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リペレイター  作者: 宿明朱里
一部
1/3

一章 ある村の仕事

初めまして! 宿明と申します。四日から五日に一話更新を目指して投稿していきますので、よければ暇つぶしに読んでいってください。

 音が聞こえる。だがそれは、ただの『音』と表現するにはあまりにも優雅で軽やかだった。耳を通して脳が、思考が喜んでいるのが感じられる。そう、これは音楽。人類が創り出した、意味を持つ芸術的価値。心を洗い濯ぐ。音楽というのはそういうものだ。それなのに彼女、カムパネラはどうにも不機嫌な様子だった。

 ベッドの上で布団を被るカムパネラに、一本の電話がかかっていたのだ。その着信に使われているのが先ほどから部屋中を漂う音楽であった。それにケチをつけたかと思えば途端に褒めちぎる。チグハグで予測不能な行動。まぁ、人間である以前に動物でしかないのだから当然だ。人とはそれほどまで高尚じゃない。

 碌に記憶すらできないのだから。

 布団から片一方の腕を伸ばして、近くをべしべし叩くように動かしていた。だがベッドという関係上、それは空を叩くだけで何かに当たるわけでもない。敷き布団だったら、少なくとも地面を叩くだけの感触は持てたであろうがな。

 それでもめげずに音の発信源を特定しようと努める。止む気配のない着信音。いっそ、このまま放置してしまおう。うん、そうしよう。スマホが見つからなかったらから、完全に留守ということにしておこう。そうして形だけは探す真似事を。あくまで”だけ” であるので本心は……まぁ言わずともわかるだろう。

 着信音が止まるのを祈る。デバイスの中、その歌手はそろそろ喉が潰れる頃合いだろうな。やはりそうだ。予想の通り、鬱陶しいそれは枯れて萎んだ。これで義務は無くなった。だが無くなった義務はたった一度かぎりのものでしかなく、再び着信は鳴るものだ、

今度は共に、仄かな罪悪感が胸に宿って。


「……観念しよう」


 と、そう思った。いつまででも逃げ続けられるわけじゃないんだ。いつかは向き合う。こんな小さくどうでもいい事でも、例外はなかったんだ。小さな丸テーブルの上にテキトウに置かれたスマホを掴む。今回は先ほどに比べて迷いが無かった。本当は知っていたみたいに。布団から伸ばした腕を曲げるとスマホが耳元に近づく。これが最後だった。引き返せる最後だったように、感じられた。


「もしもし」

「………」

「? あの、もしもーし」

「ん? おああ、繋がったか。いやー良かった良かった、何度か掛けたのに繋がらないから心配していたんだよ」


 真っ黒な板状のデバイスから聞こえたのは、男性にしては高めな声。上手く言えない。この場合は、上司ということでいいのだろうか。

 それと補足しておこう。心配なのはカムパネラ本人の身の安全なんかじゃない。使い勝手と都合が良く、仮になくしても然程デカい損失ではない。そして、ここでいう”損失”は、文字通りの意味だ。そんな存在がカムパネラだ。有力事務所や結社など、巨大な事務所の(もと)に属するカムパネラでは、逆らおうにも逆らえない事ばかりだ。個人事務所など、大した力は持たない。企業に所属を置かずとも、人々は上下を作って階層を企て、仕組みを作る。どこに居ようが否応なくシステムに組み込まれるものだ。なんとも馬鹿馬鹿しい話である。

 電波で繋がった声に作り笑いもせず、カムパネラは要件を聞き出す。


「朝からなんの電話ですか? 気がつかなくて出られませんでしたが、何度も掛けるというなら重大な件ですか?」

「そうでもない、依頼。簡単な依頼さ」

「ま、またですか? つい一昨日も一件解決したばかりじゃありませんか」

「いやそうだけれども、今回の依頼も簡単なものだからね。それほどまでに気負う必要もないさ!」

「そういう話ではなく……」

「まあなんだ、とにかく魔術協会からの依頼だから、君も断ろうにも断れないと思うが」

「……魔術協会(あなたたち)はいつもそうですからね。わかりました、詳細を教えてください」


 ため息をつきたかった。が、ここでため息をついたら面倒臭い事になるだろう。誰であれ、ため息なんてつかれたらいい気にはならないだろう? グッと飲み込むのも大人という事だ。まぁ、自分が大人になのかは記憶が曖昧だが。


「私の携帯(スマホ)にファイルを添付してもらえます?」

「それなんだが、直接僕のオフィスに来てくれないかい? ほら、君も知ってるだろ? 僕は近代技術(そういうの)に疎いからね」

「そうでしたね。わかりました。一時間前後でそちらに伺います。」

「助かるよ、そうしてくれ」

「それでは失礼します」


 受話器を置くようなジェスチャーマーク。それを押して通話を切る。いつまでも続けていると追加料金を取られるのだ。技術が進歩したのに人のケチ臭さは全く色褪せないのだな。通話ぐらい好きにさせてもらいたいものだ。


「布団、離れないとな」


 ベッドフレームに掛けて座るように腰を折る。少しの間ボーッとして虚空を見つめていた。朝、9時ごろだろうか。本来なら日の光が入るであろう時間帯。この狭い寝室にはいつも、自然光の欠片しか差しては来ない。マンションの構造上、何故だか寝室(ここ)は建物の影になる設計の様で、自然のおはようタイマーが機能しないらしい。明らかな欠陥だ。それでもこの暗がりは、カムパネラにとっては馴染み深い。ぽっかりと空いた穴のような、そんな人生の記憶を持つカムパネラ。本物ではない偽物、影の様な違和感を感じながら生きる彼女にとって、暗闇はむしろ心地よい。何とも言えない後ろめたさを背負って、それでも日常は続いていく。違和感など、初めから無かったかのようにだ。

 無駄なお喋りはここまでにしよう。床に足を付ける。目覚めたばかりで力が入らないが、洗面所まで行かないと顔も歯も洗えない。それは人間としてどうだろう? 身だしなみは社会で最も重要なステータスだ。疎かにするべきではないだろう。1、2歩進むと、もうドアノブに手が掛かった。

 洗面所で一通りの作業を終える。顔を洗って鏡を見る。いつもの自分の顔。目の下には軽めのクマができている。


「そんなわけないよね。うん、大丈夫」


 言い聞かせるように自分に言葉を塗った。キーンと耳鳴りのするほど静かで黙り込んだ空間。寂しい。ここに居ると頭がどうにかなってしまいそうだ。早々に退散しよう。リビング(というかメインフロアと寝室ぐらいしかない一部屋だが)を通ってクローゼットを覗く。袖に腕を通し、ホルスターの左右それぞれに自動式拳銃(ピストル)を仕舞う。職業柄、危険が絶えないのだ。護身用の品を持っていなければ、あっという間に血みどろになってしまう。取繕人(リペレイター)はそれぞれ固有の面白い装具を持つものだ。どこで仕入れたのか不可解な逸品や、装具専門の取繕人(リペレイター)である職人から仕入れたりと、多岐に渡る。

 かく言うカムパネラはオーソドックスな拳銃だった。あまり役に立たないと噂される拳銃。だが身体改造置換率の低めなカムパネラには、接近する方法がない。それよりだったら薄味だが堅実な方がいい。

 ベッドの布団を直して脱ぎっぱなしな部屋着は畳んで上に置いた。本当は行きたくない。少しでも時間を無駄にできればなと淡い期待を抱いただけだ。今度こそ、本当に観念しよう。いくつか鍵のぶら下がるリングを持って部屋を出る。「ガチャリ」と鍵を掛けるともう後戻り出来ない。階段を降りて車に乗り込む。本心は自動運転車(オウトメーションカー)が良いのだが、いかんせんローンが現実的ではない。もう少しだけリーズナブルにして欲しい。

 キーを差し込みエンジンをかける。アクセルを踏み込むには少々、脚が短い。シートを調節しほぼ直角に。よし、出発だ。

 信号に捕まりながらも40分ぐらいだろうか。普段よりは掛かったかもしれない。荘厳な建物、様々な装飾にイルミネーションをしている。わけでもなく、ごく普通のオフィスに見えた。木造で三角屋根と、個性的と言えば個性的ではあるか。


「カムパネラ•ノーベリアです。ヨリノブさんに用があって来ました」

「はい、カムパネラさんですね。ヨリノブから話を聞いております。免許の提示をお願いします。こちらに」


 とても綺麗な5本の指で指し示したのはカウンター上にある黒いボードだった。首に垂れ下げているネックレスの様なカードホルダーから、免許証を取り出す。それにはこう書かれていた。『取繕者活動許可証明証:三級』と。読んで字の如くだが、これは取繕者(リペレイター)が活動する際、様々な効力を発揮する物であると同時に、無ければ活動すら出来ない免許証でもある。まあ身分証明書と同義だ。


「あ、取れない…。あの、このままで良いですか?」

「ああ大丈夫ですよ! なんでか知らないですけど、このボードに出せって上司(上の人)が五月蝿いだけなので。ほんと、困りますよね! 意味無いのに。こんなルール」

「ありがとうございます」

「はーい。それにカムパネラさんはいつも来てますからね。三日前ですか? 直近で来てたの」

「ええ、また依頼で来ましたが」

「あはは、大変ですね。はい、これが来客用パスです。今回はサクッと終わればいいですけれども」

「そう簡単にいってくれれば良いんですけどね」


 受付のお嬢さんに手を振られてロビーを後にした。エレベイターでもあればいいのに、この建物は内装と外装を一致させたいようでエレベイターなんて近代装置なんてのは無い。まぁ尤も、エレベイターが近代的かどうかは甚だ疑問だが。


「階段って、ハァ。登る方が辛いような気がするな」


 昔配信されていた動画か何かで見たことがあるのだ。階段は降りる方が脚に悪いと。だが、体力的に考えると登る方が厳しい。やっとたどり着いた3階で少し息を整える。この無駄に長い廊下の、右から3番目だ。奇しくも3繋がりである。


「失礼します」


 ノックに間も空けずに同時入室。書斎机に向かって頭を抱える男が居る。ヨリノブ、ヨリノブ•カキモトだ。カムパネラに電報を寄越した張本人。そんな彼は、パソコンの画面を閉じて言う。


「よく来てくれたよ。いや本当に」

「はあ。それで、依頼についての詳細を教えてくれますか」

「そうそう、これだ。『クランブ』という村から依頼らしくてね。なんと、”統括協会”から直々に魔術協会(ウチ)宛てなんだよ。まぁ大方、異常曲解度絡みの事件だろうな」

「魔術協会はそう言う異常事件が得意ですから。驚きませんよ」

「あら、そう? それは置いといて、実質的に統括協会からの依頼ということだから、失敗は出来ない。し、これは魔術協会として処理をしたい。そこで君の出番だ」

「……私は協会所属じゃありませんが」

「うん。とりあえず君には事前調査をしてもらいたい。異常の原因、つまり現実度異常を確認してもらいたいんだ」

「つまりそれって体のいい使い捨てじゃないですか」

「報酬金は二つの協会からだぞ? 相当な額になると思うが。それでもかい?」

「いえ、断れないので。嫌味ぐらい言わせてください」

「それなら良かった! いいか、くれぐれも解決しようと躍起にならないでくれよ。君には君の役割がある。身の丈ってやつだな」

「なら資料をください。データで送って貰えれば楽なんですけど、アナログ派ですよね、ヨリノブさんは」

「いやー付き合いが長いと察してくれて助かるよ。はい、これが資料。お得意の『メモ帳』にでも挟んでおいてくれ」


 A4サイズ紙が何枚かに束ねられている。それをメモ帳に仕舞うなど。本来なら不可能だ。だがその不可能を、あろうことかカムパネラは実行しようとする。内ポケットから手のひらサイズのメモ帳を取り出す。入る筈もないそれに、なんとA4紙が吸い込まれた。不思議な事もある物だ。これが魔術協会と呼ばれる所以なのだろうか。まぁ、カムパネラは末端の末端の末端でしか無いが。


「それじゃあ、よろしく頼むよ」


 ……車に直行しよう。

ここまで読んでいただきありがとうございます!

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