりか。


 そう思った矢先、持ち上げられていたチェリッシュの身体が地面に落ちる。銀血の鞭が空中を揺蕩う。

見るとナディアンが、頭を抱えて苦しんでいた。千鳥足でふらつくナディアンは、苦しむように悲鳴を上げる。すると、それに呼応したかのように、ナディアンに一本の切先が飛んできた。横っ腹に突き刺さるとさらに悲鳴と嗚咽を上げる。


 立て続けに飛んでくる大小様々な武器。それは全て、ナディアン自身に目掛けてであった。このままいけば自滅だ。

 連れ帰ることはできなかったにしても、依頼は達成するだろう。わかっていたし身体は動かない。にも関わらず、チェリッシュはナディアンに向かう剣やら槍を叩き壊していた。先ほどのような繊細な操作ではない武器を、丁寧に壊す。そして最後、チェリッシュはナディアンを庇うように立ち塞がる。


 自分への攻撃なんかじゃないのに、チェリッシュは依然として拳を振るう。そうして徐々に落ち着きを取り戻したナディアン。目の前には、悪魔と見紛えるほど大きなチェリッシュがいて、腰を抜かした。それより少し後に、チェリッシュも力無く地面に倒れ込んだ。


「ひぃ、あぁぁ……!」


 情けない声を上げて尻餅したまま退く。少しでも離れようと、必死に腕を動かしているのに空回りして、上手く下がれていない。そこで、チェリッシュが口だけを動かして伝えた。


「もう動けないから、そこで話聞いてくれない? 本当だから」


 そんな嘘を信じられるわけがないなと、そう思ったのかチェリッシュは、両腕を空に突き上げるとガントレットを外した。唸るような音と共に小型化するガントレット。地面に転がるガントレットは、そこらに溢れたゴミみたいに捨てられていた。


「な、なんで......なにが目的なの」

「連れて行って、依頼を達成すること。だけど、ナディアンを見てたらね。助けられると思って」

「な、なら......初めから、攻撃しないでよ......」


 少しは緊張が解けたようだ。チェリッシュの考えを完璧に理解したわけではないだろうが、それでも会話ができる程度には落ち着きを取り戻していた。


「じゃ、じゃあ、私を守ってくれるの? い、いっしょに、助けてくれるの?」

「逃がす手伝いならできる。カムパネラが居ない内にだね」

「どうして、助けてくれるの? こ、怖い......」

「『天使派』にイジくられたんでしょ? その身体。私も、あれらは嫌いだからね。カムパネラは、そうじゃないみたいだけど」

「あ、あなたも、天使派(あそこ)について知ってるの?」

「嫌な思い出さ。だから、ナディアンみたいな子供を見ると、心が痛むんだ」

「そ、そう......なんだ。だったら、エービスも一緒がいい。エービスと一緒じゃないと、私は、ダメなの」

「カムパネラが負けるのを祈ることになるなんてね......。話せば、まあ......わからないな。カムパネラはダメだ。うん、やっぱり負けることを祈ってよう」


 数分程度話し込んでいた。そのおかげで、チェリッシュの身体についた傷が癒えた。完璧な修復でないにしても、多少は動ける。足手まといにはならないだろうと思う。ふらっと傾くが気合いで立ち上がると、なにやらナディアンがそわそわし始めた。あたりを見回しても、排気口やゴミ箱ぐらいしかないわけだが。突然手を振り上げて走り出した。まるで子供のように微笑ましい姿だった。後ろ姿にぼそりと一言呟いた。


「イブも、元気なら......」


 視線を、ナディアンと同じ方向に向ける。その先には傷ついたエービスがいる。片腕を支えて歩く痛ましい姿は、戦闘の激しさを難なく想起させるほどだ。カムパネラには悪いが感動的な再開に、愛の勝利と言ったところだろう。そう思った矢先だった。

チェリッシュの顔色が変わる。エービスの目が大きく見開かれる。

 微かな風切り音と共に、白髪のナニカが空から舞い降りた。死告の訪れのような真っ白な髪の毛。

何の前触れもなく、するりと空間に入り込むようにして、ナディアンの背後に立った。その手に握られた刃で、ナディアンの背中から心臓を的確に一突きして無慈悲に引き抜いた。鮮血が飛び散ると同時にナディアンが前のめりに倒れこむ。地面に横たわる前に何としてもその身体を抱きしめようと、エービスが一気に加速して両腕を広げた。


 そして、二つの頭が重なった。白髪の女性の持つ刀を横に薙ぐと、綺麗に二つの首が空に飛んだ。チェリッシュは目の前の光景に困惑した。

 地面に転がる呼吸を止めた二つの首。

 振り返った”カムパネラ”の雰囲気は知らない物だし髪の色も違う。それなのに、顔つきとその服装はよく見知ったもので、”カムパネラ”そのものだったからだ。するとその、知っているようで知らない”カムパネラ”が口を開く。


「カムパネラは...この娘は上手く動けないんだ。だから、私がこの娘を助けるしかないんだ。愛おしいこの娘(カムパネラ)は、自分をよく、わかってないのかもしれないから」


 抜き身の刃から血脂を払い、いつから持っていたのかもわからない鞘に、刃を納める。


「一体誰だよ......なんなのよ...これ」


 嘘と言って欲しい事実。けれどそれは、眼底に装着したインプラントに克明に刻まれていた。精神に大きなダメージを負ったチェリッシュは、またもや地面に膝をついた。そして、そのまま意識が闇に沈む。また、守れない自分を呪って。

読んでいただきありがとうございます!

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