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リペレイター  作者: 宿明朱里
第一部
10/15

三章 二人の愛③

「目標が何処に潜んでるか検討は付いてるの?」

「いいやまったく。とりあえず、ここに()されてる住所に行ってみる」


 片手はハンドルで、もう片手は依頼書をひらひらと靡かせる。


「両方とも行くの?」

「今の所は、そうだね。まぁ、片方の家に固まって居てくれたら楽なんだけど」

「はあーめんどくさい。もっとサクッとできないのー?」


 助手席の背もたれに溶けるように沈み込むと瞼を閉じたチェリッシュ。少しの間だが、昼寝をする腹づもりだ。車の振動がいい具合のマッサージになって、案外すぐに寝入ってしまった。

幸運だったのはカムパネラが何も言わなかったことだった。隣の居眠りには気がついていたが、特別気にかけることもせずただ前を見ていた。

全てはこの依頼のため。とりわけそれは、自分の無くした過去の記憶(ナニカ)のためである。小さなことを気にかける余裕もなかったわけだ。

 そしてチェリッシュは、車が止まったことで目を覚ました。時計を見て数分は眠れたと、なんだか勝負に勝ったような誇らしい気持ちになっていた。

カムパネラが胸ポケットから拳銃を取り出す。マガジンに薬室、それからセーフティを何度も確認する。暴発が怖いのかやや長い時間、安全確認をしていた。拳銃をまた仕舞い込むと、嫌々といった風にシートから離れる。


「依頼書はきちんと読んだよね?」

「はいはい読みましたよ。ターゲットは、ナディアンとエービスの二人で、ナディアンは『天使派』エービスが『悪魔派』の標的。でしょ? どうどう、間違ってる?」

「その通りだね。依頼書にはその内容くらいしか書かれてなかったね。簡素すぎるような気もするけど、今考えることじゃないか」


 見上げると、かなり大きな集団住宅。人気のないマンションの階段を数段分上っていく。二人の間に会話はなく、ただただ目的の階層を目指していた。両壁にはいくつもの扉が等間隔で設置されているが、生活感が感じられる扉はちらほらとしか見受けられない。その中の一つ、何の装飾もない扉の前に二人は立った。リスク分散のため、無意識の内に左右を挟むようにして。チェリッシュが音もなく、徐にポケットから小さな装備をとりだした。

 腕に着けたそれを、肘から手にかけて引き延ばすように展開する。するとガントレットとなったそれは、鋭い凶器のような見た目をとった。手のひらを握ったり閉じたりを繰り返すチェリッシュに、仰々しいものを見たカムパネラが小声で伝える。


「これから戦闘行為をするわけじゃないよ」

「わかってるって先生。保険だよ、保険。大丈夫、ほら、袖で隠せるでしょ?」

「......その尖ってる爪は、なんて説明するつもり?」

「オシャレネイル」


 今時の若者は鋭く尖った猛獣のような爪がトレンドらしい。これ以上何を言っても無駄だろう。カムパネラはインターホンを一回鳴らした。当然のように中から物音は聞こえてこない。そりゃそうかともう一度、諦め悪くも二度目のインターホン。次は間隔を置かずに三回目。結局、五回から六回インターホンを鳴らしても扉が動くことはなかった。反転して、廊下を歩きだす。が、その時だった。チェリッシュが弾んだ声で引き留めた。

何事かと溜息混じりに振り向いた。またしょうもない事をしているのだろう。


「これ、多分鍵空いてるよ。どうする? 開く?」

「そうしよう。でも気を付けて、何があるかわからない。1、2、3でいっしょに開けよう。準備はいい?」


 足音を殺しながらもう一度、扉に近づいて言った。爆弾やナイフが飛んでくるかもしれない。初見殺しのようなトラップを仕掛けていたら堪ったものではない。共に勢いよく扉を開け放とうという算段。が、チェリッシュは人の話を聞いていなかった。カムパネラがドアノブに手を掛けることすら待てずに引いて開ける。

 カチリと音が鳴るが、まず一つ目は扉の開く音。もう一つは、何かわからなかった。がそれも一瞬で理解した。二つの音が鳴ると同時に、轟音と火炎、それから衝撃、煙が部屋から噴き出した。逃げ道を見つけたように、廊下に繋がる扉から、それらすべてが噴き出た。あまりの衝撃に顔を覆うと、チェリッシュは後ろに吹き飛ばされていた。辛うじてガントレットで防御していたが、明らかに大きなダメージを負っていた。


「チェリッシュ! っつ!」


 駆け寄ろうと名前を呼ぶが、そこで嫌な予感がした。ここで動いたら死ぬ。そう思った。そして直感は正しかったようで、爆発から間髪入れずに何者かが部屋から飛び出してきた。空気が凍るような冷たい感覚、これは恐らく殺意。視認できないが、山勘で拳銃を引き抜く。身体を低く頭を逸らして、拳銃を首の前まで持ってくると、ガギンッと鮮明で鋭い音が鳴り響いた。ナイフとぶつかり合った拳銃が、ギリギリその刃を受け止めた。が、長くは持たない。カムパネラより、相手の方が膂力は上だ。加えて姿勢が致命的だで、力を籠めることもできずに首を掻っ切られてしまうだろう。

 すると相手が身を引いた。というより、一回転するようにカムパネラの上を飛んだ。曲芸のように回ると風切り音が鳴る。正体はチェリッシュの一撃。だがその一撃は空を殴るだけに留まった。先ほどの爆発のせいで、身体がうまく動かないらしい。

 勢いそのまま地面を滑ったナイフを持つ男。それは、標的の一人であるエービスであった。それなら、もう一人の標的はまだ部屋の中だろう。気が付いたカムパネラは、地面に寝転ぶような姿勢から立ち上がって急いで部屋に入る。エービスは舌打ちをして、もう隠せないと大声を張り上げた。


「ナディアン逃げろ! ベランダからだ!」


 ご丁寧に逃走経路を指定してくれた。そのおかげで、カムパネラは向かうべき場所を知ることができた。歩き出す、いや走り出すと、ふくらはぎに激痛が走りそのまま倒れこんでしまった。覗くように足を見てみると、ナイフが深々突き刺さっていた。これでは追跡は不可能だ。チェリッシュのダメージも甚大だが、ここはチェリッシュに頼るしかなさそうだ。


「チェリッシュ! ナディアンを追って! 速く!」


 合意の意を伝えるよりも行動で示す。一言も発さず、チェリッシュはベランダに向かう。その足取りはかなり重たかった。

 次の攻撃が来る前にナイフを抜く。素人ならそうしただろうが、カムパネラは違った。片膝で身体を支えると、ノールックで弾をばら撒いた。遮蔽物の皆無な廊下。それに加えてエービスの位置は覚えていた。避ける方向も大体、見当がつくため、当たらなくとも牽制にはなった。全弾を打ち切りながら、壊れた部屋の中に転がり込む。

 一応の死角。けれど気休め程度のそれはあまり意味を成さない。辛うじてリロードの時間が稼げるだけだろう。息を整えて、片足を引きずらながら銃口を部屋の外に向ける。後ずさりしながらも全神経を廊下の標的に集中させる。それにしても、先ほどの爆発で耳鳴りが酷い。


「なんで俺たちを狙う?」


 突然の一言。答えに詰まるも言葉を発する。


「依頼だ。あんたの居た組織からね。今更だけどいっしょに来てくれないか? そうすれば、お互い、痛い思いをしなくて済むでしょ?」

「お前らはな。俺たちは、ナディアンはずっと苦しいままだ。お前らこそ、なんで悪魔派(あんなの)に従ってる。ドクズで畜生以下の野郎どもだぞ?」

「それでも、私にとってこの世で一番大切な事を約束してくれた。それ以外を、それ以上を知る必要がある? 私にはないね!」


 言葉の端に力が入る。少しの間の冷静な問答は、痛みを思い出させるには十分なもので、ナイフを抜いてからというものドクドクと流れる血が止まらない。唾を飲み込んで顔を歪める。引きずり動かすだけなのに激痛だ。

 目を逸らしたわけでもないのに、突然目の前に何かの破片が現れた。おそらくは壁の破片。それを振り払うと、闘牛の如くに突進をするエービスが眼前に迫る。定まらない銃口で一発二発と撃ち込んでも当たるものではない。頬を多少切り裂くだけで止まる相手でもなく、カムパネラの苦手な距離まで詰められた。

 その勢いを活かした拳が飛んでくると、右頬を掠めて避ける。息つく暇もなく次の拳、また次の拳と叩き込まれる。顔面ばかりの一点集中かと思いきや、不意打ちで腹の中心に重たい一撃をお見舞いされる。うっ! と呻きながら後ろへ引く。


「悪いが、ここで眠ってろ!」


 その一言は、エービスが次で終わらせることを意味していた。だがカムパネラも引くわけにはいかない。三歩ほどの距離にも関わらず、カムパネラは銃口を向ける。できるだけ体に密着させて銃口だけをエービスに向けて発砲。一発しか放てないがそれで十分で、銃弾はエービスを貫いていた。にも関わらず、依然ピンチなのは変わらない。


「止まらないのかよ!」


 話すと同時に手首を掴まれた。掴まれた手首は、バンザイでもするように上へと持ち上げられる。あまりの握力に握っていた銃すら落としてしまう。すると、理解する間もなく片膝が床に落ちた。傷つけられた足を、ピンポイントで蹴り抜かれたらしい。そして痛がる暇すら与えられずに体が浮く。まさかの三コンボに舌を巻いていると、窓の空いたベランダへと放り出される。というよりぶん投げられる。

 落下防止の柵がはしゃげると支えが無くなり真っ逆さまに落ちた。突然の出来事。最早”メモ帳”を取り出すことすらできなかった。

 四階から叩き落とされたカムパネラ。コンクリートが背中を、強烈に打ち付ける。息が詰まる。全身に激痛が走った。起き上がるのに時間が欲しいのに、エービスはベランダからジャンプして地面に降り立つ。

 その背中には鈍銀色の、未熟ながら翼が展開されていた。エービスだけ特別待遇のようで、低重力であるかのようにゆったりと地面に降り立つ。


「で、どうする。これ以上やるか? そしたら死ぬと思うが」

「そうだね。”私”は嫌だけど、殺すと思うよ。でも、依頼だからね」


 優劣は明らかであり、その証拠にカムパネラは四つん這いで地面に手をついている。最後の足掻きか胸ポケットから”メモ帳”を取り出す。初めから決まっているかのように最後のページを開くのに、一瞬だけ、躊躇った。がその躊躇いもすぐに消え去った。翼を得たエービスの突進は脅威でしかないからだ。

 最後の、落書きのように粗末な文字の羅列がされたページに手をかざすと、そこからナニカの取手が現れた。それを勢い任せに引き抜く。

 あと一歩だったが、エービスは翼で防御したらしい。翼であったはずの鈍銀色の液体が、地面に垂れていた。かく言うエービスの翼は、一部が鋭い刃で切り付けられていた。

 カムパネラが引き抜いたのは、一振りの刃。片刃で微妙な反りのある刃。

 そしてその刀を握ったカムパネラは、髪の色がどんどんと白く抜けていった。まるで、カムパネラという人間が一人、追い出されるかのような光景であった。

読んでいただきありがとうございます!

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